第299話 ズレる弾丸の正体と最悪の魔王の復活
冬華は駆ける。ただ一人だけで。
地下室を抜けた先に広がる密林の中を。全力で、ただひたすらに。
目指すのはこの密林地帯を抜けた先――。そこに、クロトはいるだろうか、無事だろうか、そんな考えを張り巡らせながら、冬華は走り続ける。
大きく開いた口から、熱気を帯びた荒い吐息が漏れる。
――数分前。
「ちょ、ちょっと待って!」
冬華の慌てた声が響く。
「待てないわ。いい事、今は一刻を争う事態よ」
穏やかだが厳しい口調で、雪奈はそう告げ冬華の目を真っ直ぐに見据える。少々キツめの眼に、冬華は半歩後退った。
雪奈にそのつもりは無いのだろうが、とても威圧的で冬華は思わず押し黙る。
何か言いたげな眼差しを向ける冬華に気付いたのか、雪奈は困ったように眉を曲げると小さく鼻から息を吐く。
「不安なのは分かるわ。でも、あなたには優先してすべき事があるはずよ」
雪奈の言葉に冬華は俯く。優先すべき事。分からないわけではない。でも、先の戦いでも露呈した事実が冬華の不安を一層強めていた。
それは、光鱗の事だ。常に自動で発動していた光鱗が、今回は発動しなかった。クロトに砕かれたのが原因なのかは定かではない。
それに、先程神力の殆どをセラに吸収された為、冬華に戦うだけの力は残されていなかった。
今の状態で先に進んだとして、クロトの足を引っ張るだけなのではないか。そう言う考えから、冬華は躊躇っていたのだ。
しかし、雪奈は真っ直ぐな眼差しを冬華へと向ける。その眼差しに冬華は目を伏せると小さく首を振った。
「駄目です……もう、戦うだけの力も残ってないし……それに、光鱗だって発動しないし……」
弱気な冬華の言葉に、雪奈は静かにその肩へと両手を置いた。そして、優しく暖かな声で告げる。
「自分の力を信じなさい。あなたは英雄として選ばれた存在なのだから。それに、神力なら私のをあなたに分けてあげられるから」
「でも、それじゃあ、雪奈さんが……」
冬華がそう口にすると、雪奈は頭を左右に振った。
「今、英雄はあなた。この世界が望んでいるのは、あなたなんです。だから、私よりもあなたがこの力は使うべきよ」
雪奈はそう言うと両手に神力を集め、それを受け渡すように冬華の手を握り注ぎ込んだ。暖かな光が冬華を包み込み、体内に流れ込む強い力。それにより、冬華の体の傷は癒され、消耗していた神力もみるみる内に回復していく。
と、同時に雪奈の体からは力が失われ、やがて光を失った。
「私に残された全ての神力……。あとはあなた達に任せるわね」
静かにそう言い、微笑した。大人びた印象とは違う、年相応の愛らしい笑顔だった。
そして、現在に至る。
雪奈は他にやる事がある、と入ってきた穴から白翼を広げ、セラを連れて出ていき、冬華は一人地下室を抜け森の中。
傷も癒え、神力も戻った。
あとは、クロト達と合流するだけ。そして……最終決戦。
皆の想いをその小さな背にし、冬華は走り続ける。
やがて、冬華は密林地帯を抜けた。その眼前に広がるのは、神秘的な巨大な神殿。壁には青苔やツタが巻き付き、何処か不気味な空気が漂っていた。
嫌な空気だった。肌を刺すような真っ黒な重い空気。その空気に冬華は眉を顰めた。
ここまで、駆け抜けてきた為、息は上がっていた。呼吸を整えながら、冬華はその神殿を見上げる。
「こ、ここに……クロトが……」
ゴクリと冬華は唾を呑み込んだ。
心臓がバクバクと鼓動を速めるのは、ここまで全力で走ってきたから――だけではない。やはり、緊張していた。
古城前で再会したとは言え、クロトと顔を合わせるとなると、心がざわめく。
どうするか、どうしようか、などと開かれた扉の前で冬華は右往左往とする。やがて、冬華は足を止め、俯き、瞼を堅く閉じた。
狼狽えている時じゃない。躊躇っている場合じゃない。もし、この先にクロトがいるなら、すでに戦いが始まっている。
クロト達の組は何人ここまで辿り着けたのか、それすら分かっていないこの状況で、悠長にここで右往左往しているわけには行かない。
覚悟を決め、冬華は瞼を開き走り出す。神殿の内部へと。
神殿内部は非常に静けさが漂い、その中に誰かが声が響いていた。
何の話をしているのかはさっぱり分からない。だが、次の瞬間、冬華の胸は高鳴る。
「何を理解してないって言うんだ?」
聞き覚えのあるその声に、足が軽くなったように冬華は駆ける。
静かな神殿内部に響く冬華の足音。耳鳴りのように心臓が鼓動を広げる。こんな状況なのに、思わず口元が緩む。それを必死に堪え、冬華は足を止め、叫ぶ。
「クロト!」
両肩を揺らす冬華の弾む声が響き渡る。
目の前には朱色の刃をした剣を握り締めるクロトと、全ての元凶であるクロウの二人が対峙していた。
肩口で黒髪を揺らす冬華は、その光景を一目見て理解する。現状、クロトは押されているのだと。
その証拠にクロトの表情は険しく、静かに瞼を閉じる。
「どうやら、役者は揃ったようですね」
クスリとクロウは笑い、上目遣いにクロトを見据える。その様は妙にゾッとするものがあった。
睨み合うクロトとクロウ。そんな二人を見据える冬華は胸に手を当て、呼吸を整え、
「クロト! アイツの目的は、この地に封じられてる最悪の魔王を復活させる事よ!」
と、力強く口にした。
雪奈が別れ際に教えてくれた。ただ、何故今になってその魔王を呼び覚まそうとしているのか、その理由は雪奈にも分かっておらず、とにかく危険だと言う事だけは分かっている。大陸をも破壊する力を持っていると。
「最悪の魔王を復活させる事?」
疑念を抱いた眼をクロウへと向ける。クロトにしても、不思議なのだろう。ここに来て、そんな者を復活させる事の意味が分からないのだ。
そんなクロトに目を向けるクロウは、口元に薄ら笑いを浮かべると、
「おやおや。英雄殿は実に物知りだ。何処でそんな事を知ったのか、知りたい所ですね」
