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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
231/300

第231話 静寂のイリーナ城

 シオが率いる獣魔族は撤退した。

 結果として、冬華達は勝利を収めた。

 だが、内容は悲惨なものだった。

 六万から七万近く集まった兵が、五千程が失われ、一万程が重軽傷を負った。

 そして、ジェスも……。

 血が乾き寒さで凍りついた様に冷たくなったジェスの前に、アースは膝を落としていた。

 傍らに双剣・嵐丸を置き、唇を噛み締め俯くアースは、静かに瞼を閉じた。



 撤退する獣魔族。

 その中衛辺りにシオはいた。

 静かな面持ちで、金色の髪を揺らすシオへと、バロンは不満げに声を発する。


「何故、撤退なのですか?」


 しかし、シオは無言で馬を走らせる。

 そんなシオへと不満げな表情を浮かべるバロンは、口を真一文字に結ぶと、鼻から息を吐いた。

 どれ程、駆けた頃か、シオは唇を僅かに開き白い息を漏らすと、バロンへと答える。


「均衡が崩れた。」

「均衡? 一体、何の話をしているんですか?」


 訝しげな目を向けるバロンに、シオは目を細める。


「ミラージュが落ちた。城を空けておくわけにはいかん」

「ミラージュが落ちた? 何者かが、ミラージュに攻め込んだと言うんですか?」


 驚きの声を上げるバロンに対し、シオは静かに頷くと、眉間にシワを寄せる。


「ああ……。相当の実力者だろう」

「左様ですか……申し訳ありません。変なことを言って」

「いや……いい」


 シオはそう言い、深く息を吐き出した。



 横たわり冷たくなったジェスの前に、冬華は座り込んでいた。

 バロンに殴れた腹部の痛みよりも、胸の奥、心の痛みの方がよっぽど痛かった。

 どうしてこんな事になったのか、何故、ジェスが死ななければならなかったのか。

 そんな想いに、冬華は瞼を閉じ唇を噛んだ。

 目頭が熱くなり、閉じた瞼の合間から涙が溢れ出す。

 そんな冬華の肩に、クリスは右手を置いた。

 そして、優しく


「冬華……。あなたの所為じゃありませんよ」


と、告げた。

 もちろん、それは冬華も分かっている。

 誰の所為でもないと。

 それでも、自分を責める事しか出来なかった。

 兵に担がれるようにその場へとやってきたディーマットは、壊れた両腕の義手をゆっくり動かし、アースの肩を叩いた。


「アース……大丈夫か?」


 掠れた声でディーマットがそう尋ねると、アースは小さく頷いた。


「あぁ……大丈夫だ」

「そうか……」


 そう言うディーマットの右手の指がボロボロと崩れる。

 また、義手を作り直さなければいけない。

 そう考え、ディーマットは深刻そうな表情を浮かべ、深々と息を吐く。

 魔導義手は高度な技術で作られている為、製造に時間が掛かる。何よりも、その価格は相当高額なものだった。

 故に、そう何度も作ってもらう代物ではないのだ。

 冬華たちはジェスの亡骸を弔う為に、イリーナ城へと向かった。

 閉ざされた門の前に佇むクリスは、そして、声を上げる。


「我が名はクリス。城内に居る者よ。我々は味方だ。門を開けてくれ!」


 クリスの声に、城門の上から一人の兵が顔を覗かせる。

 そして、驚きの表情で声を上げた。


「く、クリス様! 戻られたのですか!」


 兵の声に、クリスは右手を軽く上げ、


「ああ……ゼノア様は居られるか?」


と、尋ねる。

 すると、兵の表情が険しく変わった。


「それが……ゼノア様は、現在行方不明でして……」

「行方不明? 一体、どう言う――」

「クリスさん……すみませんが、ジェスを……早く弔いたいので……」


 クリスの言葉を遮るように、アースの弱々しく静かな声が発せられる。

 その腕に抱えられたアースの亡骸を目にし、クリスは僅かに表情を曇らせると、小さく頷く。


「そう……だな」


 クリスはそう呟き、兵へと顔を向け、


