第201話 裏切りと内通者
青雷をまとうアオの鋭い一撃がジェスを襲う。
圧倒的なスピードと手数でアオはジェスを攻め立てる。
それでも、ジェスは何とかその速度についていき、致命傷は免れるように剣を受け止めていた。
怒りに任せ“雷火”を使用し、アオの体力、精神力は急速的に失われる。
その為、五分もすれば、アオの動きも次第に鈍くなり、攻撃速度も落ちていた。
その頃にはジェスも完全にアオの攻撃を受け止める事が出来た。
弱々しい金属音が響き、アオの黒髪からは大粒の汗が飛ぶ。
相当の疲労を抱えているのか、大きく開いた口から荒々しい呼吸音だけが響く。
疲労の色を隠せないアオに対し、眉間にシワを寄せるジェスは、逆立てた真紅の髪を左手でなで、ふっと息を吐いた。
脱力する様に肩の力を抜いたジェスは、剣を下すと真剣な表情を向け、尋ねる。
「もう気は済んだか?」
悲しげな瞳を向けるジェスに、奥歯を噛み締めるアオだが、ここで雷火の効果が切れる。
当然の如く襲い来る急激な疲労感に、アオの膝が震え、腰がガクリと落ちた。だが、すぐに両手を膝に着き、折れるのを堪える。
そんな満身創痍のアオの姿に、ジェスは目を伏せ、静かに息を吐く。
「俺はあんた達と争いたいわけじゃない」
「ふざけるな……お前の所為で……お前達の所為で、コーガイは――」
「落ち着いて! アオ!」
すでに体の力も入らず、今にも倒れてしまいそうなアオへと駆け寄り、レオナがそう声を上げた。
前のめりになり倒れそうになるアオを支え、その瞳を潤ませるレオナは、唇を噛み俯く。
「もっと冷静になりなさいよ! あんたが、こんな調子でどうするの?」
「分かってる……分かってるけど……」
目を伏せるアオが強く拳を握ると、その後ろでライが静かに口を開く。
「リーダー。俺はさっ、コーガイみたく、大人な対応は出来ねぇーし、コーガイみたくリーダーを叱咤する資格もねぇー。
けど、あんたは、リーダーなんだ。誰よりも冷静に考えて、仲間を導くのがリーダーの役目だろ? コーガイだって、あんただからこそ、命を賭して戦ったんじゃないか。
今のあんたじゃ、命を賭けたコーガイが可哀想だ」
いつに無く真剣なライの言葉に、アオは握っていた拳を開き、肩の力を抜いた。
分かっているのだ。自分がすべき事も、ジェスが悪くない事も。
それでも、誰かを責めずにはいられない。
誰かの所為にしないと、今にも心が壊れてしまいそうで、仕方なかったのだ。
深く息を吐き出すアオは、唇を噛み締める。
「悪かった……」
静かにそう呟いたアオへと、ジェスはゆっくりと頭を下げた。
「俺の方こそ、すまない。止められなくて……。だが、信じてくれ。俺はお前達の敵じゃない」
真剣な表情でジェスはそう口にした。
その言葉にアオは険しい表情を浮かべる。なら、何故、レジスタンスにいるんだ、そう言いたげなアオの眼差しに、ジェスは答える。
「俺は、ハーネスがこんな事の出来る奴じゃない事を知っている」
「けど、人は変るものよ?」
レオナがそう言い、悲しげな眼差しをジェスへと向けた。
小さく頷くジェスは、レオナの言葉を肯定しつつも、複雑そうに眉をひそめ、鼻から息を吐く。
「確かに、人は変る。けど、変りすぎだ。普通、変っても、人の芯にあるものって言うのは、そう簡単にかわるもんじゃねぇ。だが、今のハーネスはそれまで変っちまった。俺は、その原因を突き止めようと、レジスタンスに参加している」
「それで、見つかったのか? その原因って奴は?」
腰に手をあて、ライが怪訝そうに尋ねる。
すると、ジェスは瞼を閉じた後、静かに息を吐き出す。
それから、瞼を開き、アオ、レオナ、ライの順に目を向けると、チラリと後方を窺い小声で告げる。
