第284話 親子の再会
開かれた空間の裂け目。
そこから、投げ出されたのは、一人の青年だった。
赤紫の髪を揺らし、
「うぐっ! がっ!」
と、声を漏らし地面を転げる。土煙は激しく舞い、地面に転がる石に額をぶつけたのか、鮮血が周囲に散乱する。
その青年の姿に、剛鎧は呆然としていた。
何故なら、剛鎧はその青年を知っていたからだ。
(れ、レッド! な、何でアイツが……)
驚く剛鎧は、言葉を失っていた。
その青年は、間違いなく現“勇者”レッド。右手に握る白刃の剣は、剛鎧も初めて目にするが、すぐにそれが新たな聖剣なのだろうと、悟った。
それは、レッドがここに遅れてくる理由が、竜胆に新たに打って貰った聖剣を受け取る為だと分かっていたからだ。
レッドはすぐさま体勢を整えると、左手を地面へと着き、前傾姿勢をとり、地を蹴る。
まるで、周囲の事など、剛鎧がいる事など見えていない様子だった。
真っ直ぐに先程現れた空間の裂け目へと走るが、それは、レッドが辿り着く前に消滅した。
ゆっくりと足を止めたレッドは、その場に立ち尽くし、「くそっ!」と吐き捨て俯いた。
未だに状況の理解できていない剛鎧は、あんぐりと口を開け固まっていた。
そんな中、訝しげな表情でレッドを見据えるのは、元“勇者”アルベルト。静かに髪を揺らすアルベルトは聖剣・レーヴェスを下ろし、「ふむっ」と鼻から息を吐いた。
眉間にシワを寄せ、何かを考え込む様に左手を額に当てるアルベルトは、小さく首を傾げた。
周囲をある程度見回したレッドは、ゆっくりと振り返る。
そんなレッドと剛鎧は目が合った。暫しの間が空き、
「ご、剛鎧?」
と、驚いたようにレッドは目を丸くする。
レッドと目が合い数秒、剛鎧も今現在の状況を思い出し、眉間にシワを寄せると額から流れる血を拭い、
「助っ人に来たわけじゃなさそうだな」
と、静かに口にした。出てきた空間の裂け目は、明らかにワープクリスタルを使用したものとは違った。
それに、レッドが聖剣を手に持っていると言う事から、剛鎧は誰かと戦っていたのだと推測したのだ。
だから、剛鎧は、
「どう言う状態だ? 兄貴はどうした?」
と、更に言葉を続けた。
務めて冷静にそう尋ねる剛鎧に、レッドも状況を理解したのか、
「ああ。僕と天童さんは残念ながら、別の場所に転送されてね。天童さんはそこにいた白銀の騎士団の幹部と戦闘中だ」
と、真剣な表情で答えた。
その言葉に剛鎧は眉を顰める。
「そうか……。じゃあ、兄貴は別の所で戦っているって事か……」
「ああ。そう言う事になるね」
レッドはそう答え小さく頷く。
すると、剛鎧は訝しげな表情を浮かべ、首を傾げる。
「なら、どうして、お前はここにいるんだ? あの空間の裂け目はワープクリスタルの転移の仕方とは違ったようだが?」
目の前で見た光景を思い出し、そう尋ねると、レッドは「……ッ!」と声を漏らし、
「すまない。そこで、僕は断絶のギーガと戦ってたんだけど……。油断した。まさか、断絶で空間を裂いて、飛ばされるとは……」
悔しげにレッドはそう述べ、唇を噛み締め目を伏せた。
そんな時だった。今まで黙っていたアルベルトが、その手に持った聖剣レーヴェスを肩へと担ぎ、静かな声を発する。
「……レッド? お前、まさか、あのレッドなのか?」
穏やかな静かな声でそう述べるアルベルトに、レッドは目を見開いた。
レッドはその声に聞き覚えがあったのだ。
そんなレッドの変化に剛鎧はいち早く気付いた。そして、思い出す。アルベルトがレッドの育ての親だと言う事を。
険しい表情を浮かべる剛鎧は、その目をレッドへと向けた。
「……父さん」
驚いた様子で振り返ったレッドは、アルベルトの姿を見て呟いた。
「やはり、あのレッドか……。大きくなったもんだな」
シミジミとそう述べるアルベルトは、レッドの成長に嬉しそうに大らかに笑った。
