第244話 聖剣と前勇者
その後、リックバード島は皆の活躍により、奪還された。
と、言うよりも、ホワイトスネークの主力がここには殆ど居なかった。
元々、捨石の為の統治下だったのかは不明だが、主力として捕らえたのは褐色白髪の男ただ一人だけだった。
そして、他の島の長であるエルド・ガウル、レオルの三人がこの島に来ていたのは、雪夜と葉泉の働きだった。
二人は各地に出向き、協力を仰いでいたのだ。
その間、秋雨は寝返ったフリをし、内部から情報を集め、天童と剛鎧を救出する為の策を練っていた。
最悪な事に、その策は龍馬の暴走で破綻となったが、運良く、この日に葉泉と雪夜が三人を連れて島に戻ってきていたと、言うわけだった。
様々な幸運が重なった結果に過ぎないが、それでも、ホワイトスネークの統治下から奪還されたリックバード。
その最初の仕事を、天童と剛鎧は行っていた。
それは、民への謝罪だ。
力が無いばかりに、財力がなかったばかりに、あのような非道な者達に主権を握られてしまった事を謝罪した。
ただただ、二人は頭を下げた。
そんな二人を民衆は暖かく拍手で迎える。
皆、分かっているのだ。
どれ程大変な状態なのかも、二人がどれだけ頑張ってきたのかも。
だから、暖かい拍手を送ったのだ。
二人が謝罪をしている間、クリスは意識を失っている冬華に付き添っていた。
ただ静けさだけが漂う一室に、冬華の静かな寝息だけが響く。
クリスは、そんな冬華の寝顔を真っ直ぐに見据えていた。
あの時、明らかに冬華の様子が変わった。
あれが一体なんだったのか、クリスはそれだけを考えていた。
(恐らく……アレが、冬華の中の力……悪魔の力……)
険しい表情を浮かべ、クリスは瞼を閉じた。
屋敷内では、龍馬と秋雨の治療も進んでいた。
流石にゼットとやりあっただけあり、二人の傷は酷かった。
それでも、致命傷になるような怪我は無く、治療自体は大分楽なものだった。
二人の治療を行っている最中、レッドは屋敷内を散策していた。
特に何か用があったとかではなく、暇つぶしの一環だった。
廊下を歩んでいると、淡い蒼い髪を揺らすエルドと出会う。
「やぁ。久しぶりですね」
レッドがそう声を掛ける。
すると、エルドは眉間にシワを寄せた。
「久しぶり? そうか?」
複雑そうなエルドに、レッドは苦笑する。
「あれ? 違いましたっけ?」
「さぁ? どうだったかな?」
エルドは腕を組み首を捻った。
そんなエルドに、レッドは困った様な表情を浮かべる。
「岩鉄島で会いましたよね?」
「……そうだな。言われてみれば会った気もするな」
「忘れてたのか……」
レッドは呆れた様に吐息を漏らした。
そんな時だった。
丁度、目の前の障子が開かれ、白銀の髪を揺らすクリスが顔を覗かせる。
「何をしてるんだ? こんな所で?」
迷惑そうに目を細めるクリスのその言葉に、レッドとエルドはそこが冬華の寝ている部屋の前なのだと気付いた。
「そうか……」
「ここ、冬華の寝てる部屋だったのか……」
二人の言葉に、クリスは小さく息を吐くと「そうだ」と、答え、右手で頭を掻いた。
その後、悩んだ末にクリスは二人と共に中庭へと移動した。
寝ている冬華を起こすのは忍びないと思ったのだ。
それに、レッドには話さなければならない事や、聞きたい事などもあった。
中庭は美しい庭園だった。
松に石畳。とても、和をイメージした造りになった異世界とは思えぬ出来栄えだった。
その庭園の小さな池の前に三人はいた。
池の中には大きな鯉が数匹泳いでおり、水面には僅かに波が立っていた。
池の前に腰を浮かせ座り込むレッドは、鯉に目を向けたまま背後に佇むクリスへと尋ねる。
「どうしたんですか? 場所まで移動して?」
「いや……ちょっとな。それより、お前、聖剣はどうしたんだ?」
話の流れでそうクリスは尋ねる。
すると、レッドはゆっくりと腰を挙げ、背筋を正す。
「聖剣ですか……。まぁ、簡潔に言えば……奪われました」
「奪われた……。じゃあ、あれは間違いなく聖剣だって事だな……」
クリスは腕を組みそう呟く。
正直、アレが聖剣だとは思いたくなかったが、レッドの言葉を聞く限りイリーナ城前であったあの男が持っていた剣は間違いなく聖剣だったと言う事になる。
そして、その持ち主が、レッドの父であり、前英雄のパーティーの一員で勇者の異名を持つ男だと言う事も確かだろう。
ただでさえ手ごわい相手が、聖剣と言う武器を持っていると言うだけで、クリスは頭が痛かった。
右手で頭を抱えるクリスを見据えるエルドは、首を傾げる。
「どうしたんです? その口振りだと聖剣を持った者にあったと言う風ですが?」
エルドの鋭い一言に、クリスは眉を顰める。
それから、チラリとレッドの顔を窺い、静かに口を開く。
「ああ。イリーナ王国でその所有者と戦った」
「イリーナ王国と言うと……南のゼバーリック大陸の?」
腕を組むエルドが怪訝そうに眉を顰め、レッドへと尋ねる。
「確か、あなたが聖剣を奪われたのは北の大陸だと聞いていたんですがね?」
エルドの疑念を抱いた眼差しを受け、レッドは静々と答える。
「えぇ。僕が聖剣を奪われたのは北の大陸フィンクでですよ。その時に、少々しくじりまして……ヴェルモット王国で囚われ、そのまま聖剣を奪われました」
深く息を吐き出し、レッドは肩を竦める。
正直な所、レッド自身も不思議で仕方が無い。
何故、ヴェルモット王国で奪われた聖剣を、南のイリーナ王国で所有する者が出たのか。
誰かが流したと言う事も考えたが、普通に考えてありえない事だ。
何故なら、聖剣と言えば魔剣と並ぶ国宝級の武器だ。その力は未だに未知数。故に、自らの手元においておくのが当たり前の事だった。
もう一度深く鼻から息を吐き出すレッドに対し、クリスはもう一つの事実を口にする。
「実はな、その所有者って言うのは……お前の親父アルベルトだ」
「なっ! そ、そんなバカな事――」
レッドはそこまで言って言葉を呑む。
自分の目で見たはずだった。行方の分からなかった英雄のパーティーの一人、ゼットの姿を。
そう考えた結果、父が生きていても当然で、この時期に姿を現したと言う事にも納得が行く。
考え込み押し黙るレッドに変わり、エルドはクリスへと尋ねる。
「レッドのオヤジと言うと……先代の勇者と言う事になるな」
「えぇ。だから、聖剣が使えて当然と言うわけで……。ただ、兜を被っていたので、顔を確認出来なくてな……。聖剣自体が偽物だと思ったんだが……」
「彼が奪われたと言う事を聞き、核心したと?」
「ああ」
エルドの言葉に、クリスは小さく頷いた。