第257話 完膚無き敗北
クリスが倒れ、ライも倒れた。
残されたのは、負傷した水蓮と、ダメージを負った冬華の二人。
もうろうとする冬華は、透き通るような青色の刃の槍を構え、肩口で黒髪を揺らす。
体中、痛みだけが蓄積され、冬華は膝を着いたまま動けない。
真っ白な息だけが口から大量に吐き出され、虚ろな眼差しが目の前に佇むライフルを持つ男を見据える。
ニヤケ顔の男は、ライフルを立てると、弾丸を装填する。
「さて……そろそろ、終わりにしようか?」
ライフルを持った男がそう言うのと同時に、轟々しい音が響き、土の巨兵と雪の巨兵が砕け散る。
強力な魔術と合わさった弓矢による一撃が、二つの巨兵を打ち砕いたのだ。
「ったく! 手こずらせやがって!」
弓を持った男がそう声をあげ、呼吸を乱す。
流石に精神力を消費し、疲労感は否めない。
そんな三人へと目を向けるライフルを持った男は、肩を竦めると、目の前に佇む冬華に尋ねる。
「さぁ、あなたの僕は失われた。もうコレだけの人数を相手に戦うなど、不可能ですよ」
「それ……でも……私は……」
途切れ途切れの声で、そう言う冬華は、槍を構える。
この状況でも、尚戦意を失わない冬華に、ライフルを持った男は呆れ顔で頭を振った。
「まだやる気なのか? 英雄殿は、物事を見抜く事に欠落しているらしいな」
そう言い、男は引き金を引いた。
銃声が轟き、弾丸が銃口から放たれる。
螺旋回転する弾丸は、真っ直ぐに冬華の胸へと向かう。
だが、冬華に弾丸が当たる目前。
大気を裂き、風を切る鋭い刃が、弾丸を真っ二つに叩ききった。
火花だけが散り、積雪の上へと落ちた真っ二つにされた弾丸。
そして、その前には、右肩と右太股から大量の血を流す水蓮が佇んでいた。
呼吸を乱しながら、青ざめた顔をしながら、刀を構え、水蓮はライフルを持つ男を睨む。
水蓮の目を真っ直ぐに見据えるライフルを持つ男は、呆れた様に肩を竦める。
「おいおい。お前も、まだやるつもりなのか?」
「当然です……最後まで、諦めるわけにはいかないんです!」
全身に精神力を纏った水蓮は、瞬功を使うと雪原を蹴る。
積雪で草履が滑り、上手く力が乗らない。
それゆえに、速度が上がらない。
右太股を撃たれたと言う事もあり、更に速度は落ちていた。
だからだろう。
ライフルを持つ男は、深く鼻から息を吐き出すと、銃口を水蓮へと向ける。
「遅いんだよ。キミの動きは」
ライフルを持つ男が引き金を引くと当時に、水蓮は更に精神力を全身に広げる。
(堅固!)
全身の守りを固めると同時に、刀の強度も上げる。
そして、続けざまに精神力を全身へと広げ、
(剛力!)
