第232話 クレリンスへ
アレから、一週間が過ぎた。
イリーナ城を取り戻す為に集まった兵達は、半壊状態のイリーナ城の防衛と修復作業に追われ、獣魔族との戦闘により、重軽傷を負った者達も、多少傷が癒えると、自分が出来る事をしようと、瓦礫の撤去や畑仕事などを率先して行っていた。
現在、このイリーナ城は、食料難。国の有力な貴族も亡くなってしまった為、援助や物資の補給などは見込めない。
故に、自給自足をする為に、畑を耕す事になったのだ。
もちろん、時間は掛かる。それでも、細かく砕いた土属性の魔法石を肥料として撒く事で、植物の成長を促し、十日から二十日程で、収穫出来る程度には成長するだろう。
しかし、魔法石もただではなく、現在このイリーナ城にある魔法石も僅か。故に、この栽培方法が使えるのも、二・三度が限度だろう。
その栽培方法でも、今現在ここに居る者達全ての者に食料が行き渡るのかは分からない為、食料は出来るだけ節約しなければならない状態だった。
そんな中、冬華とクリスの二人は旅路を整え、城門の前に佇んでいた。
「本当に、いいの?」
冬華は、目の前に佇む深い蒼い髪を揺らす、アースへと、不安そうな表情で尋ねる。
「えぇ……。次の大陸に行くなら、足が必要でしょう?」
アースはそう言うと、冬華とクリスの背後に停泊する真っ赤な大型飛行艇を見上げた。
これは、ジェスのギルドが所有していた飛行艇だった。
これを使用しアースはミラージュ王国で兵を集めたのだ。
飛行艇を眺める冬華は、再びアースへと目を向けると、眉を八の字に曲げた。
「ありがとう……でも……大丈夫?」
冬華がそう言うと、アースは苦笑し、首をかしげる。
「大丈夫ですよ。自分は」
「そうか……。しかし、本当にここに残るのか?」
今度はクリスがそう言うと、アースは小さく頷く。
「えぇ。現在、国王も居ない様ですし……誰かがこの兵を統括しないといけません。微力ながら、自分がディーマットと共に、まとめて行こうと思ってます」
「そうか……。なら、ゼノアの事も――」
「はい。全力で探します。自分達も、マスターであるジェスのギルドを復活させなければいけないので……早く見つかる事を願っています」
アースは取り繕ったような作り笑いを浮かべると、鼻から息を吐いた。
まだ、ジェスの死のショックから立ち直る事は出来ていないだろう。
それでも、アースは進まなければならない。ジェスの意志を継がなければいけない。
何よりも、英雄である冬華を、これ以上ここにとどめ無駄な時を過ごさせるわけには行かなかった。
今も尚、世界は動いているのだ。
良い方向にも、悪い方向にも。イリーナ王国も、獣魔族の進撃から解放され、良い方向に進みつつある。
それを、アースが引き継ぎ、冬華には別の大陸で、英雄を待ち望んでいる人達を助けて欲しい。それが、今のアースの願いだった。
「悪いな……面倒な事をお前に任せてしまって」
「いいんですよ。自分には、これくらいの事しか、出来ませんから」
「ううん。私達にとっては、とっても大きな事だよ。だからさ、これくらいとか言わないでよ」
冬華が胸の横で拳を握り、そう言うと、アースはもの悲しげな笑みを見せた。
「そう……ですね。ただ、自分はまだまだ未熟者。故に、自信が無いんですよ」
「自信は経験する事でついてくるものだ。ジェスは大きな存在だ。あまり、根を詰めるなよ」
腕を組みクリスがそう言うと、アースは小さく頷いた。
「はい。分かってます」
「それじゃあ、私達は、そろそろ行くね」
冬華は、チラリと沈み行く夕陽へと目を向けた。
流石に、そろそろ出発しないと、いけないだろうと、考えたのだ。
そんな冬華の言葉に、アースは微笑したまま二度、三度と頷く。
「はい。気をつけてください」
「それは、お前もな。また、獣魔族が攻めてくるかもしれないからな」
クリスがそう言うと、アースは腰にぶら下げた布に包まれた剣の柄を握る。
「大丈夫ですよ。必ず、この地は守ってみせます。姉さんとジェスさんが出会った地ですから」
アースがそう言い目を伏せると、クリスは鼻から息を吐き、アースの肩へと右手を置いた。
「お前なら、何れ、ジェスをも超えるギルドマスターになれるだろう。だが、アイツのマネなんかして、盗賊ギルドなんかになるなよ? お前なら、正規のギルドを経営できるはずだからな」
クリスがそう言うと、アースは苦笑し、
「どうでしょうね? 自分にはよく分かりません」
と、誤魔化した。
その事から、すぐにクリスは直感する。
アースはジェスと同じく盗賊ギルドを作る気なのだ、と。
だが、クリスは何も言わず、二度肩を叩き、アースから離れた。
「それじゃあ、ここは任せるぞ」
「えぇ……任せてください」
「向こうに着いたら、少ないだろうが食料を届けさせる。それまでは、我慢してくれ」
クリスがそう言うと、アースは右手で首の後ろを軽く掻き、
「そこまで、しなくても大丈夫ですよ?」
と、困った様に答えた。
アースも知っている。
冬華達も資金はそれ程ないと言う事を。
だから、遠慮がちにそう言ったのだ。
冬華とクリスが飛行艇に乗り込むと、アースは軽く手を振り、城内へと戻っていた。
飛行艇はけたたましいエンジン音を轟かせると、その大きな船体をゆっくりと浮き上がらせた。
丸窓から外を眺める冬華は、深く息を吐くと、隣に佇むクリスを横目で見た。
「アース……大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。彼なら」
クリスは微笑する。
だが、すぐにその笑みは曇り――
「ただ、彼が復讐心に駆られなければの話ですが……」
と、複雑そうに呟いた。
誰しもが持つ憎しみにアースは果たして打ち勝つ事が出来るのか、クリスはそれが不安だった。
冬華は、そんなクリスの言葉を聞き、伏せ目がちに地上を見据える。
ジェスの死がアースに与えた影響は良い方と悪い方がある。
良い方は、彼に自覚を与えた。隊を率いる者としての自覚を。
悪い方は、クリスが言った通り、復讐心。憎しみだ。
その影響がアースにどのような道を示すのかは誰にも分からない。
だからこそ、クリスは不安だった。
しかし、すぐに頭を左右に振り、深く息を吐いた。
「信じましょう。アースを」
クリスはそう言い苦笑する。
その言葉に冬華も「そうだね」と呟き微笑した。
「それで、次は、クレリンス……だっけ?」
飛行艇が飛び立ち、小一時間が過ぎた頃、船室で、冬華はクリスへとそう尋ねた。
冬華の質問に、椅子に座るクリスは机に肘を置くと冬華へと体を向ける。
「そうですね……。とりあえずは、クレリンスを目指すべきでしょうね」
クリスがそう言うと、冬華はベッドに腰掛け、足をパタパタとさせる。
「そっか……それじゃあ、水蓮にも久しぶりに会えるね」
「そう言えば……そうですね。彼は、今、どうしてるんでしょうね?」
腕を組んだクリスが、首を傾げる。
「あの事件以来だよね。元気にしてるかな?」
「どうでしょう? ただ、今のクレリンスは、私達が行った時とは大分変わっているので……」
「そう……なんだ……」
「とりあえず、気を引き締めた方がいいかと思います」
クリスの真剣な言葉に、冬華は息を呑んだ。