第266話 怒りの一撃 獣撃! 四獣拳“白虎”
通路で白銀の騎士団の団員達と戦うオン・リューサイド。
結構広めの通路に散乱するのは白銀の騎士団の団員。
丸い右手で一人の兵士の頭を壁に叩きつける獅子のぬいぐるみオンは、ヒクヒクと鼻を動かしギョロリとその目を動かす。
硬いレンガで造られた壁はボコボコに陥没し、至る所に亀裂が走っていた。
綿詰めのぬいぐるみであるオンとリューが相手にダメージを与える為には、硬い壁や床に叩きつけるしかなかったのだ。
当然、相手は白銀の騎士団の為、加減など出来るわけが無く、兵士達は皆頭から血を流していた。
丸っこい右足で兵士の頭を踏むリューは深く息を吐くと、腰を曲げる。
流石にコレだけの人数の相手をすると疲れたのか、リューはいまだにピンピンしているオンを横目で見据え、
「相変わらずの体力馬鹿ゴン」
と、嫌味の様に呟いた。
しかし、オンはそれを褒め言葉とし受け取り、丸い両手を胸の前でポンポンとぶつけ合い笑う。
「ニャニャニャ! 当然ニャ! お前たちとは鍛え方が違うニャ!」
豪快に笑う獅子のぬいぐるみオンに、リューは呆れた様な眼差しを向け、大きな頭を左右に振った。
コイツには嫌味も通じないのか、と。
大きな鼻から息を吐いたリューはゆっくりと足を兵士の頭から下ろすと、腕を組んだ。
「さぁ、どうするゴン? 後はお前一人ゴン」
リューの視線は一人残された兵士へと向く。
一人だけ他の兵と違い左胸に勲章をつけたその兵士は、奥歯を噛むと両手に精神力を纏わせる。
精神力は兵士の両手の人差し指にはめられたリングを経由し、魔力へと変化された。
右手の赤いリングは魔力を瞬時に炎へと変え、左手の緑色のリングは魔力を一瞬で風へと変える。
二つの魔力を兵士は胸の前でゆっくりと合わせると、口元に薄らと笑みを浮かべた。
「大紅蓮迅」
静かな声と共に熱風が通路内を駆け巡った。
埃が舞い、かび臭さが僅かに鼻腔を刺激する。
ぬいぐるみの癖に、臭いに敏感なのか、オンは両手で鼻を覆い、眉間へとシワを寄せた。
「臭いニャ……」
オンはそう呟き、炎と風が逆巻く向こうにいる男へと目を向ける。
腕を組むリューは頭の上にある角をピクピクと動かすと、横目でオンを見た。
「アレ、どうするゴン? 私が相手をするゴン?」
リューは頭を右へと傾け、鼻息をむふーんと吐いた。
リューの眼差しに、オンはニシシと笑うと、胸の前で両手を合わせる。
合掌しているわけではなく、拳を合わせているのだ。
そして、肩幅に足を広げ、重心を落とす。
「大丈夫ニャ。俺一人で十分ニャ」
「そうゴン。なら、私は手を出さないゴン」
リューはそう言うと一歩、二歩と下がり壁へと背を預けた。
熱風が収まり、轟々と燃える炎が兵士の腕を逆巻く。
風の属性をあわせる事で、腕を取り囲むように渦を描く炎は、幾度となく火の粉を舞わせる。
「白銀の騎士団“業炎”のクラトフの名において、貴様らを焼き払う!」
口上を述べた後、クラトフは駆ける。
その言葉に、リューは鼻で笑い、
「白銀の騎士団も、大分、格落ちしたゴン」
と、脱力する。
一方で、ニシシと口元に小さな牙をチラつかせ笑うオンは、
「“獅子のぬいぐるみ”オン! 参るニャッ!」
と、声をあげ右拳を腋の下へと握りこむ。
楽しげなオンに、リューは右手で頭を押さえると小さく頭を振る。
左足を踏み込むクラトフは、右拳を大きく振り被った。
「業炎!」
右腕の炎が更に燃え上がり、腰を回転させ、クラトフは右拳を振り抜く。
だが、その瞬間、パンッと破裂音が響き、クラトフの炎をまとった右拳が激痛と共に後方へと弾かれた。
「――ッ!」
クラトフは驚き目を丸くする。斜に構えたオンは左手で目の前に壁を作るようにし、腋の下に右拳を握りこむ。その右拳からは僅かに黒煙が揺らめき、手の平はやや焦げていた。
何が起こったのか理解出来ていないクラトフの足は自然と一歩、二歩と下がり、弾かれた右腕をゆっくりと腰の位置に戻す。
「な、何をした!」
「ただ、殴っただけニャ」
「殴っただけだと……」
眉間にシワを寄せるクラトフに、オンはニシシと笑う。
「もちろん、軽くニャ。力を込めて打ち込んだら、燃えちゃうかもしれないからニャ。触れた瞬間に拳を引いたニャ」
