表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
296/300

第296話 全てを断ち切る

 書庫に響く悲鳴。

 本棚が鋭い一太刀で切り倒され、本が舞う。大量の紙が散り、「ああーっ!」と声が上がる。

 遅れて、金属音。そして、火花が散り、衝撃が散乱する本を吹き飛ばす。

 弾かれたように後方へと飛び退く剛鎧と蒼玄は、床に散らばる本を当然のように踏みしめる。


「ひゃーっ!」


 悲鳴を上げるのはウォーレン。膝を床に落とし、涙目で切り刻まれた本の一ページを見据える。希少な書物が失われていくショックに打ちひしがれていた。

 そんなウォーレンに対し、散乱する本を踏み締め、剛鎧は声を荒らげる。


「ウォーレン! 遊んでんじゃねぇんだぞ!」

「俺は至って真面目だ! お前こそ、分かってんのか! ここにある書物がどれだけ貴重なものか!」

「うっせぇ! 命より大事なもんがあんのかよ!」


 そう怒鳴りながら、剛鎧は無言で振り抜かれる月下夜桜を桜一刀で防ぐ。澄んだ金属音の後、散るのは火花。

 漆黒の刃に薄紅色の桜の花びらが刻まれた月下夜桜。その刃は振動し、僅かに澄んだ金属音を反響させていた。

 一方、美しい薄紅色の長めの刀身の桜一刀。その刃は振動する事無く、綺麗に輝きを放つ。

 桜一刀は長刀。その刃は堅く力で断ち切るタイプの刀。

 月下夜桜は対照的に刀身は細く、打ち合うには不向きな程、刃は薄い。切れ味重視だが、刃はしなやかで、折れそうな程振動するが、一切折れる気配はなかった。

 深く息を吐き出す蒼玄は、美しい銀髪の合間から切れ長の眼を二人へと向ける。多く言葉は語らないが、その眼からは殺意が汲み取れた。

 弾かれた剛鎧は本棚に背中をぶつけ、表情を歪める。細身の割に蒼玄の力は相当なモノがあった。

 表情一つ変えない蒼玄。彼は、すり足で右足を出すと、剛鎧へと目を向けた後にウォーレンへと顔を向ける。

 ウォーレンの視線が蒼玄とぶつかる。眉間にシワを寄せるウォーレンは、静々と腰をあげるとハンマーを構えた。重量感のあるハンマーを腰の位置に構えるウォーレンは、鼻から息を吐く。

 ウォーレンの行動に身構える蒼玄は、チラリと剛鎧を見て、すぐさま視線を戻す。そして、左手を脇差しへと伸ばした。流石に二人を相手にするのに、月下夜桜だけでは厳しいと考えたのだ。

 脇差し・桜嵐の柄を握り、腰を低くする。

 蒼玄の動きにウォーレンと剛鎧は身構えた。

 二人の動きを確認し、蒼玄は動く。床を蹴り、そこにあった椅子へと左足を掛け、そのまま机を右足で蹴り跳躍する。


「ッ!」


 跳躍した蒼玄に、右足を踏み込んだウォーレンは、腰を大きくひねりハンマーを振りかぶる。

 息を止め奥歯を噛み締めるウォーレンは、顔を上げ、跳躍した蒼玄へと目を向け、ハンマーを振り抜いた。直後、蒼玄は桜嵐を抜き、縦に回転しながらハンマーへと薄紅色の刃をぶつける。回転する勢いのままハンマーと桜嵐がぶつかり、激しく火花が散った。

 衝撃が広がり、二人は弾かれる。大きく弾かれたハンマーは床へと叩きつけられ、一方の蒼玄は体勢を整えると天井に両足を着いた。そのままの体勢でウォーレンと剛鎧の位置を把握した蒼玄は、二人から距離を取るように床へと下りた。

 と、同時に散乱する椅子を蹴散らしながら剛鎧が蒼玄へと迫る。桜一刀を大きく振り上げる剛鎧は、


「一刀両断!」


と、着地したばかりの蒼玄へと桜一刀を振り下ろした。

 だが、蒼玄は着地し屈んだままの体勢から月下夜桜を振り抜く。漆黒の閃光が駆け、振り下ろされる桜一刀を横へと弾き、火花を散らす。

 完全に軌道の逸らされた桜一刀の切っ先は床を叩いた。床が砕け、微量の砕石が舞う。


「チッ!」

「…………」


 舌打ちをする剛鎧を無言で見据える蒼玄は、間合いを嫌うようにその場を飛び退いた。

 桜一刀を構え直す剛鎧は、蒼玄の動きに違和感を覚える。怪訝そうに蒼玄を見据える剛鎧は、小さく鼻から息を吐き、ジリッと右足を踏み出す。

 剛鎧の動きに、蒼玄は小さく首を傾げる。だが、何も言わず月下夜桜と桜嵐を構えた。

 二人へと目を向けるウォーレンは、「くっそ……」と呟きハンマーを持ち上げる。その際、ウォーレンはひび割れた床を目にした。その瞬間、ウォーレンの思考が急激に動き出す。

