第21話 氷河石
「コレが、目的の鉱石?」
ベッドから体を起こし、冬華がスットンキョンな声を上げた。机の上に置かれたスイカ程の大きさ重さにして約三十キロ程の鉱石。形はそこら辺に転がっている岩と区別が付かない。それでも、それが特殊な鉱石なのだと言わんばかりに半透明の輝きを放ち、吸い込まれそうな美しさがあった。
暖炉の前で火をくべながらタオルで濡れた髪を拭くシオは、その身を震わせながら顔を横に向け視線だけを冬華の方へと向ける。
「あ、ああ。そ、そ、それが、氷河石だ」
青ざめた唇を震わせるシオに、冬華は「へぇー」と感心した様な声を上げると、その鉱物を見据える。氷の塊と言えばそう言う風に見え、僅かに冷気が漂って見えた。いや、実際、その鉱物は冷気を纏っていた。
氷河石。冷気を持つ氷の原石。鉱石の中でも最上級のクラスに入り、高い魔力を秘める鉱石。混合物の無い鉱石であれば、一キロあれば冷気の属性を持つ武器を数百は作れる程だ。ただし、それ程大きく混合物の無い鉱石などは今は少なく、シオが三十キロ程の塊を持ってきたのはそれが理由だった。
今ではコレ位の塊から一キロ採れればいい位だ。その為、恨めしそうにその塊を見据えるシオは、
「これだけ苦労させて、使えませんでしたなんてなしだかんなっ!」
肩を抱き身を震わせるシオの姿に、冬華は苦笑する。そんな冬華にジト目を向けるシオは、小さく吐息を漏らし、周囲を見回す。
「おい。あの幽霊はどうしたんだよ?」
「幽霊?」
『幽霊じゃないです!』
シオの言葉に冬華が首を傾げるとほぼ同時にそんな声を響かせ、天井をすり抜けセルフィーユが姿を見せた。ムスッと頬を膨らせ、ゆっくりと冬華の隣に降りると、ベーッと軽く舌を出しそっぽを向く。二人のやり取りに「相変わらずだね」と、冬華はまた苦笑した。
「失礼しますよ?」
と、フリードの声が戸の向こうから聞こえ、留め金を軋ませながらゆっくりと戸が開かれた。お盆にスープの入ったコップを乗せたフリードが部屋に軽く会釈し入ってくると、それをシオの方へと持っていく。
「シオ様。少しは物事を考えて行動してください」
「あ、ああ……全くだ……」
「はぁ……」
小さく吐息を吐き額を押さえるフリードが両肩を落とすと、シオは「にししっ」と笑い、そのコップを手に取った。まだ湯気ののぼるスープに軽く息を吹きかけ、ゆっくりとコップを口へと運ぶ。
「あちっ!」
「当たり前ですよ。温まる様にと、熱々にしておきました」
「……罰ゲームじゃなねぇんだぞ」
「何ですか?」
小声で呟いたシオの言葉に、そう返答し睨むフリードに、シオは「何でもねぇよ」とスープを口に運び、「アチッ!」と声を上げる。思わず笑う冬華に、セルフィーユとフリードもつられた様に笑い出す。
「うおい! な、何で笑うんだよ!」
「あはは、な、なんでも、ぷっ、あはははっ!」
「くっそーっ!」
「まぁまぁ、シオ様。落ち着いて飲んでください」
「覚えてろよ! フリード!」
シオは頬を膨らし暖炉に顔を向け、両手でコップを握り「ずずずーっ」と音をたてながらスープを啜った。
スープを飲み終え、ようやく体が温まったシオは、コップを氷河石の隣りに置く。そして、その大きな塊を右手でぱしぱしと叩きジト目を向ける。
「コイツ、本当に高価なもんなのか?」
「いや、どうなのかな? 私はそう言うの分かんないし?」
『魔力は僅かに感じますよ? でも、高価かどうかは……』
