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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
228/300

第228話 ジェス

 兵と共に前進するアースは不意に足を止めた。

 その視界に一人の男の姿が目に入ったからだ。

 それは、姉の最愛の人で、アースが最も尊敬する人物。ジェスだ。

 別にジェスの姿を見ただけでは、アースも足を止めたりはしない。

 だが、今回アースが足を止めたのは、呼び止められた気がしたのだ。

 一瞬だが、間違いなく頭の中に姉の声が響いた。

 それは、幻聴だったのかもしれない。

 気のせいだったかもしれない。

 でも、その声に振り返り見たジェスの姿にアースは胸騒ぎを覚えたのだ。

 どうするべきか迷う。このまま、ジェスを信じ前進するべきなのか、自分の直感を信じ、ジェスの下に行くべきなのか。

 全てがスローモーションに映るほど、アースは一瞬の後に思考を張り巡らせる。

 そんなアースの思考を止めたのは、ディーマットだった。


「おい! しっかりしろ!」


 アースの右肩を掴み、揺らしながらディーマットはそう声を掛けたのだ。

 その声で、アースの思考回路は途切れ、考える事をやめた。

 そして、小さく頭を振った後に、ディーマットの顔を見据え、


「ああ。分かってる。行こう」


と、結局前進する事を選択した。

 後に、アースは後悔する事になる。

 自分のした選択に――。



 最前線を駆ける冬華は、怪訝そうな表情を浮かべる。

 後方の襲撃は明らかに、コチラの動きに対応したものだった。

 完全に攻め込む事がバレていた。いや、もしくはそれに備えて前々から準備していた。

 そんな風な感じだった。

 嫌な感じが拭えない冬華は、白い息を吐きながら馬を走らせる。

 その隣並ぶクリスは静かに告げる。


「冬華。気をつけてください」


 クリスはそう言い、その手に二本の剣を呼び出す。

 その瞬間に冬華は目を丸くする。

 クリスがその手にした剣の一本は、冬華が見たことの無い美しい朱色の片刃の剣だった。

 一体、何処で手に入れたのか、疑問を抱くと、クリスは静かに口にする。


「これは、焔狐えんこと言う剣らしいです。ゼバーリックに戻る途中で会った海賊女帝のパルに渡された剣です。火を司る剣らしいです」


 クリスがそう説明すると、冬華は首を傾げる。


「か、海賊が……くれたの?」

「くれたと言うよりも、貸し出しですね。元の持ち主に頼まれたらしいです。相応しい者に渡しておいて欲しいと」


 クリスはそう言い、左手に持った焔狐をチラリと見た。

 使う事など無いだろうと思っていたが、結局、クリスはこの焔狐を何度も使用していた。

 それは、とても扱いやすく、属性の変化もしやすい。まるで長く愛用していたような感覚だった。

 白い息を吐き白銀の髪を揺らすクリスは、不意に思い出す。


「そう言えば……ジェスも、パルから剣を受け取ってましたよ」

「えっ? ジェスも?」

「何でも……風を司る――ッ!」


 そこまで言って、クリスは手綱を引く。

 馬は悲鳴のように声をあげ、動きを止め、冬華も続いて馬を止める。

 後続もそれに並ぶ様に動きを止めた。

 冬華とクリスの前に佇むのは、一人の男。漆黒の鎧を纏い、一本の大剣を握るその男の姿に、クリスは息を呑む。


「こ、コイツは……」

「黒騎士? でも、あの剣って……」


 冬華はその剣に見覚えがあった。それは――


「聖剣……だよね」


 そう。男が手にした剣はまさしく聖剣だった。

 その剣は勇者であるレッドが持っていた剣のため、冬華はその漆黒の鎧をまとう男に眉間にシワを寄せる。

 クリスも同じ事を思ったのか、怪訝そうな表情を浮かべていた。

 そんな二人に対し、聖剣を静かに構える黒騎士はすぅーっと息を吸うと、雄々しい声を上げる。


「我が名はアルベルト! 勇ましい者! 勇者の称号を持つ者なり!」


 その言葉に、誰もが息を呑む。そして、ざわめく。


「あ、アルベルトって……」

「ゆ、勇者……まさか……」

「本物なのか!」


 口々に周囲の兵がそう言う中、冬華はわけが分からず、クリスを見た。

 驚愕し、瞳孔を広げるクリスは、奥歯を噛むと眉間にシワを寄せる。


「ふざけるな! 貴様が勇者だと!」


 馬から飛び降り、そう口にしたクリスは、二本の剣を構える。

 突然のクリスの行動に聊か驚く冬華は、同じように馬から降りると、クリスの背に尋ねた。


「な、何? どう言う事?」


 冬華の驚きの声に、奥歯を噛むクリスは、静かに答える。


「アルベルト……その名は、先代英雄の右腕だった男の名前です」

「えっ! そ、それじゃあ――」

「そんなはずありません! あったとしても、何故、彼が魔族の……」


 動揺を隠せないクリスに冬華も困惑していた。

 そもそも、英雄戦争の後、姿を消していた英雄のパーティーの一人が何故、この時期に姿を見せたのか、疑念だけが生まれた。



 前衛が足を止める中、中衛を指揮するアースも足を止める。

 やはり、先程のジェスの事が気がかりだった。

 同じく中衛を指揮する事になっているディーマットは、前衛が止まったのを目にし、表情を険しくする。


「アース! 前衛が足を止めたぞ! どうする」


 ディーマットはアースへと顔を向ける。

