第281話 剣豪・勇者・竜王
ルーガス大陸の南、中央よりやや西側。
そこに、ゼバーリック大陸西のミラージュ王国、現国王のウォーレンの姿があった。
開かれた空間の裂け目より現れる敵兵を、重量感のある三角錐型の鉄槌でなぎ払う。かなりの重量があるその鉄槌を片手で軽々と扱うウォーレンは、先端の尖った方で地面を砕き、更に全体攻撃を行う。
地面が捲れ上がり、次々と前方から迫る敵兵を呑み込む。
流石は一国の長。その実力は相当なものだった。一人でも大勢を相手に出来るだけの戦い方の出来るウォーレンは、周囲にいる味方の兵へと声を張る。
「ここは、俺一人で十分だ! 他の場所の援護に向かえ!」
ウォーレンの言葉に兵達は「了解しました!」と声をあげ、別の場所へと増援に向かった。
自軍の兵が大分いなくなった頃合でウォーレンは、地面に突き立てた鉄槌を持ち上げ、肩へと担いだ。
大分敵兵も減った。ある程度の事はやったつもりだが、まだ一つやるべきことが残っていた。
それは――
「もう高みの見物は良いだろ? こっちはもう俺だけしか残ってねぇし、そっちも残るはお前だけだろ」
左手を腰へと当て、ふっと息を吐いたウォーレンの視線の先には一人の男の姿があった。和服姿に長い銀髪を結った男。腰には刀と脇差の二本を差し、両手を袖に入れ腕を組んでいた。
今までずっと静観していたその男は、ゆっくりと動き出す。
「拙者は蒼玄。かつて、英雄に仕えた剣豪なり」
草履を滑らせるように足を進める蒼玄は、重心を低くし腰に差した刀の柄を右手で握った。
威風堂々とした寡黙な男、蒼玄の姿に、ウォーレンは息を呑む。
(やっぱり、今までの兵とは別格だな)
僅かに表情を歪めるウォーレンは、薄らと口元に笑みを浮かべる。
一方、蒼玄は口を噤んだままゆっくりと体を前に倒し、前傾姿勢に入った。殺気がその切れ長の眼から窺え、ウォーレンも身構える。
静寂が漂い、二人の間には静かな時が流れる。
蒼玄の左手は鞘を握り、その親指は鍔へと掛かった。
二人の視線が交錯し、ウォーレンの喉がゴクリと動く。額からは汗が滲んでいた。
緊張感が高まる中、刃が鯉口に擦れる嫌な音が響き、蒼玄の刀・月下夜桜が静かに抜かれた。
中央部隊やや東寄りそこは和服姿で名刀・桜一刀を振るう剛鎧の姿があった。
草履の所為で足元はやや滑るが、それでも、剛鎧は豪快に敵兵を斬り付ける。剛鎧の腕力と、名刀・桜一刀の鋭い切れ味が相まって、一太刀で鋼の鎧を切り裂く程の破壊力だった。
味方の兵士は、その戦いを見ている事しか出来なかった。一応、援護をしようと試みたい所だったが、剛鎧の動きが豪快すぎて、援護の出しようがなかったのだ。
その為、他の兵士達は、剛鎧が討ち漏らした残党を狩る事に専念していた。
次々と開かれる空間の裂け目から現れる兵士を片っ端から潰していく剛鎧に、少しだけ距離を置き開かれた空間の裂け目より出てきた男が静かに呟く。
「やれやれ……猛獣だな」
漆黒の鎧を纏い、背に背負うのは美しい純白の大剣・聖剣レーヴェス。その柄に右手を伸ばすその男は、かつて英雄と共に戦った一人、勇者アルベルトだった。
彼はゆっくりと兵士達の合間を縫うように足を進め、徐々にその足は速くなる。そして、一気にトップスピードに入ると、そのまま聖剣レーヴェスを抜き、剛鎧へとそれを叩き付ける。
兵士達の間から突然突っ込んできたアルベルトに、剛鎧の反応は遅れた。
(ッ! 何だ。コイツ!)
