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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
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第283話 捨て身の一撃

 響き渡る冬華の悲鳴に、クマは丸っこい左手を握り締める。

 何となく状況は理解していた。

 一つの気配が消えた。泡のように弾けて消えた。

 だが、悲しんでいる暇はない。クマは目の前にいるウェンリルを見据え、右足を踏み出す。

 斜に構え、綿の出る右肩は硬化を持続する。

 左拳は握りこみ、その手に魔力を込めた。


「悪いクマね。クマはキミの相手をしてる程、暇じゃないクマ」


 真剣な口調でそう言うクマに、ウェンリルは眉間にシワを寄せる。手に持った大鎌を振り上げ、精神力を纏わせるウェンリルは、クスリと静かに笑い、


「俺では力不足。そう言いたいのですか? 面白い冗談ですね」


 肩を震わせ、怒りに滲んだ眼を向けるウェンリルに、クマは鼻から息を吐く。


「そんな事は言っていないクマ。キミは強いクマ。でも、クマにはしなければならない事があるクマ。だから、キミとの戦いを長引かせるつもりはないクマ」


 クマの言葉にウェンリルは額に青筋を浮かべた。

 これでも、一ギルドのマスター。クマの着ぐるみを着たふざけた奴に、コケにされるなどプライドが許さなかった。

 ギリッと奥歯を噛んだウェンリルは、大鎌の刃に精神力を注いだ。

 そんなウェンリルの行動に、クマはフッと息を吐くと、地を蹴った。

 そこからは一瞬。土煙だけを残しウェンリルの視界から消えたクマは、低い姿勢で間合いへと入る。

 右足を踏み込み、握り込んだ左拳に魔力を込めた。そこで、ウェンリルはようやく、クマが自分の懐に入り込んだ事に気付く。

 だが、気付いた所で遅い。クマの丸い左手には赤黒い炎が灯り、


黒終こくつい!」


と、クマの低く威圧的な声が発せられ、左拳は真っ直ぐにウェンリルの胸へと突き立てられた。

 綿詰めの肉体の癖に、その一撃は重く、鈍い音と共に肋骨が軋む音が痛々しくウェンリルの体内を駆け巡る。


「ガハッ!」


 ウェンリルの体がくの字に折れ、大量の血が吐き出される。

 よろよろと左手で胸を押さえ、後退していくウェンリルは、やがて膝を地に落とした。


「うっ……ああっ!」

「残念クマ。前途ある若い芽を摘むのは……」


 クマはそう言って、瞼を閉じ俯いた。

 それとほぼ同時にウェンリルの体内から赤黒い炎が噴き上がる。目から――、口から――、耳から――、赤黒い炎が噴出す。

 左拳を打ち込んだ時にウェンリルの体内へと赤黒い炎を流し込んだのだ。焼き尽くすまで消える事のない地獄の業火。この炎に包まれた時点で、ウェンリルに待つのは死のみだった。



