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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
298/300

第298話 魔王の娘

 衝撃が広がり、柱が砕けた。


「ッ!」


 柱の破片が派手に飛び散り、冬華の皮膚を裂き、鮮血が僅かに散る。

 苦悶の表情を浮かべる冬華は、槍を片手に後退。漆黒の鎧をまとう男との距離を取った。

 それは、本能的に行った行動で、殆ど無意識だった。だが、それでも破片は冬華を襲った。

 歯を食いしばり、身を低くし動きを止める。足元には僅かな埃が舞い、やがて消えていく。

 二人の間に開いた距離は十数メートル。武器を持っていない鎧の男よりも、槍を所有する冬華の方が優位に見える。だが、この現状で優位な立場にいるのは、間違いなく鎧の男の方だった。

 理由は簡単だ。この鎧の男は間合いなど関係なく突っ込み、冬華の間合いで勝負させないようにしているのだ。

 故に、冬華は後方へと飛び退き距離を取り、自分の間合いにしようとするが、その度に鎧の男は一旦足を止め、槍の届かぬ位置で溜めを作る。この繰り返しで、冬華は自分のペースがつかめなかった。

 僅かに呼吸を乱す冬華は、ギュッと柄を握り締め、右足を踏み込む。攻めなければ行けない事は分かっていた。その為の一歩。そして、力強い一撃を放つ為の踏ん張りだった。

 だが、冬華のその動きに、鎧の男はその場を飛び退く。冬華に臆し退いたわけではない。両足で地を踏み締め、指先へと全体重を乗せ身を屈める。それにより、両足に力を溜め、一気にそれを開放し、冬華との間合いを詰めた。


「ッ!」


 槍を突き出そうとした冬華の間合いへと鎧の男は問答無用に踏み込んだ。それにより、冬華の動きは制限される。槍を突き出す事は可能だが、すでに間合いを詰められている為、分厚い鎧を突き破るだけの破壊力はない。

 そう考えた結果、冬華がする選択は一つ。その場を離れる事だった。

 床を蹴り後方へと跳ぶ。遅れて先程まで冬華がいた場所に、鎧の男の右拳が突き刺さる。乾いた衝撃音が響き、大地が揺れた。砕石が派手に飛び散り、破片が散乱する。

 距離を取る冬華は一歩、二歩と後退し、動きを止めた。

 薄紅色の唇を薄っすらと開き、静かに吐息を漏らす。重々しい鎧を装着しているのに、この男の動きは速い。その事が冬華を戸惑わせていた。


(……動きが速い)


 険しい表情で鎧の男を見据える。鎧が軽量化されているのか、とも思ったが、とてもそんな風には見えない。何か別の方法で加速していると考えるのが妥当だろう。

 呼吸を整え、冬華は視線を動かし考える。周囲を観察すれば何か打開策が見えてくるかもしれないと、冬華は考えたのだ。

 石畳の床に突き刺さる右拳を引き抜く鎧の男は、ふぅーっと息を吐くと背筋を伸ばした。黒髪を揺らしふてぶてしい表情を向ける鎧の男に、冬華は眉を顰める。

 考えても無駄だと言っているように感じたのだ。


「どうした? 英雄。逃げるだけか?」


 挑発的な言葉だが、冬華はそんな挑発には乗らない。自分が弱い事は分かっている。そして、自分が逃げる事しか出来ない事も知っている。

 故に、冬華は特にこの男の言葉には何も思わない。

 すり足で右足を前に出し、冬華はふっと静かに息を吐いた。

 冬華が挑発に乗らないと分かると、頭を右へ左へと傾け首の骨を鳴らす。準備運動はここまでだ、と言うように鎧の男はニヤリと口元を緩める。

 殺気が冬華の足を竦ませた。それほど、鎧の男がまとうオーラが恐ろしかった。


(……くっ! ダメ! 弱気になっちゃ!)


