表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
227/300

第227話 イリーナ城へ

 一週間が過ぎ、冬華の下には多くの兵が集まっていた。

 一瞬間前まで、数千だったその兵の数は、数万と十倍に膨れ上がっていた。

 一週間そこらで、どうして、ココまでの兵が集まったのか。

 それは――。


「まさか、英雄様が戻ってきているとは、思ってもいませんでした」


 と、爽やかに言うアースの働きのお陰だった。

 深い蒼い髪を揺らし、僅かに幼さが残っていたはずのアースの顔立ちは、冬華が消えていた一ヶ月近い時の間に、大分大人びてきていた。

 その為、冬華は一瞬彼がアースであると気付くのに時間が掛かった。

 そして、もう一人。


「全く……なんで私までお前達の手伝いをしなきゃいけないんだ?」


 と、愚痴を零すディーマット。

 短い黒髪を右手で掻くディーマットに、冬華は驚いた。

 あの時はなかった両腕が、今はあった。ジェスの魔導義手を入手する際に、ディーマットも自分の義手を作ってもらったのだ。

 ちゃんと人工の皮膚でコーティングされ、見た目は普通の腕をなんら変わらないディーマットの両腕に、冬華はこの世界の技術の高さを改めて理解した。


「それにしても……よく、こんなに兵を集められたな」


 腰に手を当てるクリスは、右肩をやや落とし、感嘆の声を上げる。

 正直、ここまで兵が集まるとは、クリスも思っていなかった。

 獣魔族との戦いに希望など見えない。だから、どれだけ兵に呼びかけても、集まるわけが無いと踏んでいたのだ。

 だから、クリスは驚きと同時に、感心もしていた。

 アース達がここまで兵を集められたのは、英雄が戻ってきたと言う噂のお陰だった。

 英雄がいるなら――。

 英雄ならば――。

 その想いから、皆進んで兵として集まったのだ。

 部屋へと、ジェスが姿を見せる。羽織っていたマントの中から失われていたはずの右腕を出し、動作を確認するように拳を握ったり開いたりを繰り返すジェスは、小さく頷く。


「これが、魔導義手か……。まるで、最初から自分の腕だったみたいな感覚だ……」


 皮膚のコーティングをしていない機械の様なその右腕を見据え、ジェスはそう呟いた。

 指の関節一本一本が滑らかに動き、肘周りの可動もスムーズだった。そして、何よりも義手の装着部分である右肩にすら違和感など無く回す事が出来た。

 魔導義手を装着して改めてジェスは気付かされる。ミラージュ王国と言う国が、どれ程の高い文明を持っているのか、と言う事を。

 驚き感動するジェスは、自分の鋼の右腕を見据え沈黙していた。

 そして、冬華とクリスも、そんなジェスをただ見据えていた。

 一方、ディーマットは不思議そうに頭の後ろで手を組み、口を開く。


「いいのか? むき出しのままで? 皮膚のコーティングをした方が目立たないぞ?」


 いつしか、ジェスもタメ口を聞ける程、ディーマットとジェスの間も親密なものとなっていた。

 そんなディーマットの言葉に対し、ジェスは鼻からゆっくりと息を吐く。


「いいんだ。これで。戒めだ」

「戒め?」


 不思議そうにディーマットがそう口にすると、ジェスは鋼の拳を握り、奥歯を噛む。


「ああ……ギルドに居た仲間を守れなかった。自分への戒めだ」

「でも、アレは……自分達にはどうしようもなかった事じゃ……」


 腰にぶら下げた四本の剣を揺らしながら、アースはそう声を荒げた。

 当然だ。あれはジェス達にはどうしようも出来ない事だった。

 それでも、ジェスは自分に何かしらの罰を与えなければ、戒めを与えなければ、死んでいった者達が報われない。そう思っていた。

 話は聞いていた為、冬華もジェス達にはどうしようもなかった事だと分かっている。

 でも、ジェスの気持ちも痛いほど良く分かった。何も出来なかった事が――、どうしようも無い事が――一番辛い。

 自分がその場に居たならば、罰も受けれただろう。心に刻む事が出来ただろう。

 だが、その場に居られなかった。彼らの最後をその目に焼き付ける事すら出来なかった。

 だからこそ、ジェスはそれを忘れない為に、戒めとしたのだ。


「まぁ、いいじゃないか。ジェスがそうしたいと言うなら」


 一歩前へと踏み出したクリスは、アースへとそう告げる。