「すまない。まずは、中に入れてくれ。仲間を……弔いたい」

「は、はい。では、開門するので、少し、待っててください!」


 待つこと、十分ほど。

 門は音を立て開かれ冬華達は、城内へと招き入れられた。

 城内に入るなり、アースはジェスを埋葬する為に別行動を取り、冬華はクリスと共に兵に連れられ司令室へと向かった。

 城内はとても静まり返っていた。そして、壁も床もボロボロだった。

 よほど、獣魔族の進攻は凄まじかったのだろう。

 不安を過ぎらせながら、冬華はクリス達の後に着いていく。

 兵の数も少なく、とても獣魔族と戦争をしていたとは思えぬ程、兵力は少なく感じる。

 司令室に着くと、クリスは、兵へと頼む。


「すまないが、医療を心得る者は居るか? 私も、冬華も手ひどくやられてな……ヒーラーとまでは言わないが、痛み止めや止血剤、包帯などがあると助かる」


 クリスの言葉に、兵は小さく頭を下げ、


「すみません。ヒーラーも医療の心得のある者も、今は……」

「そうか……」

「ですが、薬剤や包帯程度でしたら、用意できますが?」

「なら、頼む」


 クリスがそう言うと、兵は深く頭を下げ、司令室を後にした。

 よろめき、床へと座り込んだ冬華は、腹部を押さえ、苦しそうに息を吐いた。

 やはり、何度も殴られた腹部の痛みは甚大だった。

 心配そうに冬華を見据えるクリスは、深く頭を下げる。


「すみませんでした。冬華」

「えっ? な、何?」

「冬華を一人でシオの下に行かせてしまって……」


 堅く拳を握り締め、クリスはそう呟いた。

 そんなクリスに、冬華は苦笑すると、右手を軽く上下に振る。


「いいよ。気にしなくても。結局……私は、シオを救えなかった……」

「しかし、それは――」

「いいの。結果は結果として受け止めなきゃ」


 冬華のその言葉に、クリスは眉を顰めた。

 兵が薬剤と包帯を持って戻ってくると、冬華とクリスは自らの傷の手当てをする。

 と、言っても、二人共目立った外傷はない為、包帯は殆ど使用しなかった。

 ただ、冬華は痛み止めを幾つか飲んでいた。外傷は無いとは言え、腹部を何度も殴られた為、骨にはなんらかの異常があるかもしれないほど、痛んでいたのだ。

 傷の手当てをある程度終わらせた後、兵の話を聞いた。


「ゼノア様は……第二次英雄戦争の行われている際、この国を守る為に、獣魔族との国境付近の町へと兵を引き連れて、出てゆかれました」

「第二次英雄戦争の最中? 一体、何があった? 何故、獣魔族が攻め込んできたんだ?」


 クリスが不思議そうにそう尋ねると、兵は渋い表情を浮かべ、頭を左右に振った。


「分かりません。ただ、何者かから獣魔族が攻めて来ると、密告がありまして……それで、ゼノア様は、貴族に呼びかけ、兵を集め、防衛に向かったのです」

「でも、何故、ゼノア様は、そんな得体の知れない者の密告を信じたんだ? 怪しすぎるだろ?」

「はい……。確かに、怪しかったのですが……英雄戦争で兵が集められているこの時を狙って、獣魔族が進攻してくる。そう書かれていたそうで……」


 兵の言葉に、冬華は首を傾げ、


「信じたんじゃなくて、疑っていたからそうしたんじゃないかな? 嘘にしろ、真実にしろ、防衛に向かって損する事なんてないし……」

「しかし、それでは、城の防衛が……」

「城を失っても、王であるゼノアさんが生きていれば、王国は何度でも建ち直せるでしょ?」

「確かに……そうですが……」


 冬華の言い分は分かるが、納得しきれないと、クリスはそう口にする。

 すると、兵は深く息を吐き出す。


「まぁ、何にせよ。ゼノア様は、防衛に行った切り、戻りませんでした。生死も分からず、我々はただ、この城に篭って獣魔族の進攻を耐えるしか出来ませんでした」


 兵は、唇を噛み、拳を震わせていた。

 いつ、落ちるかも分からぬ状態。救援など来る可能性も低い状況の中、よく耐え凌いだ。

 きっと、その恐怖は尋常ではなかったはずだ。それを考えると、彼らはよくやった方だと、クリスは目を細めた。

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