第251話 連盟の猿
翌朝――。
雪は止み、清々しい朝を迎えた。
そんな朝早くから、冬華達は裏手の森で狩りをしようとしていた。
目的は食料の調達だった。
雪原を走り回る冬華と水蓮を眺めるクリスは、白銀の髪を頭の後ろで留め、背筋を伸ばす。
寒さで体は鈍っている。その為、クリスは軽くストレッチをするように体を動かしていた。
少しでも体を暖め、血の巡りをよくし、よりよい動きが出来る様に努力していた。
すでに雪原を走り回る冬華と水蓮は準備万端で、残すはライ一人だった。
眠そうに大きな欠伸をするライは、右手で頭を掻く。
茶色の髪が指の合間を抜けサラサラと揺れる。
特別寝起きが良いと言うわけでもなく、朝早く、しかもこの寒さだ。面倒な事この上なかった。
そんなあからさまなライの態度に、クリスは不満そうに息を漏らす。
「何だ? もう少しやる気を出したらどうだ?」
「うるさいなぁ……寒いし、眠いしで、やる気が出ると思うか?」
もう一度大きな欠伸をするライは、目を細め肩を落とす。
ライの言う通り、寒く動くには億劫な状態だった。
それでも、元気に走り回る冬華と水蓮の方が多分おかしいのだと思う。
クリスもそう思ったのか、目を細め薄らと開かれた唇から息を漏らすと、
「それでも、やる気を出せ」
と、呆れた様にライを見据えた。
クリスのその眼差しに、ライはゆっくりと屈伸運動をする。
「分かった分かった。とりあえず、気合は入れるって……」
ライはギアを切替えたのか、深い息を吐き出すと、目の色を変える。
ハンターとしての経験がある為、こう言う時、ライの気持ちの切替は早い。
気持ちを切替えたライは、腰にぶら下げたナイフの一本を取り出すと、背筋を伸ばした。
「んんーっ! っしょ! じゃあ、まぁ、朝食を調達しますか!」
気合を入れるライは走り出す。
その背を見据え、クリスは右の眉を歪め、脱力した。
右目にした黒い眼帯。その眼帯に右手で触れたクリスは、眉間にシワを寄せる。
「はぁ……とりあえず、行くか……」
クリスはそう言うと、ゆっくりと後を追った。
森へと入ると、ライは身を隠し、息を潜めた。
クリスもライと同じく身を隠していた。
一方で、冬華と水蓮は真っ白な毛並みを揺らす猪を追いかけていた。
「まてーっ!」
「くっ! 逃がしませんよ!」
何故、二人が猪を追いまわしているのか。
それは、ライの作戦だった。
とりあえず、冬華と水蓮でライが罠を張った場所へと猪を追い込み、罠に掛かった所をクリスがトドメヲさすという具合だった。
その罠の発動タイミングをライは息を潜め待っていたのだ。
静かに息を吐き出すクリスは、不意に口を開く。
「そう言えば……レッドは連盟の所属だったんだな」
「…………知らなかったのか?」
クリスの言葉に、ライは表情一つ変えずにそう答えた。
ライの答えに、クリスは僅かに表情をしかめる。
正直、レッドが連盟所属だと言う事を知らなかった。
と、言うよりもレッド本人は連盟の所属だとは一言も言っていない。
その為、ライがこの大陸に来て連盟の人手不足と言う話で、レッドの名前が出た事は驚きだった。
ずっと不思議に思っていたが、冬華が触れない為、クリスも触れずに居たが、ここは聞くべきだと、クリスは口を開く。
「本当に連盟に所属しているのか?」
「あぁ? レッドの事か? そりゃ、まぁ……所属って言うよりも、協力してもらってるって言う方が正しいかな?」
ライの歯切れは悪い。
どうにも気持ち悪さを感じたクリスは、左目を細めると首を傾げる。
「どう言う事だ?」
「あーあ……何て言うのかな? 正式には連盟の協力者かな? でも、連盟としては猿の異名を渡してるから、一応連盟の一員って事にしたいわけだよ」
「猿? あぁ……以前聞いたな。確か、アオが連盟の犬で、あのイエロが連盟の雉だったな」
クリスが以前に聞いた話を思い出しながらそう口にすると、ライは肩を竦める。
「そうそう。そんで、レッドが連盟の猿って事だな。ちなみに、猿は基本は潜入が専門だ」
ライの言葉に、クリスは違和感を覚える。
「待て待て! 潜入専門って……それじゃあ、勇者の肩書きは邪魔だろ!」
クリスの尤もな声に対し、ライは目を細めると鼻から息を吐く。
「ちげぇーよ。勇者って肩書きが一番必要なんだよ」
さも当然と言うライのその言葉に、クリスは一層疑念を抱いた表情を浮かべる。
クリスの態度に、ライは深く息を吐くと肩を落とす。
「お前……アレだな。結構バカなのな」
「は、はぁ! だ、誰がバカだ!」
ライの言葉にクリスは怒鳴る。
その声で、罠の方へと追いやっていた猪が向きを変えた。
「ああーっ!」
「く、クリス殿!」
クリスに対し、冬華と水蓮は不満げに声を上げる。
追い込むために走り続けている為、文句を言う権利はあった。
そんな二人に申し訳なさそうにクリスは頭を下げる。
すると、ライはクスクスと肩を揺らして笑った。
「おい。お前の所為だろ」
「いやいや。感情的になるなんて、流石は紅蓮の剣だな。名の通り、荒々しい炎だな」
「うるさい! 私はその異名は嫌いだ」
不満げに腕を組んだクリスはそっぽを向いた。
クリスにとって紅蓮の剣と言う名は周りから勝手につけられた異名だ。
クリス自身はそんな事を思った事もないし、そんな風に呼んで欲しいとも思ってはいない。
不機嫌そうに眉を顰めるクリスへと、ライは先ほどの話に答える。
「そうそう。レッドの件だけどな」
「何だ! 今更!」
「まぁ、そう言うな。レッドが勇者と言う肩書きで潜入専門の理由はな」
「興味はない」
完全にヘソを曲げたクリスは聞く耳を持たない。
その為、ライはため息を吐くと、独り言のように呟く。
「奴は、勇者と言う肩書きがあるからこそ、人間には信頼される。だからこそ、簡単に城内にも入れてもらえるし、他の兵士達も警戒しないで話を出来る」
ライはそう言い、もう一度深々と息を吐いた。
フィンク大陸東を治めるヴェルモット王国。
その王都にそびえる城内。その作戦指令室に、その男は居た。
赤褐色の髪を逆立てたがたいの良い男だ。
この国の王亡き後、白銀の騎士団のトップである団長の座に着いた男。名をゼフ。
突如現れ、白銀の騎士団へと所属し、あれよあれよと団長と言う座に着いた。
能力は不明だが、圧倒的な力から“完全無欠”の異名を持つ。
「そうか……英雄がこの国に入ったか……」
雄々しく逞しい声質のゼフの言葉に左手で静かにメガネを上げるウィルヴィスは、
「私が対応しましょうか?」
と、丁寧な口調で尋ねる。
しかし、ゼフは首を振った。
「いや。良い。まだここに来た理由は分からん。ただ、同行していると言う連盟の者には気をつけなければな」
「連盟の? 犬か?」
腕を組む一人の中年の男がそう口にする。
彼もまた、新たに白銀の騎士団に入団し、班長を任された男だった。
「ああ。と、言ってもその犬の駒に過ぎん男だ」
「なら、案ずる事は無い」
更に緑のローブに身を包む老人がそう口にする。
この老人も新たに白銀の騎士団に入団した一人だった。