第252話 追っ手と待ち伏せ
半日が過ぎ――
冬華達は出発の準備を進めていた。
先日は気付かなかったが、実は持たされていたスマホにはデータ修復機能がついており、クリスの手で破壊されたあのソリはなんと、簡単に修復する事が出来たのだ。
こんな大事な機能を何故、陣は教えなかったのか、と冬華は怒りに震えた。
だが、とにもかくにもコレで王都へと向かう足が出来たと言う事もあり、冷静に出発の準備を進めていたのだ。
狩りの方は、まぁまぁの成果で食料は調達できた。
後は、クリスが魔力を込める量さえ間違えなければ、あのような悲劇は二度と起きないだろう。
「さて、準備完了!」
腰に手をあて、冬華はそう声を上げる。
他の皆もすでに荷物は積み込み、出発準備は完了していた。
「さぁ、冬華、いきましょう」
冬華の横に並び、クリスはそう言う。
その言葉に、冬華は頷き、白い息を吐く。
「そうだね。目指すは王都!」
気合を入れ、冬華は右拳を空へと突き上げた。
そんな冬華へと呆れた眼差しを向けるのは、先にソリへと乗り込み操縦席に座るライだった。
何を気合を入れているのか分からないが、とっととソリへと乗り込め、そう言いたげな眼差しのライに、水蓮は苦笑する。
集落の人達に挨拶も早々に、冬華達は王都へと向け出発した。
ソリは雪を巻き上げ、ゆっくりと動き出す。
前回の経験を活かし、クリスは少量ずつ魔力を注ぐ。
恐らく、適正な魔力量なのだろう。ソリはスムーズに走る。
王都まであとどれ位の距離があるのかは不明だが、このスピードで行けば、二・三日もあれば、王都に辿り着けるだろう。
安定した速度で走るソリの中、クリスは魔力を注ぐのをやめた。
燃料が切れてから、また魔力を注げばいい。そう考えたのだ。
「お疲れ様」
足を投げ出すように伸ばし座る冬華は、笑顔でそう言うと、クリスも微笑する。
肉体的には疲れてはいないが、やはり精神力を少々消費した為、精神的には疲れを感じていた。
冬華の隣へと腰を下ろしたクリスは、壁に背を預け深々と息を吐いた。
「はい。お茶」
屋根を見上げるクリスへと、冬華はお茶を差し出した。
ソリに備え付けられた暖房器具の上には、湯沸し機がついており、それにより暖かいお茶が簡単に淹れる事が出来る。
そのお茶を手に取り、クリスは息を吐いた。
「ありがとうございます」
「ううん。はい。お茶請けにお団子もあるよ」
このソリに元々備え付けられていたお茶請けのお団子だった。
冬華も、再度このソリを出した時に気付いたのだ。
味は保障済みだ。何故なら、すでに冬華は三本ほど食していたからだ。
甘いもの好きの冬華としては、甘さは控えめだったが、満足行く美味しさだった。
冬華に出された団子を一串手に取り、クリスはそれを口へと運んだ。
「んっ……美味しいですね。甘さも控えめで」
「そうだよね! そうだよね!」
胸の横で拳を握り、目を輝かせる冬華に、クリスは苦笑する。
「ど、どうぞ。もう一本は冬華が食べてください」
「えっ! いいの!」
弾んだ声でそう返答した冬華に、操縦桿を握るライは大らかに笑う。
「な、何?」
ライの笑い声に、冬華は訝しげな表情を向ける。
すると、ライは目を細め、
「甘いもの食べ過ぎると太――」
と、言いかけたライの顔の横を一本の竹串が通り過ぎ、壁へと突き刺さった。
笑顔を凍らせるライは、壁に突き刺さった竹串を見据える。
「ふふっ。ライ~? 何か、言ったかな?」
ニコニコと微笑する冬華の視線が、ライの背中へと突き刺さる。
「な、何でも無いです……」
苦笑するライはカタコトでそう言うと、視線を正面へと向けた。
穏やかに微笑む冬華は「そっ」と弾んだ声で答える。
そんな冬華の横で、クリスが苦笑していた。
一方、この騒ぎの中、水蓮は正座し、精神統一を行っていた。
膝の前には一本の刀と一本の脇差。
その体から溢れる精神力。
安定したその精神力の波動は乱れる事無く一定の量をその身にまとわせていた。
静かに息を吐き出す水蓮は、静かに瞼を開く。
「剛力!」
全身に広がっていた精神力が、両腕へと一瞬にして収縮され、その拳のみを剛力で強化する。
以前までの水蓮だとここまで完璧なコントロールは出来なかった。
故に、無駄に精神力を消費していた。
だが、今は精神力の消費を最小限に抑える事が出来ていた。
そんな水蓮の精神力のコントロールに、団子を頬張る冬華は聊か感心する。
「凄いねー。水蓮……」
「そうですね。精神力のコントロールが格段に上手くなってるように見えますね」
クリスも、水蓮の精神力のコントロールに感服していた。
精神力を解き、深々と息を吐き出す水蓮は、二度、三度と深呼吸を繰り返すと、肩の力を抜いた。
それから、小一時間程進んだ時だった。
操縦桿を握るライは不意に奇妙な音を耳にする。
それは、ソリの外からのもので、明らかに雪原を切り裂く音だった。
ピクリと眉を動かしたライは、後ろの三人へと目を向ける。
冬華・クリス・水蓮の三人も、何か異変を感じたのか、すでに真剣な表情で身構えていた。
ライは嫌な予感がしていた。
英雄である冬華は名前が知られている。
恐らく、ヴェルモット王国の白銀の騎士団もその事に気付いているだろう。
そう考えた結果、導き出したのは――
「追っ手だ!」
「追っ手? 何で?」
冬華が即座にそう尋ねる。
すると、クリスが険しい表情で、
「恐らく、我々の行動に気付いたんでしょうね」
と、呟いた。左目をゆっくりと動かすクリスは、眉間にシワを寄せる。
正直、この場所での戦いは不利だ。
地理的にも、環境的にも、この地の出身である者達とそうでない者では、それだけ差があるのだ。
「私達を消す気ですかね?」
不思議そうに水蓮はそう呟く。
だが、ライは、表情を引きつらせ笑うと、ソリを止めた。
急ブレーキに、ソリは横滑りし、激しく雪を巻き上げる。
そして、ソリに乗っていた冬華、クリス、水蓮の三人は完全にバランスを崩し転倒していた。
「な、何だ! 急に!」
突然の事にクリスは声を荒げ、頭の後ろで留めた白銀の髪の毛先を揺らす。
その言葉に対し、操縦桿から手を離したライは、ゆっくりと立ち上がると肩を竦める。
「どうやら、追っ手どころじゃねぇみてぇだな」
「どう言う事?」
ゆっくりと立ち上がりながら、冬華が不思議そうに尋ねると、ライは目を細め、腰に手を当てる。
「待ち伏せされた。しかも、どうやらヤべー奴だな……」
ライの言葉に、冬華達三人は首を傾げる。
そんな四人の乗ったソリの前には一人の女が佇んでいた。
薄い白装束に、空色の髪を肩口で揺らす女。
その左目は痛々しく抉られ、その体はまるで裁縫でもされたかの様にツギハギだらけだった。
ただ、右目は強く赤く輝きを放ち、その眼からは強力な魔力の波動が放たれていた。
薄紅色の唇の合間から吐き出される吐息。
だが、彼女の吐息は熱を含んでいないのか、この冷たい空気の中でも、真っ白に染まる事はなかった。