第253話 誤算
吹雪く雪の中、停止した中型ソリ。
その後に続き、数台のソリが後ろに停止する。
道を塞ぐ薄い白装束の女に加え、追っ手だ。
完全に囲まれた。
最悪の状況の中、冬華達は決断する。
もう逃げ切れないなら、戦うしかないと。
クリスが先にソリから下りると、冬華、水蓮と続き、最後にライが降りた。
吹雪で、視界は最悪だ。
しかも、この寒さだと、動きも鈍る。
全力で戦う事は不可能だ。
白い息を吐くクリスは、空色の髪を肩口で揺らす白装束の女を見据える。
間違いなく、この場で最も強い力を持っている女だ。
痛々しいその姿とは裏腹に、右目の輝く赤い瞳が不気味な程の魔力を放つ。
後方に停止したソリから、数十人の武装した男達が姿を見せる。
皆、まるで自分達の素性を隠すように、真っ白なローブにフードを被っていた。
だが、その様子から、彼らが間違いなくヴェルモット王国からの使者だと言う事は理解していた。
冬華達の傍にあった中型ソリはまるで、この場で戦いが起こるのを悟った様に消滅し、四人は自然と背を向かい合わせ陣形を取る。
クリスが空色の女に体を向け、その右に冬華、クリスの背に水蓮が佇み、冬華の背にライが背を向ける。
陣形と言うにはお粗末な形。
元々、陣形を組んで戦う程、戦術を持っているわけではない。
だから、四人の策は簡潔なモノだ。
「クリス。一人でどれ位引っ張れる?」
ライが小声で尋ねる。
吹雪いている為、その声は恐らく四人にしか聞こえていないだろう。
「分からん。高い魔力を持っているのは分かるが……アレが、どんな戦いをするのかも、本当にアレが底なのかも分かっていないからな……」
頭の後ろで留めた白銀の髪の毛先を揺らしながら、クリスは険しい表情を浮かべる。
魔力が高いと言うだけでも、魔族は相当の強さを秘めている。だが、あくまでそれは、一つの目安だ。
今、彼女が纏っている魔力が、本当に全力なのか、それともまだほんの一部なのか、それすら分からない為、クリスも少なからず畏怖していた。
「まぁ、出来る限り、引き付ける」
「危険じゃない?」
ライとクリスの話を聞いていた冬華がそう口を挟んだ。
危険な事は知っていた。
いや、危険じゃないわけがないと分かっていた。
それでも、冬華はそう口にした。しないと、不安になってしまうから。
そして、後悔する気がしたのだ。
冬華の不安を震えた声で理解するクリスとライは、一瞬視線を合わせると、
「大丈夫ですよ」
「ああ。後ろの連中をすぐに蹴散らせて、クリスに加勢すれば」
口裏を合わせるように二人はそう言う。
気を使う二人に、冬華は俯き唇を噛む。
「う、うん……そ、そうだよね。大丈夫だよね」
自分にそう言い聞かせる。他の皆に心配掛けるわけには行かないと、冬華は思ったのだ。
そんな中、ワラジに和服姿の水蓮は、大量に白い息を吐くと、虚ろな眼差しで周囲を見回す。
「と、とりあえず……早く、終わらせましょう……」
体温がみるみると奪われる。
防寒性などない服装の水蓮にとって、この状況はかなり苦な状況だった。
それを、理解し、ライは小さく頷く。
「分かった。作戦はシンプルだ。クリスが、あの女を足止め、俺、冬華、水蓮で、一気に後方の連中を蹴散らし、クリスに加勢する! いいな!」
ライの指示に、皆が小さく頷く。
そして――、
「作戦開始だ!」
と、ライが声を上げると同時に、水蓮は両足に精神力をまとい、
(瞬功!)
