第287話 最強の名
美しい長い銀髪を揺らすのは、竜王プルート。
足元には千切れ千切れになった布と綿が散乱し、プルートは右手で衣服についた綿を叩く。
整った綺麗な顔立ちのプルートは、淡い赤紫の瞳をゆっくりと動かす。
若返った元老を見据え、剛鎧、キースの順に目を向け、やがて二人の息子、ティオとグラドに目を向けた。
土の剣・黒天を握り締めるティオは、そんな父の姿に驚愕し、目を見開く。死んだはずの父が、何故ここにいるのか、そう考える。
一方、グラドの方は苦虫を噛み締めたような複雑な表情を浮かべ、プルートを睨んでいた。
当然だろう。父であるプルートと兄ガガリスが死に、ようやく手にした竜王の座。それなのに、死んだはずの父が生きていたのだ。内心穏やかではなかった。
静かな面持ちで二人を見据えるプルートは、静かに鼻から息を吐くと、首を右へと傾け、骨を鳴らす。
興味などない。そんな態度が窺えるが、実際、すでに継承した竜王の座など、プルートには興味がなかった。
誰が、自分の跡を継ごうが、今となってはどうする事も出来ない事を分かっていたからだ。
そんなプルートの態度に、鼻筋にシワを寄せ、怒りを露にするのはグラドだった。
必死になり、玉座に着いたと言うのに、何故、蔑まれた目を向けられなければならないのか。グラドの脳裏に過ぎるのはプルートに対する憎悪と殺意だった。
グラドとプルートの間に何があったのかを、ティオは知らない。実際、ティオは殆ど父であるプルートと会話らしい会話をした事がない。
正直、家族間の関係は冷め切っていた。だからだろう。何となく、グラドがプルートへ憎しみを持っている理由が分かる気がした。
自分を見ていない。自分を認めていない。そんな気持ちがあるのだろう。
複雑な心境のティオは、眉を顰め俯く。正直、父に、プルートに、聞きたい事は沢山ある。でも、自分なんかが話を、声を掛けていいのか、と不安になる。
それだけ、ティオとプルートには溝があった。いや、プルート自身は溝を作るつもりなどなかったのかも知れない。
ただ、時期が悪かった。ティオが生まれて間もなく、プルートは最愛の妻を失った。そのショックを抱え、子供を育てていける程、プルートの心は強くなかったのだ。
それでも、プルートはずっと子供たちを見てきたつもりだった。だからこそ、見るに耐えなかった。同じように愛情を注いできたつもりの子供達が、下らぬ竜王と言う肩書きの為に戦っていると思う事が。
深く息を吐くプルートは、元老へと体を向け、一歩踏み出す。息子達の争いなど見ていられなくて。
そんな折だった。ティオは、震えた声をプルートの背にぶつける。
「ど、どうして、ち、父上が……い、生きておられるのですか……」
恐らく、初めてだろう。ティオが、プルートに質問――いや、声を掛けたのは。正直、怖かった。何を言われるのか、分からない。答えてくれるのか、分からない。故に、ティオは手は震えていた。
ティオの言葉に、プルートは動きを止める。だが、振り返る事はなく、静かな声で答えた。
「貴様如きが、我に話掛けるな」
その言葉に、ティオは俯き唇を噛む。厳しい言葉だった。心にグサリと刺さり、ズキズキと胸が痛む。
視界が涙で滲み、それを嫌うようにティオは瞼を閉じた。
そんなティオにプルートは更に言葉を続ける。
「我と話がしたいなら、我と対等な立場まで登って来い。貴様には資格がある。我の息子だ。自分の力で竜王の座を奪ってみせろ」