「くっ! ふざけるな! お、俺は白銀の騎士団の異名持ち! お前みたいな、仮装なんかしたふざけた奴に劣るわけがねぇ!」
怒声を轟かせるクラトフは、両腕の炎を一層燃え上がらせると、両拳を引く。
丸っこい拳を握るオンは、呆れた様な眼差しを向ける。
「嫌ニャ嫌ニャ。異名異名って……そんなモノは周囲の人々が評価してつけるモノニャ。名は体を現すのニャ。お前に、その名は相応しくないニャ!」
オンはそう言うと右拳に精神力を纏わせる。
「大炎上! 業炎塵!」
クラトフは引いた両腕を同時に突き出す。
それにより、両腕の炎が螺旋を描きながら通路を駆け、オンへと迫る。
だが、オンはそれを精神力を纏わせた右手で受け止めた。
僅かな衝撃音が響き、オンの足がズズッと後ろへと押される。丸っこい足の為、踏ん張りが利かないのだ。
「くはははっ! 燃え尽きろ!」
クラトフが叫ぶ。
「おいおいゴン。このままじゃ、私まで巻き添えゴン」
リューはそう言うが、壁に背を預け腕を組んだまま動かない。
それだけ、オンを信頼していた。
リューのその信頼に、オンも応えるようにニシシと笑い、
「大丈夫ニャ。これで終わりニャ」
と、オンは右手に力を込める。
そして、その腕を右へと捻り上げる。
その瞬間に、今まで轟々と燃えていた炎は火力を弱めていき、やがて消滅した。
「なっ!」
両拳を突き出したクラトフは、驚き目を丸くする。
一方、オンは静かに息を吐き出すと、
「その程度で業炎なんて、おこがましいと思わないのかニャ? 俺は知っているニャ。もっと恐ろしい炎を使う奴を……」
「そうだゴン。最も、ソイツは異名など持っていなかったゴン」
壁から背を離したリューはそう言い、深く息を吐いた。
奥歯を噛むクラトフは、眉間へとシワを寄せる。
だが、動く事が出来なかった。
ただ、腕を炎の回転と逆の方向へと捻っただけで、自分の最高の一撃を消し去ったこのぬいぐるみの実力を理解したのだ。
全く持って、自分では足元にも及ばない。そう痛感していた。
拳を握り肩を落とし、俯くクラトフの姿に、オンは静かに構えを解き、脱力する。
「まぁ、実力差が分かるようニャ」
「本来なら、戦う前に分かっていないと白銀の騎士団の異名持ちとしては失格ゴン」
褒めるオンに対し、リューは頭を振り否定的にそう口にする。
そんな折だった。
唐突にクラトフが胸を押さえ苦しみ出す。
「うっ! うがあっ!」
「おいおいおい……マジかニャ!」
「ヴェルモット王国はココまで落ちたゴン……」
驚くオンと、不快そうなリューの二人の視線の先で、クラトフの肉体は膨れ上がる。
血管が今にもはちきれそうな程筋肉が膨張し、その体は異形なものへと変わっていく。
そして、その肉体からは膨大な魔力が溢れ出していた。
「こんな事が許されるのかニャ?」
クラトフの変化に、オンは奥歯を噛みそう口にする。
「どうするゴン?」
「当然……破壊するニャ。それが、奴への弔いニャ」
オンはそう言うと両手を腋の下に握りこむと深々と息を吐く。
「手を貸すゴン?」
「いいニャ。俺が一撃で終わらせるニャ」
オンはそう言うと、全身に魔力を込める。
集中するオンの精神力・魔力が混ざり合う。
今までとは明らかに違うオンの雰囲気は、その場の空気を震わせる。
呻き声を上げていたクラトフは、その空気に押されたのか、ただ喉を鳴らし、オンを見据えていた。
そんなクラトフに、オンは告げる。
「すぐに楽にしてやるニャ」
そう言い、オンは両手を胸の前に合わせた。
「獣撃! 四獣拳“白虎”」
オンはそう言い胸の前で合わせた両手を力いっぱいに引いた。
地を揺らす白虎の呻き声が響き、オンの全身から溢れる精神力と魔力により、白虎の姿が浮かび上がる。
オンが地を蹴る。それと同時に、白虎も地を蹴った。
風を切る音が僅かに聞こえ、地面に刻まれる深い爪痕。
そこに居るはずのない、ただの魔力と精神力で生み出された幻想の白虎だが、それは本当にそこに居るかのような迫力、気迫が溢れていた。
その気迫にクラトフは完全に呑まれ、ただ見据える事しか出来ない。
そんな膨れ上がったクラトフへと、オンは引いた両拳を同時に突き出す。
幻想の白虎はその瞬間に大口を開け、咆哮を放つと、そのままクラトフの膨れ上がったその肢体を喰らった。
鋭いその牙を突き立て、骨を砕き、肉を引き千切り、鮮血を巻き上げて。