 場所は変わり、ルーガス大陸南。多くの兵がひしめき合い戦闘を繰り広げていた。

 中央やや東寄りのその場所で“勇者”アルベルトと剛鎧は剣を交えていた。

 金属音が響き、衝撃が広がる。火花が散り、二本の刃が弾かれた。

 草履を滑らせ、足元に土煙を巻き上げる剛鎧は、やや前のめりになり左手の指先を地面へと着く。指先は地面を僅かに抉り、土が指の腹に盛り上がる。

 一方、勇者アルベルトも足を滑らせ足元に土埃を巻き上げ、聖剣レーヴェスを構えなおした。

 両肩を上下に揺らす剛鎧は、顔を挙げ淡い蒼い瞳をアルベルトへと向ける。額から流れる血が褐色の肌を赤く染め、剛鎧は険しい表情を浮かべていた。

 大した怪我ではない。少しアルベルトの剣が額を掠めただけ。致命傷ではなく、単なるかすり傷だが、それでも出血は酷く、右目に映る世界は殆ど赤く染まっていた。


「くっそ……」


 左手の甲で血を拭うように目を擦る。だが、血に染まった視界は真っ赤なままだった。

 険しい表情を浮かべる剛鎧は、唇を噛むとすり足で右足を踏み出す。

 赤い視界に映るアルベルトは悠然としていた。身にまとう漆黒の鎧には幾つか刀痕があった。何度もその鎧は桜一刀による一撃を受けていた。

 竜胆によって打ち直された桜一刀の切れ味は格段に鋭くなった。それでも、アルベルトの漆黒の鎧を打ち破る事は出来なかった。


「強いな。お前」


 アルベルトがそう口にする。一応、褒め言葉なのだろうが、剛鎧はそれを素直に受け取る事は出来なかった。


「そりゃ……どうも」


 不満そうに答えた剛鎧は、眉間にシワを寄せた。

 それが、完全に上から目線の褒め言葉だったからだ。

 強いが、俺には及ばない。そう言われている感覚だった。

 桜一刀の柄を両手で握る剛鎧は、深く長く息を吐き出す。激しく上下に揺れていた肩も、落ち着きを取り戻し、呼吸も大分安定していた。

 ゆったりと流れる時の中で、アルベルトもゆっくりと右足を踏み出した。


「そろそろ、再開するかい。侍!」


 アルベルトはそう言い、地を蹴る。後塵を巻き上げ、前傾姿勢で駆けるアルベルトに、剛鎧は長刀である桜一刀を右肩の位置に構える。

 二人の視線が交錯し、アルベルトが間合いに踏み込むと同時に剛鎧は桜一刀を振り抜いた。

 長い刃は風を切りアルベルトへと迫る。その刃を横目で見据えるアルベルトは、左手の甲で桜一刀の平を払い挙げた。


「ッ!」

「甘いな。キミは――」


 そう言い、身を屈めたアルベルトの頭上を、桜一刀が横切った。

 低い姿勢のまま更に一歩詰め寄ったアルベルトは、左腰の位置へ構えた聖剣レーヴェスを振り抜いた。

 真っ白な刃が横一線に振り抜かれ、剛鎧の喉下へと迫る。

 奥歯を噛む剛鎧は、強引に手首を返し、体を捻り桜一刀を振り下ろす。

 金属音の後、火花が散り、互いの刃が弾かれた。

 だが、ここで二人は退かない。お互い重心を落とし、両足で踏ん張り、近距離からの打ち合いに持ち込んだ。

 名刀・桜一刀と聖剣レーヴェスが幾度となく交錯し、火花と衝撃を広げる。

 衝撃が剛鎧の紺色の短髪と、アルベルトの逆立った黒髪を激しく揺らす。

 ほぼ互角の力で打ち合う二人。その足は徐々に後退し、足裏には土が盛り上がっていた。

 ただ、長刀である桜一刀はこの近距離で打ち合うには小回りが利き辛く、徐々に剛鎧は防衛に回っていく。


「クッ……」


 声を漏らす剛鎧は険しい表情を浮かべる。

 このままでは押し切られる。幾ら単細胞の剛鎧でも、それは分かりきっていた。

 だが、剛鎧は、


「うおおおおっ!」


と、右足を更に踏み込み、大きく桜一刀を振り被る。考えなどない。ただ、このまま押し切られる位なら、強引でも良い、無謀でも良い。

 一撃。たった一撃。まともな一撃をアルベルトに浴びせる。そう自分に言い聞かせる。


(例え、俺がここで倒れても――)


 奥歯を噛み、覚悟を決める。これは、捨て身の一撃。アルベルトの一撃を受けても構わない。

 そう剛鎧は覚悟を決め桜一刀を振り抜いた。

 だが、アルベルトは聖剣レーヴェスの刃が剛鎧に触れる直前で剣を引き、その場から飛び退いた。

 長い刃が空を切り、剛鎧は動きを止める。呼吸を乱す剛鎧は、振り抜いたままの桜一刀をゆっくりと戻し、眉間にシワを寄せる。


「どう言うつもりだ……」


 ピクリと右の眉を動かした剛鎧は、アルベルトを睨む。

 明らかに、アルベルトは当てられるのに当てなかった。それが、不快だった。

 そんな剛鎧の言葉に、アルベルトはふっと息を吐くと薄らと笑みを浮かべ肩を竦める。


「捨て身の一撃ってのは、一番警戒しなきゃいけねぇ。相手の覚悟が強ければ強い程、尚更な」


 鼻から息を吐き、アルベルトは目を細める。


「そう言う一撃って言うのは、想いが乗る分、常時よりも強力な一撃になる。それは、俺にとっても致命傷になりかねない。だから、ワザワザ、攻撃を当てずに退いた。さぁ、何か問題が?」


 確りと剛鎧の問いに答えたアルベルトは、これでも不満があるのかと言いたげに腕を広げた。

 アルベルトの言う事も尤もだ。捨て身の一撃を放とうとしている者に、ワザワザ付き合う必要はない。捨て身で来ると言う事は、その者が焦り、勝ち目がないと思っている証拠。

 そんな者に付き合って僅かでも致命傷を受ける危険を冒す必要はないのだ。


「しかし、その若さで捨て身の攻撃に出るとは……。世も末だな」

「黙れ! 世も末だと? ここで、負けたら何にも残らねぇ。今、ここで命を懸けなきゃいけねぇんだよ!」


 剛鎧はそう言い放ち、アルベルトを睨んだ。

 その眼差しにアルベルトは鼻から息を吐き、頷く。


「なるほどね。キミにも背負っているモノがある……と、言うわけか……」


 アルベルトは静かに聖剣レーヴェスを構えた。

 その行動に剛鎧もゆっくりと桜一刀を構えなおした。

 そんな時だった。二人の間に突如として空間の裂け目が現れた。

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