第203話 雷火 vs 神速
南地区。
静まり返ったその場所に佇むアオとジェス。そして、ケイトの三人。
髪をケイトに掴まれたルピーの反応は無く、意識がない事をアオとジェスは理解する。
二人に睨まれるケイトはルピーの髪から手を離し、静かに振り返った。赤い瞳が真っ直ぐに二人を見据える。
穏やかな表情を向けるケイトに対し、アオとジェスは額から一筋の汗を零した。
穏やかな表情なのに、何処か威圧的で二人は自然と足を退いた。
二人の様子にケイトは薄らと口元に笑みを浮かべる。
「おやおや。どうして、あなたがここにいるんですかね」
穏やかにそう言い、大手を広げるケイトに、アオは全身に精神力を纏わせる。
レオナの全聖力により回復した精神力は、とても全快とは言えない。それでも、全力で戦わなければならないと、アオは直感していた。
緊張感の漂う中で、アオは静かにジェスへと呟く。
「お前は行け」
「はぁ? 急にどうした?」
アオの突然の言葉に、ジェスは訝しげな表情を浮かべる。
ジェスも直感的にこのケイトと言う男がどれ程危険な存在なのかは分かっていた。恐らく、二人掛かりで戦ってもキツイ程の実力があるだろう。
そんな相手に一人でやりあおうなんて、何を考えているんだ、とジェスは考えていた。
だが、アオはそれ以上に考えていた。今、ここにルピーが居る事とキースがいない事、そして、ケイトの余裕から、アオは思ったのだ。
“キースが負傷し、動けない状況にある”
と。
もちろん、それは、アオの単なる想像に過ぎない。キースがこの町にいるかどうかも、定かではない。
それでも、アオは全ての事を想定し、その答えを導き出したのだ。
僅かに呼吸を乱すアオは、訝しげな表情を浮かべるジェスへと怒鳴る。
「いいから、行け!」
アオの声に、驚くジェスは渋々と走り出す。
だが、ケイトは薄らと笑みを浮かべると、
「行かせると思いますか?」
と、赤い瞳を煌かせる。全身へとまとう精神力の輝きに、アオもすぐさま反応を示し、
「雷火!」
と、全身へと青雷を纏い駆ける。
「一速――」
アオが駆けるのと同時に、ケイトもそう口にし地を蹴った。
アオとケイトの姿が、ジェスの視界からほぼ同時に消え、
(き、消えた?)
と、驚き目を丸くする。
それでも、足を緩める事無く走り続けるジェスの前で、唐突に衝撃が走り、アオとケイトが姿を見せた。
「のおっ!」
驚き声を上げるジェスの目の前で、鍔迫り合いをするアオとケイトの二人。
衝撃が僅かな土煙をうみ、ジェスの足は自然と止まった。目の前に突然剣を持った二人がぶつかり合えば、止まって当然だった。
驚くジェスに、アオはケイトを弾き声を上げる。
「急げ。こいつは俺が何とかする」
「お、おぅ……」
驚きながらもそう答えたジェスは、そのままアオの横をすり抜け走り出した。
一方、弾かれたケイトは身を屈め勢いを殺すと、静かに顔をあげアオを見据える。
「それが、雷火ですか? 中々、興味深い技ですね」
微笑するケイトはそう呟き、剣を構える。腰をやや落とし低い姿勢をとるケイトに、アオも瞬時に身構えた。
すると、ケイトは静かに口を開く。
「さてさて、僕の動きに必死についてきてくださいね」
ケイトが地を蹴ると、僅かな土煙を残し姿を消す。その動きに対し、アオは全神経を研ぎ澄ませる。
瞳を左右に激しく動かし周囲を警戒するアオの目の前に、ケイトが姿を見せる。
「二速――」
「ッ!」
姿を見せたケイトに、アオは表情をしかめる。すでに剣を振り出す体勢で、間合いに入られていた。
だが、それでも、雷火を使用しているアオならば、かわせない速さではないが、アオはあえてかわさず迎え撃つ。
「雷鳴――」
「三速――」
「――剣!」
アオが剣を振り抜くと同時に、ケイトの姿が砂塵だけを残し消えた。
「なっ!」
アオの振り抜いた刃はケイトが残した砂塵だけを切り裂いた形となった。
刃が当たる直前、明らかにケイトの動きが加速した。それにより、刃はかわされたのだ。
(くそっ……まだ速度が上がるのか?)
