第256話 ライ vs 白銀の騎士団
剣士二人と魔術師を相手にするライは、焦っていた。
轟く銃声に、強い魔力の波動。
冬華もクリスも水蓮も状況は最悪だ。
その為、ライがここで倒れるわけには行かない。
白い息を吐き出しながら、意識を保つライはナイフを構え二人の剣士を見据える。
一人は長剣。もう一人は双剣の二人の剣士。
タイプが違い、対応するのも一苦労だった。
ナイフと言うリーチの短い武器を使用している為、ライは深くまで相手の間合いに入り込まなければ行けないが、向こうは違う。
そのリーチ差を利用して、的確に距離を測り攻撃を仕掛けてくる。
故に、ライの呼吸はかなり乱れていた。
この積雪で、足は取られ動きは鈍る。
挙句、吹雪で視界は最悪。
どれだけ不利な状況だろう。
それでも、ライは両手にナイフを握り締めると、その瞳を大きく左右に揺さぶり、駆け出す。
「正面から来るとは良い度胸だ!」
長剣を握る男が、右足をすり足で前へと出す。
左腰の位置に剣を構え、重心を落とすと、男は全身に魔力を纏った。
(まずい!)
一瞬でそう判断するライは、勢いを殺し後方へと跳ねる。
「断絶!」
その剣が放たれる。
鋭く空気を裂く一撃。
その一撃に、ライは表情を歪める。
後一歩でも踏み込んでいたら危なかった。
表情を険しくするライは、左手を雪原に着くと勢いを殺す。
それから、ライは瞬時に周囲を見回す。
一瞬であたり全体を見据え、男達の場所を確認した。
長剣を振り抜いた男は、深く白い息を吐くと渋い表情を浮かべる。
「外したか……」
「外したんじゃねぇ。俺がかわしたんだ」
ゆっくりと立ち上がるライはそう言い、眉間にシワを寄せる。
直後だ。
男の背後から双剣を持った男が飛び出す。
「休む暇なんてあたえねぇぞ!」
両手に持った剣を豪快に外から内へと振り抜いた。
「くっ!」
体を仰け反らせ、その一撃一撃を紙一重でかわすライだったが、それでも、最後の一撃はかわす事が不可能だと、ナイフで刃を受けた。
火花が散り、小柄なライの体は後方へと大きく弾かれる。
やはり、力勝負だと小柄なライでは圧倒的に不利だった。
眉間にシワを寄せるライに、双剣を持った男は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「なんだ? 全然手応え無いなぁ!」
肩を竦める双剣を持つ男は、双剣を構えなおした。
「仕方ないさ。コイツは元々ハンターだ。暗殺や奇襲など、奇策での戦いが専門だ。所詮、正面からの打ち合いでは、一般兵以下だ」
長剣を肩に担ぎ、そう言う男は、鼻で笑う。
しかし、それは一理あった。
元々ライは一人でハンターをしていた。
暗殺などの依頼は引き受けていなかったが、大型の獣などを奇策で狩りを行っていた。
だが、アオとパーティーを組んでからは、正面からぶつかっても、後ろには仲間が控えていると言う事もあり、その勘は完全に鈍っていた。
「くっ……」
小さく声を漏らすライは、目を細める。
そして、ギリッと奥歯を噛むと、俯き息を吐き出した。
(くそ……ダメだ。完全にリーダーに頼りきっていた……)
今になりアオに依存していたのだと思い知るライだが、すぐに首を左右に振った。
ここで弱気になるわけには行かない。
考えるんだと、自分に言い聞かせ、ライは顔を上げた。
そんな折だ。
長剣を持った男と双剣を持った男の間を縫い、赤い閃光が走り、ライの体を衝撃が襲う。
「うぐっ!」
衝撃で上半身が後方へと弾かれ、足は雪原から引き剥がされる。
