第261話 獅子のオン 龍のリュー
(な、何……。この状況……)
目の前の光景に、冬華は思わずそう思った。
何故なら、冬華の目の前、鉄格子の向こうには愛くるしい三体のぬいぐるみがいた。
右から獅子・熊・龍のぬいぐるみ。
ぬいぐるみと言うよりも着ぐるみに近いが、恐らく中に人は入っていないだろう。
それは、冬華自身がよく分かっている。
以前、あの熊のぬいぐるみの中で長い間寝かされていたから。
あれは魔力を供給され動く自我を持つぬいぐるみで、基本的にマスターの命令に忠実な僕のような存在だ。
すでにマスターは死んでいるため、どうしてクマが生きているのか、と冬華は疑問を抱くが、それ以前に――
(何で増えてるの?)
と、純粋に疑念を抱く。
考えられる事は新しいマスターが出来たと言う事だ。
ただ、何故、新たに二つも作る必要性があったのかは謎だった。
そんな不思議そうな冬華の眼差しを浴びる三体のぬいぐるみは、言い争いを始めていた。
「何をしてるゴン! 早く開けるゴン!」
龍のぬいぐるみが前に出た口をパクパクと開きながら、そう声を上げる。
「そ、そんな事言ってもクマー」
丸っこい手に鍵を持ったクマは一生懸命、鍵穴に鍵を入れようとするが、丸っこい手の為、持っている鍵が何度もその手から零れ落ちる。
その度に「クマクマ!」とクマは驚きの声をあげる。
そんなどんくさいクマの姿に、
「えぇい! 面倒臭いニャー! 退くニャー!」
と、獅子のぬいぐるみがクマを突き飛ばし、鉄格子の扉の前に立つ。
そして、その鋭くも愛らしい眼差しを冬華へと向けた。
「下がってるニャ!」
「えっ? あっ……はい」
何故、ライオンなのに、ニャーなのか、と言う疑問を抱きながらも冬華はおずおずと下がる。
まぁ、猫科だし、などと思いながら、冬華は小さく頷いた。
そんな矢先だ。
ドンッと大きな衝撃音が響き、鉄格子の扉が蹴破られた。
丸い足の裏を向ける獅子のぬいぐるみは、そのまま倒れた鉄格子の扉を踏み締めると、ドヤッと胸を張りクマを見た。
完璧なドヤ顔だが、愛くるしい顔をしている為、それも何処か可愛らしい。
とても和やかな光景だった。
しかし、そんなドヤ顔の獅子のぬいぐるみに対し、クマと龍のぬいぐるみは冷ややかな眼差しを向ける。
「な、何だニャー! その目は!」
二体の眼差しに、獅子のぬいぐるみが丸っこい両手を振り上げ怒鳴ると、クマと龍のぬいぐるみは顔を見合わせ首を振った。
「何の為に鍵を奪ってきたクマ?」
「だからお前は雑だって言われるんだゴン」
クマと龍のぬいぐるみの言葉に、僅かにうろたえた獅子のぬいぐるみだったが、すぐに反論する。
「ニャーッ! コッチの方が早かったんだからいいニャーッ! そもそも、クマがノロマだから――」
「クマの所為にするクマか! 大体、オンはせっかちすぎるクマ」
クマはそう言い肩を竦める。
オンと呼ばれた獅子のぬいぐるみは、クマのその態度にピクリと眉を動かすと、引きつった笑みを浮かべる。
(ライオンのぬいぐるみでオンちゃんかー)
そんな状況でも、冬華はそんな事を考えていた。
「全くゴン。だから、野蛮人は困るゴン」
龍のぬいぐるみが肩を竦め、首を左右に大きく振る。
そんな龍のぬいぐるみへと冬華は目を向け、
(人じゃないけど……)
と、苦笑していた。
「リュー。テメェこそ、貴族ぶってんじゃねぇニャー!」
拳を――握ったかどうかは分からないが、オンは丸っこい右手を胸元で二度三度振りながら、リューと呼んだ龍のぬいぐるみを睨みつける。
(リューくんって言うんだ……。しかも、貴族?)
オンの言葉を聞き、冬華はリューへと目を向けた。
そんな二体の間に佇むクマは、「まぁまぁ」と二体を宥める。
和やかな空気が漂う中、不意に冬華は思い出す。
「ああーっ! こ、こんな事してる場合じゃない!」
冬華が声を上げると、クマ・オン・リューの三体は驚いた様子で冬華に目を向ける。
驚いた様子と言っても、ぬいぐるみの為、殆ど表情は変わらない。
クリクリの目を向ける三体のぬいぐるみに対し、冬華は慌てた様子で声を上げる。
「クリス達も捕まってるの! 早く助けないと!」
手枷のされた両手を胸の前で握り締め、冬華がそう言うと、三体は顔を見合わせる。
「クリス? 誰ニャー?」
「私も知らないゴン」
「クマは知ってるクマ。紅蓮の剣と呼ばれる騎士クマ!」
首を傾げるオンとリューの間で、ドヤと丸っこい右手を突き上げるクマ。
やはり、どこか緊張感に欠ける。
その為、冬華は苦笑し、肩の力を抜くと大きなため息を吐いた。
「紅蓮の剣……。イリーナ王国の騎士かニャ? そうか……英雄と旅に出てたニャ」
腕を組むオンはタテガミを揺らしながら二度、三度と頭を縦に振った。
「優秀とは聞いてるゴン。でも、こんな所に捕まるなんて……情けないゴン!」
頭頂部に映えた二本の角をヒクヒクと動かすリューは呆れた様子で首を振った。
彼の言葉は少々トゲがあったが、冬華は何も言い返せず、ただ俯く。
すると、クマが丸っこい手でリューの頭をどついた。
「イタッ!」
思わずリューはそう言い、不満そうな目でクマを睨む。
だが、その瞬間にクマはリューに額をぶつけ、
「何て事言うクマ!」
と、小声で怒鳴る。
そして、
「ニャッ……。これだから貴族はニャ……」
と、オンは肩を竦め首を振った。
その表情は殆ど通常時と変わらないが、何処か嫌味っぽい雰囲気が漂っていた。
「何だゴン? 貴様に言われたく無いゴン!」
丸っこい手をこれでもかとオンへと突き出すリューに、オンは両手を肩口まで持ち上げる。
「俺様は部下からの忠誠も厚いニャ。お前とは違うニャ」
「私だって、部下からの信頼は厚いゴン!」
「ニャニャニャ! 信頼が厚いニャ? 笑わせるニャ!」
リューの発言に、腹を抱えてオンは笑う。
その態度に、リューの額に僅かに青筋が浮かんだ。
「いいゴン。いい度胸ゴン。今、ココで決着を着けるゴン! ロ――」
その瞬間、リューの喉元へとクマの丸い右手が突き刺さる。
「ふごっ!」
右手が突き刺さると同時にリューの大きな口がパックリと開く。
そして、その体はうな垂れる。
「な、何するニャ! デ――」
「フンッ!」
続けざまにクマの左手がオンの腹を突き上げた。
「ふがっ!」
ガクリと頭がうな垂れ、オンもリューも動かなくなった。
そんな中で、二人の体を抱えるクマは、「ふぅーっ」と脱力すると、
「全く……。喧嘩両成敗クマ!」
と、愛らしく冬華を見つめた。
その光景に、冬華は思う。
(く、クマは怖い……)
と。