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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
222/300

第222話 戻る気はないか?

 元の世界に戻り、一週間が過ぎた。

 黒金陣の言う通り、冬華は留学に行っていた事になっており、両親も、学園の友達も、何も変わらず迎えてくれた。

 流石に何も聞かされていなかったと言う事もあり、両親は帰ると怒った。それでも、優しく抱き締めてくれた。

 その温もりに、冬華は戻ってきたのだと改めて実感した。

 友人達も、「おかえり」と明るく迎え、今までと変わらない態度だった。

 だからだろう。すぐに冬華は学校生活に馴染む事が出来た。

 しかし、何故か、戻ってきたのに冬華は何かが足りない気がしていた。

 と、言うよりも、時折友人達の話に「黒兎」と言う名前が出てくる。

 クラスメートだったのか、まるで友人達はその名前の人物と冬華が親しい関係だったような口振りで話してくる。その為、冬華もただそれに合わせ相槌を打っていた。

 一体、黒兎と言うのが誰なのか、自分にとって一体どんな存在だったのか、冬華にはさっぱり分からない。

 けど、その名前はずっと頭に引っかかっていた。

 その為、冬華は休日、貰った名刺の住所に来ていた。

 黒金陣なら、自分の頭に引っかかっているモノの理由を知っているんじゃないか、そう冬華は考えたのだ。

 古びたビルの三階だった。本当にそこに事務所を構えているのか、と思う程ボロい扉の前に佇む冬華は、思わず手に持った名刺の住所を確認する。


「やっぱり……ここだよね……」


 冬華がそう呟くと、何処かに出かけていたのか、廊下の向こうから買い物袋を片手に持った黒金陣が、棒つきのキャンディーを銜えやってきた。


「おう。ようやく、来たのか」


 まるで、冬華が来る事が分かっていたかのような口振りの陣に、冬華は不満げな表情を浮かべた。

 黒髪を揺らし、無精ひげを生やした陣はポケットから鍵を取り出し、ジャラジャラと鳴らしながらドアの鍵を開けた。


「まぁ、入れ。汚い所だがな」


 ドアを背中で開きながら、顎で冬華に入るように促す。

 怪訝そうな眼差しを向けながらも冬華は部屋へと入った。

 部屋は陣の言う通り、物が散乱していた。だが、ゴミが散らかっていると言うわけではない為、多少埃っぽいだけで異臭などはなかった。

 ハンカチで口と鼻を覆う冬華は眉間にシワを寄せる。買い物袋を本の山積みになったテーブルへと置いた陣は、無精ひげの生えた顎を右手で触り、


「んんーっ……悪いな。ちょっとヒゲ、剃ってくるわ。ソファーのモノ除けて座っておいてくれ」


 陣はそう言うと、洗面所へと消えていった。

 眉間にシワを寄せたままの冬華は、言われたとおりに黒いソファーの前へと移動し、上に乗った本や資料を丁寧に重ねソファーの横へと置いた。

 一体、この事務所で何をしているのか分からないが、半開きのドアの向こうに無数のパソコンがあるのがチラッと冬華の目に入った。

 本当に陣は何をしているのか分からず、冬華は首を傾げる。

 程なくして、ヒゲを剃り終えた陣が、冬華の向かいへと座り買ってきた水のボトルのキャップを開けた。


「待たせて悪かったな。ここに来たって事は、何か聞きたい事があるのだろ?」


 そう言い、陣は水を口へと運んだ。

 そんな陣のやや釣り目がちな眼差しが冬華を真っ直ぐに見据える。


「えっと……その……」


 迷う冬華は、それを口にすべきか考えた後に、思わず口にする。


「そ、そのゲームを作った方は今は? それに、もう一人の方は?」


 冬華の質問に対し、陣は静かにボトルのキャップを閉め、テーブルへと置いた。


「誠は……死んだ。自殺……したそうだ」

「えっ! な、何で……」


 驚き声を上げる冬華に、陣は深く息を吐く。


「アイツは、恐らく責任を感じたんだろう。自分の作ったゲームに、友人だった俺と雪奈の二人が取り込まれ、しかも、唯一帰還した俺は瀕死の重傷で、死に掛けていた。そんな光景を目の当たりにして……首を吊った。

