第254話 二体の巨兵
長い柄と柄とがぶつかり合い、遅れて刃が擦れ合う。
積雪に足を取られ、上手く力を込める事の出来ない冬華に対し、槍兵は慣れた様子で踏み込み、力で冬華を押し返した。
その衝撃で冬華の上半身が後方へと傾く。
すると、狙いすましたように一本の矢が美しい弧を描き、空から冬華の心臓へと突き進む。
そして、もう一方の弓兵は、槍兵の体を死角にして矢を射る。
二本の矢はほぼ同時に、冬華へと直撃。
だが、どちらも肉を貫く鈍い音ではなく、澄んだ金属がぶつかり合う音を響かせる。
唯一の神の力である、自己防衛システム、光鱗によって防がれた。
二本の矢は弾かれ、回転しながら雪原へと鏃を減り込ませる。
僅かな衝撃で、冬華はよろけ、二歩程後退した。
「イッ……」
表情を険しくする冬華は、体勢を戻すと、弓兵二人と槍兵を見据える。
三人とも真っ白なローブにフードを被り、姿に目立った特徴などない。
故に、冬華は二人の弓兵の内、槍兵の右側にいる弓兵を、弓兵Aとし、左側の弓兵を弓兵Bとし、意識に留めた。
そして、考える。
この状況をどうするべきかを。
このままでは、クリスがやられるのは時間の問題。
それに、手負いの水蓮も何れは……。
考える冬華は不意に陣から渡されたスマホを思い出した。
(何か! 何か使えるモノが!)
閃く冬華は、スマホを取り出した。
電源を入れ、モニターをスライドする。
瞳を右へ左へと動かす冬華の視線の中に、次々とスマホ内にインストールされているデータが読み込まれる。
次々とモニターをスライドする冬華に、槍兵達も違和感を覚える。
「何だ? 動きを止めたぞ?」
野太い声でそう呟いた槍兵は、重心を落とす。
「何かするつもりでしょうか?」
弓兵Aが丁寧にそう口にすると、
「分からん。だが、動かないなら好機だ! 攻めるぞ!」
と、弓兵Bが矢を引き、鏃を冬華へと向けた。
吹雪く中にも関わらず、弓兵Bの手元はぶれる事なく、矢は射られる。
射られた矢は吹雪きの影響を僅かに受けながらも、槍兵の傍を通り、冬華の心臓目掛け一直線に飛んだ。
金属音と共に、衝撃が冬華を襲う。
後方へと冬華は弾かれ、よろめく。それでも、冬華は手を止めず、その視線もジッとスマホを見据える。
「チッ!」
弓兵Bは舌打ちする。
やはり、光鱗に防がれるか、と。
それに遅れ、槍兵が走り出す。
「手数で押せば、何れ崩れる!」
槍兵はそう言い、冬華へと槍を突き出した。
その動きに対し、冬華は眉を顰めながらも左手に持った槍を動かし、直撃を避けるように槍を弾いた。
「くっ! 舐めるな!」
片手で相手できるほど甘くないと言う様に槍兵は叫ぶと、槍で横一線になぎ払う。
その瞬間、冬華もようやく発見する。
この状況を打開する事の出来るであろう道具を。
右手の親指で画面を二度タッチする。
直後に、冬華の横っ腹を槍の柄が殴打する。
光鱗が発動するが、衝撃は防げない。
故に、冬華は激痛を脇腹に感じ、表情を歪めた。
「うぐっ!」
激しく弾き飛ばされ、冬華は雪原の上を転げる。
積雪の中に蹲る冬華は、奥歯を噛みゆっくりと体を起こした。
そして、スマホから取り出した手の平サイズの小型の玉を積雪へと落とした。
すると、その小型の玉に積雪が集まり、三メートル程の雪の巨兵が姿を現した。
「な、何だ! コイツは!」
突如、構築されたその雪の巨兵に、槍兵はそう声を上げた。
弓兵達も、その巨兵に、息を呑む。
「一体、何をしたんだ!」
弓兵Bが声を上げると、
「ゴーレムですか!」
と、弓兵Aがそう口にする。
そう。この雪の巨兵は、ゴーレムだ。
冬華が見つけた道具とは、ゴーレムを生み出す兵器。魂の欠片だ。