 息を呑み、奥歯を噛み締める冬華は、自分にそう言い聞かせる。震える足に力を込め、静かにゆっくりと息を吐き出す。

 激しく動悸する心臓を落ち着け、冬華は真っ直ぐな眼を鎧の男へと向ける。

 二人の視線が交錯し、数秒。


「んんっ……」


 呻き声が静かな室内に響き、今まで意識を失っていたセラがゆっくりと体を起こした。


「ここは……」


 虚ろな眼で周囲を見回す。褐色の肌に茶色の髪、赤い瞳のセラは尖った耳をピクリと動かすとようやく冬華と鎧の男の方に目を向ける。

 暫し呆然とし、二人を見据える。そして、冬華もそんなセラに目を向けた。初対面の二人。故に微妙な空気が漂う。

 ポリポリと右手の人差し指で頬を掻くセラは、困ったように瞼を閉じると、眉間にシワを寄せた。状況をイマイチ理解出来ていなかった。


「ようやくお目覚めか? お姫様」


 振り返った鎧の男が、肩を竦める。すると、セラは首を傾げ、肩口まで伸ばした茶色の髪を僅かに揺らす。


「……誰?」


 眉間にシワを寄せ、目を細めるセラはまじまじと鎧の男を見る。光沢のある漆黒の鎧に薄っすらと見覚えがある気がするが、全く思い出せない。

 静かに息を吐く鎧の男は、重心を右へと傾ける。


「お姫様に英雄。俺の相手はとんだ肩書だな」


 呆れた様子の鎧の男に対し、セラは「うーん」と静かな声を吐き出す。まだ状況が理解できていないのか、もう一度小首を傾げる。

 そんなセラに対し、ググッと膝を曲げ脹脛へと力を込めた鎧の男は、前傾姿勢を取ると、一気に地を蹴った。力強いその踏み込みで地面が砕け、砕石が舞う。


「危ない!」


 冬華が叫ぶ。その声に僅かに反応するセラは、迫る鎧の男へと目を向ける。

 不服そうに頬を膨らし、鼻から息を吐き出したセラは、右足を踏み込み、左肩を正面へと向け、右拳を肩口まで引いた。

 そして、右拳へと魔力を込める。


「属性強化――土!」


 魔力による属性強化。それにより、セラの肘から先を土が包み込み、やがてそれは岩石へと変わる。

 その変化にセラは違和感を覚え、僅かに眉をひそめた。だが、セラは構わず左腕を引き、腰を回し右拳を打ち出す。

 膨れ上がった岩石の拳。それにより、風の抵抗が大きくなり、セラの右肩には拳を打ち出す速度と風の抵抗でかなりの負荷がかかっていた。

 奥歯を噛み、踏み込む右足へと体重を乗せるセラに、鎧の男は不敵に笑みを浮かべる。


「力比べと行こうか!」


 声を上げ、鎧の男は右足を踏み込み、勢い良く右拳を振り抜いた。

 二人の右拳が衝突し、轟々しい打撃音と衝撃波が広がる。大きく吹き飛ばされたセラは、その背を天井に打ち付けた後、壁へと体を激しく打ち付けた。

 壁と天井が崩れる音が響き、瓦礫が崩れ落ちる。土煙が室内へと広がり、暫しの沈黙が続く。

 セラと鎧の男の拳がぶつかり合ったその場所は、衝撃で地面に円形に亀裂が無数に広がっていた。

 そして、そこには鎧の男が何事もなかったかのように佇んでいた。

 振り抜いた拳を下ろし、舞う埃を左手で払う。


「この程度か? お姫様」


 ふてぶてしく笑みを浮かべる鎧の男に、背後から冬華は迫る。極力気配を消し、足音も起てずに。

 英雄が不意打ちなど卑怯かもしれない。そう思う冬華だが、それは己のプライドの問題。しかし、冬華に守るだけのプライドは無い。

 故にためらいなどなかった。右足を踏み込み、槍を引く。あとは突き出すだけ――だった。だが、その瞬間に響く。


「危ない!」


と、セラの声が。

 その声で鎧の男は冬華の存在に気付き、不敵な笑みを浮かべ素早く振り返り、その勢いのまま拳を冬華の腹へと突き立てた。

 鈍い打撃音の後、冬華の口から血の混じった唾液が吐き出される。


「がはっ……な、なんで……」


 体をくの字に曲げた冬華は腹を押さえたまま膝を床へと落とした。

 光鱗は発動しなかった。クロトに砕かれてしまったからなのか、それとも別の要因なのかは定かではない。

 だが、それが原因で、鎧の男の拳は直に冬華の腹を捉えたのだ。

 食いしばった歯の合間から血を零す冬華は俯き、額を地面へと落とした。殴られたらこんなにも痛いのか、と初めて感じる。