プルートの言葉に、ティオはグッと涙を堪え、奥歯を噛み締める。
そして、瞼を開くと顔を挙げ、プルートの背中へと、
「はいっ!」
と、返答し、体をグラドを方へと向けた。
プルートの言葉を要約すると、
“お前と話すのは、お前が対等な立場になってから。竜王の名を受け継ぐのはお前だ。兄・グラドを倒し、竜王になれ”
と、言う事だった。
遠まわしだが、厳しく冷たい言葉だが、ティオにはその言葉の意味が確りと伝わった。
負けるわけには行かない。その強い気持ちを胸に、ティオは真っ直ぐにグラドを見据える。
握り締めた黒天の柄から、ティオの体に流れ込む魔力の波動。それは、消耗していたティオの体を僅かながら癒し、傷を治癒する。
魔剣となっていた時に蓄えられていた魔力が、分離した時に黒天にも分け与えられていたものだろう。
聖なる力とは真逆の力である魔力では、本来、傷を癒したりする事は不可能。だが、ティオの体は治癒された。
それは、ティオの武器、黒天が土属性だと言う事が大きく関わっていた。
土属性は恵み。全てを支え、全てのものの恵みとなる。その力により、ティオの体は活性化され、傷が癒えたのだ。
傷が再生し、呼吸も整ったティオの姿に、グラドは静かに笑う。
「まさか、アイツが生きているとは…………想定外だな」
肩を小刻みに揺らすグラドに、ティオは訝しげな表情を浮かべる。
だが、次の瞬間、グラドの全身から禍々しい魔力が噴出す。
「しかも、あの発言からすると、貴様に俺を倒せと言っている様に聞こえたが? 何かの間違いか? それとも、アイツも俺よりもお前が王に相応しいと言ってるのか!」
グラドが叫び、鱗模様の刻まれた腕を振り抜く。
鋭い龍爪が風を切り、ティオへと迫る。だが、ティオは半歩踏み込む。
ここで、下がるわけには行かない。前へ、前へ出なければいけない。そう自分に言い聞かせ、土の剣・黒天を振り被る。
二人の視線が交錯し、
「死ねえええええっ!」
と、グラドの叫び声が響く。
鋭い風音を広げ、グラドの龍爪は空を切る。踏み込んだティオは身を屈め、グラドの視界から消えたのだ。
オレンジブラウンのティオの髪だけを掠め取るグラドの龍爪。そして、グラドの視線は下へと向く。
すでに振り被られた黒天。それを、低い姿勢から腰を回し、ティオは振り抜く。
平たい切っ先が地面を抉り、土煙を巻き上げる。やがて、漆黒の刃は持ち上がり、そのまま横一線にグラドの左脇腹をぶっ叩いた。
鈍い金属音の後、グラドの体は弾かれる。激しく地面を転げ、土煙が舞う。
振り抜いた黒天を静かに構えなおすティオ。
ぶっ叩いた。表現どおり、黒天はグラドの体を強打しただけ。龍化したグラドには、刃は通らない事は分かりきっていた。
故に、ティオは斬るではなく、叩く――殴打すると言うイメージで黒天を振り抜いたのだ。
「ぐっ……くうっ……」
土煙の中、グラドの呻き声が聞こえ、ゆっくりと立ち上がる。
恐らく、然程ダメージはない。それほど、龍の鱗は硬い。同じ龍魔族だからこそ、その事を熟知しているティオは、強い眼差しで土煙の向こうを見据える。
よろめくグラドの口から血が吐き出された。刃は通らなくても、打撃により、少しはダメージを受けているように見えた。
だが、怒りに滲んだ赤い瞳が真っ直ぐにティオを見据える。殺意に満ちたその目に、ティオは「くっ」と息を呑み、重心を落とした。
グラドの赤い瞳を睨み、ティオは黒天を構える。