そして、そのまま積雪の上を激しく転げた。
一瞬熱いと感じたが、すぐに積雪の上を転がった為、その熱さは今は感じていない。
だが、仰向けに倒れたライの衣服は焼け焦げていた。
その事から、あの赤い閃光は火属性の一撃だと理解する。
ゆっくりと体を起こしたライは、頭を振り茶色の髪についた雪を払った。
「おいおい。お前は手を出すんじゃねぇよ」
二人の剣士の後方で右手を前へと出し構える魔術師へと、双剣を持った男がそう言った。
その言葉に、魔術師は眉間にシワを寄せる。
「遊んでいる時間はない。とっとと終わらせろ」
「分かってるさ。どちらにせよ。もう終わりだ」
長剣を持つ男は、肩を竦めた。
「さて、じゃあ、そろそろ終わらせるか……」
双剣を持つ男は、深く息を吐きライへと目を向けた。
そんな双剣の男に、長剣を持つ男は、
「殺すなよ。一流のハンターの肉体は人体実験をするにはもってこいだからな」
と、双剣の男を睨んだ。
すると、双剣の男は苦笑に首を振る。
「おいおいおい。そんな風に言われると――殺したくなっちゃうだろ!」
そう叫び、双剣の男は駆ける。
全身から殺意を放つその男の瞳は野獣の様な眼差しをしていた。
その殺気に、ライは重心を落とし、ナイフを構える。
素早く動けないなら、迎え撃つ事に専念する。
リーチの差を考えると、ライは防戦一方になるだろう。
だが、そうなったとしても、持ち堪えていれば、何れ隙が生まれる。そうライは考えていた。
双剣の男が右足を踏み込む。
「死ねぇぇぇぇ!」
右手に持った剣を、上から振り下ろし、左手に持った剣は次の一撃に備え下段に構え振り被っていた。
それを目視し確認したライは、初撃を左手に持ったナイフの平で受け流しつつ、左足を引き、体を反らす。
僅かに軌道のずれた剣は空を切り、積雪を切った。
しかし、それと同時に、もう一方の剣が下から雪原を抉りながらライへと襲い掛かる。
「くっ!」
奥歯を噛み締めるライは、右手に持ったナイフを左腰の辺りから勢いよく振り抜く。
激しい金属音が響き、二つの刃が擦れ合う。
刃はすぐに離れ、ライと双剣の男は近距離で打ち合う。
両足で雪を踏み締め、必死に弾かれそうになるのを堪えながら、ライは二本のナイフで襲い来る双剣を受け止めていた。
「おらおら! しっかり受け止めろよ!」
荒々しくそう声を上げ、双剣を振り回す男に、ライは必死について行く。
圧倒的な手数で押し切ろう。そう言う考えが伝わる。
だからこそ、ライは忘れていた。この男以外存在を。
忘れては行けないはずだったのに、意識は完全にこの男にのみ向かっていた。
そして――
――グシャッ!
肉を貫く嫌な音が体を巡り耳に届く。
「ごふっ!」
ライの口からは血が噴出される。
視線はゆっくりと下へと向く。
そこに見えるのは自分の腹部を貫き、真っ赤な血を切っ先から滴らせる刃だった。
血に染まった歯を噛み締め、ライは表情を歪める。
「チッ!」
双剣を握る男は、不快そうに舌打ちすると手を止めた。
「残念だったな。終わりだ」
背後から囁く声と共に、刃は抜かれる。
支えを失ったライは、積雪の上に膝を落とす。
それでも、奥歯を噛み、倒れるのだけは堪える。
意識はモウロウとしていた。
ナイフを握る手からは力が抜ける。
「おいおい……まだ、戦うつもりでいるのか?」
双剣を鞘へと納めた男は、呆れた様に首を振る。
「ふっ……コイツにもう戦うだけの力は残っていない」
長剣を振り血を払った男の言う通り、ライの意識は徐々に失われ、やがてその体は雪原へと崩れ落ちた。
真っ白な雪を真っ赤に染めた。