 俺は……結局、誠を止める事も、雪奈を救い出すことも出来なかった……」


 悲しげな瞳で、陣はテーブルを見据えていた。

 まさかの答えだった。その為、冬華は何も言えず、ただただ陣を見ていた。

 重苦しい空気が漂う中、陣はもう一度深く息を吐く。


「それから、俺は色々と勉強して、アイツの残した資料を読み漁り、今もここで研究を続けているよ。雪奈を助け出す為にな」


 陣は強い眼差しを冬華へと向けた。

 その目に、冬華はドキンとする。それは、まるで尋ねられているようだった。お前も、そうだろ、と。

 だが、冬華は思い当たる節が無い。だから、視線を逸らした。

 冬華の反応に、陣は静かに口を開く。


「お前、記憶の欠落は無いか?」

「えっ? な、何でそれを……」


 冬華の答えに、陣は複雑そうに表情を歪め、右手で頭を抱えた。

 それから、下唇を軽く噛み、背もたれへと体を投げ出す。


「やはりか……。お前、あの世界で神の力と呼ばれる力を使用したな」

「え、えぇ……それが、一体……」


 戸惑う冬華に対し、陣は眉間にシワを寄せる。


「アレは、神の力なんかじゃない。アレはな、悪魔の力だ」

「あ、悪魔の力! で、でも、そんな……ちゃ、ちゃんと邪悪な力を払って……」

「違う! アレは、邪悪な力を払ったわけじゃない。アレは、邪悪な力を吸収していたんだ。だから、お前の記憶は失われていた。邪悪な力がお前の記憶を蝕んでいるんだ」


 陣は身を乗り出し、そう声を荒げた。

 陣の言葉に冬華はただ茫然自失だった。

 自分が神の力だと思っていた力が、実は悪魔の力だと言う事を知り、頭の中は混乱していた。

 今に思えば、そうだったのかもしれないと思う節はある。余りにも大きく、使うたびに酷くなる副作用がそれだった。

 おかしな点は多々あった。それでも、自分が英雄として召喚されたのだから、それが神の力だと信じ込んでいたのだ。

 呆然とする冬華に、陣は右手で頭を抱えたまま、


「まぁ、お前がこのタイミングで戻ってこれたのは、幸いだったかもしれん。一緒に異世界に飛ばされた奴に感謝するんだな」

「えっ? ど、どうして……」

「お前は忘れているのかもしれないが、恐らく、ソイツはお前にとってとても大切な人だ。そして、ソイツはお前の記憶が欠落している事も、お前が使う力がどんなものなのかも知っていたのだろうな。だからこそ、自分ではなく、お前を帰還させる事を最優先にしたんだろう」


 陣はあくまで自分の考えだ、とつけたしたが、冬華にその言葉は届いていなかった。

 自分を助けてくれたあの魔族の少年が、自分にとってとても大切な存在だったのだと思うと、何故か胸の奥が苦しくなる。

 確かに、彼を知っている気がする。なのに、思い出せない事が悔しくて、冬華は唇を噛み締めた。


「悔しいか? でもな、忘れられている本人はもっと辛いぞ。今のお前の悔しさよりも、何十倍もの痛みを感じる」

「そ、それって……陣さんも、同じ経験をしたって事……ですか?」

「ああ。雪奈は、幼馴染だった俺の事を忘れていた。それが、力を使用した代償だった。ただ……記憶は戻る。強い思いの篭った記憶はそう易々とは消えない。恐らく、何かキッカケがあれば、お前の記憶も戻るだろう」


 陣はそう優しく言い、脱力した。

 だが、すぐに真剣な表情を冬華へと向けると、押し殺した声で尋ねる。


「それで、ここからが本題だが……戻る気は無いか?」


 それは、衝撃的な言葉だった。

 ようやく、戻ってこれたのに、また、ゲートに戻る気はないのか、そう言われ、冬華は戸惑う。

 そんな冬華の目を真っ直ぐに見据える陣は、申し訳なさそうに俯く。


「俺はもう……あの世界では死人だ。だから、戻る事は出来ない。だが、お前は違う。正式な帰還方法で戻ってきた帰還者だ。また、向こうに行く事は可能だ」

「ま、待ってください! ど、どうして、また……そ、それに、向こうで死人って……」

「ああ……。俺は、向こうで死んだ。そして、帰還した。向こうで死ぬと、コッチに戻ってくるんだ」

「そ、それじゃあ、向こうで死ねば、簡単に戻ってこれたって――」


 冬華がそう言いかけた時、陣は静かに口を挟む。


「言っただろ。俺は、瀕死の重傷で死に掛けて戻ったって。俺はただ運がよかっただけで、向こうで死んで戻って来て、生きていられるかは分からない」


 その言葉に冬華は言葉を呑んだ。


「だから、正式な方法で帰還する方がいい」

「そ、そうなんですか……」

「ああ。それで、戻る気はない……のか?」


 陣は話を戻した。

 その言葉にやはり冬華の表情は暗い。正直、戻りたくは無い。折角戻ってきたのに、どうしてまた戻らなくてはいけないのか、そう冬華は考えていた。

 だが、陣はそんな冬華に、告げる。


「確かに、酷な事を言っているのは分かる。でも、キミが頼りだ。それに、キミだって、記憶を取り戻したいのだろ?」

「そ、それは……」


 答えに戸惑う。

 失った記憶が無くても、今の所、生活に影響は無い。だから、その記憶の人物が、本当に自分にとって大切な人なのか、分からなかった。

 確かに時々、胸の奥が苦しくなる。でも、それだけだ。あとは何も変わらない。だからこそ、分からなかったのだ。


「まぁ、無理にとは言わない。けど、戻るなら、早い方が良い」

「えっ? ど、どうしてですか?」


 不安げに冬華が尋ねると、


「ここと、向こうでは時間の流れが違う。ここでの一日は向こうでは三日~四日程の時間が経過している事になるからな」


と、陣は告げ、目を細めた。

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