第31話 クリスの本気
異様な殺気を漂わせるクリスに、ジェスは妙な寒気を覚えた。今まで感じた事の無い凄まじい殺意。ここまで魔族を憎んでいるのか、そう思うジェスの横を静かに通り過ぎたクリスの手に一本の剣が形成される。
紅蓮の様な真っ赤な線の刻まれた剣を構える。刃の周囲の空気を歪める程の高熱により、刃から昇る白煙。その光景にジェスは表情を歪める。
「おい。どう言うつもりだ」
「ここは私がやる。魔族は全て切り捨てる」
「はっ……のわりに、魔族と一緒に旅をしているじゃないか」
ジェスはクリスの異常な殺気を和らげようとそう口にしたが、すぐにそれが間違いだったと気付く。鋭く冷たい視線をクリスによって向けられて。息を呑む。何が彼女をそこまでさせるのか、ジェスには理解出来なかった。
「奴には借りがある。その借りを返した後、キッチリ決着はつける」
困惑するジェスにそう静かに答えたクリス。その答えに、ジェスは引きつった笑みを返し答える。
「ふっ……それなら、紅蓮の剣と呼ばれるあんたの力を見せてもらおうじゃないか」
と。手に持った剣を消し、皆に右手を上げ下がれと合図を送る。この戦いは激しいモノになると踏んだのだ。腕を組み、クリスの背中を見据える。その体から放たれる殺気、怒気、どれも今まで感じた事の無い程大きく強いモノだった。ハッキリと分かる。この戦いで、クリスが本気を出すと言う事が。
剣を構えるクリスは、ジッと魔族の少年を見据え、静かに口を開く。
「貴様が来ないならば、コチラから行く!」
クリスの目付きが鋭く変わり、踏み込んだ右足に力を込め一気に地を蹴る。一蹴りで少年との間合いを詰めたクリスは更に右足を踏み込み、放つ。その手に握った剣をその少年に向けて。
鈍い金属音が響き、少年の表情が歪む。咄嗟に自らの剣でクリスの一撃を防いだが、クリスの力の前に少年の体は衝撃で横に弾かれた。クリスの一撃で少年の剣には亀裂が走り、その刃から微量の金属を散らせる。
驚き、表情をしかめた少年は二度三度と地面を転げた後、剣を投げ捨てまだ布に包まった一本の剣を取り出す。それに対し、涼しい表情を見せるクリスは追い討ちを掛ける為、少年に向かって更に加速し走り出していた。
フレイムブレード。そう呼ばれる炎を象った紅蓮の剣を握り締める少年が、クリスへと視線を向ける。だが、クリスはすでにその少年の間合いへと入り込んでいた。
「くっ!」
慌てて振り出されたフレイムブレードが、その太刀風を取り込み刃に炎を灯す。刃に練り込まれた微量の火属性の魔石が反応し炎を生み出したのだ。
燃え上がる炎の刃を、クリスは急ブレーキを掛け後方へと飛び退きかわすと、右足を踏み込み刃を振り抜き無防備になったその右肩に向かって突きを見舞った。
風を貫く鋭い音が聞こえ、遅れて澄んだ金属音が周囲へと響き渡る。僅かに散った火花。遅れて舞う火の粉。砕けた金属片が二人の視線の前を舞い、刃の先は弾かれ赤黒い炎の壁の向こうへと消えていった。
0コンマ数秒の時が止まり、少年が慌てた様子で後方へと飛ぶ。その頬から僅かに血を流しながら。
クリスも僅かながら驚いていた。まさか、あの一撃を防がれるとは思っていなかったからだ。静かに風が吹き、クリスの銀髪が僅かに揺れる。突き出した剣を戻し、小さく息を吐くとすぐに鋭い目付きで少年を見据える。
表情を引きつらせた少年は、真ん中から折れたフレイムブレードを見据え、なにやら独り言を呟く。驚いたのだろう。フレイムブレードは中々の強度を誇る剣。故に簡単に折れてしまう程脆い剣ではないのだ。