 しかし、そんな痛みなど今はどうでもいい。それよりも冬華がショックだったのは、セラの声だった。

 何故、声を発したのか。

 何故、わざわざ鎧の男を助けたのか。

 冬華には分からない。

 困惑する冬華をふてぶてしく笑む鎧の男は見下ろす。


「情けないな。英雄が不意打ちをしようなどとは……プライドはないのか? プライドは」


 嫌味ったらしくそう口にし、やがてゆっくりとセラの方へと体を向けた。

 瓦礫の上に佇むセラは、口角からこぼれた血を左手の甲で拭い、右手で頭部を擦る。その手からは僅かに出血し、それが茶色の髪へと付着した。

 不愉快そうに目を細めるセラは、静かにぷっくりと膨らんだ唇を開き息を吐き出す。


「不意打ちがどうとか、あんたには関係ないじゃない」


 僅かに怒気のこもったセラの言葉に、鎧の男は「何の事だ?」と挑発するように肩を竦めた。

 一層不快そうに眉を寄せるセラは、グッと右拳を握り込む。


「あなたの事……知ってるわよ。バレリアでクロトとケルベロスに大怪我負わせたって」

「バレリアで? ……あーあ。そうか。あの時、あの場所にお姫様もいたのか……」


 小さく頭を縦に振る鎧の男に、セラはジリッと右足を前へと出す。


「えぇ。だから知ってるわよ! あんたの鎧が攻撃を弾くって事は! だから、彼女を止めたのよ! 下手に攻撃を仕掛けて、彼女が致命傷を受けるのを避けるために!」

「ふーん……まぁ、その結果、今こうして俺の足元でひれ伏すわけだが……」


 鎧の男は右足を上げると、その足を蹲る冬華の頭上へと持っていく。


「ッ!」


 その行動にセラは力強く地を蹴り、両足へと魔力を込め、


「属性強化! 風!」


と、足に風をまとう。風の抵抗を最小限にする為、低い姿勢で突っ込むセラの速度は加速する。

 だが、鎧の男はふてぶてしく笑み、


「属性強化など、俺には無意味だ」


と、右足を冬華の頭の上へとゆっくりと降ろす。

 刹那、加速するセラは飛び込み、蹲る冬華へと体当りし、そのまま地面を転げる。一方、降ろされた鎧の男の右足は静かに床へと落ちた。

 セラの体当たりによって、冬華も床を転げたのだ。

 鎧の男との距離を取ることに成功した冬華とセラだが、二人共足も腕も擦り傷を作り、血が滲んでいた。


「何だ? 攻撃じゃないのか?」


 残念そうにセラを見据える鎧の男はニヤニヤと口元を緩めていた。

 体を起こすセラは、大きく肩を上下させ、鎧の男を睨む。


「この娘は、あんたの汚い足で踏んでいい娘じゃないわよ!」


 セラが声を張る。

 セラの言葉に冬華は静かに体を起こす。不意打ちをしようとした時、セラが声を上げた理由も分かったし、もう冬華に困惑はなかった。

 だが、問題は解決していない。セラの言う事が確かならば、鎧の男は攻撃を跳ね返す。そんな相手にどう攻撃を仕掛ければいいのか、冬華は考える。

 一方、セラは静かに息を吐き出すと、血の滲む右拳を握り締める。


「大丈夫……。私がなんとかするから」


 小声でセラはそう口にする。

 思わず、「えっ?」と声を上げる冬華。その視線がセラへと向く。だが、その時にはセラは床を蹴っていた。

 僅かな土埃を残し、セラは低い姿勢で駆け抜ける。

 体を起こし、セラの背を見据える冬華は、思考を張り巡らせる。自分がどうすればいいのかを考えるために。

 一人突っ込むセラは、両足へと魔力を込める。


「属性強化!」

「芸が無いな!」


 右足を踏み込む鎧の男は、振りかぶった拳を振り下ろす。刹那、セラはその拳を避け、そのまま両手で鎧の男の腕を取り、飛びつく。腕拉ぎ十字固めをきめる。


「打撃や魔力による攻撃を弾くなら、それ以外の攻撃をすればいい!」


と、セラはそのまま鎧の男の腕を締め上げる。

 か細いセラの両腕で、鎧の男の腕を引く。骨が軋み、腕が完全に伸びきる。


「ほーっ……考えたな」


 感心する鎧の男だが、その表情は余裕が伺えた。何故なら、非力なセラの力では、どれだけ固めようとたかが知れているからだ。

 奥歯を噛み、全力で腕を引くセラだが、鎧の男はゆっくりと腕を引き戻す。どれだけ体重を掛けようとも、どれだけ全力を尽くそうとも、か細くか弱いセラの腕の力ではどうにもならない程の力の差があった。