 やがて、一つの閃きが頭をよぎり、ウォーレンは口元に笑みを浮かべる。名案が浮かんだのだ。

 ここにある貴重な資料を失わせたくないなら、ここで戦わなければいい。息を吸い、ウォーレンはハンマーを振り上げる。

 ウォーレンのその動きに、蒼玄は気付く。だが、何をするつもりなのかは分からず、怪訝そうな表情を見せた。その表情に剛鎧は首を傾げる。そして、振り返り、


「ぬあーっ! ちょ、ちょっと待て! お前、何する気だ!」


 ハンマーを振り上げるウォーレンを見て、剛鎧は叫ぶ。その反応に蒼玄は、それがウォーレンの独断だと言う事を理解し、床を蹴った。

 蒼玄の動き出しに剛鎧も瞬時に反応する。


「チッ! テメェは、大人しくしてろ!」


 左足を外へと円を描くように滑らせ、剛鎧は桜一刀を右から左へと振り抜く。軌道は下からゆっくりと上がるように。

 しかし、蒼玄はその一太刀を月下夜桜の鍔と柄の間で受け止める。鈍い金属音が僅かに響く。


「くっ!」


 奥歯を噛む剛鎧が声を漏らす。一歩間違えれば、柄を握る手を斬られる恐れがあると言うのに、蒼玄は何のためらいもなく、鍔と柄の間で止めた。相当な自信があるのだ。自分の腕に。

 互いの刀越しに視線をぶつける。だが、蒼玄は何も言わず、強引に剛鎧の体を弾き飛ばすと、そのままウォーレンへと向かい走り出す。

 腕力のみで軽々と弾かれた剛鎧は、よろめき、机に腰をぶつけた。


「イッ!」


 僅かな痛みに表情を歪める剛鎧は、机に左手を着く。長さ二〇〇センチ、横幅九〇センチの結構な大きさの机。その机の縁を左手で握った剛鎧は、


「いっ、かっ、せっ、るっ、かっ!」


と、声を上げ右足へと全体重を乗せ、右脇を締め腕を引きながら、左腕を振り切る。

 そこそこの重量のある机が宙を舞う。――いや。舞うではなく、滑空する。そう表現する方が正しいかの如く、机は真っ直ぐに、空中を滑るように、蒼玄へと飛んだ。

 重力に逆らうように真っ直ぐに向かってくる机に、足を止め振り返る蒼玄は、不快そうに眉間にシワを寄せる。


「物は投げるな」


 静かにそう口にした蒼玄は素早く月下夜桜を鞘へと収めると、斜に構え右手で机を受け止めた。衝撃と勢いを抑える為、膝を僅かに曲げ、右腕は受け止めるとゆっくりと耳に着く高さまであがった。

 勢いが完全に失われ、机は蒼玄の頭上へと掲げられる。そして、その机はゆっくりと足から床へと降ろされた。

 机の足が床に引きずられ、嫌な音が僅かに響く。小さく息を吐き出す蒼玄が顔をあげると、その視界に跳躍し向かってくる剛鎧の姿が映った。

 長刀・桜一刀を頭上へと振り上げ、


「一刀両断!」


と、声を上げ落下しながら桜一刀を振り下ろす。

 そんな剛鎧へと、右足へ重心を乗せた蒼玄は素早く右手で月下夜桜を鞘から抜き、振り抜く。

 細身の黒刀が剛鎧が振り下ろした桜一刀の側面を叩き、払いのける。そして、勢いそのままに反転した蒼玄は、重心を左足へと移動し、空中にいる剛鎧へと右足で後ろ蹴りを見舞った。

 剛鎧の腹部を貫くように蒼玄の右足が減り込み、「うぐっ!」と言う呻き声と同時に唾液が飛んだ。腹を蹴られた剛鎧は身を丸めるようにし吹き飛び、床を転げ本棚へと激突し、本を散らばらせる。

 深く息を吐く蒼玄は右足を下ろすと、すぐさまウォーレンの方へと目を向けた。しかし、そんな蒼玄へと、かさばる本を吹き飛ばし立ち上がった剛鎧は、眉間にシワを寄せ怒鳴る。