「まだ、それが原因かは分からない。だが、一つ確かな事がある」
「確かな事?」
レオナの肩を借り何とか立つアオが、いつものアオらしい落ち着いた声でそう聞く。
ジェスは小さく一度頷いた。
「ああ。俺の調べた結果、この国にいるレジスタンスの内通者は――六傑会のケイトだ」
ジェスの答えにアオ達は驚愕する。だが、同時に、アオは納得する。
今までの出来すぎたレジスタンスの侵攻も、それなら辻褄があった。
アオ達がようやく答えに辿り着いた頃、南口ではキースがケイスの剣で負傷し、蹲っていた。
傷が深く、溢れ出した血が地面を赤く染める。
腹部を左手で押さえるキースは体を震わせ、立ち上がろうと力を込める。
だが、膝に力が入らず、キースは蹲ったまま奥歯を噛み締めていた。
そんなキースの後ろに佇むのは、赤毛と青毛が入り混じった髪を揺らす小柄な男、ケイトだった。
右手に持った剣の切っ先からは鮮血がシトシトと零れ落ち、その雫が地面へと落ち王冠型に弾け血痕を残す。
静寂が漂う中で、ケイトはゆっくりと蹲るキースへと歩み寄った。
「いやはや、ようやく、隙を見せたね」
「ぐっ……ガハッ! な、何故……」
奥歯を噛み締めたキースは咳き込み、吐血しながら、そう尋ねる。
すると、ケイトは静かに笑い、肩を竦めた。
「何故だと思いますか? 頭の良いあなたなら、その答えも分かるはずですよ」
「ふ、ふざけ……るな……」
苦痛に表情を歪めるキースが弱々しくそう呟くと、ハーネスが長い髪を揺らしながら歩み寄る。
「おい。他の連中はどうなっているんだ?」
ハーネスの問い掛けに、ケイトは顔をあげ笑みを浮かべる。
「えぇ。良い具合に分断できましたよ。あとは上手い具合に彼らが動いてくれれば、事は全て上手く行く」
「そうか……」
剣を鞘へと納め、腕を組むハーネスはその視線をゆっくりとキースへと向ける。
「コイツはどうする? トドメは刺さないのか?」
「ああ。そうだね。トドメはキミに任せるよ」
「そうか……」
ハーネスは鞘に納めた剣を再度抜き、キースを見下す。
「じゃあな。キース。永遠に眠れ」
ハーネスはそう言うと剣を蹲るキースへと突き出す。
だが、その直後、閃光が閃き、一本のナイフがケイトの頬を掠め、ハーネスへと向かう。
それに気付いたハーネスはキースへ突き下すはずだった剣を止め、その場を飛び退いた。ナイフはハーネスの前を通過し、地面へと落ち乾いた音が無情に響く。
薄らと笑みを浮かべるケイトは頬から流れる血を右手の甲で拭い、振り返る。
「まさか、生きていたのか……」
訝しげな表情を浮かべるハーネスが、そう呟くと、ケイトが肩を竦める。
「あなたの部隊にも裏切り者がいたって事ですよ。全く……こんな不測な事態にならぬ様に、あの場で始末しておくつもりだったんですけどね……ルピー」
ケイトの静かな声の先に、痛々しく包帯を巻かれたルピーが佇んでいた。
オレンジの髪は、初めから黒く染まり、赤い瞳には怒りが滲み出ていた。
「まさか、あんたが裏切っていたとは思ってもいなかったよ」
大きく肩を上下に揺らしながら、ルピーはそう口にした。
傷はまだ完治はしておらず、呼吸をする度に胸がズキリ、ズキリと痛んだ。
それでも、ルピーは腰にぶら下げたナイフを右手で抜き、強い眼差しをケイトとハーネスへと向ける。
しかし、ケイトはそんなルピーを呆れた様に鼻で笑う。
「その体で僕達二人を相手にする気かい? 今度は確実に……死ぬよ?」
殺気の篭ったおぞましい声に、ルピーの体が震えだす。
こんなにも恐怖を感じるのは、いつ以来だろう。思わずそんな事を考えてしまう程の恐怖をルピーは感じた。
感覚が研ぎ澄まされているからなのだろう。ルピーは感じていた。ケイトの恐ろしいまでの強大な力を。