第249話 王都へ向けて
一台の中型ソリが雪原を進む。
誰かが引いているわけでもないのに、ソリは雪原を滑るように突き進んでいた。
雪を切るように波立てながら進むソリに、冬華達は居た。
このソリはゼバーリック大陸の西の国ミラージュ王国で開発された乗り物の試作品で、雪国であるフィンクの人たちの移動を楽にしようと一部の商人に試験的に提供された乗り物だ。
何故、それに冬華達が乗っているのか。
それは、冬華がゲートに戻ってくる際に、黒金陣に渡されたスマホのお陰だった。
このスマホのデータの中に、この試作品のソリが含まれていたのだ。
陣がこのデータを持っていたのか、その答えは簡単だった。
元々、このゲートと言う世界が、陣達が作り上げたゲームの世界。
故に、この世界で使われている道具もすべて陣達が考えプログラムしたものなのだ。
「しかし……まさか、冬華殿がこのような乗り物を所有しているとは……」
初めて乗るソリに、水蓮はそう声を上げる。
そんな水蓮に冬華はただただ苦笑する。
冬華もまさかあのスマホにこんなモノが入っているとは思っていなかった。
「でも、何処で、このようなものを? 戻ってきてからはほぼ、一緒に居ますが……」
不思議そうにクリスもそう尋ねる。
もちろん、冬華はただただ苦笑し、首を傾げる。
「いやー……あのー……うん。一度、元の世界に戻った時に色々と……」
流石に、この世界がゲームの世界だとは言えない。
ゲームの世界だとしても、間違いなくこの世界の人達は自分の意志を持ち生活し、行動している。
そんな人達に、この世界は作られたゲームの世界なんだとは、決して言う事は出来なかった。
困り顔の冬華に対し、クリスは腕を組むと感服したように頷く。
「そうですか……冬華の世界で作られた乗り物ですか……」
「凄いですねー。コレほどの技術があるなんて……」
クリスと水蓮のその言葉に、冬華は何も言わず沈黙を守った。
クリス達は知らないのだ。
この乗り物がミラージュ王国で作られた試作品である事を。
冬華もその事をつい言いだせずにいた。
「まぁ、どうでもいいけど……どうするんだ? このまま王都に行くつもりなのか?」
感服するクリスと水蓮に対し、このソリを操縦するライは、面倒臭そうにそう尋ねる。
現在、このソリはヴェルモット王国の王都へと向かって進んでいた。
目的はもちろん、ヴェルモット王国で行われている選別を調査すること。
そして、彼らが秘密裏に行っている人体実験を止めさせる事。
これは、最重要事項だった。
ライの言葉に、冬華は真剣な眼差しで答える。
「うん。とりあえず、王都に行く。出なきゃ、何も分からないから」
「そうか……。でも、無駄だと思うぞ?」
ため息混じりにライはそう言い、遠い目で前方を見据える。
あまりにも意味深なライの言葉に、冬華は不満そうな表情を浮かべた。
何故、無駄と言いきれるのか、そう思う冬華に、ライは更に言葉を続ける。
「冬華は英雄だろ。奴等が一番警戒してるのは英雄であるお前だ。絶対に、裏には近づけさせないぞ」
「そうかも知れないけど……行かないと何もわからないじゃない?」
冬華はライの言葉にそう答え、ニコッと微笑する。
確かに冬華の言う通りだ。
行ってみない事には何も解決しない。
ただ、英雄として顔の知られている冬華では、侵入する事は不可能だろう。
それは、ライも同じだ。
元々、連盟の犬と呼ばれるアオと一緒に行動している為、世間に顔を知られている。
その為、ここに居るメンバーで行っても警戒されるだけなのは分かりきっている。
故にライの表情は険しい。
「まぁ、言いたい事も分かるが、知名度の高いこのメンバーじゃ、警戒されるだろうな」
「私は、顔を知られてませんけど?」
水蓮が挙手しそう口にすると、ライは肩を竦める。
「いやいや。お前の場合、その服装で警戒されるって。この国の出身ではない事は明白だからな」
ライが苦笑混じりにそう言うと、水蓮は自らの和装の服装を見て、頷く。
「それもそうですね」
「どちらにせよ、潜入には向かなそうですね」
腕を組むクリスは、深いため息を吐いた。
「潜入はさ、後々考えればいいじゃない?」
「そんなのん気な事、言ってていいのか?」
ライは呆れた様子だったが、冬華は気にした様子はなく、笑いながら、
「大丈夫大丈夫」
と、呟いた。
走る事、三時間ほどが過ぎ、ソリは吹雪く中で停止していた。
燃料となる魔法石が切れたのだ。
まさかの事態だった。
壁や屋根があり、冷気が一室に入ってこないような構造になっている為、中に乗っている冬華達は寒さなど感じてはいない。
だが、時折吹き荒れる強い風で、ソリは大きく揺れていた。
それが、少しだけ心配だった。
「大丈夫……かな?」
冬華が不安そうにそう言うと、中を明るく照らすランプの炎に照らされたクリスが、白銀の髪を揺らし息を吐いた。
「どうでしょうね? とりあえず、この吹雪でこのソリが倒れる事はないでしょうけど……」
「俺らが倒れるかも知れないな」
能天気にそう発言したライは、頭の後ろで手を組むと、雪で真っ白に染まった窓を真っ直ぐに見据える。
まさか、こんな所で燃料が切れるとは誰も予想していなかった。
しかも、最悪な事にその燃料となる魔法石もない為、どうする事も出来なかった。
この吹雪がいつまで続くのかも分からない。
故に、食料が尽きて動けなくなってしまう方が先だろうと、ライは予想していた。
「災難ですねー。燃料切れなんて……」
深いため息を吐き、水練は苦笑する。
「そうだねー」
冬華は何事もないように笑う。
完全にライの言葉はスルーされた。
「おい! 何で普通にスルーしてんだ!」
ライが怒鳴ると、冬華はジト目を向ける。
「だって、マイナスな事言われると……気が滅入るから……」
「俺は現実を見てだな――」
「まぁ、こんな状況だ。そんなマイナスな事考えても仕方ないだろ?」
ライの尤もな言葉に、クリスは肩を竦め、そう口にした。
「とりあえずさ、状況は最悪だけど、何か手を考えないとね」
その場を丸く収めようと、冬華は二人の間に割って入った。
流石にこの状況でもめるのは空気を最悪にすると冬華も考えたのだ。
冬華が間に入った事により、クリスもライも言葉を呑んだ。
そんな中、不意に水蓮が呟く。
「そう言えば、このソリ、魔法石で動いてたんですよね?」
「うん。そうみたいだよ?」
水蓮の問いに、冬華はそう答える。
すると、水蓮は腕を組み右手に精神力を集める。
「じゃあ、魔力を注げば動きませんかね?」
「えっ? ど、どうかな?」
冬華が首を傾げると、クリスは腕を組む。
「そうか……。試してみる価値はあるだろうな」
と、クリスは両手に精神力を込めた。
そして、その手を床へと添え、精神力を魔力へと変換した。