 すると、アースは小さく頷き、


「悪い。やっぱり、マスターの事が気がかりだ」

「待て! 指揮はどうするんだ!」

「ディーマットに任せる!」


 アースはそう言い、来た道を引き返す。

 そんなアースに、ディーマットは一瞬不満そうな表情を浮かべるが、すぐに正面を向き直り、馬の手綱を引き、同時に兵達に停止の合図を送る。

 直後だ。疾風が駆け、爆音が轟き、地面に深い斬り込みが入った。


「くっ……」


 吹き荒れる突風で、ディーマットの短い黒髪が揺れ、白銀のマントがはためく。

 舞い上がる土煙の中に、ディーマットは一つの影を捉える。猫背に長い黒髪で目を覆う一人の青年。

 尖った耳が揺れる黒髪の合間から見え、その手に持った剣が土煙の中に差し込む日差しでキラリと煌いた。



 ――後衛。

 兵達はそれを避けるように直進を進める。

 ジェスと獣魔族の青年の激しい戦い。誰も手を出す事の出来ない程、その戦いは苛烈なものだった。

 縦横無尽に滑空するのは獣魔族の青年が扱う変わった剣の刃だった。

 ブーメラン状の刃は操られた様に次々空中を飛び回り、ジェスへと襲い掛かる。

 しかし、ジェスはその縦横無尽に飛び交う刃をかわしながら、青年と互角に渡り合っていた。

 恐らく、ジェスとこの青年の実力はほぼ互角。あとは知略が勝敗を握る。

 その為、ジェスは刃をかわしながら、ただひたすら策を練っていた。

 不敵な笑みを浮かべ、刃を振るう獣魔族の青年は、奇抜な色をした髪を揺らす。


「どうしたんですか? 逃げてばかりではつまらないですよ?」


 丁寧にそう言う青年の言葉に、ジェスは寒気を感じる。

 体格的にとても力があると言うタイプではなさそうな獣魔族の青年。その体格にジェスは思う。


(コイツは……獣魔族でも、身体能力が低いタイプか……)


と。

 それを分かった上で、瞬時に飛び交うブーメラン状の刃の原理を理解する。


(少なからず魔力を持っていると言うわけか……でなきゃ、こうも自由に刃が空を飛ぶなんてありえねぇ……)


 答えを導き出したジェスは、更に策を考える。


(魔力を持っていると言っても、獣魔族。彼らは基本的に、魔力の量は僅か。ならば、長期戦に持ち込めば――)


 ジェスがそう考えた時、青年の口元に薄らと笑みが浮かび、


「長期戦に持ち込めばいい……そう考えたな」


 突如として口調が変わる。

 その瞬間にジェスの全身の毛が逆立ち、一瞬にして思考が停止する。

 それは、自分の認識が間違っていたと言う事を、理解したのだ。

 だが、それは遅かった。直後に、ジェスの体を襲う。

 ――激しい痛み。

 腹部へと目を向けると、そこには深々と剣が突き刺さっていた。


「ぐふっ……」


 血を噴出すジェス。

 何が起こったのかは理解出来ていない。

 何故なら、その剣を突き刺すのは――


「どうだい? 自分の手で刺される気分は?」


 ジェス、本人の右手だった。


(何が起こった……なんで、俺の手が……)


 そう思うジェスの意識が僅かに眩む。

 そんなジェスへと静かに歩みを進める獣魔族の青年は、静かに口にする。


「残念だったね。僕が刃を飛ばしていたのは、キミのその魔道義手に僕の魔力を付着させる為さ。微量の魔力でもね。キミの魔道義手程度なら簡単に操れるんだよ」


 冷めた眼差しを向ける青年の手に握られた柄へと、ブーメラン状の刃が次々に戻り、一本ののこぎり状の刃の剣へと変わる。


「僕と同等とでも思ってたかい? 残念だけど、魔道義手の時点で、キミは僕には勝てなかったんだよ」


 獣魔族の青年はそう囁くとその手に持ったのこぎり状の剣を振り下ろした。

 鮮血が迸り、ジェスの体は後方へと崩れるように倒れる。右肩から左脇腹へと抜けるように深い傷が刻まれ、倒れたジェスの体は二度、三度とバウンドした。


「マスター!」


 刹那に響いたアースの声。

 その声に、獣魔族の青年はその場を飛び退き、馬から飛び降りたアースを睨んだ。

 走っている馬から飛び降りたアースは、地面を激しく転げながらもすぐに体勢を整えると、ジェスの下へと駆け寄った。


「マスター! マスター!」


 鮮血に染まるジェスの体を抱き上げ、アースは何度も呼びかける。

 だが、ジェスは虚ろな眼差しをアースへと向け、咳き込み血を吐き出すだけだった。

 意識など殆ど無い。恐らく、もうアースの姿も見えていない。

 それでも、その声に反応するようにジェスは鋼色の右腕を挙げる。その手をアースは握り締める。

 しかし、すぐにその手から力は失われ、ジェスは――


「マスター…………」


 ――絶命した。

 アースは俯き瞼を閉じた。

 目が燃える様に熱くなり、涙が閉じているはずの瞼から溢れ出す。


「マスター……ねぇ。この程度の実力でマスターとは……笑わせるな」


 肩を揺らし笑う獣魔族の青年に、アースは静かに立ち上がる。


「何が……おかしい?」


 とても静かな声でアースは尋ねる。

 だが、答えは待たず、口を開く。


「お前に! マスターの何が分かるって言うんだ!」


 アースは叫び、腰にぶら下げていた四本の剣の内、布で包まれた二本の剣を抜く。

 淡い緑色の刃をした刀身の細い双剣。その名は――


「風の剣。嵐丸! 我が、マスターより預かった剣で、貴様を断罪する!」

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