第236話 望まぬ力
冬華達はリックバードから少し離れた無人島へと転送されていた。
転送を行ったのはもちろん、イエロだった。
ニワトリの着ぐるみをまとうイエロは、平然とした面持ちで額の汗を拭うと、ニコニコと笑みを浮かべ皆の顔を見据える。
「いやー。皆が無事でよかったのですよ」
相変わらず明るく前向きなイエロの発言に、息を乱す龍馬は刀を納め頭を下げた。
「すまん。助かった……」
「それより、一体、どうなってるんだ! リックバードは!」
頭を下げた龍馬へと、クリスが怒鳴った。
一体、何がどうなっているのか、全く理解出来ていない。
平和だったはずのリックバードで、何故あのような事が起きているのか。
クリスの問いかけに対し、龍馬は静かに顔を上げた。
「リックバードはお前達が居た頃とは違う」
「どう言う事? 何で、あんな幼い子供まで……」
手に持った槍を消し、冬華は冷ややかな口調で尋ねた。
怒りを必死に押し殺しているのか、冬華の握った拳は小刻みに震えていた。
明らかにいつもと様子の違う冬華に、クリスは少々不安を募らせる。
怒りは判断力を鈍らせると、言う事をクリス自身身を持って体験していたからだ。
ピリついた険悪な空気が流れる中で、イエロだけが明るく笑う。
「いやー、一時はどうなるかと思ったのですよ」
明るくその場を和ませようとするイエロだが、空気は変わらず、冬華は真っ直ぐに龍馬を見据える。
「他の皆はどうなってるの? それに、あの子は何者?」
続けざまに冬華が龍馬へと尋ねる。
すると、龍馬は深いため息を吐き、
「アイツは、元・英雄のパーティーで、現在はホワイトスネークの幹部。ゼッドだ」
と、告げる。
その言葉に驚いたのはクリスだった。
「ま、待て! 何で英雄のパーティの一員がホワイトスネークに!」
クリスがそう言うと、龍馬は首を左右に振る。
そんな龍馬に変わり、イエロが静かに口を開いた。
「知っているのですか? 英雄とそのパーティーが英雄戦争の後に消えた事を?」
イエロの言葉に、冬華は首を傾げ、クリスと龍馬は小さく頷いた。
「ああ。確か、英雄と共に旅をしてきた者は皆消えたと……」
「英雄もその後、姿を消しているんだろ?」
クリスに続き、龍馬もそう言うと、イエロは妙に真剣な表情で、
「あの日、英雄と三人の魔王は災厄と出会った」
と、イエロは瞼を閉じる。
その瞬間にクリスは声を上げた。
「ま、待て! あの日って、英雄戦争の時か? なんだ、災厄とは?」
「災厄は常にこの世界で蠢く存在。どこから来て、何が目的なのかは不確かな存在なのです」
「待て待て! なんなんだ! その災厄とは!」
イエロの言葉を遮り、クリスがそう言うと、イエロは静かにクリスの方へと目を向ける。
「詳しくは私も分からないのです。ですが、災厄は、あの日、四人下へと降り立ったのです。そして、英雄戦争は終結し、英雄は全てを失ったのです。仲間も、力も、大切な人も」
イエロのその口調は、まるで全てを見てきたかのような話し方だった。
故に、クリスも龍馬もただ息を呑んだ。
だが、冬華はわけが分からず、眉間にシワを寄せる。
「どう言う事? 英雄戦争は、魔族も人間も大きな損失を受けて、終結したんじゃないの?」
「そうなのです。その災厄により、多くの人間、魔族が命を落としたのです。そして、三人の魔王と英雄は力をあわせ、災厄を撃退した。しかし、その代償として、英雄のパーティー六人が災厄に取り込まれてしまったのです」
イエロの説明に、冬華は小さく頷き肩口で黒髪を揺らす。
「それじゃあ、イリーナ王国で会った勇者も、さっき会ったあの少年も――」
「恐らく、災厄に取り込まれ、洗脳されたのです。災厄とは、それだけの力を持った者なのですよ」
イエロが強い眼差しを向けそう言った時だった。
上空から真っ赤な輝きが突如として表れ、熱風が地上を襲う。
「な、何?」
思わず、そう声を漏らした冬華が空を見上げる。
それに遅れ、他の皆も空へと目を向けた。
「な、なんだ! これは――」
驚きの声を上げるクリス。
「ば、バカな……こ、こんな……」
驚愕する龍馬。
皆の目に映るのは空を覆う程の大きさの炎の塊だった。
これ程の魔力が集まっていれば、普通気付く。
だが、誰一人として、この状況になるまで気づく事が出来なかった。
間違いなくその一撃はこの小さな無人島を丸々呑み込む程の大きさはあった。