一方のレッドは、その父の姿に険しい表情を浮かべる。奥歯を噛み、眉間にシワを寄せるレッドは、その唇を静かに動かす。
「何故、あなたがこんな事をしているのですか!」
厳しい口調で問いただすように、そう尋ねる。
そのレッドの言葉に、剛鎧は意外そうな表情を浮かべた。何故なら、久しぶりに会う父だ。安否も分からず、死んだと言う事になっていた父を目の当たりにして、最初に問うた事がこれとは、思わなかったのだ。それに、ここまでレッドが感情をむき出しにしている事にも驚いていた。
レッドの問い掛けに、鼻から息を吐くアルベルトは変わらぬ穏やかな視線を向ける。
「しかし……あのお前がここまで立派に育つとはな。驚いたよ」
レッドの質問になど答える気がないのか、アルベルトは大手を広げた。
ピクリとレッドの右の眉が動く。そして、額には青筋が浮かび、その手に握った剣をゆっくりと構えた。
レッドの行動にやや不満そうに目を細めるアルベルトは、
「ふっ……なんだ? 久しぶりの再会だと言うのに……」
と、小さく首を振るが、レッドはその言葉に対し、
「黙れ! あなたはもう死んだ! 死人が生き返る事などありえない!」
と、全てを否定する様に左腕を外へと払うように振り、そう言い切った。
だが、そんなレッドの言葉に、アルベルトは聊か不思議そうな面持ちで尋ねる。
「死人? 何を言っている。俺は、お前の目の前で生きている。自分の目を疑うのか?」
アルベルトのその言葉に、レッドは「くっ!」と言葉を呑んだ。確かに目の前に存在するのは紛れもないレッドの父、アルベルト。
故にレッドは言葉に詰まったのだ。
そんなレッドに代わり、
「なら、何故、お前はこの十五年、姿を消していた? 英雄戦争の後、なぜ、行方を眩ませた? 生きていたなら、何故、帰るべき所に帰らなかった?」
と、剛鎧は鋭い眼差しを向け尋ねる。
レッドが最も聞きたかった事であり、最も聞くのが怖かった事でもあるその問いにアルベルトは静かに笑う。
「何故? それは、俺達が罪を犯したからだ。世の中には触れてはいけない箱がある。かつての英雄は、その箱を開いた。そして、俺達は、囚われた」
アルベルトは俯き、瞼を閉じた。
静かな時が流れ、ゆっくりとアルベルトは瞼を開く。そして、その眼を剛鎧とレッドの二人へと向ける。
「この世界は、お前達が思うほど、単純じゃない。だからこそ、俺達は従う事にしたのさ。あの男に」
「ふざけるな! だから、人を殺すのか! だから、世界を破壊するのか! あんたのしようとしている事は、かつて、あんたが止めようとした事なんじゃないのか!」
剛鎧が感情的にそう怒鳴る。
だが、アルベルトは一層冷めた眼差しを剛鎧へと向けた。
「言っただろ。世界知ったのさ。この世界の事を。お前達の知らない。この世界の真実をな」
アルベルトの言う世界の真実が何なのか、剛鎧には理解出来ない。
ただ、理解できる事は、もうコイツはかつての勇者ではないと言う事。そして、レッドもそれを理解し、覚悟を決めた。
「すまない……剛鎧。ここは、僕一人に任せてもらえないか?」
レッドの申し出に、剛鎧は一瞬、不安そうな表情を浮かべる。だが、レッドの気持ちは痛い程よく分かる。
それに、アルベルトを止めるのは、息子であるレッドの仕事。故に剛鎧は「分かった」と、すぐに了承した。
「ありがとう」
静かに述べるレッドに、
「いや……いいさ。この方が効率が良い。それより、大丈夫なんだろうな」
と、確認の為に剛鎧はそう尋ね、名刀・桜一刀を鞘へと納めた。
そんな剛鎧にレッドは小さく頷き、
「分かってる。必ず、何とかする」
と、答え静かに右足を前へ出した。
レッドの答えを聞き、剛鎧はその視線を後方へと向ける。丁度、拠点のある方角。
そこから、激しい黒煙が上がっている事から、剛鎧は理解する。
(拠点も襲われてるのか……向こうには医療班がいる……優先すべきか……)
そう考え、剛鎧は走り出した。