「ぐっ……ううっ!」

「どうした? この程度か?」


 徐々に鎧の男の腕は引き戻され、セラの体から離れていく。

 基本的にセラの戦闘スタイルは属性強化により身体能力を向上させる戦い方。故に、魔力なしの純粋な力勝負では話にならなかった。


「魔力がなければただの小娘にすぎんな!」


 強引にセラの腕を振り切ると、その手でセラの顔を掴み、そのまま床へと叩きつけた。


「ガハッ!」


 地面が砕け、深く無数に広がる亀裂の中心にセラの頭部が減り込む。鮮血は放射線状に広がり、頭部から溢れる血が亀裂の中へと流れ込んでいた。

 体が僅かに痙攣するセラの顔から鎧の男の手が離れる。


「セラ!」


 冬華が叫ぶ。だが、セラの反応は無い。

 ゆっくりと上体を上げる鎧の男は、背筋を伸ばすと右肩を回した後、首の骨を鳴らす。その音だけが広い室内へと広がり、やがて静まり返る。

 奥歯を噛み締める冬華は、すり足で右足を前へと出した。どうにかしなければならないと考える。


「さて、次は、英雄様の番だぞ」


 静かな声と共に、鎧の男は床を蹴る。速度はそれほど速くは無い。全力で走っているわけではないのだろう。

 鎧の所為か、その足音は重々しく、時折鉄と鉄のぶつかり合う音も響く。

 微動だにしない冬華は、そんな鎧の男をジッと見据える。槍を構えたまま、ただジッと。思考だけを巡らせ、瞬時に動けるよう全身に薄っすらと精神力を広げた。

 だが、冬華の全身を包むのは、強力な神力。冬華の広げた精神力が無意識の内に神力へと変換されていたのだ。

 薄っすらと輝きを放つ冬華に、鎧の男も流石に危機を察知したのか強引に足を止めると、バックステップで距離をとった。

 僅かに土埃を巻き上げ、動きを止める。

 突然の鎧の男の行動に、冬華は小さく首を傾げた。何故、鎧の男が飛び退いたのかわからなかったのだ。

 ジットリと手の平に汗を滲ませる鎧の男は、一瞬だけ眉間へとシワを寄せるが、すぐにその口元に薄ら笑いを浮かべた。


「流石は英雄……と、言った所か」


 小さく息を吐き出す鎧の男に、冬華はもう一度小さく首を傾げる。

 何かを行ったつもりは無い。ただ、鎧の男が勝手に動きを止めただけ。何故、そんな事をしたのかを冬華は考える。だが、答えは出なかった。

 疑念だけが冬華の中で膨らんでいく。

 対峙する二人。慎重になる鎧の男は、身構えると全身に魔力を広げた。

 明らかに今までと違う雰囲気に、冬華は息を呑み重心を落とす。

 その時、鎧の男の遥か後方で倒れていたセラが、ゆっくりと体を起こした。赤く血に染まった茶色の髪の毛先からは血が滴れる。

 体を起こしたセラは左手で自らの頭に触れた。その手は血で赤く染まるが、セラは気にした様子はなくゆっくりと立ち上がる。

 その様子を冬華は黙って見据えていた。何か、セラの様子がおかしかったからだ。

 だが、鎧の男はそんな事には気付かず、黙って槍を構える冬華へと、


「行くぞ! 英雄!」


と、声を上げ、両拳を胸の前でぶつけ、魔力を放出する。

 刹那の事だった。放出した鎧の男の魔力が消滅する。


「ッ! な、何だ!」


 突然の事に困惑する鎧の男は、目を見開いた後、素早く振り返った。そして、目にする。周囲の魔力・精神力、全てを取り込むセラの姿を。

 その光景は異様で異質なものだった。故に鎧の男は息を呑み顔を強張らせる。


「な、何だ……アレは……」


 眉間にしわを寄せ険しい表情でセラを見据える鎧の男は、奥歯を噛み締めた。セラに何が起こったのかは分からないが、このままでは自分の魔力が全て吸いだされると言う事だけは理解できた。

 この状況下で、最優先すべき事は自ずと絞られる。その為、冬華はすぐに動き出す。鎧の男が次に取る行動を予期して。

 足音を起てず、低い姿勢で駆ける。

 鎧の男の重心が右足へと乗り、つま先へと力が入った。その事から鎧の男がセラへと向かおうとしているのは明白。完全に冬華は蚊帳の外だった。

 動き出そうとする鎧の男に、冬華は下唇を噛む。今のままでは間に合わない。そう直感した。

 故に、冬華は手にした槍へと精神力をまとわせる。当然、その精神力はセラによって瞬時に奪われる。それを防ぐ為、冬華が行ったのは、全力で精神力を放出する事。

 この先の事など考えてはいなかった。ただ、この状況をどうにかする為にとった最善の行動だった。


「こ、今度は何だ!」


 突然の膨大な精神力の波動に、鎧の男は声を上げ振り返る。だが、それだけ。精神力を放つ冬華を一瞥し、すぐにその視線をセラへと戻す。

 鎧の男の最優先事項は、冬華よりもセラだと言う事は変わりないのだ。

 しかし、冬華にとってそれは幸いな事。そして、鎧の男が一瞬でも自分の方へと注意を向けた事により生まれた数秒の遅れ。

 ほんの僅かな遅れだが、それで十分だった。


「氷月花!」


 冬花は振り上げた槍の先を地面へと向けると、それを一気に地面に突き立てた。精神力が自動的に魔力へと変換され、それが、冷気を生み出し、突き立てた槍を中心に半径数十メートル内を凍りつかせた。

 一瞬の出来事で、冷気が漂うよりも早く、床が、柱が凍りついた。遅れて、冷気が漂い、周囲に白煙が漂う。

 その範囲内にいた鎧の男。当然、その足は氷で床に張り付けられていた。


「くっ! 足が……小娘が!」


 険しい表情の鎧の男は、奥歯を噛む。油断と、言うよりも完全に判断ミスだった。

 冬華が英雄である事を忘れてはいけなかった。英雄と呼ばれる者が奇跡を呼ぶ存在だと言う事を、忘れてはいけなかった。

 全ての攻撃を跳ね返す鎧をまとっていたと言う事もあり、過信していた。安心しきっていた。例え英雄の一撃であっても跳ね返せる、と。

 だが、これは攻撃ではない。それに、もし跳ね返せたとしても、鎧の男を取り囲むように咲き誇る氷の花に行く手を阻まれ、身動きは取れなかった。


「クッソッ! 俺の邪魔ばかりしてんじゃねぇよ!」


 声を荒げ、鎧の男は足を拘束する氷を砕き、同時に両腕で周囲に咲き誇る氷の花を砕いた。

 白い息を吐き出す冬華は、砕ける氷の花を見据えながら、両肩を上下に揺らす。精神力を大量に放出した。その半分以上がセラに吸収された。

 色濃く見える冬華の疲弊の色。流石にこれ以上は危険な状態だった。

 それでも、冬華は背筋を伸ばすと、再び精神力を身にまとう。セラが何を行おうとしているのかは分からないが、今、冬華がすべき事は、この鎧の男の足止めをする事だと言う事は明確に分かっていた。

