第214話 ギルド連盟と非加盟連合
操舵室に冬華以外の主要メンバーが集められていた。
集めたのは他でもない、アオとジェスの二人。
今後についての話をする為だった。
部屋に集まったのは、アオ・ジェスを含め、五人。
地図を広げた机の前に座るのは、この船の所有者でギルドマスターのジェス。彼は、短髪の真紅の髪を右手で掻き、目を細めた。
とても、操舵室には重苦しい空気が漂っていた。
その原因となっているのは、部屋の隅に胡坐を掻き頬杖を突くライだ。
不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、嫌悪感を全面に出していた。
相変わらず、アオとの仲は解消されておらず、それが原因だった。
白銀の髪を頭の後ろで留めるクリスは、そんな二人の様子に呆れた様に吐息を漏らすと、右手で頭を抱える。
「何だ? こんな空気の中、一体、何の話があるっていうんだ?」
重い空気に、クリスは不快そうな表情を浮かべる。
苦笑するアオは、困ったように眉を曲げた。そして、小さく肩を竦める。
「今後についての話だ」
「なら、何故、冬華は呼ばないんだ?」
腕を組んだまま、冷ややかな眼差しを向けるクリスの問いに、アオは静かに答える。
「呼べると思うか? あの状態の冬華を?」
「だが、今後の話をするなら、呼ぶべきだ」
眉間にシワを寄せ、そう言うクリスに、俯くジェスが低く静かな声で告げる。
「呼んでどうする? 今から、お前が中心となる戦争が行われるって、伝えればいいのか?」
「なっ! ど、どう言う事だ!」
ジェスの言葉に、クリスは机を叩き声を荒げる。
そんなクリスにアオは苦笑し、両手を胸の前で前後へと動かす。
「まぁまぁ、落ち着け。コレは、あくまで可能性の――」
「アオ。こう言う事はハッキリと言うべきだ」
言葉を濁そうとするアオに対し、机に肘を置き顔の前で手を組むジェスが深刻そうな声で忠告する。
すると、静かに佇んでいたティオが、オレンジブラウンの髪を右手で掻き揚げ、そのまま首の後ろを掻きながら、
「それは、確実と言う事ですか?」
と、眉間へとシワを寄せる。
この辺りの海域に入ってからやけに多くの軍艦を目にしていた。だからこそ、ティオは容易にその答えを導き出す事が出来た。
もちろん、クリスもライもその答えをすでに出していたのだろう。その表情は険しい。
だが、それを考えない様にしていた。
静かに顔を上げるジェスは、チラリとアオを横目で見据えると、深く息を吐き出す。
「ああ。確実だ」
「ふざけんな! これ以上、冬華にどうしろって言うんだ!」
部屋の隅に座り込んでいたライが声をあげ、静かに立ち上がった。
そんなライへと、アオとジェスが顔を向ける。
すると、ライは右手を腰にあて、ジト目を二人に向けた。
「冬華の状況、分かってるのか?」
「お前こそ、今の状況を分かってんのか?」
ジェスの発言に、ライは眉間にシワを寄せた。
「何だと?」
「もう、避ける事が出来ねぇー場所まで来てんだ」
ジェスがライへと怒鳴る。
そう。もう避ける事が出来る状況ではなかった。
そもそも、アオ達は冬華をルーガスへと連れて行かなければならない理由があった。
だから、何があろうとも、ルーガスへ向かわなければならない。
たとえ、英雄戦争が起ころうとも。
奥歯を噛み締めるクリスは、もう一度机を叩く。
「まさか、冬華を誘い込む為の罠だったんじゃないだろうな!」
クリスがそう声を上げると、アオは小さく首を振った。
「いや、それは無い。彼に限ってそんな事をするわけが無い。と、言うより、彼が俺達を罠にかける理由が無い」
アオがそう力強く言い放つと、真っ直ぐな眼差しでクリスを見据える。
嘘、偽りなど無い真っ直ぐな眼差しに、クリスは唇を噛み締め「くっ」と声を漏らす。