「テメェ! どう言うつもりだ!」


 剛鎧の声が轟くと同時に、


「グランドスマッシュ!」


と、ウォーレンの声が響き、振り上げていたハンマーが一気に振り下ろされた。

 ハンマーが床を叩く。衝撃が一瞬にして広がり、同時に床に深い亀裂が無数に刻まれ、崩壊する。壁際の本棚だけを残し、綺麗に床は落ちる。机も、散らばっていた本も全てを呑み込むように崩れていく。当然、蒼玄と剛鎧は何もする事が出来ず落ちる。そして、ウォーレンも。

 瓦礫とともに落ちる三人。衝撃が意外と強かったのか、床が崩れたのは、その階だけではなく、三人は古城の最下層まで瓦礫と共に落下した。

 轟音と土煙を巻き上げる。かび臭く埃っぽい臭いが充満し、土煙が舞い上がる地下室に、蒼玄、剛鎧、ウォーレンの順に降り立った。

 蒼玄は音も無く両膝を軽く曲げ、綺麗に着地し、剛鎧は背中から瓦礫の上へと落ちた。


「痛ッ……」


 背中を反らせ、苦悶の表情を浮かべる。そんな折、轟音を広げウォーレンが地下室へと落ちてきた。重量のあるハンマーが地面を叩き、遅れてウォーレンは静かに地面へと足を下ろした。


「ふぅーっ……死ぬかと思った……」

「それはこっちのセリフだ!」


 安堵するウォーレンに、剛鎧は背筋を伸ばし怒鳴った。だが、すぐに背中に痛みが走り、「いたたっ……」と背筋を曲げる。

 背中に走る痛みは尋常ではなかった。

 一方、蒼玄もその場を動く事が出来ずにいた。膝のクッションで衝撃を抑えたとは言え、流石に高さがあった為、両足がしびれていたのだ。だが、それを一切顔には出さないでいた。


「ったく、何してくれてんだ……ホント……」


 目を細め呆れた眼でウォーレンを見据える剛鎧が小さく吐息を漏らす。

 そんな剛鎧の声に、苦笑するウォーレンは、ゆっくりと地面に減り込むハンマーを持ち上げる。


「さぁ、ここなら気にせず戦えるぞ!」

「そうだな……。この薄暗さなら……月下夜桜も発揮出来るだろう……」


 静かにそう口にする蒼玄は深く息を吐き出すと、脇差・桜嵐を鞘へと収め、月下夜桜を抜いた。漆黒の刃が薄暗い風景に溶け込む。

 それは、まるで刃が消えた。そんな風にウォーレンと剛鎧の眼には映る。


「な、なんだ……刃が消えたぞ」


 目を凝らすウォーレンは腕を組み首を傾げる。

 一方、ピクリと右の眉を動かした剛鎧は、真剣な表情で桜一刀を構えた。剛鎧は知っている。蒼玄の持つ月下夜桜の真価が発揮されるのは夜の闇の中。現在、この空間はそれに近い状況だった。