 氷の花が砕け、綺麗な音色を響かせる。冷気は足元から徐々に徐々に上がっていき、光沢のある漆黒の鎧の表面に僅かながら霜が乗り始めていた。


「くっ! 鬱陶しい!」


 声を上げた鎧の男は、魔力を奪われる事などお構いなしに、全身から大量の魔力を放出し、その衝撃で周囲の氷の花を一掃する。

 砕け、大小様々な氷片が宙を舞う。美しく光を反射する氷片は、床へと落ちると更に砕け細かな破片を散りばめた。

 美しい音を奏で散りゆく氷片。その中心に佇む鎧の男は、半開きの唇から白い吐息を漏らし、顔をゆっくりとセラの方へと向けた。

 全身から周囲の魔力・精神力を吸収するセラの体から溢れ出る強大なエネルギー。魔力と精神力が入り混じり、不気味な波動を広げていた。


「私は……」


 ボソボソと呟くセラ。頭から流れていた血はいつの間にか引き、傷は癒えていた。取り込んだ魔力と精神力により、セラの細胞が活性化され再生速度が上昇していた。

 赤い瞳は濃く変化し、茶色の髪は魔力を帯び赤褐色に変わる。ほんの些細な変化だが、それは、セラの中に眠っていた魔王としての血が覚醒し始めていた。

 すでに覚醒するだけの要因は多々あった。

 幼い頃に施された封印の解除。

 それにより、体内へと取り込んだ幾数多もの魔力と精神力。

 何よりも大きな要因は三大魔王と呼ばれる覇王デュバル、獣王ロゼ、竜王プルートの三人の魔力と、クロトの魔力を体内に収めた事。

 これらの事が、セラの中に、奥底に眠っていた魔王としての力を呼び覚ましたのだ。

 肉体すらも崩壊させてしまいそうな程の魔力が、セラの周りを渦巻く。

 流石の鎧の男も、セラのまとう異様な魔力の波動に、半歩下がった。


「くっ……な、何だ! 何が起こっている!」

「私は……魔王デュバルの娘……。私は……魔王――」


 何度も同じ言葉を繰り返すセラの顔がゆっくりと鎧の男の方へと向けられる。背筋が凍り付きそうな程のプレッシャーを放つセラに、鎧の男の瞳孔が開く。

 次の瞬間、床が砕け、砕石が舞い、土煙を残しセラが消える。

 床を蹴ったのだと、鎧の男はすぐに理解し、一回、二回と瞬きをし、瞳を右へ、左へと動かす。


(何処から来る!)


 警戒する鎧の男は、自然とその場から離れる。一歩、二歩と後退。床に張った氷を踏み締め、更に一歩。

 その時だ。床に張った氷が砕け宙へと舞う。大小様々な氷片が、光を反射し鎧の男を囲う。


「ッ!」


 瞬間的に、両腕を体の前で交差させる鎧の男。その交差した腕越しに映る。低い姿勢で踏み込み、地面スレスレの位置で右拳を振りかぶるセラの姿が。

 右拳を包む膨大な魔力は自動的に属性強化を行い、その拳を土属性で硬化する。それにより、セラの右腕は拳から肩口まで黒く染まり、光沢よく輝きを放つ。

 その腕を見た瞬間に、鎧の男は口元に笑みを浮かべる。打撃であるならば、確実に鎧で攻撃を跳ね返せる。どれだけ、魔力で強化しようとも、獣魔族の一撃すら跳ね返す事の出来る鎧だ。魔人族の――しかも、女であるセラの一撃などたかが知れていた。

 振りかぶられたセラの右拳が下から鎧の男の腹部を抉るように放たれる。

 鈍い打撃音の後、硬い金属が砕ける音が広がり、光沢のある黒い破片が宙を舞う。

 大きく弾かれたセラの右拳。腕を包んでいた黒い硬質物は砕け、褐色のセラの肌が露わとなっていた。それでも、セラは更にその拳に魔力を集め、強引にその拳を振り下ろす。

 一方、セラの一撃を弾き返した鎧の男は、両腕が大きく頭上まで弾かれていた。セラの一撃を交差させた腕で受けた為だった。しかも、その漆黒の手甲には分かり辛いが亀裂が生じ、セラの放った一撃の凄まじさを物語っていた。