「くっ!」
声を漏らす龍馬は、奥歯を噛む。
そんな時だった。イエロは静かに息を吐き出し、冬華達へと右手をかざす。
「皆さんをリックバードへと戻します!」
「ま、待て! そ、それじゃあ、これはどうなるだ!」
龍馬が怒声を響かせる。
幾ら無人とは言え、一つの島が消えてしまう程の威力だ。
周囲に及ぼす影響も凄まじいものだろう。
それを考えると、このままにして逃げるわけにはいかなかったのだ。
そんな龍馬へと強い眼差しを向けるイエロは、
「ここは私が何とかするのですよ。ですので、リックバードの事はお任せするのです」
と、告げ、ニコリと微笑した。
と、同時にその手の平から光が溢れ、冬華達を包み込んだ。
アオとは違う自分以外の者だけを転移する術を行い、イエロは空を見上げた。
そして、炎の塊は小さな無人島を呑み込んだ。
イエロによりリックバードへと再び転送された冬華達は、当主の屋敷の裏手にある森の中へと投げ出される。
不安定な状態での転送だった為、乱暴に三人は飛ばされたのだ。
「イッ……」
腰を木の幹にぶつけた冬華はそう声をあげ表情を歪める。
一方、クリスと龍馬も、激しく体を打ち付け、呻き声を上げた。
「くっ……」
「乱暴な奴だ……」
龍馬は体を起こし、目を細める。
見覚えのあるその場所に、龍馬は表情を歪めた。
「おいおい……よりによって、ここかよ!」
声を荒げる龍馬に対し、クリスは小首を傾げる。
「龍馬? ここがどうかしたのか?」
「ここは、屋敷の裏手だ……今、ホワイトスネークが根城にしている屋敷のな!」
龍馬のその声に冬華は口元に右手の人差し指を当て、「シッ!」と声を殺した。
遅れて、複数の足音が響き、森の中に数人の兵が姿を見せた。
「なんだ! 今の光は!」
「敵襲か?」
次々と姿を見せるホワイトスネークの面々に、龍馬は表情を険しくする。
そして、身を屈めるクリスへと告げる。
「いいか、絶対に奴等に手を出すな」
「何故?」
「今、この島の主権を握っているのは奴等だ。そして、天童さんと剛鎧さんは、現在捕らわれている……」
龍馬の言葉に、冬華とクリスは表情をしかめた。
まさか、天童と剛鎧の二人が捕らわれているとは思ってもいなかったのだ。
炎の塊に呑まれた小さな無人島。
その上空に、真紅のローブをまとう魔導師の姿があった。
燃え盛る無人島は完全に中心部分が陥没し、海水が端からゆっくりと入り込んでいた。
黒煙と湯気が噴き上がるその中で、一つの影がゆっくりと動いた。
全身から湯気を噴かせ、右半分が銀髪で、左半分は金髪の長い髪を揺らす。
衣服は僅かに焼け、肩口まで腕は露出していた。両腕は褐色の肌だが、肩の繋ぎ目から肌の色は褐色ではなく普通の肌色に変わっていた。
そして、その肩口には縫い合わせた様な傷が深く残っていた。
何処か幼さの残るその顔には傷は無く、薄らと鱗模様が浮かび、右の瞳が赤く輝き、左の瞳が金色の光を放っていた。
薄らと開かれた潤んだ唇の合間から、熱気の篭った吐息が漏れる。
「ふぅーっ……」
長く息を吐き出すその影は空を見上げる。
「やっぱり……あの魔術師なのですか……」
ボソリと呟くと、眉間にシワを寄せ足を屈める。
そして――跳躍した。
それはまさに獣魔族の跳躍力そのもので、空高くまで跳躍すると、その背中には金色の翼が大きく開かれた。
「それが、あんたの本性か? 連盟の雉こと、イエロ……いや、人造人間被験ナンバー00と言った方がいいか?」
不敵な笑みを浮かべる魔術師と対峙するのは、ニワトリの着ぐるみから解放されたイエロだった。
背中から生えた金色の翼で大きく風を掻くイエロは、深く息を吐き出すと肩を竦め、その鋭い眼差しを魔術師へと向ける。
「まさか、この姿を晒す事になるとは思わなかったのですよ。私とって、これは、望まぬ力。強制的に与えられた呪われた力なのですよ」
「呪われた力だと? ふっ……ふふっ……笑わせるな」
「まぁ、あなたには分からない事なのですよ」
イエロはそう言い、胸元へと右手を持っていった。
そんなこじんまりとしたイエロの胸元には、拳大の虹色の魔法石が埋め込まれていた。
これが、星屑の欠片と呼ばれる史上最上級の魔法石だった。
「さて、奪わせてもらうぞ? その星屑の欠片を」
魔術師はローブの袖から魔力を込めた右手を出し、イエロへと不敵な笑みを浮かべた。