「くっ……くくっ……今のは、驚いた。まさか、カウンターを狙ってくるとは……」
「いつまでも、あんたの思い通りと思うな」
いつもと違うティオの口調に、グラドの額に青筋が浮かぶ。
「テメェ……誰に向かって、そんな口利いてんだ?」
明らかに不快そうなグラドの言葉をティオは無視し、無言のまま動き出す。
その行動が更にグラドの怒りを買い、
「いいだろう。テメェを殺して、アイツの前にその首を晒してやるぞ!」
と、怒声を響かせ、グラドは全身に魔力を迸らせた。
ティオとグラドの戦いが激化する中、静かに足を進めるプルートは静かな面持ちで元老を見据える。
全ての原因はこの男だとプルートは考えていた。
プルートが幼い頃から国に仕え、長くその座を守り続けていた男。それが、元老だ。龍魔族故に長寿で、長く行き続けた元老に、プルートは静かに息を吐く。
そして、横たわるキースと呆然と立ち尽くす剛鎧に目を向ける。
「ここは、我一人で十分だ。早くあの者の治療を進めろ。死ぬぞ」
プルートの言葉に、剛鎧は我に返り、「あ、ああ……」とぎこちなく返答をし、走り出す。
正直、困惑はしていた。竜王であるプルートが何故、ここにいるのか。人間嫌いと名高いプルートが、何故、人間の味方をしているのか。
全くわけが分からなかった。それでも、プルートが味方をしてくれる事は心強かった。
桜一刀を鞘へと納め、キースの下へと駆けた剛鎧は、倒れるキースに、
「大丈夫か?」
と、声を掛けた。返答は、
「ああ……」
と、弱々しいもの。
とても、大丈夫と言う状態ではない。
故に、剛鎧は、連盟軍拠点へ向かい、声を張り上げる。
「医療班! 急いでキースの手当ての準備を! 今、そっちに連れて行く!」
剛鎧はそう言い、キースの体を抱き上げる。その手から剣が落ちるが、拾っている余裕はなく、剛鎧は走り出す。
拠点前では、ヒーラーであるレオナが待っていた。
真っ白なヒーラーの正装姿のレオナは、腰まで届く長い金髪を頭の後ろで留め、杖を片手に剛鎧へと叫ぶ。
「コッチよ! 急いで」
「レオナ? な、何でお前がここに?」
驚く剛鎧だが、レオナは強い目を向け、
「何、言ってるのよ。私はヒーラーよ。戦場にいるのは当たり前よ。それより、あなたも来なさい。治療してあげるから」
と、剛鎧の手を引いた。
「いや、俺は大丈夫だ。それより――」
「いいから来なさい! 今は少しでも戦力が必要なんだから……」
レオナは俯きそう言い、剛鎧を座らせ、治療を始める。
キースと同時進行で。
元老と対峙するプルートは、静かに拳を握る。
淡い赤紫の瞳を向けられ、元老は少々不快そうに眉を顰める。
「いつまでも、自分が上だと思っているのか?」
「そうだな。お前と我とでは、圧倒的な差がある。どうやったかは知らんが、若返ってもそれは変わらぬ」
プルートは元老の言葉にそう返し、目を細める。
若々しい肉体に、溢れる魔力。元老は今、全盛期の力を取り戻していると言える。それでも、プルートは断言した。圧倒的な差があると。
その言葉に、元老は一層不快そうな表情を浮かべると、肩を竦め、クスリと笑った。
「あなた程の実力者ならば、分かるはずだ。今のワシは、全盛期の強さを取り戻していると」
「ああ。分かっているさ。それが、どうしたと言うのだ?」
平然と答えてみせるプルートに、不満そうに微笑する元老は、首を傾げる。