「なら、どうして、こんな状況に……」
俯き、クリスが呟くと、ティオが右手を口元へとあて、唸り声を上げる。
「確かに……不思議ですね。まるで、誰かがこうなるように画策しているとしか……」
「どちらせよ。十五年前の英雄戦争並みの戦力が、ルーガスには集まっているだろう」
ジェスが渋い声でそう言うと、アオは右手で頭を抱える。
「それから……この戦いに、ギルド連盟に所属している俺とライ、レオナ。そして、龍魔族とのハーフであるティオは参加出来ない」
と、アオは唐突に口にした。
その言葉にジェスは瞼を閉じ、クリスは顔をしかめた。
そして、ライは――。
「ふざけんな! どう言う事だ!」
と、アオの方へと足を進め、
「俺達が、ルーガスへ行こうって言い出したんだろ! 何で、こんな所で――」
「今回のこの作戦は、ギルド連盟非加盟連合が中心となっている。だから、俺達は手を出せない」
怒りの納まらないライへと、アオは静かにそう述べた。
ギルドは大きく二つある。ギルド連盟に加入しているか、していないか。
そして、ギルド連盟と対なる様に、非加盟の大型ギルドが集まって作られた組織が、非加盟連合だった。
今回のルーガス襲撃を企てたのは、その非加盟連合だった。彼らが、各国、各ギルド様々な所に呼びかけ、英雄冬華の名を使い、ここまでの軍を動かしたのだ。
アオがその事を知ったのは先日の事だった。イエロからその様な通信が届いた。これは、偶然ではなく、明らかに仕組まれた事だった。
イエロが体力を消耗し動けなくなる事も、アオ達がルーガスへ向かう事も、知った上で仕組んだ巧妙な策略だった。
一体、彼らが何処で情報を得たのかは定かではないが、イエロ曰く、「何かきな臭いのですよ」との事だった。
「とりあえず、今回の件は、ジェスに一任しようと思う」
「待てよ! じゃあ、俺達は――」
「何も出来ない」
ライが胸倉を掴むと同時に、アオは静かにそう答えた。
奥歯を噛み締めるライは、拳を震わせる。そんなライの気持ちを悟り、アオは何も言わず目を伏せた。
大型船の甲板には、アースとディーマットの二人が佇んでいた。
周囲を漂う軍艦を眺めていたのだ。
潮風に髪を揺らす二人は、手すりに身を預け目を凝らしていた。
「あの軍旗は、バレリアのか?」
瞳の奥に埋め込まれたレンズの様なものを激しく動かしながら、ディーマットはそう呟く。体の半分以上が改造されたサイボーグであるディーマットの右目は、望遠鏡の様にもなっていた。
その目で、軍艦の旗を見て、どの軍艦が何処の国のモノなのか、と言うのを調査していたのだ。
「バレリアの? でも、バレリアと言えば、先日あんな事があったばかり……なのに、どうして?」
訝しげに腕を組むアースがそう呟くと、ディーマットは静かに肩を竦める。
「さぁな。ただ、あんな軍艦をバレリアが所有していたのか、って疑問はあるな」
眉間にシワを寄せるディーマットの呟きに、アースは「そうだな……」と呟き俯いた。
そんな時だった。突然、甲板を激しい衝撃が襲い、船が大きく揺れた。
「な、何だ!」
思わず声を上げるアースは、ディーマットの体を支え、甲板の方へと顔を向けた。
すると、そこに一人の体格の良い男が片膝を着き座り込んでいた。
異様な空気を放つその存在に、アースは腰にぶら下げた剣へと手を伸ばし、ディーマットは眉間にシワを寄せる。
「誰だ! 貴様!」
アースが声を上げる。
だが、男は返答せず、ゆっくりと立ち上がると静かに周囲を見回す。
奇妙な甲冑をしたその男は、辺りを見回した後に呟く。
「英雄、冬華は何処だ?」
と。
その言葉にアースは腰の剣を抜き、
「一体、何の事を言っているのか分かりませんね!」
と、言い放ち床を蹴った。