と、鼻から息を吐き出し、頭を左右に振った後、肩を竦め、冬華へと鋭い眼を向ける。
その殺気に冬華は思わず表情をしかめる。恐ろしく怖い。足が竦む。
それでも、冬華は息を呑み、強い眼でクロウを見据え、口を開く。
「全部聞いた。あなたが、三人の魔王から膨大な魔力を奪い、イエロからは動力の星屑の欠片を奪った」
冬華の言葉で、クロトも現状を理解したのか、「そうか……」と呟き、
「それじゃあ、アレは俺達を分断する為じゃなくて、時間稼ぎの為の駒だったって事か……」
と、眉間にシワを寄せた。
ここまで来るまでに戦ってきた者達。それは、時間稼ぎの駒に過ぎなかった。
とは言え、彼らの能力で考えれば、時間稼ぎと言うよりも、彼らで片をつけたかったのかもしれない。それほど、邪魔されたくなかったのだろう。
ただ、結果として、この場に冬華とクロトがいる。皆の決死の想い、願い、それが力となり、勝利し、この場に存在する希望――。
だが、クロウの思惑通り、戦力は大幅に削られ、時間も十分に稼げた。どちらせよ、現状クロウの想定内と、言った所だろう。
黙り込むクロトの背へ、冬華は目を向ける。何を考えているのだろうか、どうしたんだろうか。そんな事が頭をめぐる。
集中しなければいけないのは分かっている。神経を研ぎ澄まさなければ行けない事も分かっている。
それでも、沈黙するクロトが気になった。
暫し続く沈黙に、クロウは微笑し、頭を右へ傾けた。
「不思議ですか? 私が最悪の魔王の復活を願うのは?」
唐突の言葉に、冬華はすぐにその目をクロウへと向ける。
すると、その言葉にクロトはすぐさま答える。
「ああ。そうだな。正直、そんな事をする理由が俺には分からない」
悠長なクロトの態度に、冬華は思わず怒鳴った。
「ちょ、ちょっと! なに悠長に話してるのよ! 時間が無いんだから!」
「分かってる!」
冬華の言葉に力強くクロトはそう口にする。
「……けど、魔王の片腕として信頼されるあいつが、どうしてこんな事をするのか知りたいんだ」
儚げな表情のクロトに、冬華は不満げに眉を顰める。クロトがこう言う性格なのは分かっている。あまりにも優しすぎる。だから、この状況でも話し合いで解決しようとしている。そう、冬華は感じた。
でも、もう話し合いなんかで解決出来る状況じゃない。多くの人が命を落とし、多くの人が心に傷を負ったのだ。
「知って……何になるのよ?」
僅かに震えた声で冬華はそう口にし、
「もう、話し合いなんかで解決出来るような状況じゃないんだから!」
と、怒声を響かせる。
視界が僅かに滲んだ。思わず涙が溢れそうになったが、冬華は必死にそれをこらえた。
冬華の言葉に対し、静かに拍手を送るクロウは、
「流石は英雄殿。状況判断能力も素晴らしい」
と、薄ら笑いを浮かべる。
「バカにしないで!」
怒鳴り、手にしていた槍をクロウへと向ける。
怒りを露わにする冬華に対し、クロウは呆れたように肩を竦めて見せると、首を振った。
「バカになんてしてませんよ。私は褒めて差し上げているのですよ」
明らかに下に見た態度のクロウを冬華は睨み、
「それが、バカにしてるって言うのよ!」
と、冬華が動き出そうと右足を踏み出す。しかし、それをクロトは右手で制し、
「落ち着け」
と、静かに告げる。
しかし、冬華は声を荒らげる。
「落ち着けるわけないじゃない! もう時間が無いんだから! てか、なんであんたはそんなに落ち着いてられんのよ!」
冬華が語気を強める中、クロトは静かに息を吐く。
「仕方ないだろ。お前の前でかっこ悪い姿……見せられないだろ」
真顔で意味深にそう言うクロトに、冬華の思考は停止する。突然のクロトの言葉。その意味を理解するのにそう時間はかからない。
怒りも、焦りも一瞬で吹っ飛び、みるみる冬華の顔は赤くなる。こんな時に何を言ってるんだ、と冬華は口をパクパクさせるが、声は出ない。それほど、困惑していた。
だが、次の瞬間、クロトは、
「……と、まぁ、冗談はこの辺にして……」
と、サラリと口にした。
硬直する冬華は目を白黒とさせた後、ギリギリと奥歯を噛み槍を持ち直す。
「じょ、冗談ってなによ!」
怒鳴り声と同時に、冬華は槍の石突きでクロトを突いた。
「イダッ! ちょ、と、冬華さん!? やっ、な、痛いって!」
「う、うう、うるさいっ! バカッ! な、なな、何変な事言ってんのよ! こんな状況で!」
恥ずかしさと怒りをぶつけるように冬華は何度も何度もクロトの背中を突く。
「痛っ! い、痛い! ほ、ほんと、痛いです!」
クロトの悲鳴のような声が響き渡る。
その間、黙って二人を見据えるクロウは、不愉快そうに目を細めた。
緊張感など微塵も感じさせないその光景が、クロウは気に食わなかったのだ。
「はぁ……はぁ……た、戦う前に……俺が力尽きるから……」
膝を着きうなだれるクロトは、苦しそうに肩で息をしていた。
一方で、冬華も僅かに呼吸を乱していた。本気にしてしまった事を恥ずかしく思うと同時に、そんな冗談を言ったクロトに対し不満が湧き上がる。
その想い全てをぶつけるように、冬華はクロトを睨んだ。
しかし、クロトはわけが分からないと言わんばかりに、
「な、なんで怒ってるんですかね」
と、不思議そうに冬華へと目を向けた。
だが、冬華は何も答えず、ただただ冷めた眼差しだけをクロトへと向ける。あまりの迫力にクロトが「こ、怖ぇ……」と呟く程、恐ろしく冷めていた。
そんな恐怖から逃れる為か、クロトは静かにクロウへと目を向ける。
「流石ですね。緊迫した空気をぶち壊すとは……黒き破壊者の名は伊達ではないと言う事ですかね」
嫌味っぽくクロウはそう言い、クロトへとふてぶてしく微笑する。怒りを押し殺し、無理に作った笑みを。
「俺はそんな大層なもんじゃない。ただの一、魔族でしか無い」
肩を竦めるクロトがそう言うと、
「ふっ……謙遜を」
と、クロウは首を左右に振り、
「まぁ、良いでしょう」
と、静かに一歩前へと出た。