そんな事を考えながらアオは更に周囲に注意を配る。
音も無くアオの背後へと姿を見せるケイトは、素早く剣を振るった。
金属音が響き、火花が散るとケイトは再び地を蹴る。
「四速――」
と、言う言葉を残して。
直感と雷による反射神経強化により、何とか今の一撃を防いだ。決して反応出来ない速さではないのだが、やはりその姿を目で追えないと言うのは不利だった。
アオの使う雷火の場合、閃光が閃き地面に焦げ跡が残る為、何処に移動したか分かるが、ケイトのは全く持って何処から来るのか分からなかった。
(今度は何処から来る?)
感覚を研ぎ澄ませるアオは体にまとう雷を更に強め、反応速度を上昇させる。次は防ぐだけでなく、一撃与えようと考えていた。
だが、ケイトはその考えを読んでいたかの様に離れた場所に姿を見せる。
「いやいや。さっきの一撃を防がれるとは思いませんでしたよ。四速まで行くと、大抵の相手は動きについてこれませんから」
感心したようにそう述べるケイトにアオは眉間にシワを寄せる。
違和感を感じていた。雷火によって引き上げられた身体能力はかなり高い。特にスピードは格段に上がっているが、それでも何故か不安が脳裏を過ぎる。
ケイトには何れ追いつかれ、決して追いつけなくなるんじゃないか、そう思えて仕方なかった。
そして、アオのその考えは正しい。
「さぁ、キミの雷。雷火と。僕の風。神速。どちらのスピードが上か、決着をつけようか?」
「神速?」
訝しげな表情をアオが浮かべると、ケイトは静かに答える。
「えぇ。僕の技、神速はあなたの雷火と違って少々不便でしてね」
「何の事だ?」
「一段一段ギアを上げていかないといけなくてですね」
「だからなんだと言うんだ?」
ケイトのもったいぶった話し方に、アオが不快そうにそう言う。
すると、ケイトは悠然と胸を張り天を仰ぐ。
「普段は、四速まであげた時点で全ての敵を倒せるので、久しぶりなんですよ。次の五速――神速状態に入るのは」
「だから、なんだって言うんだ!」
アオが地を蹴り閃光と共に地面を焦がす。
一瞬にしてケイトとの間合いを詰め、アオは剣を横に一振りした。
だが、刃は空を切り、アオの目の前を微量の砂塵が舞う。
(かわされた!)
驚き、アオは目を丸くする。
だが、次の瞬間その表情は苦悶に歪む。
「うぐっ!」
唐突に背後から切りつけられ、背中からは鮮血が迸る。背を仰け反られるアオの体が地面へと平伏し、溢れ出した血が衣服を赤く染める。
両手を地面に着いたアオは、奥歯を噛み締めたまま顔を上げると、表情をしかめた。
(な、何だ……今、全く反応出来なかった……)
驚きは大きい。
雷火を使用し反応速度は大幅に上がり、体を包む青雷により更に相手の攻撃に対して素早く反応できるようになっている状態にも関わらず、一撃を受けたのだ。驚くのも無理はなかった。
何が起こったのか、何をされたのかさえも理解できず、ゆっくりと体を起こすアオは、唇を噛み締める。
(これが、神速……。俺の雷火よりも速いって言うのか……)
疑念が不安へと変り、アオの呼吸は大きく乱れる。不安が焦りを生み、それはアオの精神を大きく揺らがす程のものへと変っていた。
雷火と言う圧倒的な武器を持っていただけに、それを上回るケイトの技の前に、アオの心は折れかかっていた。
それでも、アオが立ち上がったのは、信念を貫く為だった。
ジェスにアレだけの事を言ったのだ。そう易々と諦めるわけにはいかなかった。
それに、恐らくこのケイトのスピードについていけるのは、今の自分以外にはいないだろうと、考えていた。
(もっと……感度を上げろ! もっと反応速度を上げろ! もっともっと、精神力を燃やし、雷を強くしろ!)
背中の痛みに奥歯を噛み締めながら、アオは残り僅かの精神力を更に全身へと広げ、身にまとう青雷を更に濃く激しくする。
恐らく、残り数秒の戦いになるだろう。
全力で動けるのはほんの僅かな時間だろう。
そして、これが唯一自分に残されたケイトと戦う為の手段だろう。
そう考え、アオはその身を覆う雷を自らの体の中へと押し留める。皮膚が裂け、鮮血が迸る。
雷の強さに明らかにアオの体の方が悲鳴を上げていた。それでも、アオは痛みに屈する事無く、硬く拳を握り締め、雷を取り込む。
黒髪が逆立ち、青く輝き、額に浮かぶ青筋は今にもぶち切れそうな程に膨れ上がっていた。