 故に、月下夜桜はその能力を存分に振るう事が出来るのだ。

 奥歯を噛み、体勢を低くする剛鎧は、右腰の辺りに桜一刀を構える。


「気をつけろ。ウォーレン」


 剛鎧の言葉に、「あぁ?」と首を傾げるウォーレンは、怪訝そうに蒼玄を見ていた。

 何を気をつける必要があるのだろうか、と思うウォーレンに対し、蒼玄は右足を踏み出す。

 ――刹那。蒼玄の右腕が振り抜かれた。音もなく鋭く。

 訝しげな表情を浮かべるウォーレン。蒼玄が何をしたのか、全く分からない。だが、次の瞬間、風が空を切り、ウォーレンの左頬が裂け、鮮血が噴き出す。


「ッ! な、何だ……一体」


 瞬時にハンマーを構え、ウォーレンは真剣な表情を見せる。ようやく、理解する。月下夜桜のその力を。

 だが、腑に落ちない。故に、唇を噛むと、剛鎧へと目を向ける。


「おい! どう言う事だ! ありえねぇだろ!」

「ようやく分かったか? 月下夜桜の刃は闇の中で消えるだけじゃねぇ。伸びるんだよ」


 そう。ウォーレンの頬を掠めたのは、間違いなく刃だった。頬を掠めたその感触、刃が触れるその感覚をウォーレンは覚えていた。

 だが、ウォーレンにとってそれはありえない現象だった。


「バカな事言うな! 物理的に考えて、刃が伸びるなんてありえねぇ!」


 眉間にシワを寄せ怒鳴るウォーレンに、剛鎧は息を呑み、


「そう言う剣なんだよ……月下夜桜ってのは……」


と、静かに呟いた。

 しかし、ウォーレンは納得していなかった。

 刃が伸びるなど、物理的にありえない。もし、それが可能だとすれば、それは魔力や精神力など、別の力が作用した時だ。だが、月下夜桜にその感じはなかった。

 故に、ウォーレンは奥歯を噛み締め、薄暗い中に浮かぶ蒼玄へと目を向け、


「じゃあ、俺がそのカラクリを暴いてやるよ!」


と、ウォーレンはハンマーを手に床を蹴った。


「お、おい! 待て!」


 止めようと、剛鎧は声をあげる。だが、すでに走りだしたウォーレンは、瓦礫を踏み締め蒼玄へと迫った。

 そんなウォーレンを静かに見据える蒼玄は、膝を曲げ腰を落とすと、刃の見えない月下夜桜を腰の位置に構える。

 奥歯を噛んだ剛鎧は、左手で頭をかきむしると、深い溜息を吐き、


「クッソ! どうなっても知らねぇぞ!」


と、吐き捨てる様に怒鳴り、走り出す。ウォーレンとは逆の方向から蒼玄へと向かう。

 挟み撃ちにするべきだと剛鎧は考えた。刃が見えず、伸びるとしても、二方向からの攻撃には、同時に対応は出来ない。

 動き出した二人に、蒼玄は僅かに眉間にシワを寄せる。剛鎧の動きで、その意図を理解したのだ。

 横目で剛鎧を見据える蒼玄に、右足を踏み込んだウォーレンは、


「よそ見してんじゃねぇぞ!」


と、ハンマーを左から右へと振り抜いた。

 鈍い風を切る音を響かせるハンマーを、蒼玄はバックステップでかわす。長い銀髪が風を受け揺れる。


「チッ!」


 小さな舌打ちをするウォーレンは、顔をしかめる。コンパクトに振るうつもりだったが、如何せん力み過ぎ、大振りになってしまったのだ。


(大振りになったか! 次はコンパクトに!)


 自分にそう言い聞かせ、右膝に力を込め、ハンマーを止める。遠心力も加わり勢いのついた状態のハンマーを強引に止めた為、腰骨と左肩が軋む。


「うぐっ……」


 思わず歪む表情。それでも、ウォーレンは奥歯を噛み締め、踏み込んだ状態の右足に体重を乗せ、右膝に力を加える。


「インパクト――」

「ふっ」


 ウォーレンがハンマーに精神力を込めると同時に、蒼玄の短い吐息が漏れる。その瞬間、ウォーレンの左太股に激痛が走る。


「うっ……」


 左膝が床へと落ちる。深く突き刺さるのは漆黒の刃――月下夜桜だった。


(バカな……。月下夜桜の刃渡りはせいぜい一二〇センチ程度。ホントに、刃が伸びたって言うのかよ!)


 表情を歪めるウォーレンの体が前のめりに倒れる。その時には、左の太股に刺さっていた月下夜桜は抜かれ、血が溢れ出すのを感じた。

 奥歯を噛むウォーレンは顔をしかめ、真っ直ぐに蒼玄を見据える。二人の距離はざっと見ても五メートルは離れている。刃渡り一二〇センチの月下夜桜がウォーレンの左太股を突き刺すには、四メートル近く刃が伸びた事になる。