 その言葉に、アースは不服そうだったが、小さく頷いた。


「はい……そうですね」


 拳を握り、アースは俯く。

 そんなアースを見据え、ジェスは穏やかに微笑した。



 その翌日。冬華達は出撃する。

 目標は南。現在、獣魔族による攻撃を受けているイリーナ王国の王都だった。

 出撃から一週間程が過ぎ、冬華達は、ようやくイリーナ城が見える位置までやってきていた。

 ここまで何も無い荒野だった。

 時折、屍が転がり、争いがあったと思われる跡が残されていた。

 だが、足を止めず進攻を続け、ようやく辿り着いた。

 馬に騎乗する冬華は、白い息を吐き出し、イリーナ城を見据える。


「アレが……イリーナ城?」


 冬華が思わずそう呟く。

 初めてこの世界に来た時に見たその姿と現在の姿とでは、大分違って見えた。

 この世界で難攻不落の鉄壁の城とまで言われたイリーナ城は、もう陥落寸前だった。

 どれ程の攻撃を防いできたのか、魔法石を練りこまれ作られた門は、細かな亀裂が生じていた。


「もう、いつ落ちてもおかしくないな……」


 黒馬に乗るジェスが、冬華の横に並び、そう呟いた。

 ジェスの目から見ても、やはりイリーナ城は落ちる寸前だった。


「どうしますか? 冬華」


 白馬に乗ったクリスも、冬華の横へと並ぶ。

 そんなクリスへと目を向けた冬華は、訝しげに尋ねる。


「何か策はあるの? 正面から行っても、身体能力じゃあ獣魔族が上でしょ? 寒さが苦手で動きが鈍るにしても、それでもまだ獣魔族に分があるんじゃない?」


 落ち着いた口調で冬華に、クリスは白い息を吐き、イリーナ城へと目を向ける。

 魔法石の練り込まれた門の前には幾千もの獣魔族が焚き火を囲んでいた。

 恐らく、長い時間を掛け、ゆっくりと城門の破壊を試みているのだろう。

 もちろん、身体能力的な面で見ても、こちらが圧倒的に不利だが、この寒さと、長時間の遠征で食料は恐らく底を尽きかけている。

 その事を考慮した結果、精神的な部分でも、大分獣魔族は疲弊していると、クリスは考えていた。


「状況を見る限りでは分かりませんが、恐らく、彼らは相当疲弊しているでしょう」

「そこを叩くわけか……」


 ジェスが腕を組み目を細める。

 確かに見た限り、大分、獣魔族は静まり返っていた。

 その事から見ても、疲弊しているのは確かだろう。

 しかし、もう一つ、冬華は疑問があった。


「ねぇ……あの隊て……誰が指揮してるの?」


 白い息が冬華の口から漏れ、その眉間にシワが寄る。

 冬華の言葉に、クリスとジェスはハッとし、双眼鏡を片手に、二人は周囲を見回す。

 二人の突然の行動に、冬華は眉を顰めた。

 一方、クリスとジェスは僅かに焦っていた。


(何処だ……)

(何処に居る!)


 二人はそう念じながら、周囲を見回す。

 だが、そこに、その部隊を指揮する者の姿は無い。

 そして――唐突に訪れる。


「うわあああっ!」


 後方での爆音と共に響く兵達の叫び声。


「クッ! 罠か!」


 ジェスは黒馬の手綱を引き、反転すると、冬華とクリスへ告げる。


「後方は俺が引き受ける。お前達は軍を率いて、突っ込め!」

「分かった。任せるぞ!」


 クリスはそう言い、声を上げる。


「突撃!」


 と。

 爆音で、後方の部隊にはその声は聞こえないだろうが、前衛に居た兵達は「おおおっ」と声をあげ、皆、駆け出す。

 イリーナ城の正面に居る獣魔族へと。

 そして、ジェスはその兵の波に逆らい、後方へと一直線に馬を走らせた。

 直後だった。

 雪原が破裂し、黒馬が肢体が大きく仰け反る。兵達も数人中へと舞い、鮮血が激しく散る。


「くっ!」


 表情を歪めるジェスは手綱から手を離すと、そのまま黒馬から飛び降り、雪原へと着地する。


「歩を緩めるな! お前達は英雄、冬華に続いて、進攻しろ! ここは俺が引き受ける!」


 片膝を着くジェスは、そう声をあげ、腰の剣を抜いた。

 白い息を吐くジェスの目の前には首を切断された黒馬が倒れこみ、その向こうには一人の青年が佇む。

 根元は黒く毛先は白い奇妙な髪の色をした青年は、前髪で右目を覆っていた。赤い瞳と頭に生えた獣耳から、彼が獣魔族であると理解し、ジェスは深々と息を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