と、遂に三つの技を統べて体へとまとった。
それにより、水蓮の体には恐ろしい程の負荷が掛かっていた。
激痛が体を巡る中、奥歯を噛む水蓮は、更に精神力を広げると、
「烈破!」
と、声を上げる。
瞬功・堅固・剛力の三つの技の長所を極限まで引き上げた、水蓮の使う流派の最大奥義にして、諸刃の剣である技だった。
本来、水蓮の体では耐えられない程の負荷が体を襲う。
奥歯を噛み締める水蓮の口から血があふれ出す。
と、同時に、水蓮は自らに向かってくる螺旋を描く弾丸を真下から切り上げる。
金属音と火花を散らせ、弾丸は弾けた。
そして、水蓮は身を低くし、更に加速する。
「ほぉ……」
驚いたような感心したような表情を浮かべたライフルを持つ男は、口元を緩める。
「だが――まだ遅い!」
ライフルのグリップから手を離した男は、銃身を握るとそれをフルスイングした。
鈍い空気を切る音が響き、遅れて重く鈍い打撃音が響いた。
その一撃は大して鋭く速度のあるような一撃ではなかった。
それでも、それは水蓮の左側頭部を殴打し、鮮血が噴出す。
何故、かわせなかったのか、それは水蓮にも分からない。
ただ、間合いに入った瞬間に体が重くなり、足が動かなくなったのだ。
そして、気づいた時にはライフルのグリップで頭を殴打され、雪原の上を激しく転げた。
「うぐっ……」
「残念だったな。所詮、テメェのスピードなんて、その程度なんだよ」
ライフルを持ち直した男は、銃口を水蓮の額へと押し付ける。
「終わりだな」
白い歯を見せ、笑う男に水蓮は息を呑み瞼を閉じる。
そんな折、冬華の声が響く。
「やめて!」
膝を震わし、立っているのがやっとの冬華の声に、ライフルを持つ男は静かに顔を向ける。
冷めた眼差しに、薄ら笑いを浮かべる男は、引き金へと指を掛けた。
「何かな? 英雄殿?」
ふてぶてしい男の笑みに、冬華は唇を噛む。
雪原の上に青ざめた顔で横たわるクリス。
大量の血を流し動かないライ。
銃口を押し付けられる水蓮。
もう、冬華に残されたのは――。
「お……お願い……もうこれ以上は……」
無条件降伏だった。
武器を捨て、両手を挙げる冬華。
だが、男は肩を揺らすと、頭を振る。
「おいおい……やめてくれよ。英雄。あんたが、何降伏してんだ? 死ぬ気で戦え。その命を捨ててでもも、戦えよ」
「もう……いいでしょ……。このままじゃ、クリスもライも……死んじゃう……だから……」
冬華のその言葉に、男は呆れた様に笑う。
「死んじゃう? だから、やめてくれ? ちょっと虫が良くないか?」
明らかに不愉快そうな男に、冬華は積雪の上に膝を落とした。
「お願い……本当に……」
雪原に膝を着き、ゆっくりと冬華は頭を下げる。
その行為に、ライフルを持った男は、瞼を閉じ頭を振ると、鼻で笑う。
「ふっ……英雄が、土下座? 情けないねぇー。頼りないねぇー。こんなのが英雄だって言うのか?」
「くっ……」
唇を噛む冬華は、そのまま額を積雪へと押し付けた。
悔しくて、涙がこぼれる。
無力な自分が、情けない。
それでも、クリス達三人を助ける為に、プライドなど必要は無い。
自分の薄っぺらいプライドを捨てて、皆が助かるなら、それでよかった。
だが、そんな冬華に、男は銃口を向ける。
「なら、死ねよ。テメェが死ねば、他の三人は生かしてやるよ」
そう言い、引き金を引いた。
銃声が轟き、銃弾が撃ち出される。
光鱗の効果がある為、冬華にその弾丸は届かない。
だが、その弾丸を長剣が切り裂いた。
火花が散るのとほぼ同時に金属音が響き、破裂音が最後に響いた。
「何のマネだ」
不愉快そうに、ライフルを持った男がそう言うと、
「俺達の目的は、コイツらを殺す事じゃない。それに、彼らは大事な実験体だ」
と、長剣を持った男が鋭い眼差しを向ける。
二人の視線が交錯し、数秒。
ライフルを持った男は、小さく舌打ちをすると、ライフルを下ろし背を向けた。
「ふんっ……勝手にしろ」
そう言うと、ライフルを持った男は歩き出し、他の兵も静かに馬車へと乗り込んだ。
残ったのは長剣を持った男と双剣の男に、魔術師と薄い白装束の女の四人。
彼らは、その場に居る冬華達四人を拘束し、馬車へと乗せると、静かにその場を出発した。