「そうそう。先程の君の質問の中に一つだけ間違いがあったので訂正させてください」
「……?」
クロトは怪訝そうに眉を顰める。そして、冬華も小さく首を傾げた。何を訂正する事があるのだろうか、と。
「彼は私を信頼して傍に置いていたわけではない。彼は、私を監視する為に傍に置いていたんですよ。薄々気付かれていたんでしょうね」
小刻みに肩を揺らし笑うクロウに、冬華とクロトは疑問符を浮かべる。何がおかしいのかサッパリ分からなかった。
ただこの発言から分かる事、それは、魔王デュバルがこの男をそれほど危険視していたと言う事だった。
「まぁ、今となっては彼の監視も何の意味も無い。私はこうして、ここに立っている。今、最悪の魔王を復活させ、全てを破壊する」
クロウの発言に、冬華は顔をしかめる。思い出したのだ。今現在、自分達が置かれた状況を。
一方、クロトは終始冷静で、怪訝そうにクロウへ尋ねる。
「最悪の魔王の復活? でも、お前は俺の中にいたアイツを消し去った。今更、肉体が蘇ったとして何になる」
「そうだね……彼には失望したよ。まさか、君らに感化されてしまうなんて……」
残念そうにクロウは息を吐く。
「でも、まぁ……“心“など不要。器とそれを動かすだけの動力、膨大な魔力さえアレばいい」
大手を広げ、クロウは笑う。腹の底から響く高らかな笑い声をあげて。
クロウの発言に、クロトが「“心“は……不要か……」と呟いたのを、冬華は耳にした。本当に小さな声だった為、クロウには聞こえなかったようだが……。
深い吐息を漏らし、クロトは顔をあげる。そして、その手に握った朱色の刃をした剣の切っ先を、クロウへと向けた。
「あんたとは、どうやっても分かり合えそうにないな!」
クロトの言葉に、冬華はピクリと眉を動かすと、
「バカなの? さっきから言ってるじゃない。もう話し合いで解決できる状況じゃないって」
と、即答し、左手で頭を抱え大きな吐息を一つ。
冬華の横槍にクロトは不満そうに小さく鼻から息を吐いた。
二人のやり取りに、クロウは一層不愉快そうに眉間にシワを寄せる。今までの余裕だった表情が苛立ちに変わっていた。
「話は済みましたか? そろそろ、片をつけたい所なのですがね」
クスリと笑いクロウはそう尋ねる。その言葉を聞くなり、クロトはチラリと冬華へと視線を送り、一歩、二歩と後退する。
「冬華、ちょっといいか?」
クロウには絶対に届かない程の小さな声に、冬華も小声で「なによ?」と返答する。この期に及んで一体、何の話があるのか、と怪訝そうな表情で。
すると、クロトは真剣な表情で告げる。
「アイツにはもしかすると、未来視が出来るかも知れない」
「未来視? それって……」
「ああ。ただ、確証は無い。それに……幾つか気になる事もある」
「気になる事? 何よ?」
眉間にシワを寄せ尋ねると、クロトは小さく頷き、
「まぁ、それは……置いておくとして……」
「ちょ、置いておかないでよ。知っておくべきでしょ?」
と、冬華はすぐさま文句を言う。
だが、クロトは小さく首を振った。
「いや。いいんだ。それより、一つ頼みがあるんだ」
「…………なによ?」
不満げに冬華がそう口にすると、クロトは困ったように微笑し、
「暫く、ここから動かないでくれないか?」
と、告げると、呆れたような目を向け冬華は目を細め、眉間にシワを寄せた。
「何? 私は邪魔だって言うの?」
「いやいや! そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「未来視があるかもしれない相手に、二人で挑んでも消耗するだけだろ? なら、まずは俺一人で戦って、アイツの未来視が本物なのか、どれくらい正確なのか、確かめたい。それに……」
クロトが急に言葉を噤む。
「それに、なによ?」
促すように冬華がそう尋ねると、クロトは真剣な眼差しを向ける。
「この戦いの決着を着けるのは、英雄として呼ばれた冬華の仕事だ」
「は、はぁ? な、なによ、それ……結局、最後は私に任せるって言いたいわけ?」
「当然だろ? 英雄は、人々の想いを背負ってんだからな。それに、俺はお前を信じてる。お前なら、英雄として、この世界を救えるって」
クロトはそう言いはにかんだ。優しく、胸の奥が熱くなるそんなクロトの顔が、凄くカッコよく見え、冬華は照れを隠すように視線を逸らし、腰に手を当て、
「わかったわよ」
と、不満げに口にし、首を縦に振った。
「んじゃ、任せる」
「あんたも……死なないでよね」
不安げに告げると、クロトは困ったように眉尻を下げ、
「どうだろうな。とりあえず……攻略の糸口くらいは見つけるつもりだよ」
と、微笑しクロウへと視線を向けた。
クロウと目が合うと、クロトは一気に駆け出す。握り締めた朱色の刃の剣に魔力が込められ、その刀身が炎に包まれる。
「バカ正直に正面から突っ込んでくるとは……浅はかですね」
クスリと笑うクロウはゆっくりと右腕を上げ、銃口をクロトへと向けた。
この状況でも冬華はただ動かず事を見据える。そして、考える。今、自分がすべき事を――。
銃声が轟く。だが、弾丸は放たれず、その銃口からは白煙のみが噴いていた。これが、ズレる弾丸、ラグショット。
一目見ただけで厄介な技だと分かるその弾丸に、冬華は表情をしかめる。
しかし、クロトは更に加速し、一気にクロウへと迫った。弾丸が放たれる前にクロウへと迫り、一撃を浴びせたいと言う所だろう。
そんなクロトの思考を読んだように、クロウは数回引き金を引く。数発の銃声が轟き、今度は弾丸が銃口から放たれる。
それにより、クロトは足を止めざる得なかった。と、同時に全身に魔力を広げ、その体を硬化する。撃ち出された弾丸は火花を散らせ、弾く。
クロトの硬化の原理は冬華には分からない。ただ、これが魔力による力なのだと言う事は分かった。そして、ふいに思い出す。セラの戦い方を。
(魔族って……皆あんな戦い方なのかな?)