うーん、と腕を組み首を傾げるセルフィーユは浮遊しながらマジマジと氷河石を眺める。セルフィーユの目にはくっきりと見えていた。氷河石の中から漏れ出す魔力の波動が、冷気とは違う美しい白い煙を吹いているのが。
だが、それがセルフィーユには不思議だった。いつもなら、魔力を持つモノの周囲感じる魔力の波動が、中から漏れ出す様に見えたからだ。組んでいた左手を顎へを添えたセルフィーユは、天井へと足を着くと、「ふーん」と唸り声を上げ、また小首をかしげる。
そんな妙な行動を取るセルフィーユを見据える冬華とシオ。一方、セルフィーユの姿など見る事が出来ないフリードは、氷河石の横に置かれたコップを手に取ると、少し残念そうな笑みを見せ、
「それじゃあ、僕は夕飯の準備をしてまいります」
「おっ! それじゃあ、オイラも食材調達を!」
「いいんですか?」
「ああ。体も温まったからな。筋肉をほぐす為に軽く運動も悪くないだろ? それに、久しぶりにフリードとも勝負したいし」
ニシシッと笑みを浮かべるシオに、呆れた様に吐息を漏らした後に嬉しそうに笑みを浮かべ、
「いいですよ。では、久しぶりに勝負いたしましょう」
「おう! 今日こそ、オイラが勝つぞ!」
「何度やっても同じですよ? シオ様は動きが単調ですから」
そう言ってクスクス笑いながらフリードは部屋を後にし、シオは「お、オイラはバカじゃないぞ!」と叫びながらフリードの後を追って部屋を出て行った。シオが居なくなり部屋は静けさに包まれる。暖炉の火はやや弱まり、炭となった薪が僅かな音をたて崩れ落ちた。
ベッドに体を倒した冬華は、布団を胸まで被ると、天井に立つセルフィーユに不意に目を向けた。
「ねっ、何さっきから唸ってるの?」
『ふぇっ? あ、ああ。ちょっと……』
冬華の声に、驚き声を裏返しながらそう返答したセルフィーユは天井から足を離すと、体を回転させゆっくりとベッドへと腰を下ろす。
『実はですね。あの氷河石、おかしいんですよ!』
「おかしい? ま、まぁ、確かに冷気が漂っててちょっと不気味だけど……」
『違いますよ! 魔力の波動がおかしいんです。まるで、あの中に何かもっと別の魔力を秘めたモノがある様な、そんな波動なんですよ』
胸の前で両拳を強く握り締め力説するセルフィーユに、冬華は思わず上半身を起こし苦笑しながら胸の前で両手を広げ、「お、落ち着いて落ち着いて」とセルフィーユに言い聞かせた。でも、確かに冬華もその鉱石に対し、不思議な印象を感じていた。何処にどう違和感を感じたのか分からないが、直感がそう告げている気がした。
ベッドに座ったまま、ジッと氷河石を見据える。この世界に来てまだ一月程。薄らとだが、冬華にも魔力を感じる事が身についていた。と、言ってもセルフィーユの様にはっきりと視覚で捉えられると言うよりは、第六感で微かにピンと来るだけ。その為、それがどれだけの魔力を秘めていて、どれほど凄い物なのかと言うのは良く分からなかった。
腕を組み唸る冬華は、不意に何かを感じる。脳裏に響く甲高い音。その音に冬華は驚いた様に顔を音のした方へと顔を向ける。その視線の先は壁。
「あれ?」
壁を見据え、首を傾げる。確かに何かを感じた気がした為、今度はセルフィーユの方へと視線を向ける。だが、セルフィーユは気にした様子はなくジッと氷河石とにらみ合っていた。
その為、冬華は気のせいなのだと、安堵の息を吐き肩の力を抜いた。一瞬感じた凄い魔力。それは、感知能力がまだ乏しい冬華でもハッキリと分かる程の巨大な憎悪に塗れた力の波動だった。この小さな集落を覆う程の――。