第265話 消えた剣
場所は南の大陸ゼバーリック、最東端イリーナ王国王都。
最も堅固な守りを誇る要塞である、イリーナ王国王都は現在一人の男の襲撃を受けていた。
鉄壁といわれた魔法石の門は一太刀で真っ二つにされ、城下町には兵達は無残な姿で死を遂げていた。
静まり返る城下町を抜けたその先、イリーナ城の前には、三つの影があった。
一人は、現在この国を任された名も無きギルドの現・マスターアース。
その手には風の剣・嵐丸を握り締めていた。
そして、もう一人はそんなアースの右腕的存在、元・白銀の騎士団“魔導の貴公子”ディーマット。
義手である右腕は鋭利な刃物で切られ、肘から先はなくなっていた。
そんな二人が対峙するのは、和服の男。
長い黒髪を結い、ゲタを鳴らすその男は、冷ややかな眼差しを二人へと向ける。
「いい加減。諦めたらどうだ?」
右手に持った刀を肩に担ぎ、男はそう告げた。
その言葉に表情を険しくするアースは、嵐丸を構え声を上げる。
「一体、何の目的があって、この様な事を!」
冷静にそう尋ねるアースだが、内心平静ではいられない。
若いとは言え、ディーマットは白銀の騎士団で異名持ち。団の隊長クラスになりえた存在だ。
ここの所、負けが込んでいるとは言え、その実力は間違いなく強者。
魔導だけで言えば、魔導義手と魔法石により強化され、威力は上級魔導師となんら変わらないはずなのに、この男には全く通じなかった。
いや、男の持つその刀は全てを両断した。それほど、鋭く恐ろしかった。
圧倒的な力の差をまざまざと見せ付けられた。
そんな中、深々と息を吐き出す和服の男は脱力すると、目を細める。
「悪いな。俺も好きでこんな所に来てるわけじゃねぇ」
「だったら、何故、こんなマネを!」
アースが怒鳴ると同時に、ディーマットが左手を和服の男へと向ける。
「こんな奴の話を聞いても無駄だ! 真空刃!」
風の魔法石を装填した左手の平から高速の刃が放たれる。
しかし、和服の男はその刃へと軽く、肩に担いだ刀を振り下ろした。
刀は放たれた刃を軽々と真っ二つにすると、そよ風が和服の男の髪を揺らした。
「おいおい。話は聞いておくべきだ。命を無駄にしない為にもな」
「くっ!」
装填していた魔法石が切れ、ディーマットの左腕から白い蒸気が上がる。
限界まで威力を高めた一撃だった。
にも関わらず、軽く一振りされた刀で真っ二つにされた。
信じられない事だった。
奥歯を噛むディーマットから、アースへと視線を向けた和服の男は、左手を差し出す。
「目的は、テメェの持っているその剣だ」
「嵐丸? どうして、あなたがコレを? と、言うか、何故、その為にこんなに多くの人を殺す必要があったんですか!」
不信感を抱くアースの声に、和服の男は肩を竦める。
「これだけ殺せば、お前も大人しくそれを渡すと思ってな。それに、俺も任務だ。必ずそれを手に入れなければならない。分かるだろ? ギルドマスター」
「くっ!」
奥歯を噛んだアースは、鼻筋にシワを寄せると地を蹴った。
「そんな事、分かるわけないだろ!」
そう叫び跳躍するアースが、両腕を振り上げる。
アースの行動に呆れた様に和服の男は息を吐くと、刀を構えた。
だが、その瞬間、アースの手に握られた嵐丸が眩い光を放つ。
「――!」
そして、次の瞬間アースの手から嵐丸が消失した。
突然の事に困惑するアース。
そんなアースに、小さく舌打ちをした和服の男は構えた刀を下ろし、回し蹴りを見舞った。
深々とアースの横っ腹に減り込む男の右足。
メキメキと骨が軋む音が響き、アースの口から血が吐き出され、そのまま勢いよく壁へと叩きつけられた。
「ガハッ!」
壁に背を打ちつけたアースは、そのままうつ伏せに地面に倒れた。
壁には亀裂が生じ、数秒後に壁は崩れ落ちる。
振り抜いた右足を下ろした和服の男は不快そうに眉を顰めると、もう一度舌打ちをし刀を鞘に収めた。
「どこに行く……気だ……」
倒れていたアースが、腕を震わせながら体を起こすと、和服の男を睨んだ。
すると、和服の男はアースの方へと体を向け、鼻で笑う。
「悪いな。任務は遂行した。テメェらと戦う理由もねぇ」
「くっ……逃げる……のか?」
アースがそう言うと、和服の男は深く息を吐くと、その顔を睨んだ。
「どっちが命拾いしたのかわかんねぇわけじゃねぇだろ。それとも、何か? 無様に生き残るよりも死を選ぶのか? お前は何の為に戦っている? 後ろには守るべき者達がいるんだろ? なら、無様でも生き残れ。守るべき者がいるなら、その為にも、どんなに不恰好でも生き残れ」
和服の男はそう言い放つと静かにゲタを鳴らしその場を去っていった。
残されたアースとディーマットは俯き唇を噛み締める。
不恰好でも生き残れ。その言葉が胸に突き刺さった。
場所は戻り、北の大陸フィンク、東のヴェルモット王国王都。
その地下牢獄の通路で戦闘を終えた水蓮は、深々と息を吐き持っていた水の剣・水月を地面へと突き立てた。
腕を組むライは目を細める。
「何だ? お前、そんなの持ってたのか?」
「えぇ。秋雨さんがある人から預かったモノらしいのですが、自分では使いこなせないのでと、譲ってもらったんです」
「…………また貸しはよくねぇんじゃねぇ?」
呆れた様子でライがそう言うと、水蓮は苦笑する。
「ですね。まぁ、今回はコレに助けられ――!」
水蓮がそう言った時、地面に突き立てた水の剣・水月が輝く。
「な、何だ!」
「わ、分かりません!」
突然の事に驚きの声を上げるライに、水蓮はそう答えた。
そして、次の瞬間、光は収縮し、同時に水の剣・水月はその場から姿を消した。
場所は冬華・クリスサイドへと変わる。
未だ、体調の戻らないクリスは、冬華の肩を借り、ゆっくりと歩みを進めていた。
ウィルヴィスとの決着を着けたクマはただ一点を見つめていた。
何があるのかは分からないが、方角は西。
あんなにもお喋りだったクマが唐突に押し黙り、一言も言葉を発しないのが、冬華は不気味でならなかった。
そんな折だった。
クリスの足が止まり、訝しげに呟く。
「焔狐が……消えた?」
「えっ?」
突然のクリスの言葉に、冬華は思わずそう口にする。
そんな冬華に、クリスは眉間にシワを寄せる。
「すみません。今、私が所有している空間から火の剣・焔狐が消えて……」
「それって、人から預かった大切な……」
「はい。元々の持ち主から頼まれたと、言っていたのですが……」
クリスがそう言うと、クマが振り返り、
「今の話は本当クマか?」
と、妙に真剣な声でそう尋ねる。
真剣なクマのその言葉に冬華とクリスは聊か驚く。
だが、すぐに急を要すると悟り、クリスは小さく頷いた。
「ああ。焔狐が消えたのは確かだ」
「……そうクマか。なら、急いだ方がいいクマ」
「急いだ方がいいって? 何かあるの?」
訝しげに冬華がそう尋ねると、クマは小さく頷くと、
「すぐに選別が始まるクマ。世界は混沌に包まれ……大いなる禍が動き出すクマ」
と、静かに告げた。