第248話 人体実験
宿の一階のレストラン。
そこで、冬華とクリス、水蓮の三人はギルド連盟所属のライと再会した。
ただ、ここで今後の話をするのは危険だと言うライの判断で、冬華達は場所をライの部屋へと変えた。
ライはイエロの指示で、二ヶ月程前からこの港町で情報収集をしながら、冬華達を待っていた。
何故、二ヶ月も前からこの場所で情報収集をしていたかについては、ライは深く語らなかった。
そして、冬華達もその事を言及しなかった。
何故なら、その時のライの表情が余りにも酷く、辛そうな表情だったからだ。
何か言えない事情があるのだと、皆が理解したのだ。
ライの部屋は冬華達が取った部屋よりも少しだけ広めで、一人で使うには十分すぎる部屋だった。
ベッドは二つあるが、使用されているのは右側の一つだけで、左のベッドはシーツにシワ一つない程キッチリと整ったままだった。
部屋に備え付けられている丸椅子に腰掛ける冬華と水蓮。クリスは窓際で腕を組み壁に背を預け佇んでいた。
そして、ライはドアの傍に佇む。
未だにクリスはライの事を警戒しているのか、鋭い目付きを向けたままだった。
今までの経験上、安易に信用するのはよくないと重々分かっているのだ。
暫し沈黙が続き、冬華は困った様にクリスとライを交互に見た。
どうするべきか迷うが、ここは自分が間を取り持つしかないと、冬華は椅子から立った。
「え、えっと! そ、それじゃあ、今後についてだけど……」
「とりあえず、あなたの意見を聞かせてもらいましょうか?」
冬華の声を遮り、クリスはライへとそう投げ掛ける。
その言葉に対し、ライは肩を竦める。
「まぁ、いいだろう」
深く息を吐き、ライは静かに歩み、ベッドへと腰を下ろす。
それから、腰をやや曲げ前のめりになると、膝に肘を置き顔の前で手を組んだ。
「俺がここで集めた情報だと、現在、ヴェルモット王国では選別が行われているらしい」
「選別?」
冬華が、ライの言葉にそう声を上げる。
すると、ライは小さく頷き、「ああ」と、静かに答えた。
真剣な表情を浮かべ、鼻からゆっくりと息を吐いた。
ライの表情だけで、現状どれだけ最悪な事が起きているのか、と言うのが分かった。
その為、冬華は「そっか……」と答え、押し黙ってしまった。
一方で、水蓮は不思議そうな表情を浮かべる。
選別とはなんなのか、そう考えていた。
疑念を抱いた眼差しを向ける水蓮に、ライは顔を向ける。
「不思議そうだな。クレリンスではそう言う事はないだろうな。中立と言って、平和ボケしている所だからな」
ライのその言葉に、水蓮はムッとした表情を浮かべた。
「何が言いたいんですか?」
「いや。別に。ただ、真実を言ったまでだ。だから、簡単に国を乗っ取られたりするんだ」
呆れた様にライは肩を竦め、頭を左右へと振った。
その様子に、水蓮は机を叩き、立ち上がる。
狼狽する冬華は、慌ただしくライと水蓮を交互に見据えた。
どうすればいいのか、と迷っていると、腕を組んでいたクリスが、ふっと息を吐き、ライを睨む。
「クレリンスが平和ボケしていた? それを言うなら、連盟はどうなんだ?」
「何?」
クリスの言葉に、今度はライが不快そうな表情を浮かべる。
そんなライへと、クリスは言葉を続けた。
「連盟に加盟していないいわば個人ギルドが、あれ程まで大きくなるまで放置していたのは誰だ? 国を取り込む程までの財力・兵力を持つまで見逃し続けていたのはそもそも、お前達、連盟だろ」
クリスの言葉に、ライは眉間に深いシワを寄せ、握った手に力を込める。
だが、クリスの言うとおりだ。
そもそもの原因は連盟がホワイトスネークを放置していた事にある。
それを問われ、ライは何も言い返せなかった。
「どうした? 言い返さないのか?」
何も言わぬライへと、クリスはそう尋ねる。
すると、ライは深々と息を吐き肩の力を抜いた。
「そうだな。お前の言う通りだ。結局、すべての元凶は連盟が非加盟のギルドを放置していた事にある。クレリンスの件も、バレリアの件も。だから、その代償を俺らは払ったんだ」
ライはそう言い、もの悲しげな眼で床を見据えた。
それから、小さく首を左右に振り、一呼吸置くと、ライは頭を下げた。
「悪かった……」
ライの謝罪に水蓮は静かに椅子に座り、小さく息を吐いた。
「いえ……私の方こそ、つい……すみませんでした」
一通り、場が落ち着くと、改めて、水蓮は尋ねる。
「それで、選別とはなんですか? その様な事をする理由は?」
水蓮の言葉に、ライは腕を組むと眉間にシワを寄せる。
「クレリンスは、島国で、各地を別々の長が治めている民主主義だが、ここは絶対王政だ。王の言う事は絶対なんだ」
「は、はぁ……」
「だが、現在、この国に王は居ない」
「は、はぁ?」
ライの言葉に、水蓮は思わず間の抜けた声を上げた。
当然だ。絶対王政と言って置きながら、王が不在とはどう言う事なのか、そう言いたいのは冬華もクリスも同じだった。
二人の眼差しからそれを悟ったのか、ライは肩を竦める。
「知ってるだろ? ヴェルモットの王が死んだのは」
「ああ。そうだな」
「それで、結局誰も玉座にはつかなかったの?」
冬華が不思議そうにそう尋ねると、ライは右手で頭を掻いた。
「そうだな……結果的に誰も玉座にはつかなかった。だから、今現在は白銀の騎士団がヴェルモット王国を支配している」
「支配って……」
苦笑する冬華だが、ライは真剣に告げる。
「いや。本当に支配してるんだ。そして、その選別を行っているのは白銀の騎士団だ」
「何故、今更そんな事をする?」
腕を組むクリスが白銀の髪をゆらりと揺らし尋ねる。
すると、ライは小さく息を吐き、眉間にシワを寄せた。
「今だからだ」
「今だから?」
冬華が疑念を抱いた眼差しを向けると、ライは小さく頷く。
「そうだ。今だから、奴等は必死になって選別を行ってるんだ」
「どう言う事だ?」
クリスがそう尋ねると、ライはクリスへと目を向けた。
「理由は簡単だ。よりよい人材を集め、人体実験を行う為だ」
「じ、人体実験!」
思わず冬華が声を上げる。
そして、水蓮は訝しげな表情を浮かべる。
「人体実験とは? 一体、何を?」
「まぁ、簡単に言えば、魔族の肉体を移植って所だろうな」
ライの言葉に、冬華と水蓮の顔色が変わる。
「待って! それじゃあ、人体実験って……やっぱり……」
冬華がそう口にすると、ライは肯定する様に頷く。
「ああ。恐らく冬華の考えている通りだ」
「そんな……そんな事! 非人道的だよ!」
「かもしれませんね。でも、この国では恐らく、それが日常的に行われているんですよ」
腕を組むクリスは、そう口にすると右手で右目の眼帯に触れる。
クリスも度々噂だけは耳にしていた。
ただ、何の確証もないただの噂だった為、誰も追及はしなかった。いや、しなかったのではなく出来なかった。
それは、ギルド連盟も同じで、その非人道的な行為が本当に行われているのかを長年調査していた。
それでも、何の手掛かりもつかめなかったが、今にしてようやくその糸口を見出したのだ。