第213話 十五年前との酷似
更に一週間ほどが過ぎ――
冬華達はすでに、ルーガス大陸唯一の入り口である南方の海域に近づきつつあった。
だが、そこでは、異変が起きていた。
ここに来るまでにすれ違った多くの軍艦が、そこには停泊していたのだ。
物々しい武装をした兵が甲板を往来し、軍艦の砲撃はルーガス大陸へと向けられる。
それは、もう戦争を起こそう、そう言う風に見て取れた。
この異変に、アオは何か嫌な予感がした。
そして、ジェスも同じ予感を感じ、操舵室にアオを呼びつけていた。
「どう思う?」
大型船を停止させたジェスは、地図の広げられた机の前に腕を組み座り、アオへと尋ねる。
ジェスの対面に腰を据えるアオは、右手で首の後ろを掻きながら深く息を吐く。
「ハァ……」
「どうした?」
「もしかすると……俺達は同じ事を繰り返しているのかもしれんな」
渋い表情を浮かべ、アオはそう呟いた。
同じ事、と言うのが何を指しているのか、ジェスはすぐに理解し、眉間にシワを寄せる。
「十五年前の事か?」
十五年前の事……。それは、英雄戦争の事だった。
そこにいたるまでの経緯は大きく異なるが、状況はあの時と酷似していた。
英雄が存在し、各大陸の部隊がルーガスへと集結。まさに英雄戦争そのものだった。
更に似ている所は、西の大陸バレリアでの出来事と、東の大陸クレリンスでの出来事もだ。
アオがイエロからの情報で、クレリンスで今現在起きている事件は、十五年前の英雄戦争の直前にも起きた現象だった。
あの当時、八会団の代表である天鎧が中立を守り我々は兵は送らないと言った事を無視し、二名の八会団メンバーが、ルーガスへと部隊を送った。
それが問題となり、今も尚、八会団は魔族と人間の間に深い亀裂があるのだ。
だが、今回はそんな生易しいモノでは無く、強制的に参加を命じられ、軍を送ることになったと言う。
それは、今、クレリンスと言う大陸が以前に起きた魔族の襲撃により負った深手と、つい先日に起きた襲撃事件により、経済的な面で窮地に立たされているという事が原因だった。
当初、八会団を説得しようと、現リックバード代表を務める天童が働き掛けたが、結局、他の人間の土地の者には理解されず、魔族からはやはり人間は信用できぬと、言葉すら聞いてはもらえなかった。
そして、バレリアは、先に起きたレジスタンスによる首都襲撃事件だ。十五年前は、英雄戦争が起きる数ヶ月前に、奴隷解放事件があった。
魔族の少年と数人の者達による革命的出来事だった。だが、それにより、多くの者が命を落とした。
有能な者から、そうでない者まで。
あの時の事と、今回の首都襲撃の事を照らし合わせると、やはり同じく多くの者が命を落とした。首都襲撃前にコーガイが死に、六傑会の魔族代表グレイは処刑され、レジスタンスを裏で操り画策していたケイスは死んだ。
そして、他の主要メンバーは皆、幽閉されている。
十五年前ほどはマシなのかもしれないが、それでも、色々と酷似していた。
「確かに、俺も何度か歴史書を読んだ事がある。だが、あの時とは状況が違うだろ?」
右手を軽く上下に振り、ジェスがそう言うと、アオは深く鼻から息を吐き、目を伏せた。
確かに状況は違う。
歴史書によれば、十五年前の英雄戦争は、英雄である少女が全てを終わらせる為、三人の魔族を倒す為に各国に呼びかけ、兵を集めた。
だが、今回、冬華は何もしていない。いや、むしろ何も出来ない状態だ。英雄戦争などありえない事だった。
「確かに、英雄の状況は違う。でもな、周囲を見てみろ。各国の軍艦に、兵士達。しかも、集まっているのはルーガス大陸唯一の上陸地に……だ」
