第280話 襲撃!!
クロトの傍で蹲る冬華。
記憶はハッキリと戻った。
黒兎裕也は、冬華の幼馴染。
幼い頃はよく一緒に遊んだ。小学校高学年頃には、お互い距離を取るように。
理由は特にない。ただ、自然とお互いにそうなっていた。恐らく、冬華はその頃から彼を――。
唇を噛み締め、冬華はクロトの右手を握り締める。
手は冷たくなっていた。体温が失われていくのが分かる。
地面に広がる血の量から言って、かなりの出血をしている。それに、体からあふれ出す光の粒子。これは、元の世界へと帰還するその前兆なのだろう。
そんなクロトの右手を確りと握り締め、冬華は懇願する。
「お願い……セルフィーユ……。クロトを助けて……お願い……」
いるかどうかも分からないセルフィーユへの懇願。
もう、冬華に頼れるのは彼女しかいなかった。
クマから受け取った真っ赤な刃の剣と朱色の刃の剣、焔狐を構えるクリスは、肩口から血を流すライオネットを睨んでいた。
その手から零れ落ちた大剣が地面に音をたて横たわり、震える両手で肩口を押さえる。真っ赤に染まるその手からは点々と血が滴れ落ちた。
「うっ……ううっ……」
背を丸め、僅かに声を漏らすライオネットの体がガクリと落ちる。
致命傷とまでは行かないだろうが、それでも、大きなダメージは与えた。常人ならばコレだけのダメージを与えれば、戦意喪失しそうだが、ライオネットの体からは闘争心が消えない。
だからこそ、クリスは警戒心を強めていた。
「くっ……くくくっ……ふふっ……ふははははっ!」
唐突に笑い出すライオネットは、ゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、クリスは寒気を感じた。何故なら、ライオネットのその眼は血のように赤く染まり、その目から赤い涙が流れていた。
更に、ライオネットの全身を覆うのは禍々しいオーラ。それは、とてつもなく恐ろしい魔力の波動だった。
「くっ……何だこの力は……」
「見せてやろう。私の本気を!」
ライオネットはそう言い両腕を胸の前で広げた。刹那、ライオネットの肩口の傷が再生し、肌の色が漆黒に染まる。
明らかに異質な力を感じたクリスは、険しい表情を浮かべ二本の剣を構えなおした。
場所は打って変わり、ルーガス大陸の南でも戦闘が開始されようとしていた。
多くの兵が集まったその場所に、空より飛来するエメラルド色の翼竜。地面を抉り、大量の土煙を巻き上げる。
突然の飛来に、その兵達を率いるギルド連盟のアオが慌ててその場に駆けつける。
「な、何だ! いきなり」
慌ただしく駆け寄ったアオは、腰の剣に手を伸ばし、土煙の向こうを見据える。
多くの兵が警戒し、武器を手に取る中、悠然とその場にやってきた剛鎧は、眉間にシワを寄せた。
「見た感じ、翼竜だったな」
褐色の肌に紺色の短髪を逆立てた剛鎧は、腰にぶら下げた桜一刀へと手を伸ばし、目を細める。
そんな中、土煙の中で「ケホッケホッ」と咳き込む声が聞こえ、剛鎧はピクリと右眉を動かす。剛鎧はその声に聞き覚えがあったのだ。
その為、剛鎧は右腕を真っ直ぐに伸ばし、皆の動きを制する。剛鎧の動きにアオは訝しげな目を向け、
「どうしたんだ?」
と、尋ねる。
その声に、剛鎧はフッと息を吐き、目を細める。
「大丈夫だ。多分、俺の知り合いだ」
剛鎧はそう言い、右手を腰にあて、土煙の向こうへと声を掛ける。
「大丈夫か? 水蓮」
「はへっ? ご、剛鎧さん!」
土煙の中で幼さの残る声が響き、土煙の中から小柄な水蓮が駆け足で飛び出す。
黒髪を揺らす水蓮に、右手を軽く上げた剛鎧は、
「随分な登場の仕方だな」
と、呆れた様にジト目を向ける。
「も、申し訳ありません。それより、この兵は?」
軽く頭を下げた水蓮は、すぐさま、この場に集まった兵に目を向ける。
一応、状況を確認しようとしたのだ。
そんな水蓮の言葉に、剛鎧は右手で頭を掻くと、小さく頷いた。