「くっ!」


 表情を微かに歪める鎧の男の足が一歩、二歩と下がる。

 だが、その足はすぐに動かなくなった。鎧の男が両足に力を込め、踏みとどまった――と、言うわけではない。鎧の男の意図しない力により両足が動かなくなったのだ。

 奥歯を噛む鎧の男はその視線を足元へと向けた。その足を拘束するのは氷だった。当然、それを行ったのは――。


「くっ! 無力の英雄が! 俺の邪魔ばかり――」

「残念だけど、あなたの言う通り、私は無力。でも、足を止める事位なら出来る!」

「黙れ! 小娘が!」


 鎧の男が足へと力を込める。だが、それより先に動くのは――セラだった。

 弾かれ、血が滲む右拳を握り直し、その拳に膨大な魔力が収縮される。

 遅れて、鎧の男が両足を拘束する氷を砕いた。そのほんの僅かな遅れ――それは、死闘を、命を削り合う戦いにおいて、致命的な遅れとなる。

 握り込まれたセラの右拳は、一瞬の後に赤黒い炎をまとう。

 全てを焼き尽くす業火の炎。それを拳に乗せるセラは、力強く左足を踏み込み、獣の様な鋭い眼を鎧の男へと向ける。

 二人の視線が交錯し、鎧の男はギリッと奥歯を噛んだ。まさか、ここに来てセラが業火の炎を出すとは思っていなかった。当然、この鎧の前にセラの攻撃など痛くも痒くも無い。……はずなのだが、鎧の男は妙な感覚に襲われていた。

 それは、目の前に対峙しているセラの姿が、時折、三人の魔王の姿とダブって見えていた。

 だが、それは、当然だった。セラは一度三人の魔王の魔力を取り込んだ。クロウは全ての魔力を奪ったつもりだったのだろうが、その三人の魔力はセラの体内に僅かながら滞留していた。

 それにより、セラの体には変化が起こる。赤黒い炎をまとう右腕に龍魔族の様に鱗が浮き上がったのだ。

 踏み込まれる左足に全体重が乗せられ、


「属性強化――火」


と、口ずさみ、一気に右拳を放つ。

 一直線に目にも留まらぬ速度で放たれる右拳。轟音と共に漆黒の鎧が派手に砕け散り、セラの右拳が鎧の男の腹へと突き刺さる。


「ふがっ!」


 血が混じった唾液が吐き出され、鎧の男は吹き飛んだ。一回、二回、三回と地面にバウンドし、やがて鎧の男は壁へと激突する。

 セラの放った一撃。その力は紛れもない獣魔族なみの腕力で放たれた一撃。重く、体の芯にまでズッシリと残る破壊力抜群の一撃だった。

 鎧の男のバウンドした床は砕け、壁も崩れ落ちる。土煙が広がった為、鎧の男がどうなったのかは定かではない。だが、鎧を砕く程の一撃を受けて、無事で済むはずがない。

 安堵する冬華は膝を落とした。流石に消耗が激しく、これ以上立っている事ができなかったのだ。

 呼吸を乱し、肩を上下に揺らす冬華は、ゆっくりと顔を上げセラへと目を向けた。


「セ……ラ……?」


 表情を歪める冬華は、眉間にシワを寄せる。何か、雰囲気が違う。と、言うより、未だにセラの体へと魔力と精神力が集まっていく。

 だが、その膨大に膨れ上がる魔力、精神力により、セラの体から血が噴き出す。血管が割けたのだ。


「私は……魔王……私は……」


 よろめき、一歩、二歩と足を進めるセラ。その視点は定まっていない。ただ、自分が戦うべき相手、鎧の男だけを見据え、足を進める。

 ふらつき、覚束ない足取り。その様子に冬華は悟る。今、セラは無意識に動いているのだと。


「……ッ!」


 奥歯を噛み締める冬華は、膝に力を込めゆっくりと立ち上がる。今、セラを救えるのは、自分しかいない。そう自分に言い聞かせ、冬華は歩き出す。

 手に持っていた槍を支えにし、一歩、また一歩と足を進める。二人の距離は徐々に縮まり、冬華は槍を手放すとそのまま後ろからセラを抱き締める。


「もういいの! もういいから……。大丈夫。大丈夫だから!」


 力強く抱き締める冬華。当然だが、近づけば近づく程、セラによる魔力・精神力の吸収は強力になる。

 それにより、冬華の精神力は急激に失われていく。


「うっ……うくっ……」


 膝が落ちそうになるが、冬華は何とか踏み止まる。セラの足が止まり、体が前後に僅かに揺れた。

 その口は相変わらず「私は……魔王……」と口ずさむ。

 そんなセラの鼻からツーッと血が流れ出す。セラの肉体も限界が近かった。


「もう戦わなくていいの! もう……大丈夫……」


 視界が霞み、腕の力が抜ける。これ以上は危険だと、冬華も分かっていた。それでも手を離さず、冬華は「大丈夫、大丈夫」と囁き続けた。

 そんな冬華の体が薄っすらと金色に輝きを放ち、それが徐々にセラをも包み込む。暖かで優しいその光。ゆっくりとそれがセラの体内へと浸透し、体内に蓄積されていく膨大な魔力を調和していく。