そして、握った右手を顔の前まで持ち上げると、その拳を開き、魔力を手の平へと集めた。
その魔力は純度が高く、美しく煌く。プルートに見せつけるようにその魔力を握りつぶした元老は、口元に薄らと不敵な笑みを浮かべた。
これでも、まだ余裕があるか、そう言うような態度だった。
しかし、プルートは何も変わらない。ただ、残念そうに吐息を漏らしただけだった。
「どうでもいい事だ。貴様が全盛期の力を取り戻していようが、いまいがな」
「ふっ……貴様はワシの全盛期を知らんようだな」
「興味もないと言っただろ。いつまでも過去に拘って何になると言うんだ?」
落ち着いた静かな口調でそう言うプルートは、首を傾げる。龍魔族として、プルートは長く生きた。故に、多くのモノを失った。最愛の人も、仲間も、友も。
過去は思い出として大切なものだと言う事は分かっている。だが、今を生きている以上、今と言う時を大切にしなければならないとプルートは考えていた。
過去にこだわり、失敗した経験があったからだ。
「くっ……くくっ……。モノを知らぬと言う事程、恐ろしい事はないな」
不快な笑い声を上げる元老に、プルートは冷ややかな眼差しを向ける。
「なんだ? 自慢話がしたいのか?」
冷ややかにそう言うプルートは、拳を握ると魔力を込める。
すると、その手の甲に鱗模様が浮かび上がり、その拳が輝きを放つ。プルートは、長々と話をするつもりはなく、正直、とっとと決着をつけたいと思っていた。
故に、元老の話は不愉快だった。
苛立つプルートに対し、元老は肩を揺らし笑う。
「最強と呼ばれたワシの力を見せてやろう」
元老はそう言うと、全身に魔力を広げ、その身に鱗模様が浮かび上がる。耳の付け根の角は銀色に輝き、筋肉が膨張し肉体が二倍に膨れ上がる。
所謂、龍化と言う奴だった。
鋭い爪をむき出しにし、鋭い眼差しを向ける元老に、プルートは静かに息を吐く。
「最強……ねぇ……」
冷めた口調で呟いたプルートは、ジト目を向ける。
その時だった。爆音が轟き、砕石が宙を舞う。元老が地を蹴ったのだ。
一瞬で自らの視界から元老が消えるが、プルートは焦る事なくゆっくりと目を動かす。
「龍爪!」
背後で元老の声が響き、同時にプルートの背中に拳が打ち込まれる。
鈍い音と共にプルートの衣服が裂け、血飛沫が弾けた。鋭い元老の爪がプルートの皮膚を裂いたのだ。
しかし、プルートは表情一つ変えず、振り返る。
だが、振り返った先に元老の姿はなく、プルートは眉間にシワを寄せ、鼻から息を吐いた。
「どうした? ワシの動きを捉える事が出来ぬか?」
「……くだらん」
ボソリと呟いたプルートは、スッと息を吸うと、右拳を腰の位置で握り締める。
淡い赤紫の瞳が、右へ左へと素早く動く。そして、プルートは振り向き様に右拳を振り抜いた。
風を切る音の後、鈍い打撃音が響き、元老の体が吹き飛ぶ。
「ふごっ!」
鮮血を口から撒き散らせ、地面を横転する元老は、体勢を整えると驚きの表情でプルートを見据える。
右拳を振り切ったプルートは、ゆっくりとその手を振り、元老を見下ろす。
「その程度で最強? 笑わせるな」
蔑む様な眼差しを向けるプルートに奥歯を噛む元老は、ゆっくりと起き上がると、鼻筋へとシワを寄せる。
完璧に全盛期まで力は戻っていた。最強と謳われる程、強かったその時の強さに。
なのに、何故だ。どうして、龍化もしていないプルートの一撃を受けたのか、そう疑念を抱く。
何かをしたのか?
