第28話 大商業都市
時は遡る。
冬華がシュールート山脈のフモトにある魔族の集落で寝ている頃。まだシオがシュールート山脈にある氷河石を探している頃。
そこから西南西へと数千キロ離れた場所。大商業都市ローグスタウン上空。そこに浮かぶ一隻の小型飛行艇。ジェスのギルドが所有する飛行艇だ。まだ停泊の許可が下りず、上空を漂うその飛行艇内にクリスは居た。
ジェスとその他数十人の武装した面々。殺気立った者も居れば、物静かに気配を隠す者も居るその中で、一際存在感を放つクリスは、小さく吐息を漏らすと隣りに座るジェスへと視線を向ける。
「おい。どうなってるんだ? かれこれ一時間位経ってるぞ?」
「着陸の許可が下りないみたいでね。流石に、正体不明の飛行艇は停泊させないんだと」
肩を竦め呆れた笑いを浮かべるジェスに対し、ジト眼を向けたクリスは小さく息を吐くと、静かに立ち上がる。
「トイレか?」
「…………」
ジェスの一言にクリスの鋭い視線が向けられる。その視線に苦笑するジェスは「冗談だ」と呟き、席を立ち道を開けた。そんなジェスの前を通過したクリスは、静かに通路を歩み非常口の前で立ち止まる。その瞬間、ジェスの脳裏に過る嫌な予感。それと同時に、クリスが非常口のドアノブを握る。
「ちょ、ちょっと待て! クリス!」
「飛行艇が下りられないなら、私達がここから飛び降りればいいだろ」
クリスがドアを開けると同時に飛行艇内の空気が一気に外へと流れ出る。
「ぬあああっ!」
「な、何だ……」
「ぐああああっ!」
機内の所々で上がる悲鳴。そんな悲鳴すらかき消す風の音。ドアが開けられた事により機内の気圧が変化し、機体は大きく傾きローグスタウンの上空からゆっくりと高度を下げながら、ローグスタウンの東の森へと不時着した。
ドアを確りと握り、非常口の前に立つクリス。あまりの突風で頭の後ろでまとめていた白銀の髪は乱れ、多少なりに驚いた表情を見せながらもそれを隠す様に胸を張り鼻から静かに息を吐いた。
機内は突風により滅茶苦茶にされ、皆座席でグッタリとうな垂れていた。
「何て……無茶苦茶な……」
と、苦笑するジェスは、非常口の前に立つクリスを見据え、頬を掻いた。
ハプニングとは言え、無事に着陸する事が出来た飛行艇から降り立ったクリスとジェスは、他の面々を引き連れローグスタウンへ急いだ。目的である星屑の欠片を手に入れるために。
ジェスの得た情報では星屑の欠片が、ローグスタウンのオークションに出される。ジェスはそれを強奪しようと考えたのだ。クリスはそんな事に協力するつもりは無かったが、星屑の欠片には興味があった。最も希少価値が高く、殆ど出回る事のないその鉱石が一体どう言うモノなのかと。
だが、それ故にニセモノが多く出回っており、今回もニセモノと言う可能性が高い。それなのに、ジェスは今回は本物だと確信があるのか、自信に満ち溢れた表情をしていた。
「おい。ジェス」
「んんっ?」
「お前の情報は確かなんだろうな?」
クリスが訝しげな表情を向けると、ジェスは「ああ」と小さく呟く。やはり、確信がある様だった。それ故にクリスもそれ以上問う事は無く、黙って歩みを進めた。
小一時間程歩き、ようやくクリス達はローグスタウンの東口ゲートに到着した。正面口よりもやや小さめの門だが、それでも人の出入りは多い。もちろん、警備体制も正面口と同じ位整っていた。
それ故に、クリスは胸にサラシを巻き男装し、その美しい銀髪を隠す様に金髪のカツラを被っていた。
「これで、本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だろ? お前の場合、あの銀髪が印象的だからな」
はっはっはっ、と笑うジェス。
イリーナ国の王ザビットによって反逆者の烙印を押された為、イリーナ国外のローグスタウンとは言え、その手配書が出回っている可能性があると、ジェスが判断したのだ。幾ら人間と魔族の中立を守るローグスタウンでも、流石に手配された反逆者を招き入れる事は出来ない。だから、ジェスも変装していた。その目立つ真紅の髪を黒髪のカツラで隠す様に。
「さぁて、行きますか」
真っ白なスーツに身を包んだジェスが、白のハットを被ると、口に葉巻を銜える。そんなジェスと少し距離を置いたクリスは、冷めた視線をジェスへと向け静かに歩き出す。
「ちょ、な、何でそんな引いてんだ」
「うるさい。寄るな。知人と思われるだろ」
「いや、知人だろ!」
ジェスの言葉を無視してクリスは東口のゲートを潜る。警備の者は束になった手配書を捲りながらクリスの顔を見据えるが、すぐに許可が下りる。男装が功を奏したと言うわけではなく、クリスの手配書がそこには無かった。あれから数週間が過ぎるが、まだ手配書が出回っていない様だった。
先にローグスタウンへと入ったクリスは、すぐにカツラと取るとゴミ箱に捨て宿へと向かって歩き出す。今日はこのまま宿で休んだ。
次の日から三日間クリス達はオークションの情報を集め、星屑の欠片がここにあるのかを調べ上げた。確かにオークションがあると言う情報は集まったが、そこに星屑の欠片が出ると言う情報は何処からも出てこなかった。
オープンカフェで頬杖を付くクリスは、グラスに入ったオレンジジュースをストーローでかき回す。その向かいに座るジェスは額から汗を流し、胸を肌蹴させ空を見上げる。
「くあーっ……暑い……」
そんなジェスにジト目を向けるクリスは、ストーローをグラスから抜くとその先をジェスへと向ける。
「おい。どう言う事だ? 星屑の欠片が出品されるなんて情報は無かったぞ?」
「おっかしいなぁ? 確かに、あるって聞いたんだが……」
「何処の情報だ! 何処の!」
テーブルを両手で叩き立ち上がると、ジェスの顔を指差す。その迫力に苦笑するジェスは、カップに入った紅茶を口へと運び視線を逸らした。
そのジェスの態度に瞼を閉じたクリスは、額に青筋を浮かべ、眉尻を僅かに震わせる。
「そうか……そう言う態度を取るか……」
右拳を胸の前で震わせるクリスは、小さく息を吐くとその拳の力を抜きゆっくりと歩き出す。
「おい、何処に――」
「宿に戻る。お前とこんな所でお茶してる位なら宿で休んでいた方がまだマシだ」
と、クリスが足を止めジェスにそう告げた時、その目の前を三人組が通り過ぎる。一人が小柄な幼さの残る少女で、もう一人は褐色の肌をした若い女性。最後の一人は男。腰に一本の剣をぶら下げ、その手には布に包まれた真新しい剣を二本持っていた。そして、その男の瞳は赤く、耳は尖っている。その瞬間、クリスはソイツが魔族であると気付き、おびただしい殺気を放つ。
その殺気にいち早く気付いたのはジェスだった。立ち上がり、クリスの右腕を掴む。
「落ち着け。ここは、人間と魔族中立を保ってるんだ。少ないとは言え、魔族だって居る」
「わ、分かってる……そんな事……」
唇を噛み締めるクリスは拳を震わせ、その三人組の背中を見送る。
「お前が、魔族を憎んでいるのは分かるが、お前だって魔族のシオと一緒に旅しているんだろ? それを考えろ」
「くっ……」
クリスはジェスの手を振り払うと、小さく息を吐き宿へと向かって歩き出した。