「まぁ、状況は分かっていると思うが、英雄・冬華の名の下に集まった兵だ。ウチからは俺と葉泉、雪夜、龍馬、秋雨の五人が参加してる。とりあえず、お前は龍馬と秋雨の所に行ってくれ。右翼側の第三部隊に配属されている」
「は、はい! 分かりました」
水蓮は背筋を伸ばし、そう返答した。
水蓮は剛鎧に言われたとおりに、右翼側の第三部隊へと向かう。
その矢先だった。激しい爆音と共に、兵の悲鳴が上がる。そして、地鳴りのような足音が周囲に響き渡った。
突然の事に周囲は騒然とし、至る所から兵の声が上がる。
「襲撃だ! 襲撃!」
兵達の声に、アオは表情を曇らせる。分かっていた事だが、まさかこんな方法で襲撃してくるとは思わなかった。
「くっ! 落ち着け! 状況を把握して、五人一組に固まって対応しろ!」
アオは皆へと指示を出す。
そんな中、空間が裂け、次々と敵兵が姿を見せる。ワープクリスタルを使用した完璧な奇襲だった。
それにより、アオの率いる軍勢は大きく分断されていた。
アオ達が襲撃を受けるその上空。
真紅のローブをまとう魔術師と対峙するのは龍のぬいぐるみリュー。
炎を受けた為、布で出来たその体はやんわりと焦げていた。それでも、殆どダメージらしいダメージはなく、リューはヒクヒクと鼻を動かす。
丸っこい手を軽く振るリューは、短い尻尾を揺らした。
一方、魔術師は口元へと薄らと笑みを浮かべる。余裕の表れなのか、深く息を吐くと首の骨を鳴らした。
「いいのか? 放置していて」
静かな声でそう呟く魔術師に、リューは首を傾げる。
何が言いたいのか分からないと言う態度のリューに、魔術師は視線を地上へと下ろす。
「見てみろよ。地上を。お前が守ると言った連中はウチらの駒の襲撃で大混乱だ」
魔術師の言葉に、リューも視線を地上へと向ける。
地上では、爆音が轟き激しい土煙が上がる。地響きの様な足音と、空間を裂く轟音。
そして、隊列を組む部隊の至る所に空間の裂け目が出現し、敵兵が次々とその裂け目から姿を見せる。
空間転移を上手く使用した完全な奇襲。恐らく、これほどまで効果的な奇襲はないだろう。そもそも、魔力・精神力の消費の大きい空間転移をこうも乱発するなど不可能だ。
故に、この様な奇襲をするなど誰にも想像はつかない。これも、ワープクリスタルと言う容易に空間転移を行う事の出来る道具が生まれたからこその奇襲の仕方だった。
「うむ……勉強になるゴン。空間転移の効果的な使い方の」
リューは感心したようにそう呟く。全く持って地上の心配などしていない様子のリューに、魔術師は一層悪い笑みを浮かべ、
「いいのか? 全滅するぞ。かつての英雄に仕えた連中が、向こうにはいるんだからな」
と、肩を揺らした。
だが、リューは気にした様子はなく、
「さぁ、続きを始めるゴン」
と、魔術師に告げ丸い手を構えた。
場所は地上へと戻る。
次々と開かれるゲート。所謂、空間の裂け目。そこから、武装した兵達が姿を見せる。
戦闘になる事は分かっていたが、こんな風に奇襲を受けるとは、アオ自身思っていなかった。
故に、僅かな焦りと動揺があった。
それでも、アオは剣を抜き、声を張る。
「落ち着いて対処しろ! 空間転移による奇襲だが、冷静に対応すれば、どうと言う事はないぞ!」
アオは剣を振るい、開かれた空間の裂け目から出てきた兵達を斬りつけていく。鉄の鎧に刃がぶつかり金属音と火花を広げた後、鮮血が迸る。
常にアオの振るう剣の刃には青雷が迸っていた。これにより、鉄の鎧も軽々と粉砕する事が出来たのだ。
この軍の総司令として、役目を果たす為、アオは一人でも多くの兵を倒そうと、開かれた空間の裂け目へと駆け出す。
その時だった。
「氷牙」
と、雄々しい声が轟き、空間の裂け目より円錐型の巨大な氷の塊が、鋭い切っ先を向け飛び出した。
瞬時にアオはそれを右へとかわし、足を止めた。