そんな事を考えていると、
「穿け。アクアショット」
と、クロウの静かな声が響き、青い閃光がクロトの硬化した体を撃ち抜いた。
「う、ッ!」
クロトの体は後方へと弾かれる。大量の鮮血を巻き上げて。
その光景に目を見開く冬華は、
「クロト!」
と、叫び思わず走り出す。だが、それを、
「来るな!」
と、クロトは制した。
あまりの迫力に冬華は足は止まる。そして、冬華は俯き、下唇を噛み締めた。
目の前には腹部を撃たれ、血を流すクロトがいるのに、助けに行く事すら出来ない。状況は分かっている。分かっているが、それが悔しくて仕方なかった。
だから、考える。今、やるべき事はなんだろうか、出来る事はなんだろうか、と。
そして、冬華は覚悟を決める。
(私に出来る事は、これだけだから……)
全身にまとうは神の力。記憶がまた消えてしまうかもしれない。そう考え、使う事に多少なりに抵抗があったが、そんな事を言っている場合じゃない。
――全力。全てを出し切るつもりで、神力を練り込んだ。クロウに気付かれぬように、冬華は生み出す。神殿の外に一本、また一本と十字架を模した光の剣を。
そんな中、炎により強引に右脇腹の傷口を塞いだクロトに、ズレる弾丸が襲いかかる。
まるで空間を飛び越えたかのように姿を見せた弾丸は、クロトの左肩を見事に撃ち抜く。
「うぐっ!」
表情が歪み、クロトの左肩が大きく弾かれる。鮮血は霧状に散り、やがて消えた。
背中から倒れるクロト。体は二度三度とバウンドし、左肩からは溢れ出す血が床を真っ赤に染める。
瞼を閉じ、神力を練り、次々と十字架を模した剣を空へと生み出す冬華には、何が起こっているのか分からない。だが、次の瞬間、
「うがああっ!」
と、クロトの叫び声が響く。
流石に冬華も瞼を開き、目の前の光景に表情をしかめる。
仰向けに倒れるクロトの左肩の傷口を、クロウが踵で踏み締めていた。傷口を抉るように。
「うぐぅ……がああああっ!」
苦痛に声を上げるクロトの姿に、冬華はグッと奥歯を噛むと左足を踏み込んだ。
「クロトから離れて!」
振りかぶった槍を冬華は放つ。力任せに放った槍は真っ直ぐにクロウへと迫る。だが、クロウは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「残念ですが、それも――」
クロウの声の後、空間を飛び越え姿を見せた弾丸が真下から槍を撃ち抜いた。
澄んだ金属音が響き、火花が散る。弾丸を受けた槍は上へと弾かれ、回転し、やがて地面へとその刃を突き立てた。
「なっ!」
驚きの声を上げる冬華に、クロウはニヤニヤと笑むと右手を腰へ当て、頭を左右に振った。
「英雄殿は非常に直線的ですね」
その言葉にカチンッと来た冬華は、
「っるさい!」
と、叫び走り出す。当然、その間も神力を練り、空には一本、また一本と十字架を模した光の剣を生成しながら。
クロウへと向かう途中、地面に突き刺さる槍を左手で握り反転。
「ぬっ!」
と、気合と力を込め、槍を地面から抜きクロウの方へと向き直る。
勢いをそのままにもう一度、冬華は槍を放った。距離も先程より短縮され、この距離でなら絶対に防がれる事はない。そう思いを込めた一撃だった。
だが、それをあざ笑うようにクスリと笑ったクロウは、左指をパチンッと鳴らせ、人差し指で冬華を指差す。
「無駄ですよ」
静かな声と共に突如現れた一発の弾丸が槍を上へと弾き、続けて二発目がその槍を冬華の後方へと弾いた。
計二回の澄んだ金属音と火花。そして、冬華の遥か後方にカランカランと乾いた音を起て落下した。
呆然とする冬華は目を見開き、息を呑んだ。この距離でも届かない。
――いや、驚いたのはそこじゃない。弾丸の出処、角度、タイミング。全てが、冬華の行動を予期したかのようだった。発砲音が無かった事から、それは前もってクロウが仕込んでいたラグショットによるもの。そう考えれば、すぐに理解する。本当にクロウには未来視が出来ると言う事を。
「ぐあああああっ!」
呆然とする冬華を現実へと引き戻すようにクロトの叫び声が響く。
「クロト!」
我に返り叫ぶ冬華は、動き出そうと右足を踏み出す。だが、それを制すようにクロウは銃口を冬華へと向けた。
銃口を向けられ、冬華は動きを止めざる得なかった。険しい表情を浮かべる冬華だが、その眼はしっかりと見ていた。
クロウに踏まれるクロトが手にした朱色の刃の剣に赤黒い炎を灯したのを。
しかし、それをクロウも悟ったのか、瞬時にその場を飛び退き、
「おっと……危ない危ない」
と、クロトへと目を落とした。
「ハァ……ハァ……」
呼吸を乱すクロトは、手にしていた剣を地面へと突き立て、右手を左肩へとあてがう。そして、奥歯を噛み、赤黒い炎でその傷口を強引に塞いだ。
声を押し殺し表情を歪めるクロトに、クロウは微笑する。
「全く……流石は黒き破壊者。あんな状態でも反撃してくるとは……驚きですよ」
肩を竦めるクロウに、クロトはゆっくりと剣を抜き立ち上がる。熱気を帯びた吐息を漏らすクロトの背に冬華は不安そうに「クロト?」と呼びかけた。