奥歯を噛み、眉間にシワを寄せる剛鎧は、かわすのはムリだと判断し、桜一刀で聖剣レーヴェスを受け止めた。
激しい衝撃が広がり、火花が散る。二つの刃が一瞬触れ合い、すぐさま離れた。
地面の上を滑る様に後方へと弾かれた剛鎧は、次の攻撃に備え、すぐに体勢を整える。
一方、勇者アルベルトもまた後方へと弾かれ、後方宙返りを決め着地した。
ただの一太刀交えただけだが、剛鎧はこの男の強さを理解する。
「ヤベェ奴と当たったかぁ……」
眉間にシワを寄せ、剛鎧は目を細めた。ただ、剛鎧は彼が何者なのかは全く知らない。かつて、英雄と共に戦ったメンバーだと言う事も、彼が持っている武器が聖剣である事も、全く持って気付いていなかった。
「中々の腕前だな」
ゆっくりと腰を上げるアルベルトは、ふっと息を吐き、口元に笑みを浮かべる。鋭い眼差しが見据えるのは、剛鎧の姿。
強者と戦える事に喜びを感じているようだった。
不快そうに眉を顰める剛鎧は、紺色の髪を揺らすと、すり足で右足を前に出し、桜一刀を腰の位置に真横に構えた。
「誰だか知らねぇが、俺は負けるわけにゃいかねぇんだ。全力で叩かせてもらうぞ」
剛鎧のその台詞に、アルベルトは鼻から小さく息を吐くと、やはり嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いいだろう。俺も、全力で相手をしよう」
二人はほぼ同時に地を蹴り、桜一刀とレーヴェスを振り抜いた。
部隊の中心。兵士の多く集まるその場所にキースの姿はあった。
ボサボサの黒髪を揺らしながら開かれる空間の裂け目に対応するキースは他の兵に指示を出しながら、敵兵を撃退していた。
極力、被害を出さぬようにと、最善の指示を送るキースだが、それでも死傷者は出る。
ましてや、キースが相手をしているのは、人間ではなく龍魔族の兵だった。龍魔族の兵を一人を撃退するのに、コッチは数十人もの兵を費やす。数の上ではキースの方が優勢だが、それでも、着実に兵の数は減らされていっていた。
そして、その兵を減らす元凶が、今まさにキースの目の前に立ちはだかる。
赤黒い髪に耳の付け根に見える漆黒の角。穏やかそうな表情に、不気味な笑みを浮かべるその男は、現・竜王グラドだった。
右手に持つ槍で次々と兵士を串刺しにし、軽々と兵をなぎ払う。その姿はまさに鬼神だった。
「竜王……グラドですか……」
額から薄らと汗を零すキースは、渋い表情を浮かべる。
まさか、こんな所で竜王と戦う事になるとは思ってもいなかった。精々、竜王の右腕、もしくは龍魔族の中でも幹部クラスの誰かと当たるものだと考えていたのだ。
「まさか、王、直々にお出ましとは……驚きましたよ」
ゆっくりと剣を構え、右足を出すキースは、息を呑む。
「虫を潰す程度ならば、私が出ても問題はない。それだけだ」
完全にバカにした様子のグラドは、肩を揺らし笑う。
(完全に見下されてる……だが、それを言うだけの、言えるだけの実力があるって事か……)
目を細めるキースは、下唇を噛み鼻から息を吐いた。
どうにか時間を稼ぎ、グラドをここに引きとめておけば、他の戦況が変わるはずだ。そうキースは考え、自らの心を静める。
慌てる事はない。一人で戦っているわけじゃない。皆がいる。例え、ここで自分が負けたとしても、死んだとしても、他にも頼もしい仲間がいる。
キースはそう考え、気合を入れた。グラドを相手に勝てる可能性はかなり低いだろう。それでも、キースは剣を構え、立ち向かう。
「さぁ、始めようか。竜王……グラド!」
キースが叫ぶと同時に、グラドは槍を突き出した。
迫る切っ先に、キースは直感的に体を右へと倒し、刃をかわす。
「ッ!」
リーチは槍を使うグラドに分がある。故にキースは地を蹴り、グラドとの間合いを詰めた。