「ふむ……どうやら、私の相手は貴殿のようだな。ギルド連盟の犬……アオ」
空間の裂け目より堂々と姿を見せる一人の男。
何色にも染まらぬ純白のコートに身を包み、赤褐色の髪を逆立てた恰幅の良いその男に、アオは表情を険しくする。
直接顔を合わせるのは初めてだが、アオもその男を知っていた。
「白銀の騎士団……団長ゼフ! 何でお前がここにいる!」
アオの言葉に対し、白銀の騎士団団長ゼフは静かに右手に持った剣を振り上げ、
「こう言う事だ」
と、告げると、空間の裂け目より白銀の鎧をまとう兵が次々と姿を見せ、兵達へと襲い掛かった。
ここでようやく、アオは理解する。最強と謳われる白銀の騎士団は、敵に寝返ったのだと。
右翼――第三部隊。
そこに配属される龍馬・秋雨の両名もまた、空間の裂け目より現れた一人の男と対峙していた。
オレンジブラウンの髪に耳の付け根より角を生やした男、レパンドだ。
北の大陸フィンクのグランダース王国の近衛隊長にして、現・竜王の右腕。ゴツゴツとした顔に切れ長の目。赤い瞳をしたレパンドの異様な殺気に、龍馬と秋雨は刀を構える。
「龍魔族か……」
「私と違って、純粋な龍魔族だ。気をつけろ」
黒髪の合間から覗く秋雨の耳の付け根に見える小さな角。一応、秋雨は龍魔族と人間のハーフだ。龍魔族としての力はないものの、角だけが生えていた。
警戒する龍馬と秋雨に対し、レパンドは熱気の篭った息を吐き出し、その腕に鱗模様を浮かべる。
左翼――第二部隊。
そこに配属された天童の部下である葉泉・雪夜の両名も、空間の裂け目の前で一人の老人と対峙していた。
ローブをまとう老人は、禍々しいオーラを放ち、不敵に笑う。見た目は老人だが、明らかに強者のオーラを全面に出す老人は、瞬時にこの場にいる兵の中で、葉泉と雪夜が別格だと見抜いていた。
弓を片手に困ったように黒髪を掻き毟る葉泉は、和服の裾を揺らす。
「いつもながら、部隊の配属の仕方には、疑問を抱きたくなりますね」
「せやね。遠距離タイプのウチらが組むのは間違ごうとうと思うよ」
葉泉に対し、訛った言葉遣いをする雪夜は、長い水色の髪を揺らし、その手に持ったリボルバー式のライフルに弾丸を装填する。
基本、葉泉と雪夜は遠距離タイプ。所謂、飛び道具を武器として使用している。故に、本来ならば、後方支援が専門で、この様に前線で戦うようなタイプではない。
「お二人が私の相手ですか? ふふっ……存分に楽しませてくださいよ」
しゃがれた声で老人はそう言い、全身に禍々しい魔力をまとう。その瞬間、葉泉は矢を放ち、雪夜は引き金を引いた。
中央――第一部隊。
そこに配属されたキースの部下のラルとルピーの二人も、強敵と直面していた。
小柄な体格に幼い顔立ち。だが、それに似つかわしくない重量感のある二本の槍を片手に一本ずつ持った少年――“怪童”ゼット。
かつての英雄と共に旅をした少年だった。
「最悪ですね」
ポニーテールにした長い黒髪を揺らすラルは、メガネを左手で上げ切れ長の眼でゼットに見据える。
ある程度の話は知っている。怪童ゼットは小柄な肉体とは裏腹に強靭な腕力を持ち、英雄の為に先陣へと切り出し、二本の槍とその腕力で、次々と敵をなぎ払ったと言う。
そんな伝説的な者と合間見えるとは、全く予想外だった。
「怖気づいたのか?」
ラルに対し、オレンジの髪を肩口で揺らすルピーは、そう呟き、ナイフを構える。
ホットパンツから伸びる美しくしなやかな脚へと力を込めると、ルピーの髪はオレンジから黒へと徐々に変わっていく。
「うわっ! すげぇー! 髪の色変わった!」
子供のようにはしゃぐゼットは、目を輝かせ、両腕を上下に振る。
そんな子供じみた一面を見せるゼットに、大人びた雰囲気を漂わせるラルは、
「噂とは随分とかけ離れた人物像ですね」
と、眉間にシワを寄せた。
「どんな噂か知らないけど、正真正銘。僕が“怪童”ゼットだから」
ニッと笑ったゼットは力強く地を蹴った。