「そりゃ……この時期になりゃ、誰だって――」
「そうだな。確かに、ルーガスへの上陸できる時期は限られている。当然、名声目的や偵察目的で上陸し攻め込む連中だっている。だが、この軍艦の数はその度を越えているだろ?」
ジェスの意見をぶった切る様にアオはそう述べた。
そのアオの言葉に、ジェスは何も言わない。それは、ジェスも本当はそう考えていたからだ。
だが、それを考えない様に、きっとたまたま、偶然――そう自分に言い聞かせていた。
「それに、他にも酷似している点があるんだ……」
深刻そうにアオはそう告げる。
それは、アオが最も恐れている事だった。
その言葉に、ジェスは眉間にシワを寄せ、真紅の髪を右手で掻く。
「まだあるのか? これ以上、何が十五年前と酷似してるって言うんだ?」
「異世界から来たと言う二人の人物だ」
アオの発言に、頭を掻くジェスの手が止まった。
ジェスの中で、異世界から来たのは冬華、一人だけだと言う認識があった。
だから、アオの発言には驚かざる得なかった。
「ま、ま、待て! 待て待て! じゃ、じゃあ何か? 冬華以外にも、異世界から来てる奴がいるって言うのか?」
「ああ」
驚き声を上げたジェスに、アオは冷静にそう答えた。
「実は、十五年前にも、英雄の他に消されたもう一人の異世界から来た者が居る」
「ちょ、ちょっと待て! 消されたってどう言う事だ? 俺は、色々と歴史書を読んで――」
「言っただろ? 消されたんだ。彼の事は歴史書には載っていない。何故なら、彼は歴史上には何も行っていない事になっている」
「な、何も行ってないって……な、何でそんな事に……」
ジェスが訝しげにそう尋ねると、アオはフッと短く息を吐くと、目を細めた。
「彼がやった事は、その当時、我々人間にとって都合の悪い事ばかりだった」
「だ、だから、消されたって言うのか?」
「ああ」
アオは小さく頷いた後に、真っ直ぐにジェスを見据える。
「お前は、バレリアに奴隷が居た事を知っていたか?」
「い、いや……」
「なら、北のフィンクにあるヴェルモット王国で、魔族を捕らえて人体実験をしていた事は?」
「そ、そんな事を……」
「東のクレリンスでは、中立を名乗っておきながら、多くの魔族が虐げられていた事を――。南のゼバーリックでは――」
「も、もういい! 分かった」
アオの言葉を遮るように、ジェスは怒鳴り、右手を向けた。
何が言いたいのか、理解した。その十五年前に現れたと言う歴史から消された少年とは、人間達が行ってきた残酷な真実を包み隠す為――隠ぺいする為に消されたと言う事を。
アオが語った出来事を、ジェスは殆ど知らない。ただ、噂程度には聞いた事はあった。ただ、あくまで噂で、事実を確認など出来なかった為、ジェスは信じていなかった。
まさか、こんな形で真実を知る事になるとは思わなかった。
「そ、そうか……」
「ああ。俺も、バレリアの奴隷だった。そして、奴隷解放事件で、その異世界から来た魔族の少年を見た。彼は確かに奴隷を解放した。だが、結果として殆どの奴隷はバルバスによって殺され、真実を知る者は殆ど居なかった」
「でも、何でお前はそんな事を知っているんだ? 歴史書に載っていない出来事なのだろ?」
アオがどうして歴史書に載っていない出来事に詳しいのか、ジェスは気になり尋ねた。
すると、アオは肩を竦める。
「身近にいるんだよ。歴史に詳しい歴女が。それに、アイツは――魔族だからな。人間達の間では語られていない魔族の間に語られる歴史を知っている」
「アイツ? ……もしかして、あの着ぐるみの?」
「ああ……。アイツも、俺と同じで、被害者だからな」
と、アオは悲しげな瞳で呟いた。