その言葉に「大丈夫だ」と短く返答するクロトに、冬華は安堵したように息を吐いた。
でも、冬華にも分かる。それは、クロトが心配させまいと強がっているだけだと。強引に傷口は塞いだとは言え、その出血量から、傷がどれほどのものなのかは分かった。
そんな冬華の心配など他所に、クロトは剣を構える。
「俺の心配はいい」
クロトの言葉に思わず、「でも――」と言い掛け言葉を呑んだ。
クロトの言葉の意味を理解する。俺に構わず自分の事に集中しろ。そう言う事だ。
なら、冬華のする事は一つ。神力を練り、光の剣を次々と生み出す事だけだった。
一方、クロウと対峙するクロトは、右足をすり足で前へと出す。朱色の刃を包む赤黒い炎は火の粉を舞い上がらせ、真っ直ぐな瞳がクロウを見据える。
「まだ、そんな目が出来ますか。この絶望的な状況下でも……」
薄っすらと開かれた唇から漏れる静かな吐息。両肩は僅かに上下し、クロウは数秒瞼を伏せた。そして、口元に笑みを浮かべ、もう一度小さく息を吐いた。
「私は視えている。あなた達の未来が――。絶望し、死を迎えるあなた方の姿がね」
自信に満ち溢れた表情でそう言うクロウに、クロトは僅かに表情をしかめた。
そして、冬華も険しい表情を浮かべる。すでに彼の未来視をまざまざと見せつけられた。と、同時に脳裏によぎる。
“本当に、この人に勝てるのか?”
と。
クロトもクロウの未来視を警戒しているのか、迂闊に動かず長考していた。
だが、考えていても仕方ないと右足へと体重を移動する。クロトのその行動に、クロウは不敵に笑みを浮かべ銃口を向けた。
「次は……何処に――」
――刹那。クロウの声を遮るように一発の銃声が轟く。
目を見開くクロウの体が弓なりに仰け反り、鮮血が弾ける。
「うぐっ!」
噛み締めた歯の合間から僅かな血を吐き、クロウの左膝が床に落ち、前のめりに倒れた。
突然の事に冬華は状況が飲み込めない。何が起こった。何故、クロウが膝を落とした。先程の銃声は何だったのか。
冬華の頭の中を様々な言葉が巡り、困惑する。
「……クッ!」
息を吐くクロウが静かに立ち上がり振り返った。
そこには一人の青年がいた。額から血を流し、今にも力尽きてしまいそうな程、弱々しい呼吸だった。
「くっ……くくっ……」
そんな彼は肩を揺らし、静かに笑う。そして、ゆっくりと体を起こす。
「どう、した? 未来……が、視える、んだろ?」
震える声でそう口にする青年に、クロウは眉間にシワを寄せ、やがて静かにハンドガンを向ける。
「……忘れていましたよ。あなたは生き返れるんでしたね!」
クロウは何度も引き金を引いた。銃声が重なるように轟き、弾丸は青年の体を貫く。鮮血をまき散らせ、何度も何度も。
青年の手から銃が弾かれ、やがて糸が切れたかのようにその体は床へと転がった。体中に銃創を幾つも刻み込んで。
やや興奮気味に息を切らせるクロウは、ゆっくりと腕を下ろす。
「これだけ撃ち込めば流石に完全に死んだでしょうね。幾ら甦れるとしても」
ふふふっと笑うクロウは、最後に一発眉間に弾丸を撃ち込んだ。
大量の血が床に広がり、周囲は静けさが漂う。
あまりの衝撃的な光景に、冬華は両手で口を覆っていた。ショックは大きい。絶句する冬華だが、その中でクロトだけが静かに動き出す。
クロトのその行動にクロウは不愉快そうに眉を動かした。
「不愉快ですね。君は一々」
眉間にしわを寄せ、クロトへと銃口を向ける。
クロトはゆっくりと眼をクロウへと向けると、静かに息を吐いた。それが、一層不快だったのか、クロウは引き金を引く。
破裂音のような銃声が響き、弾丸はその銃口から放たれる。しかし、クロトはその弾丸を手にしていた剣で綺麗に真っ二つにしてみせる。
澄んだ金属音と共に広がる火花。
不満げな表情を浮かべるクロウは、下唇を噛み眉間にシワを寄せた。
「なぁ……一ついいか?」
静かなクロトの声がそう告げると、クロウは相変わらず不愉快そうに眉間にシワを寄せたまま、
「なんですか?」
と、少し間を空け答える。
その答えにクロトは強い眼差しをクロウへと向けた。
「あんた、本当に未来が視えてるのか?」
唐突なクロトの問いかけに、クロウは目を細め、疑念を抱いた眼をクロトへと向けた。
冬華も突然のクロトの問いかけに唖然としていた。今までのクロウを見ていれば、その未来視が正確なのは明白だ。
なのに、今更何を言っているんだ、と冬華はクロトの背を見据える。
やがて、クロウは静かに笑い出す。
「なんですか? 唐突に――」
「今更、そんな事聞いてどうするのよ!」
思わず冬華が怒鳴る。
その声に、クロトは複雑そうに目を細めると、小さく右肩を落とす。
「……いや。今、重要な所だから、ちょっと静かにしててくれませんか?」
冬華へと振り返るクロトは苦笑する。
ムッとする冬華は不満そうに頬を膨らせるが、重要な所と言われると反論はできなかった。
(な、何よ! 何よ! 人を邪魔者扱いして!)