 そこまで伸びて、果たして刃の強度が持つだろうか? と、ウォーレンは疑念を抱く。

 いや、ウォーレンの抱く疑念は他にもある。刃が伸びると言うのが、月下夜桜の特性だと言うのなら、何故、それが夜と言う暗がり限定でしか発揮出来ないのか、と言う事だ。

 暗い中で無いと使えない、もしくは、暗闇に隠していたい何かがあるか。

 その場に倒れ込みながら思考を働かせるウォーレンは、ハンマーを持った右手を床へと着いた。顔を上げ、視線を蒼玄へと向ける。

 蒼玄の右腕は大きく引かれ、その手の中に月下夜桜が握られていた。目を凝らすが、やはりその刃は見えない。本当に刃が伸びているのか、確認は出来ない。


「断絶!」


 跳躍した剛鎧は、頭上へと構えた桜一刀を一気に振り下ろす。断絶のギーガのように空間を裂くなどと言う芸当は出来ないものの、それなりに威力はあった。

 力強く振り下ろされる桜一刀。背を向けていた蒼玄は、左足で床を蹴り、体を反転させる。腰に差した脇差・桜嵐の柄を左手で逆手に握る蒼玄は、真っ直ぐに剛鎧を見た。

 そして、無言のまま逆手に握った桜嵐を抜き、振り抜く。

 両者の刃が衝突し、火花を散らせ互いを弾いた。

 空中で踏ん張る事の出来なかった剛鎧は大きく弾かれ、背中を壁へと打ち付けた。


「うぐっ!」


 思わず声が漏れ、食いしばった歯の合間から血が溢れる。

 一方、両足で踏ん張る事が出来た蒼玄は、僅かに後方に弾かれ、上半身を仰け反らせる程度で済んでいた。

 そんな蒼玄の行動はウォーレンに更なる疑念を抱かせる。


 ――何故、月下夜桜を使わなかったのか。


 過る疑問。この時、ウォーレンは跳躍し桜一刀を振り下ろす剛鎧の姿に、思わず目を伏せた。

 当然だ。空中では逃げ場が無い。人は空を飛ぶなど出来ない。故に、落ちるだけ。そんな格好の的を逃すわけが無い。ただ、月下夜桜の刃を伸ばして待っていれば、その刃に剛鎧は落ちてくる。

 そのまま刃を伸ばし、一振りするだけで、空中にいる剛鎧は避ける事が出来ず真っ二つ。

 それなのに、蒼玄が行ったのは、脇差・桜嵐での打ち合い。

 長刀である桜一刀と、脇差の桜嵐では、刃渡りに幾分かの差がある。それを考えても、桜嵐での打ち合いは望ましくない。

 リーチの差を考えても、やはり桜嵐でなく、月下夜桜で対応する方が危険性が薄い。

 俯き考え込むウォーレンは、眉間にシワを寄せた。やはり、蒼玄の行動は不可解だった。

 そんな折、壁へと叩きつけられた剛鎧が、桜一刀を地面へと突き立て体を起こす。


「どう言う……つもりだ!」


 剛鎧の怒声が壁へと反響し、薄暗い部屋の中に響き渡る。その声にウォーレンは顔を上げ、蒼玄はチラリと顔を横に向け視線を剛鎧へと向けた。

 鼻息荒く、激昂する剛鎧は、立ち上がり左手で衣服を叩き、蒼玄を睨む。


「さっきから、何なんだ! 手加減してんのか? やる気がねぇのか? それとも、バカにしてんのか? 俺達相手に本気なんて出さなくていいって?」


 剛鎧のドスの利いた声が響き、蒼玄の吐息が漏れた。

 瞼を閉じ、ゆっくりと体を剛鎧の方へと向ける蒼玄は、長い銀髪を揺らすと、静かに切れ長の眼を開いた。

 睨み合う二人の姿を見据えるウォーレンは、鼻から息を吐き、唇を噛んだ。

 その言葉から察するに、剛鎧もウォーレンと同じ、疑念を感じたのだと、理解する。ただ、その疑問に対する考え方に違いはあったようだ。

 ウォーレンの疑念への考え方は、月下夜桜の特性に対しだったが、剛鎧の考え方は、蒼玄が手加減、もしくはやる気が無いと言う事だった。

 確かに、その考えは否定出来ない。だが、ウォーレンは目を細めると、小さく首を振る。剛鎧の考え方を否定しているわけじゃない。考え方を一つにする必要は無いと、ウォーレンは思ったのだ。

 真っ直ぐに剛鎧を見据える蒼玄。その堅く閉ざされた口がゆっくりと開く。


「拙者は、無駄な殺生はしない」


 静かに告げられた一言に、ギリッと奥歯を噛み締める剛鎧は、鼻筋へとシワを寄せると、左拳を外に払う様に振った。


「ふざけんな! なんだ! 無駄な殺生はしねぇって! じゃあ、なんで、あんたはそんな所にいるんだ! なんで、あんたみたいな人が……」


 眉間にシワを寄せ、拳を震わせる剛鎧。心が痛い。剛鎧にとって、蒼玄は憧れの存在だった。

 十五年前、英雄と共に戦う蒼玄は、国の英雄だった。小さな島国であるクレリンスの誇り。

 そんな人が、敵として目の前にいる。それは、剛鎧にとってとても辛く、信じたくない光景だった。

 それでも、蒼玄は昔の、憧れていた時の蒼玄とは違う、もう憎むべき敵なのだ、そう言い聞かせていた。それなのに、“無駄な殺生はしない”などと言われては、剛鎧の決意が揺らいだ。