それを一突きで砕いたクリスの力。その力にジェスは僅かながら危うさを感じた。怨み、憎しみから生まれているであろうクリスのその力に対して。
そんな中で生まれる笑い。それは、クリスと対峙するその少年に対して向けられた笑いだった。この場に居る誰もがクリスの勝利を確信し、少年をあざ笑っていた。ジェスを含め数人の実力者を除いて。
静かな空気。その中で、少年が折れたフレイムブレードを落とし、更にもう一本の剣を取り出す。静かに息を吐き、顔の前までその剣を持ち上げると、左手の親指で鍔を弾く。鍔と鞘の合間から僅かに粉が舞い、女性の悲鳴の様な甲高い嫌な音がその場に響く。
その音にジェスは表情を歪め、その後ろでは男達が表情を引きつらせ耳を塞ぐ。それ程まで嫌な音だったが、少年と対峙するクリスは表情一つ変えず、少年を真っ直ぐに見据えていた。
静かな呼吸を繰り返し、表情を歪めながらその剣を抜いた少年の手から鞘が飛ぶ。乾いた音を奏で地面を転がる鞘。そして、少年の顔の前を大量の錆が舞う。
少年が剣を抜くと同時に、クリスの表情に更に怒気が篭った。
「私を馬鹿にしているのか?」
怒りに声が僅かに震え、剣の柄を握る手には力が篭る。一方、少年は真剣な表情を見せ、苦しそうに呼吸を繰り返しながら答える。
「馬鹿にしているつもりは無いんだけどね……」
と。その手に持った錆びれた剣を構えて。
苦しそうに右目を閉じていた少年は、その目をゆっくりと見開く。その瞬間、周囲の空気が変わる。
「ひぃぃっ! な、なな、何だよ! あ、あの眼!」
ギルドメンバーの一人が声を上げ、対峙していたクリスの表情も驚きに変わる。彼女の目の前に対峙する少年の見開かれた右目。その目が薄らと炎を灯していたからだ。あの赤黒い炎を。だが、少年はその事に気付いていないのか、怪訝そうに眉間にシワを寄せ、クリスと周囲の様子を窺っていた。
一瞬驚いたクリスだったがすぐに表情を戻すと少年を睨む。その視線に少年は錆びれた剣を下段に構え、切っ先を地面スレスレまで落とし、静かに呼吸を繰り返す。
あんな錆びれた剣で何が出来ると、クリスの視線は一層冷ややかになり、後に怒りがこみ上げる。奴は自分を舐めているのだと。だから、クリスは地を蹴った。目の前に居る魔族に自分の力を見せ付ける為に。その力でその少年を葬る為に。
白銀の髪が揺れ、クリスが少年の間合いへと入る。その刹那、「くっ!」と声を漏らし少年は後方に飛び退きながらクリスに対し、その錆びれた剣を振り抜く。思わぬ反撃に、クリスは右足でブレーキを掛け、上体を大きく仰け反らせる。大きく仰け反ったその身の上を錆びれた刃が通り過ぎると同時に、クリスは仰け反らせた体を起こし、刃を振り抜き無防備になった左脇腹に向かって剣を振り抜く。
だが、少年もすぐに身を翻し体勢を変えると、上体を前へと折りその刃をかわす。少年の背中を滑る様に刃を進み、僅かに後ろ髪を掠め通過する。
「うぐっ……」
少年はそんな声を吐き、前方へと低い体勢で飛ぶと、両手を地面に着き一転してから飛び起き、クリスの方へと体を向ける。
二人の視線が交わり、周囲は静寂に包まれる。そんな中、少年が独り言をぶつぶつと言う。何を話しているのか、クリスには聞き取れなかった。だが、次の瞬間、クリスは驚く。少年の手に持つ錆びれた剣から眩い光が放たれた事によって。