いや、していない。ただ、魔力を込めた拳を振り抜いただけだ。
鋭い目を向ける元老は、瞬時に立ち上がると、もう一度地を蹴る。
一瞬でプルートの視界から姿を消し、気配を消す。
足音も立てず、完全に姿を消したように見えるが、プルートの目は完全に元老の姿を捉えていた。
「……逃げ回って、死角から攻撃して、最強……か。我の知っている“最強”とは全くの別物のようだな」
プルートは静かにそう述べ、吐息を漏らす。
プルートは知っている。自分が最強ではないと言う事を。何故ならば、プルートには敵わぬ者が二人いた。
一人は、最強と呼ばれた魔女にして、師であるヴェリリース。
そして、もう一人。同じ師の下で修行し、同じ魔王と言う立場にまで上り詰めた男、デュバル。
謙遜などではなく、プルートは間違いなくこの二人が最強だと思っている。
故に、この元老の戦い方には腹が立つ。
「その程度で、最強など……片腹痛いわ!」
プルートは、地を蹴る。そして、元老の姿を正面に捉えると、
「龍爪!」
と、魔力を込めた右拳を元老の腹へと叩き込んだ。
鈍い衝撃音が響き、鮮血が舞う。プルートの鋭い一撃が、元老の腹部を僅かに裂いた。
激しく地面を転げる元老は、血を吐き苦痛に表情を歪める。
「生まれた時代がよかったな。その程度で最強と名乗れて」
蔑む様にそう言うプルートに、元老はすぐに立ち上がると跳躍する。
一瞬不快そうな表情を見せたプルートは上空へと飛んだ元老へと顔を向けた。
「くっ! くはははっ! 龍魔族の本来の力は、広範囲に渡る全体攻撃! 貴様もろとも、そこにいる小僧どもを一掃してくれるわ!」
元老はそう叫び、息を吸う。腹の中へと魔力を集め、胸を膨らませる。
元老の様子を窺うプルートは、呆れた様に息を吐くと、
「貴様はバカなのか? ワザワザ、自分から空中に上がるとは……本当に最強か?」
と、首を振り肩を落とす。落胆していた。
だが、すぐに気持ちを切り替え、
「まぁ……いい。これで、終わりにしてやろう」
と、プルートも息を吸い、腹へと魔力を込める。
強大な魔力を放つプルートと元老の周囲を風が逆巻く。
そして、二人は同時に放つ。
“滅龍の息吹”
“龍の息吹”
元老よりも少し速く、プルートが咆哮を放つ。衝撃は螺旋を描き、風を呑み込む。
遅れて、元老が放つ咆哮は、プルートの放った咆哮よりも広範囲に広がる円錐型の渦のような咆哮。
風を呑み込むたびに口を広げていく。
全く別物の二つの咆哮がぶつかり合い、衝撃が広がる。だが、決着は一瞬だった。
二つの咆哮がぶつかり合った瞬間、プルートの放った咆哮が元老の咆哮を突き破り、そのまま元老を呑み込んだ。
それからは、元老に何が起こったのかは分からない。
何故なら、その姿は見る形もなく塵となってしまったからだ。
遠い目を向けるプルートは小さく息を吐くと、肩を落とす。
「…………ふっ。つまらんな」
そう吐き捨てる様につぶやいたプルートは北の方角へと顔を向けた。
場所はルーガスの奥地の古城へと移る。
広場ではまだ激戦が続く中、古城の最上階に漆黒のローブを纏ったクロウの姿があった。
静かな面持ちで腕を組み辺りを見回すクロウはクスリと笑う。
そして、静かに振り返ると、その視線の先にヒョコヒョコと奇妙な足音を響かせるクマが姿を見せた。
ツギハギだらけの体に、右腕は失われ綿が溢れるクマはクロウの視線に足を止める。
無様なクマの姿に、クロウは左手で口を覆い笑う。
「いつまでそんな姿をしているつもりですか? それとも、その姿で戦うつもりですか?」
クロウの静かな声に、クマは静かに息を吐く。
すると、その腹部が突如裂け、綿が大量に外へと飛び出した。
その中でゆっくりとクマの中から姿を見せたのは、穏やかで落ち着いた美形の顔をした若い優男だった。
黒髪を揺らし、穏やかな笑顔を見せる男はクマの体をゆっくりと床へと置いた。
「ふぅ……外は大分涼しいな」
男はそう呟きクロウへと目を向けた。
覇王――デュバル。獣王・竜王と並ぶ三人目の魔王。このルーガスを治めていた魔王であり、最強の名を受け継いだ男。
涼やかな顔のデュバルは、全身にごく少量の魔力をまとうと、
「さて……じゃあ、始めようか?」
と、拳を握り締めた。