 敵として倒さなければ行けないはずなのに――。

 下唇を噛み締める剛鎧は、瞼を閉じ俯く。


「あんた……昔のままじゃねぇか……俺や兄貴が憧れていたそのまんまじゃねぇか……なんで……こうなっちまったんだよ……」


 投げかけるような剛鎧の言葉に、蒼玄は小さく「すまない」と、謝った。

 何に対してなのか、何故、謝るのか、蒼玄以外の二人には理解は出来ない。

 沈黙が数秒程続いた。誰もが言葉を呑み、誰もが動きを止めた。その中に静かに吹く風が、土埃を僅かに舞い上げる。

 重い空気の中、最初に口を開いたのは、蒼玄だった。


「拙者にも譲れぬものがある。例え、全てを敵に回しても!」


 蒼玄は駆ける。一直線に、剛鎧へと向かって。

 今までとは明らかに違う殺気をまとう蒼玄。


「あんたの譲れねぇものってのはなんなんだよ! 全てを捨ててまで守りたいモノってなんなんだよ!」


 右足を踏み込む剛鎧は、長刀・桜一刀を左から右へと一閃した。しかし、蒼玄は後方へと跳躍しそれをかわすと、


「貴様にはわからぬ! 死人となっても生かされ続けている拙者の気持ちなど!」


と、右腕を払う様に振り抜く。

 鈍い音と共に、剛鎧の右脇腹に月下夜桜が突き刺さった。


「うぐっ!」


 噛み締めた歯の合間から血が噴き出し、同時に右脇腹に刺さった月下夜桜が引き抜かれた。鮮血が衣服の下から僅かに散り、床に散る。

 左手で傷口を押さえ、音もなく着地する蒼玄を睨む。


「拙者に残されたのは、友との絆のみ。その友が戦うと言うのならば、拙者は共に戦う」

「ふざけんな! 友の為だと! そいつを本当に友だと思うなら、まずテメェが止めるべきだった! 例え、その絆が壊れようとも――」

「世界の為に戦い命を失い、友まで失えと言うのか!」


 今までの寡黙さは何処へ行ったのか、蒼玄は荒々しい口調でそう怒鳴ると、三度右腕を振るう。

 風を切る音――に遅れ、剛鎧の左肩を月下夜桜が貫く。しなやかで薄い刃が、まるで骨と骨の間、関節に縫うように突き刺さる。


「うがっ!」


 呻く剛鎧。

 その肩から引き抜かれる月下夜桜。

 そして、薄暗いその中で、二人の動きを観察していたウォーレンは、口元に笑みを浮かべる。


(なるほど……そう言う事か……)