などと心の中で呟き、鼻から息を吐いた。
そんな冬華にお構いなしに、クロトはクロウへと目を向ける。不愉快そうな表情のクロウは、やがて口元へと笑みを浮かべ肩を竦めた。
「ホント、今更なんですか? そんな事を知って何か変わるとでも?」
「……そうだな。この際だから、ハッキリさせておこうと思ってね。あんたの使うそのズレる弾丸の正体をさ」
大胆不敵に自信たっぷりのクロトの眼に、クロウは眉間にシワを寄せた。
「ラグショットの事ですか? それと、私の未来視。何か関係があるとでも?」
鼻から息を吐き、もう一度肩を竦めるクロウは、小さく左右に頭を振った。
呆れたような眼を向けるクロウに、クロトは変わらず自信に満ち溢れた眼差しを向ける。
「ああ。関係あるね。ハッキリ言おう。あんたのラグショット。それだけなら、全く脅威じゃない。ただ、弾丸が遅れてくるだけなのだから」
「……で、何が言いたいんだ」
クロウの声のトーンが僅かに下がった。
「あんたのラグショットの脅威。それは、"絶対に”外れない事だ」
「当然でしょ。私には未来が視えている。ハッキリとね」
クスリと笑うクロウに、クロトは小さく息を吐いた。
「なら、何故……あんたはさっきの一発をかわせなかった? ハッキリと視えてるんだろ?」
「…………」
無言のクロウ。その表情は僅かに曇った。
沈黙するクロウに、冬華は眉をひそめる。確かにクロトの言う通りだ。未来が視えているなら、かわすのは容易なはず。なのに、何故。
疑念を抱く冬華だが、それを口にはしない。何故なら、すでにクロトが話を進めていたからだ。
「まぁ、仮にアレがあんたの芝居で、未来視が無いと、俺に油断させる為にワザと撃たれた、とも考えられる。だが、俺はずーっと違和感を、疑念を抱いていた」
「違和感? 疑念?」
クロウがクロトを睨む。
「ああ。疑念はあんたの正確過ぎる未来視」
クロトは左手の人差し指を起て、
「そして、違和感は絶対に外れない弾丸」
と、続けて中指を起てた。そして、大胆不敵に言葉を続ける。
「俺は、ずっとあんたには未来視があるから弾丸は絶対に外れないと思ってた。だが、そもそも、その前提が間違っていたんだ」
クロトが一呼吸空ける。まるでクロウの反応を伺うように。
やがて、クロトは自分の導き出した答えを口にする。
「何故、弾丸は外れないのか? あんたが未来視が出来るから? いや、違う。イエロが言っていた。未来は無数に枝分かれしている、と」
「私と彼女とでは能力が違うんですよ。そりゃ、視ている未来だって違うに決まってるじゃないですか」
呆れたと言わんばかりに、クロウが肩を竦める。だが、クロトは首を左右に振った。
「そうだとしたら、おかしくないか?」
「何がですか?」
「さっきの弾丸をかわせなかった事は」
「それが、君の言う通りブラフだとしたら?」
不敵にそう言うクロウに、クロトはクスリと笑う。
「ありえないだろ。そもそも、あんたにそのブラフは必要ないはずだ。それに……そうしたかったなら、もう少し弾丸を外しておくべきだった」
クロトはそう言い、周囲を見回した。アレだけの弾丸を放ちながら、周囲には弾痕はない。それは、クロウの弾丸は全て的に当たったと言う事だった。
あまりにも正確な射撃。それは、全く無駄弾が無いと言う事。
イエロの言葉が正しいならば、未来は無数に枝分かれしている。だとするならば、事前に弾丸を仕込んだとして、百発百中はありえない。
だからこそ、クロトは確信したように、
「お前に未来視は出来ない」
と、自信たっぷりに言い切った。
そして、右目へと魔力を宿す。
薄っすらと赤く輝くクロトの右目。後ろにいる為、冬華には直接見えないが、その輝きは分かった。そして、その眼が強い魔力を帯びているのも理解した。
ただ、クロトが何故そんな行動を取ったのか、冬華には分からなかった。
そんな冬華の疑問などお構いなしに、クロトは言葉を続ける。
「そもそも、ラグショットのカウントもおかしいだろ? カウントなんて、本来必要ない。わざわざ、カウントを聞かせるって事は、お前は相手に植え付けたかったんだ。“自分には未来視が出来る”と」
ここで、少しだけ間が空いた。クロウが無言を貫いたからだ。
故に冬華は口を開いた。疑問をハッキリさせる為に、
「でも、なんでそんな事する必要あるのよ?」
と。
不満げに口を挟む冬華は、小さく肩を竦め、更に問う。
「未来視が仮になかったとして、絶対に外れないなら、そんな事する必要ないでしょ?」
「違う。そうする必要があったのさ。絶対に外れない弾丸のタネを見破られない為に」
冬華の疑問にクロトが答えると、クロウは静かに右腕を持ち上げ、銃口を向けた。
「君はそのタネを見破った……と、言いたいのかな?」
引き金に指を掛け、クロウは静かにそう尋ねる。その言葉にクロトは呆れたような眼差しを向けた。
「今までの話を聞いて、そんな事言ってるのか?」
「…………ですね。答えを聞くまでも無いですね」
クロウの人差し指が引き金を引く。乾いた発砲音の後、『カウント十秒』と機械音が響き、
「――ラグショット」
と、不敵な笑みを浮かべた。
銃口から白煙が噴き出されるが、弾丸は放たれず、二人の間に奇妙な空気が漂う。
「なるほど……どうやら、本当に私のラグショットのタネは分かったようですね」
クロウのこの言葉に、冬華は困惑する。
「ちょ、ちょっと待って! ラグショットのタネって何よ!」
クロトの背後からそう声を荒げる冬華。
だが、クロトは変わらず、背を向けたまま答える。