先程の手の平サイズの小型の玉には純度の高い土属性の魔法石が使用されており、それがコアとなり、ゴーレムを作り出すのだ。
雪の巨兵の登場に、後方に控えていた七人の内の一人、魔術師が右手を向ける。
「所詮は雪人形。焼き払ってくれる!」
そう言い、手の平へと魔力を込めると、
「フレア!」
と、炎を放つ。
だが、それが雪の巨兵に直撃する前に、それは、現れる。
茶色の土で作られた土の巨兵が。
「なっ!」
魔術師の驚きの声と共に、土の巨兵の大きな手の平が炎を握りつぶした。
「土の巨兵か……」
魔術師は眉間にシワを寄せる。
そんな魔術師に対し、隣にいた兵士は息を吐く。
「おい。我々は待機だぞ。勝手なマネはよせ」
「うるせぇ。俺は、奴らに加勢する」
魔術師はそう言い、冬華のいる方へと走り出した。
横っ腹に僅かな痛みを伴いながらも、立ち上がる冬華は、白い息を吐くと雪の巨兵と土の巨兵を見上げる。
「ここは、お願い!」
冬華がそう言うと、二体の巨兵は「うおおおお」と声を上げた。
中央でライフルを手にする男と戦う水蓮。
右肩から大量の出血を伴う水蓮は、激痛に表情を歪めながら刀を振るっていた。
近距離からのライフルによる射撃。それを、瞬功と堅固を使用し、ギリギリで防いでいた。
それでも、水蓮がかなり不利な状況だと言うのは確かだ。
利き腕を撃たれたのだ。当然だった。
「くっ!」
「どうした? 動きが鈍いぞ?」
ライフルを持つ男は、不敵に笑い、ライフルに弾を装填する。
時間が経つにつれ、水蓮の動きは鈍くなっていた。
ただでさえ、寒いという事で筋肉が収縮しているのに、オマケに酷い出血で体温はみるみる下がっていた。
深々と吐き出される真っ白な吐息。
苦しげな水蓮の様子に、ライフルの銃口を向ける男は、首を傾げる。
「のうのうと平和ボケした生活をしているクレリンスの貴様が、何故、こんな場所にいるのか……全く持って理解に苦しむな」
ライフルの引き金に指を掛ける。
銃口は真っ直ぐに水蓮の額を狙っていた。
「のうのうと? 平和ボケ? 確かに……クレリンスは、中立を守っていました。ですが、だからと言って、皆が皆、苦しまずに生きてきたわけじゃありません!」
両足に力を込め、水蓮は瞬功の効果をそのままに地を駆ける。
積雪を巻き上げ、進む水練に対し、ライフルを構える男は引き金を引く。
銃声が一発。
銃口からは硝煙が上がり、鮮血が雪原に散った。
「ぐうっ……」
奥歯を噛む水蓮が雪原に右膝を落としていた。
瞬功でスピードは上がっているはずなのに、この男は的確に水蓮の右太ももを撃ち抜いていた。
堅固で肉体を硬化していたが、それすらも撃ち抜く程、ライフルの威力は高かった。
「これが、育った環境の違いだ。お前達がのうのうと暮らしている中も、我々は死線を潜る程の戦いを繰り広げていた。貴様らなどが簡単にこの地に入っていいと思うな」
ライフルを持った男は、水蓮の顎を蹴り上げた。
鮮血を撒き散らせながら、水蓮は雪原の上を転げる。
雪に塗れる水蓮は、仰向けに倒れ表情を歪めていた。
そんな水蓮へと銃口を向ける男は、
「死ね」
と、引き金を引いた。
銃声が轟くと同時に、金属が弾ける音が響いた。
目の前の光景に、ライフルを持つ男は目を細める。
水蓮の前に立つのは、冬華だった。
そして、大きく頭を後ろに向けていた。
額に弾丸が直撃したのだ。
光鱗により弾丸は防いだが、衝撃は凄まじく冬華の頭が後ろへと弾かれたのだ。
「何のマネですかね? 英雄殿は」
不快そうに男がそう言うと、
「私は……これ以上、誰も失いたくない!」
と、冬華は男へと真っ直ぐに顔を向け、左手の甲で鼻血を拭った。