 瞼を閉じ、肩を揺らす。ウォーレンは確信した。蒼玄の使う月下夜桜の伸びる刃の正体を。

 全てが繋がる。闇の中で、刃が消えた状態でなければ使えない事、飛びかかってくる剛鎧に対し使わなかった事。

 確信を持ち、ゆっくりと立ち上がるウォーレンは、天井を見上げると深く息を吐き出し脱力する。

 ウォーレンの吐息は、薄暗い部屋の中に響いた。その吐息に、蒼玄は聊か不愉快そうに視線を向け、片膝を着く剛鎧は目を細める。


「やっと分かったぜ。月下夜桜の刃の伸びる仕組みが」


 ウォーレンの自信満々のドヤ顔に、蒼玄は体を向けると、斜に構え、


「それで?」


と、右腕を振った。

 刹那、鈍い音が響き、ウォーレンの腹部を月下夜桜の刃が貫く。

 鮮血が飛び散り、ウォーレンの口からは血が吐き出される。深く刺さった刃を、ウォーレンは左手で握った。その目には映らないが、間違いなくウォーレンは、その手で掴んだ。


「掴まえた……」

「ッ!」


 僅かに表情を曇らせる蒼玄が右腕を引く。だが、体に深く刺さった刃はしっかりと左手で握られている事もあり、抜ける事無く、一歩、二歩と、ウォーレンの足が前へと進んだ。

 血を口角から流すウォーレンだが、その口は不敵な笑みを浮かべる。


「どう…‥した? 焦ってんのか?」


 僅かに震えた声。強がってはいるが、当然ウォーレンだって重傷だ。月下夜桜が体を貫いているのだから。

 腹部に刺さった月下夜桜の刃をウォーレンの血が伝い、刃を握る左手まで届いた。


「ようやく……姿が見えてきたな……闇に消える刃の正体が……」


 ウォーレンの言葉に、蒼玄は無言で息を呑む。

 ウォーレンの血が闇に消えていた月下夜桜の刃を徐々に映し出す。その姿に、片膝を着く剛鎧は眉間にシワを寄せ、蒼玄は静かに息を吐いた。

 そこに存在する月下夜桜の刃渡りは一二〇センチ。それが、ウォーレンの腹部を貫いていた。何も変わらない。刃など伸びてはいなかったのだ。

 代わりに伸びるのは――


「柄に巻いていた滑り止めようの布……いや、元々は緒かなんかか?」


 月下夜桜の柄頭より伸びる漆黒の細長い布。それが、真っ直ぐに蒼玄の右手まで続いていた。

 右手を握り締める蒼玄は、真っ直ぐにウォーレンを睨む。


「よく分かったな」

「ああ……腕の振りでな……。そも、そも……、刃は……見えねぇ…‥んだ……。刃が、伸びるなら……腕、を……振るう、必要……ねぇ、だろ……」


 苦しそうにそう答えるウォーレンの膝が落ちる。流石に、限界だった。傷はウォーレンの思った以上に深刻だった。

 意識が揺らぐ。視界が霞む。


「ち、ちなみに……月下夜桜の特性は……ハァ、こ、硬化……。衝撃を……ッ、受け、ると……ふっ、はぁ……受けた箇所、だけが……硬くなる……」


 握り締める薄く鋭い月下夜桜の刃。それは、ウォーレンの導き出した仮説を肯定するように、どれだけ強い力を込めても、折れる様子はなかった。

 物静かな表情を向ける蒼玄。ここまで、見抜かれるとは思わなかった。だが、驚きは無い。何故なら、ウォーレンは魔導科学を研究する国のトップ。その観察眼が素晴らしいのは知っていた事だった。

 ゲホッ、と咳き込むウォーレンの膝が僅かに落ち、口から吐き出された血が床に派手に散る。

 それでも、月下夜桜の刃から左手は離さないウォーレンは、深く息を吐き、


「剛鎧! 後は任せる!」


と、声を張った。

 そんなウォーレンの言葉に、音もなく地を蹴った剛鎧は、


「ああ……任せろ!」


と、頭上に桜一刀を振り上げ、跳躍する。

 精神力を注いだ薄紅色の桜一刀の刃が朱色に変わり、火の粉がまるで桜の花びらの様に薄暗い部屋に散る。

 左手を脇差・桜嵐へと伸ばしていた蒼玄だったが、その散りゆく火の粉の美しさに目を奪われ、動きを止めた。そして、悟る。やっと…‥死ねる……と。


「テメェを縛り付ける呪縛も、テメェが大事だって言うその絆も! 全て断ち切る!」


 叫ぶ剛鎧と蒼玄の視線が合う。力強く桜一刀の柄を握る剛鎧。一方、蒼玄は目を伏せた。


「――焔狩り!」


 高らかと轟く剛鎧の声と共に、紅蓮の炎をまとう桜一刀が一直線に振り下ろされる。抵抗などなく、刃は蒼玄を捉えた。その肉体はすでに死人。骨も肉も脆く、炎をまとった桜一刀の刃はいとも容易く蒼玄の肉体を裂いた。