「思い出せ。広場での事を」
「広場での事?」
怪訝そうに冬華が眉間にシワを寄せる。そして、思い出す。広場での出来事を事細かに。
一体、何処から思い出せばいいのか、と言う疑問はあった。だが、クロトが知っていると言う事を考慮し、思い出す範囲を絞っていく。
それらの中から、ラグショットと関係がありそうな状況を確かめるようにたどる。そして、冬華はひらめく。
「それって、もしかして、イエロの――」
冬華は思い出した。古城広場前の戦い。吹き飛ばされたクロトへと、蒼玄が追い打ちを掛けた時の事を。あの時、イエロが行ったのは――。
冬華の言葉の後、クロトが素早く手にしていた剣を振り抜いた。火の粉が舞い、火花が散る。
何処から現れたのか分からない弾丸は真っ二つに割け、クロトの横をすり抜けた。
クロトとクロウ。二人の視線がぶつかりあう。薄っすらと口元に笑みを浮かべるクロウは、連続で引き金を引いた。
轟く十発の銃声。だが、放たれた弾丸はたったの二発。それを、クロトは軽くいなし、手にしていた剣を消し、再びその手に剣を出す。今度は瑠璃色の細い刀身の二本の剣だ。
その二本の剣を握り締め、クロトは重心を落とした。
「あんたのラグショットの正体。それは――」
クロトはそう言い、視線を動かすと、素早く左手に握った剣を振るう。それは、空間を裂き姿を見せた弾丸を両断し、その破片がクロトの左頬を掠める。
「――空間転移」
微量の鮮血を舞わせながら、クロトは強い眼をクロウへと向けた。後に素早く左右へと瞳が動き、同時に両腕を振るう。その手に握られた二本の剣は、しなやかに動き次々と音もなく現れる弾丸を切り落とす。
クロトがどうやって弾丸の現れる位置を把握しているのか、冬華には分からない。だが、その凄さは分かる。無駄なく、素早く、一発一発を確実に切る。その技術は相当なものだった。
やがて、クロトは動きを止める。足元には弾丸の残骸が転がり、手にした二本の剣は刃から風を吹かせていた。
「そうだと考えれば、あんたの絶対に外れない弾丸も説明がつく」
背筋を伸ばし、クロトは一息に息を吐き出した。
クロトの導き出した答えに、冬華も行き着いた。そう。空間転移だと考えれば、全てが繋がる。
絶対に弾丸が外れない理由も、弾丸がズレる理由も。
「好きな時に、好きな場所に弾丸を撃ち出せるんだ。そりゃ、外れるわけないさ」
クロトがそう言い小さく肩を竦めた。
好きな時に好きな場所に――。そう考えれば、様々な角度から弾丸で放たれていた事も説明が着く。
空間転移による自由自在の射撃。音もなく現れる絶対に外れない弾丸。
こんな最強とも言える武器を持つクロウに、冬華は勝てるイメージが湧かない。
だが、クロトは言い放つ。
「……でも、欠点もある」
と。自信たっぷりの表情で。
「欠点? 何を……バカな……」
ふてぶてしく笑むクロウ。何事もないようなクロウだが、何か様子がおかしかった。
今までの余裕が、失われているように冬華には見えた。しかし、その理由が分からない。幾らタネがバレたとしても、クロウの優位は変わらないはずなのに。
その冬華の疑問に、答えるかのようにクロトは口を開く。
「随分と消耗しているみたいだな。まぁ、当然だろうな。空間転移はそれだけ消耗の激しい代物。あんたが未来視があると思わせたかったのは、空間転移による魔力の消耗を隠す為。タネがバレて対策され、長期戦になれば分が悪いもんな」
クロトの言葉にクロウの表情が僅かに曇った。それは、クロトの言葉が正しいと言っているようなものだった。
クロトの言葉で、冬華も思い出す。空間転移の利点と欠点を。確かにアオも空間転移を行った際は動けなくなる程、消耗していた。
それだけ、空間転移は消耗する。それを、アレだけ多用すれば、相当な魔力を消費しているはずだった。
クスリと笑うクロウは、首を傾げる。
「……そうですね。あなたの言う通りですよ。長期戦になれば分が悪い。しかし――」
不敵に笑むクロウの指が引き金を引く。何発も轟く銃声が重なり、弾丸が放たれる。銃声が重なった為、何発の弾丸が放たれたのか分からないが、明らかに銃声と放たれる弾丸の数が合わない。
身構える冬華は、険しい表情を浮かべる。クロウが空間転移を使用していると分かった所で、冬華にそれに対応するだけの能力は無い。
いや、寧ろ対応出来ているクロトの方が特殊なのだろう。
瑠璃色の刃の双剣をしなやかに振るい、次々と弾丸を切り落とすクロト。その背を冬華はただ見据えているだけ。
だが、次の瞬間、冬華を囲うように次々と弾丸が姿を見せる。
「えっ?」
思わず出た声。突然の事に一瞬、何が起こっているのかを理解する事が出来ない。その為、「キャッ!」と声を上げ、目を伏せた。
「冬華!」
クロトの声が、耳に届く。
しかし、無数に放たれたはずの弾丸は、一向に冬華の体を貫く事はなかった。
何故なら――瞼をゆっくりと開く冬華。その体を覆うのは、金色の光を放つ無数の鱗、光鱗だった。
クロトに破壊された光鱗は見事に復活していた。恐らく、雪奈に分けてもらった聖力のおかげだろう。
光鱗が次々と弾丸を弾く向こうに、冬華は安堵するクロトを見た。と、同時に、クロトの向こうにいるクロウが不愉快そうに表情を歪め、銃口をクロトへと向けたのが見えた。
「危ない!」
冬華は叫び、左足を踏み込む。その右手に握られる槍は聖力を帯び、金色に輝き、それを冬華は大きく振りかぶる。
その眼がクロウと合う。クロウが銃口を向けたのはクロトではなく、冬華だった。その輝く槍の危険性を感じ取ったのだろう。