 冬華のその力により、セラはようやく我に返った。


「あ、アレ? 私……」


 パッと意識を取り戻したセラは、キョロキョロと周囲を見回す。

 魔力・精神力の吸引は一瞬の後に止まり、漂っていた魔力と精神力は瞬く間に分散した。

 セラの声を聞いた冬華は安堵したように笑みを浮かべると、その腕から力が抜ける。ズルズルと落ちる冬華を、セラは慌てて抱きとめる。


「ちょ、ちょっと! だ、大丈夫?」

「だ、大丈――」


 冬華の声を遮るように、大きな衝撃音が広がり、瓦礫と砕石がその空間内に大量に散乱する。

 目を見開く冬華。

 グッと唇を噛み締めるセラ。

 二人の眼が向けられるのは、土煙が僅かに立ち込めるその先――


「ゲホッ! ゲホッ……うぅっ……ハァ、ハァ……。よもや……鎧が砕かれるとはな……だが、まだ、終わってないぞ!」


 血を吐きながら、膨大な魔力を全身にまとう鎧の男。鎧が砕け露わとなった腹部は僅かに黒焦げていた。おまけに砕けた鎧の破片が幾つも突き刺さり、痛々しく血がにじみ出ていた。

 膝を震わせ、一歩、二歩を足を進める鎧の男は、また咳き込み血を吐き出す。先程のセラの一撃は明らかにこの男に致命的なダメージを与えていた。

 それでも、なお向かってくる鎧の男に、冬華もセラも背筋を凍らせる。何故、動けるのか、何が彼をそうさせるのか。全く分からなかった。


「な、何なのよ……アイツ……」


 思わずセラがそう口にする。それほどの気迫を鎧の男がまとっていた。

 膝を床に着く冬華は、立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 冬華の様子に自分が戦わなければと、セラは右足を前へと踏み出す。だが、その瞬間、視界がグニャリと揺らぎ、セラの膝はガクリと落ちる。


「な、何……これ……」


 右手で頭を押さえ、一点を見つめるセラ。床と天井が回り、気持ちが悪かった。

 原因は明白だった。取り込んだ膨大な魔力に、セラは酔っていたのだ。今までは無意識で魔力を取り込み、意識が無いまま放出されていた。

 だが、今は無意識のまま取り込んだ魔力が蓄積された状態で意識を取り戻した。かつて無い程の魔力量に、セラは吐き気をもよおしていた。

 初めての感覚に目を見開き、右手で口を覆うセラは、奥歯を噛み締める。 

 冬華もセラもまともに戦える状態ではなかった。最悪の状況下の中、冬華は考える。


(クロトがいれば――)

(クロトなら――)

(クロト――)


