第258話 最終段階へ
冬華達は囚われ、馬車に乗せられていた。
意識の無いクリス・ライ・水蓮の三人。
応急処置は施され、一命は取り留めているものの、その手には手枷が嵌められていた。
魔力・精神力を制限する為の特殊な手枷。
もちろん、冬華にもその手枷は装着され、座り込んだまま一点を見据えていた。
何も出来なかった。
ただ、皆がやられていくのを見ている事しか出来なかった。
何故、自分だけがこうして、何の傷もなくここに居るのか、そう思うと冬華は悔しくて、唇を噛み締めた。
瞼を閉じ、涙を堪える。
そんな折だった。
一人の兵士が口を開く。
「無力だな……英雄」
「ッ!」
思わず声を漏らす冬華は顔を挙げ、兵士を睨む。
その兵士は、ライと戦った長剣を持った男だった。
深々とフードを被り、鋭い眼差しを冬華に向ける。
その眼差しに、冬華は奥歯を噛む。
だが、言い返すことは出来ない。
無力な事は自分が一番よく分かっていた。
言葉を呑み、口を噤む冬華に、兵士は静かに口を開く。
「何も言い返せないか。まぁ、事実だしな」
肩を竦め、兵士は首を左右に振った。
数日前。
空に浮かぶ島の中心にそびえる古城に、複数人の影が集まっていた。
場を仕切るのは漆黒のローブを纏い、フードを深く被った男。
机の上に銀色の銃を置き、肘をつき顔の前で手を組んだその男は、深く息を吐き出すと、
「全員集まったな」
と、低く落ち着いた声を発する。
すると、刀を脇に置き床に坐する和服の男が、結った長い髪を揺らすと、
「全員? 妙に数が増えている気がするのは、俺の気のせいか?」
と、不満げに鋭い眼差しを漆黒のローブの男へと向ける。
その言葉に椅子を後ろに倒しながら机に足を乗っける男が、長い黒髪を揺らし、
「んな細かい事気にしてんじゃねぇよ」
と、切れ長の眼を和服の男へと向ける。
一方、机を挟みその男の対面に腰掛けるエメラルド色の短髪の若い男は、
「口が過ぎるぞ。貴様も一ギルドのマスターなら、もう少し言葉遣いに気をつけろ」
と、穏やかな表情で告げる。
その傍らには大鎌が立てかけられ、その刃は不気味に輝いていた。
そんな若い男に対し、椅子を後ろへと倒す長い黒髪の男は、首を傾げる。
「んだよ。テメェの弱小ギルドと一緒にしてんじゃねぇよ」
「なっ! だ、誰のギルドが弱小ですか!」
机を叩いた若い男が立ち上がると、長い黒髪の男は机から足を下ろし、前のめりになる。
「なんだ? 知らないとでも思ってんのか? テメェのギルドがついこの間壊滅したって言うのをよ。幹部四人も居て、ムザムザ負けたそうじゃねぇか」
挑発的に発言をする長い黒髪の男に、若い男は不快そうな表情を浮かべると、
「それは、相手が――」
「悪かったってのはさぁ、言い訳になんないんだよねー」
若い男の言葉に、真紅のローブを纏った魔術師がそう口を挟んだ。
大きく開いたローブの袖口から出た魔道義手の右手を軽く振る魔術師は、群青の髪をフードの奥から僅かに揺らし、幼さの残る顔に呆れた様な笑みを浮かべる。
「俺達の相手は基本変わってねぇーよ。対応は出来たはずだろ? テメェらは油断していたんだよ。対策など無くても何とかなるって」
肩を竦める魔術師に、若い男は険しい表情を浮かべた。
そんな折、漆黒の鎧をまとう男が、静かに口を挟む。
「どうでもいいが、今日は何故集められたんだ?」
不満そうな漆黒の鎧の男が、漆黒のローブをまとう男へと目を向けた。
すると、漆黒のローブをまとう男は、小さく息を吐き出し、
「計画は最終段階に移行する」
と、静かに告げた。
その言葉に、部屋の空気が一瞬にして張り詰める。
空気が重くなり、緊張感が漂う中で、ゆっくりと漆黒のローブを纏った男が、皆の顔を見回す。
「すでに、三大魔王は消え、現・獣王は我らの手に落ちた。魔王デュバルの娘も捕らえ、あの方の復活に必要な魔力は確保してある」
漆黒のローブをまとう男の発言に、和服の男は呆れた様にため息を吐き、
「おいおい。肝心のあの結界を破る方法はどうするんだ?」
「結界? 何の事だ?」
和服の男の言葉に対し、長い黒髪を揺らす男が、訝しげにそう尋ねる。
すると、真紅のローブを纏った魔術師が、肩を竦めた。
「何だい何だい。新人くんは、そんな事も聞かされていないのかい? そんなんで、よくこの場に来れたね」
呆れた様子の魔術師に、長い黒髪を揺らす男は、眉間にシワを寄せ睨みつける。
「何だ? 私は、地上で活動していたんだ。お前らの様にこの天空島で遊んでいたわけじゃない」
「おいおいおい。冗談だろ? 地上で活動していた? ただ単に資金集めと使えない兵力集めだろ? 俺達は、常に前線で英雄達とやりあってきたんだぜ?」
魔術師が肩を竦め、頭を振ると、若い男は鼻で笑う。
「その結果がその無様な右腕ですか? 僕達に文句を言う前に、自分の失態を改めたらどうですか?」
「何だと!」
安い挑発に、魔術師は低い声でそう発すると、若い男を睨んだ。
険悪な空気が流れる中で、和服の男は静かに腰を上げると、腰にぶら下げた刀の鞘の先で床を叩いた。
乾いた音が響き、静寂が場を支配する。
そして、皆の視線が和服の男へと集まった。
「こんなどうでもいい、言い争いをする為に集まったのか? だとしたら、俺はこの辺で失礼するぞ」
そう言い、下駄を鳴らし歩き出した和服の男に、机に肘を置き顔の前で手を組む漆黒のローブの男は、静かに口を開いた。
「何処へ行く。まだ、話は終わっていない」
「黙れ。お前の指図は受けない。そもそも、何故、貴様が仕切っている?」
和服の男の言葉に、漆黒のローブの男は、フードの奥から赤い瞳を向ける。
「いいから戻れ」
漆黒のローブの男に、和服の男は小さく舌打ちをすると、
「分かった。ここで、聞いてやる。話を進めろ?」
と、腰に手をあて眉間へとシワを寄せた。
不穏な空気が漂い、誰もが言葉を呑む。
そんな中で、漆黒のローブの男は静かに告げる。
「まず、南を動かす」
「南を? 何故、今頃になって?」
訝しげに漆黒の鎧の男が口にすると、漆黒のローブの男は瞼を閉じ、
「一本一本回収する。それに、残り四本は、自分からあの地にやってくる。その時に回収すればいい」
と、低い声でつげ、和服の男を睨む。
「南の件は、お前に任せる」
「…………どうせなら、獣王に任せたらどうだ?」
不満げに腕を組んだ和服の男は、袖口に手を突っ込み、鼻から息を吐いた。
すると、漆黒のローブをまとう男は、小さく首を振り、
「確実に回収したい。お前は信頼出来る。それに、今は騒動を起こしたくない」
と、静かに告げた。
漆黒のローブの男に、和服の男は鼻から息を吐き出すと、
「…………分かった。ならば、すぐに作戦に移る」
そう述べ、和服の男は歩き出した。
部屋にはその男の下駄の音だけが響き渡り、静かに扉が開かれ、男は部屋を後にした。