だが、クロウが引き金を引く前に、
「いっけぇぇぇぇっ!」
と、冬華は槍を放った。
矛先を螺旋状に回転させながら大気を貫く光の槍は、一直線にクロウへと迫る。
半歩下がるクロウ。冬華の一撃を弾くには、並の弾丸では不可能。かと言って、今から魔力を込め強力な弾丸を放とうにも、魔力を消耗し過ぎていた。
故に、クロウの判断はその場を離れる事。だが、動き出そうとしたクロウは目にする。静かに笑むクロトの横顔を――。
その表情にクロウは一瞬躊躇う。自分の判断は間違っているのか、と脳裏によぎる。
一瞬の躊躇が、クロウから逃げると言う選択肢を奪う。それほどの速度で槍はクロウへと迫っていた。
「くっ!」
小さく声を漏らすクロウは、左手に魔力を込めると、それを右から左へと払うように振るった。クロウの左手は空間を裂いた。空間転移だ。
それに、冬華の放った光の槍は吸い込まれる。
「ッ!」
冬華の表情が歪む。
まさか、空間転移で飛ばされるとは思わなかった。今に思えばそうだ。空間転移は攻防どちらにも使えて当たり前だった。
悔しがる冬華だが、一方でクロトは笑みを浮かべたままだった。その目が何を見ているのか、威風堂々とした態度で。
冬華の一撃をやり過ごし、不敵に笑むクロウ。だが、その直後――
「ぐふっ!」
クロウの口から大量の血が吐き出され、体は弓なりに反る。
腰の位置に突き刺さるのは、先程クロウが空間転移で消したはずの冬華の投げた光り輝く槍。その刃は深々と突き刺さり、クロウの体を貫いていた。
腹部から突き出た切っ先からは鮮血が滴れ、クロウの膝は静かに床に落ちる。
「な、何故……た、確かに……空間――!」
そこで、クロウは気付いた。
「空間転移が、あなただけの専売特許だと思ったら大間違いなのですよー」
弾むような女の声。その声にクロウの表情は歪む。彼にとって天敵とも言える存在。それが――
「イエロちゃん参上なのですよ!」
右目の目元でビシッと右手でピースを作り、愛らしく微笑する少女――イエロ。右半分は銀、左半分は金の美しい髪が静かな風でたなびく。
継ぎ接ぎだらけの手足に、衣服の上からでも分かる胸の中心に輝く拳大の魔法石。その姿はとても痛々しいものだった。
肩口から繋がれた両腕は褐色の肌で、それが魔人族の腕だとひと目で分かる。他にも見た目では判断がつかないが、獣魔族と龍魔族の肉体も移植されているようだった。
イエロが何故、いつもニワトリのキグルミを着ていたのか、なんとなくだが分かる気がした。
「お待たせしたのですよー」
笑顔で手を振るイエロ。自分の体の事など、全く気にした様子もなく。
そんなイエロに遅れて、
「クロト!」
と、セラが声を上げ、イエロの横を駆け抜け、クロトへと足を進める。だが、それをクロトは左手で制す。
「来るな! 俺は大丈夫だから!」
強い口調でクロトがそう言うと、セラも足を止めた。とても不安そうにクロトの背を見据えるセラ。だが、自分が何も出来ない事を理解しているのか、黙ったままだった。
そんなセラの右肩をイエロは軽く叩いた。
「心配しなくても大丈夫なのですよ」
「でも……」
何か言いたげなセラだが、イエロが微笑し「彼を信じるのですよ」と言った為、その言葉を呑み込んだ。
「ぐっ……何故……あなたが……」
口角から血を流すクロウは、体を突き抜ける槍を右手で掴み、イエロへと目を向けた。足元には血溜まりが広がり、呼吸は弱々しい。
そんなクロウの言葉にイエロは小首を傾げ、にこやかに答えた。
「知らなかったのですか? 彼女は魔法石を作り出せるのですよ?」
イエロはポンとセラの肩を叩いた。
僅かに表情を険しくするクロウは、血で真っ赤に染まった歯をむき出しにし、静かに息を吐いた。
「それより、形勢は逆転したんじゃないか?」
イエロの背後から姿を見せたアオが、よろめきながらクロウへと目を向ける。イエロと共にこの場に来たと言う事は――と、冬華は辺りを見回す。
アオがいると言う事は当然、クリスもいるはずだからだ。
「ぐっ……足を退けろ!」
クリスの声が聞こえ、冬華は視線を落とす。
「嫌なのですよ。足を退けたら、クリスっちはすぐ戦おうとするのです。怪我人は大人しくしているのです!」
頬を膨らせるイエロの足元にクリスは横たわっていた。その背をイエロに踏みつけられながら。
一体、どう言う状況なのか、と冬華は思う。しかし、イエロの今の発言から、クリスは余程の怪我をしているのだと理解し、苦笑した。
「くっ! 私は、冬華を――」
「駄目と言ったら駄目なのですよ! ワガママ言うと怒るのですよ!」
クリスの声を遮り、イエロがそう怒鳴った。この場の空気などお構いなしのやり取りに、唐突にクロウの笑い声が響く。
その声に皆の視線がクロウへと集まった。
肩を揺らし笑うクロウは、突き刺さった槍を両手で握り引き抜いた。鮮血が舞い、床へと落ちる。
「さぁ……時は、満ちた!」
大手を広げ、声を荒らげるクロウ。その声に鼓動するように、地響きが起き、祭壇より禍々しい魔力が溢れ出した。
「最凶……最悪の……魔王の復活だ!」
揺れは一層激しさを増し、一本の支柱が音を起て砕け落ち、瓦礫が降り注ぐ。
険しい表情を浮かべるクロトは、両手に持った剣を消し、両手へと魔力を込めた。
それに合わせるように、冬華も槍をその手に戻すと神力を練った。
二人の眼差しを――いや、その場にいる全ての者の眼差しを集め、祭壇は静かに崩れ落ちる。
まるで、全ての時を止めてしまったかのように、ゆっくり、ゆっくりと――。