 そこまで考えて、冬華は思考を止め唇を噛み締めた。分かっていた。人に頼るんじゃない。自分で何とかしなければいけないと。

 拳を握り締め、膝を立てる。

 ほぼ動く事の出来ない二人の姿。その姿に、不敵に笑む鎧の男は、血を滴らせゆっくりと歩みを進める。


「クッ……クククッ……形勢、逆転……だな……」


 膝を震わせ、背を曲げ、歩みを進める。

 そんな時だった。鎧の男の頭上で爆音が轟き、天井が砕けた。大小様々な砕石が床へと散り、遅れてそれらを吹き飛ばすように凄まじい衝撃が広がった。

 衝撃は地面を砕き、派手に土煙を巻き上げる。衝撃は冬華とセラをも襲い、二人は地面を転げた。


「こ、今度は何!」


 冬華は槍を床に突き立て、身を低くし目を凝らす。

 一方、セラはそのまま地面を転げ、壁に背中を打ち付けていた。未だ、気分は最悪だった。

 衝撃はやがて消え、部屋に立ち込めていた土煙は晴れていく。

 目を凝らす冬華の眼に、薄っすらと映る一つの影。薄っすらと見えるその影は、間違いなく鎧の男とは別人だった。

 何故なら、冬華の眼に映るその影は、膝上でヒラヒラとスカートを揺らしていたのだ。

 新手の敵なのか。そう考える冬華は、すぐさま槍を握り直し、立ち上がろうと膝へと力を込めた。だが、すぐに膝は落ち、冬華は「くっ」と声を漏らす。

 しかし、そんな冬華の耳に聞き覚えのある声が告げる。


「安心してください。私は敵ではありません」


 澄んだ静かな声に、冬華は目を見開くと、土煙の向こうへと目を向ける。

 土煙が晴れ、その姿は鮮明に冬華の視界へと入った。背中まで伸ばした白髪を揺らし、美しい銀色の胸当てをした一人の少女。

 恐らく――いや、間違いなく、彼女が――


「白崎……雪奈……さん?」


 思わず冬華がそう口にすると、少女は振り返り怪訝そうに眉間にシワを寄せる。


「自己紹介……したかしら?」


 疑念を抱いた眼差しを向ける雪奈は、暫く冬華の目を見つめ、納得したように小さく頷く。


「そう……彼の仕業ね」

「へっ?」


 雪奈の呟きに、冬華は思わずそう声を発した。唖然とする冬華の目の前で、不満そうに眉間を人差し指で押さえる。

 雪奈の口振りから、冬華は彼女が陣の事を知っているのだと、理解する。だが、何故、雪奈が陣の事を知っているのか分からず、困惑していた。

 陣の話では、彼女は陣が死んでいる。そう思っていると聞かされていたからだ。

 困惑する冬華を尻目に、深々と息を吐き出す雪奈は、その傍らに突き立てた槍を右手で握り締めた。その刃はうつ伏せに倒れる鎧の男の体を貫き、完全に息の根を止めていた。


「全く……こんな所に女の子をもう一度送るなんて……アイツは何を考えているんだ!」


 不満そうに一人そう呟く雪奈は、鼻から息を吐くとゆっくりと冬華の方へと目を向けた。


「とにかく、あのバカがごめんなさい」


 深々と頭を下げた雪奈に、冬華は大慌てで両手を振る。


「そ、そそ、そんな! ぜ、全然――」

「それより、随分と消耗しているようね。それに、彼女の方は魔力酔いかしら?」


 冬華の方へと歩みを進める雪奈は、心配そうにセラへと目を向ける。冬華の話など話半分程度にしか聞いていなかった。

 マイペースと言う印象を抱く冬華はただただ苦笑し、セラの方へと目を向けた。

 壁際で蹲るセラは、よろよろと体を起こすと、冬華と雪奈の方へと顔を向ける。二人と目が合う。暫しの沈黙の後、「うぷっ!」と、セラは頬を膨らせる。

 魔力酔いによる吐き気に襲われていた。

 しかし、雪奈は気にした様子はなく、


「そうそう。あなたにお願いがあるの。頼めるかしら」


と、さも当然のようにセラの方へと足を進める。

 空気が読めないのか、あえて読んでないのかは分からない。その為、冬華は終始苦笑していた。



 乾いた銃声が轟く。

 青苔の生えた柱の並ぶ神殿内部。そこには二人の男がいた。

 一人は――黒のローブをまとう全ての元凶である男、クロウ。

 そして、もう一人は、白銀のロングコートを揺らす、元白銀の騎士団団長、ケリオス。

 殺風景な神殿内部を駆けるケリオスの右手には硝煙を噴く銀色のハンドガンが握られ、左腕に装着した漆黒の手甲には精神力を注ぐ。

 この男――クロウの強さを分かっているからこそ、ケリオスは準備に余念がなかった。

 一方、クロウは、ふてぶてしくケリオスを見据える。


「どうした? 今ので何発目だ? 外したのは」


 嫌味のようにそう口にするクロウ。

 その言葉にケリオスは唇を噛み、足を止め、右手を肩の位置まで上げ、銃口をクロウへと向けた。

 二人の視線が交錯した瞬間、クロウは引き金を引く。

 乾いた銃声が轟き、弾丸が放たれる。しかし、その弾丸はクロウの横を紙一重ですり抜けた。


「ッ!」


 表情を険しくするケリオスは、再び引き金を引く。

 何度も轟く銃声が、広々とした神殿内部をこだまする。

 しかし、連続で放たれた弾丸は、ことごとくクロウの横をすり抜ける。まるで、全ての軌道を読んでいるように。

 唇を噛み締めるケリオスに、クロウはふてぶてしく笑う。


「所詮、お前は、この程度だ」


 静かな声と共に、クロウは右手で銃を抜いた。そして、ゆっくりとその銃口をケリオスへと向け、


「――ラグショット」


と、静かな声と共に数回引き金を引いた。

 轟く銃声。しかし、その銃口から弾丸が放たれる事は無い。代わりに機械的な声が僅かに響く。


『カウント十秒』


 その音声に、ケリオスは小さく舌打ちをした後、その場から離れるように右へと歩を進める。だが、その瞬間にクロウはニヤリと笑う。


「――残念」


 クロウとその言葉に、ケリオスは眼を開く。刹那、音もなく現れた弾丸が、ケリオスの右の太股を撃ち抜き、続いて背中を二発の弾丸が襲う。


「うぐっ!」


 鮮血が弾け、血が吐き出される。

 白銀のロングコートは赤く染まり、ケリオスの膝が地に落ちた。


「お前が、そこに逃げる事は分かっていた」

「ッ!」


 見下すような眼差しを向けるクロウに、ケリオスは表情を歪めた。

 そんなケリオスの姿に、肩を揺らし笑うクロウはゆっくりと歩みを進める。


「俺には全て視えている。お前の未来も、この世界の未来も――」


 静かに足を止めたクロウは、その手にした銃の銃口をケリオスの額へと押し付けた。

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