と、一瞬にして瞬功を使用し、雪原を駆ける。
寒さなど関係ないと、雪を巻き上げ一瞬にして、武装集団との間合いを詰めた。
だが、そんな水蓮の額へとライフルの銃口が向けられる。
「――ッ!」
銃声が轟き、鮮血が舞う。
遅れて静寂。
吹雪く荒々しい風の音だけがその場を包み、真っ白な雪原を赤く染める。
走り出していた冬華とライは動きを止め、水蓮の方へと目を向けていた。
驚き、言葉を失う二人の視線の先に、血を流し膝を着く水蓮の姿が映る。
「水蓮!」
静寂を――止まっていた時を動かすように、冬華が叫ぶ。
だが、その声に水蓮は、
「大丈夫です! 掠っただけです!」
と、膝を上げる。左手で右肩を押さえる。
和服には撃ち抜いた様に穴が開き、左手の指の合間からは鮮血が溢れていた。
(嘘だろ……今の水蓮の動きを、高々一一般兵が目で追えたって言うのか!)
ライは焦っていた。
追ってはただの一般兵だと思っていた。
だが、それは誤算だった。
いや、すぐに気付くべきだった。
彼が身にまとう純白のローブで。
彼が――白銀の騎士団の面々だと。
「くっ! 態勢を整えるぞ!」
ライはそう声を上げるが、すでに遅い。
武装した男達は動き出していた。
後方に七人を残し、三人がライへ、もう三人は冬華。
そして、ライフルを持った一人が、水蓮へと向かう。
手負いの水蓮には一人で十分だと判断したのだろう。
長剣を持った男と双剣の男、そして、魔術師と言う組み合わせの三人とライ。
ガーディアンが一人に、弓兵二人の組み合わせの三人と冬華。
完全に冬華達の戦い方にあわせて、組まれた部隊編成だった。
「くっ!」
圧倒的な手数と力で押す長剣の男と双剣の男に、ライは両手に持ったナイフで応戦する。
リーチの差は歴然だ。
しかも、小柄なライにとって、最も武器となるスピードも、この積雪だ。思うように足は動かない。
衝撃と共に広がる金属音と、弾ける火花。
大きく仰け反るライの表情は歪む。
ナイフのグリップを握る手が痺れ、刃は振動していた。
「クソッ!」
思わずライはそう漏らすが、そこで止まっている暇はない。
仰け反るライの喉元へと向け、交差させた双剣が伸び、首を掻っ切るように二本の刃は外へと走る。
「舐めんな!」
そう声をあげ、ライは右足を振り上げた。積雪を巻き上げ、靴の先が、交差する刃の中心を蹴り上げる。
それにより、二本の剣は上へと弾かれ、刃は空を切った。
バランスを崩したライは左手を雪原に着くと、そのままバク転し、距離を取った。
ゆっくりと立ち上がるライは、真っ白な息を荒々しく吐き出す。
この寒さで体力の消耗は激しい。
しかも、最強と謳われる白銀の騎士団のメンバーを三人も相手にしないと行けない。
これほどまでの逆境があるだろうか。
そう考えると、ライは思わず笑みを浮かべる。
「どうした? 気でも触れたか?」
長剣を握る男がそう言い、怪訝そうに眉を顰める。
「気をつけろ。奴はアレで連盟の犬のパーティーの一人だ」
後ろで魔力を集中する魔術師が、冷静にそう告げる。
魔術師は右手に三日月を象った頭の杖を持っており、その杖は不気味に輝いていた。
これも、ライの体力を奪う一つの要因となっていた。
奴が何をする気なのか、分からない為に常に気を張っていないと行けないのだ。
「ふっ……分かってる。油断などするか」
長剣を持つ男はそう言うと、両手で柄を握り締めるとライを睨んだ。
二人の視線が交錯する中、それは、唐突にライの視界に現れた。
「ッ!」
奥歯を噛み、ライは背を仰け反らせる。
死角から唐突に二本の刃が飛び出して来たのだ。
刃は前髪をかすめ、茶色の毛が舞う。
雪原へと倒れこむライは、瞬時に右へと雪原の上を転げ、すぐに体を起こす。
「俺の事を忘れんじゃねぇよ」
双剣を構える男はそう言い、口元に薄らと笑みを浮かべた。