 濁った血が飛び散り、声を上げる事なく、蒼玄は倒れた。その手から力は失われ、ピンと張っていた月下夜桜の柄頭まで伸びる緒が緩んだ。

 それを確認し、ウォーレンは左手を月下夜桜の刃から放し、柄を握り締めた。そして、それを引き抜き、そのまま仰向けに倒れた。


「あぁ……やべぇー……意識が……とお……」

「死ぬなよ」


 静かに呟く剛鎧は、「ケホッ」と咳き込み血を吐いた。今まで何とか動いていたが、剛鎧もかなりの重傷だった。

 その為、ウォーレンは弱々しく微笑すると、


「お前もな……」


と、呟き、静かに瞼を閉じた。

 それと同時に、剛鎧も静かにその場に倒れ、そのまま意識を失った。



 場所は変わり、古城の最上階。天井が崩れ開けたその場所に、冬華達はいた。

 瓦礫と崩れかけの壁のみのその場所で、息を切らせ肩を上下に揺らす冬華は、額の汗を拭う。

 そんな冬華の後ろで、アオは抱えていたセラを下ろした。そして、静かに息を吐くと、背筋を伸ばし短髪の黒髪を右手でかき上げる。

 白銀の長い髪を頭の後ろでしっかりと留めたクリスもまた、同じように息を吐き出し、鋭い眼を真っ直ぐに正面へと向ける。

 二人の視線の先には、一人の男が佇む。全身真っ白な衣服に身を包み、足元まで届く純白のロングコートを羽織った男――白銀の騎士団、現団長ゼフ。

 赤褐色の髪を風に揺らし、温和な表情を向けるゼフは、ゆっくりと足を進める。


「まさか、ここまで来るとは思いませんでしたよ。白き英雄に、紅蓮の剣、連盟の犬」

「えっ? はぁ、はぁ……私って、白き英雄とかって……はぁ、はぁ……呼ばれてるの?」

「まぁ、世間一般では」


 両手を膝に起き苦しそうに尋ねる冬華に、真剣な表情でクリスがそう答える。

 緊張感が漂う空気だが、何処か緩い空気も入り混じっていた。その一端が冬華と言う存在だった。冬華がいるから、この場はどうにか落ち着いていた。

 それを知っているのだろう。ゼフは穏やかな眼を冬華へと向け、クスリと笑う。


「流石は英雄。場の空気を掌握してらっしゃる」

「へっ? な、何の事?」


 ようやく、呼吸も整い上体を上げた冬華は、訝しげな表情をゼフへと向ける。当然、冬華は知らない。知らずに、この場の空気を調和していたのだ。

 故に、ゼフが何を言っているのか、理解出来ていなかった。

 腰にぶら下げた剣へと手を伸ばすアオは、一歩前へと出る。


「冬華。ここは、俺に任せてもらえないか?」


 静かにアオがそう告げる。その言葉に、振り向く冬華は、不安げに眉を曲げた。


「一人で戦う気? 体力だって消耗してるんじゃないの?」


 心配そうに尋ねる冬華に、アオは鼻から息を吐くと、小さく頭を左右に振った。


「それは、皆一緒だろ。剛鎧だって、ウォーレンだって消耗していた。クリスも、冬華、お前だって大分消耗しているんじゃないのか?」


 穏やかな口調でそう言うアオの目が真っ直ぐに冬華を見据える。当然、消耗はしているし、体は傷だらけ。ここまで、連戦で休んでいる間もなかった。

 だからこそ、冬華は不安を募らせる。見た限り、ゼフは殆ど消耗している様子は無い。

 そんな相手を、アオ一人に任せていいのだろうか、と。

 一層不安そうな表情を見せる冬華に、アオは困ったように首を傾げる。


「そう、不安そうにするな。まるで、俺が信用されてないみたいじゃないか」

「そ、そんな事無いけど……」

「まぁ、信用してるしてない以前に、コイツが見逃してくれるとは思えないがな」


 重心を落とすクリスは、両手に精神力をまとうと、右手には火の剣・焔狐を呼び出し、左手にはデュバルが生成した朱色の刃の剣を召喚する。

 瞬時にして二本の朱色の刃が火を噴き、熱気が吹き荒れる。

 闘争心むき出しのクリスを、ゼフは鼻で笑う。


「ふっ……。嫌いじゃないですよ。その眼。でも……ちょっと熱すぎですよ」


 ゼフがそう言い右足を踏み出すと、空気が一変する。熱気は急激に冷え込み、冷気が周囲を包む。そして、急速に冷えた空気中の水分が粉雪となり、宙を舞う。

 突然の事に、冬華は困惑する。何が起きたのか、理解出来ていなかった。

 だが、すでにゼフと戦った事のあるアオは、全てを理解し、渋い表情を浮かべる。

 一方、クリスは、剣を握った左手で右目を押さえた。


「な、何だ……一体……」


 右目が鼓動する。クリスに何かを伝える様に。

 全身に巡る魔力は、揺らぐ。まるで意思を持ったように。

 呆然と立ち尽くすクリスは、その鼓動に耳を傾け、その魔力に静かに答えるように息を吐く。

 理解する。今の現象と右目の鼓動から。彼女が伝えているのだと。

 目の前にいるこの男――ゼフが、彼女のもう一方の眼を所有していると。


「そうか……ならば、約束を果たさねばならないな……」


 顔を上げゼフを睨むクリスは独り言の様に呟いた。

 そんな時だった。ゼフが唇を緩め、


「いいのかい? 君達――」


 誰に対しての言葉なのか、それを理解したのは――強力な禍々しい魔力が冬華とセラの二人を包み込んだ後の事だった。


「冬華!」


 振り返るクリスが叫ぶ。


「えっ? な、何?」


 またしても、突然の事に驚きうろたえる冬華。


「くっ! 待ってろ今、空間転移で――」


 瞬時に精神力を広げるアオ。

 だが、それよりも速く、禍々しい魔力に包まれた二人の姿がその場から消えた。

 魔力の波動が消え、冬華とセラの気配も消えた。何処か別の場所へと飛ばされたのだろう。

 奥歯を噛むクリスは、その視線をゆっくりとゼフへと向け、


「どう言うつもりだ」


と、尋ねる。


「私の役目は果たした。さぁ、遊びましょうか? 殺し合いと言うゲームで」


 肩を竦めるゼフは剣を抜く。薄ら寒い笑みを浮かべ、見下したような眼を二人へと向けて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