第2話 世界を救う英雄
「キャァァァァァァッ」
闇の中に響く冬華の声。
だが、声は返って来ない。ゆっくりと瞼を開くと、そこに一筋の光が見えた。冬華の体はその光に吸い寄せられる様に、光の方へと落ちていく。
風が頬を撫で、もうすぐ出口なのだと分かった。鼻をくすぐる薬品の匂いと焦げ匂い。時折呪文の様なモノも聞こえた。その声は徐々に大きくなり、眩い光が視界を遮った。目を伏せると、お尻を地面に打ちつけ、「イタッ!」と声をあげた。すると、周囲がザワメク。
「ほ、本当に現れたぞ!」
「きゅ、救世主様だ!」
「しかし、女ではないか」
「本当に、救世主様なのか?」
次々に聞こえる歓喜の声と不安そうな声が入り混じる。何がなんだか分からず辺りを見回す。
間隔を開けて置かれたロウソクの明かりの向うに、人影が複数。皆、黒いローブを着ており目を凝らさなければよく見えない。
「あいたたッ……全くなんなのよ」
お尻を擦りながら立ち上がった冬華は、自分の足元に描かれた妙な模様に気付いた。冬華を中心にして描かれた円に、わけの分からない模様が描かれ、まるで魔法陣の様だ。
「何処よ、ここ……」
更に周囲を見回す。部屋は人が複数は入れるほど広く、立てられたロウソク以外他には何も見当たらない。ただ、魔法陣の周りに真っ黒な塊と、割れたガラス片が散ばっていた。ここで何が行われていたのか、全く検討がつかない冬華に、暗がりから一人の男が歩み寄る。
フードの奥に見える顔は冬華と同じ歳位の若い男だった。穏やかな表情をしているが、その眼差しが一瞬殺気だった。思わず身構える冬華に対し、若い男は被っていたフードを左手で外し、
「そう身構えないでください」
「そう言うなら、まずその袖口に隠した刃物を捨てなさいよ」
冬華の言葉に周囲がどよめき、若い男はローブの袖から右手を出す。その手に握られた短刀を床へと放り、
「流石です。あなたこそ、この世界を救う英雄様です」
若い男をジッと睨む。
「そう、睨まないで頂きたい。我々も、あなたが本当に英雄様なのか試したのです」
「……もし気付かなかったら、どうするつもりだったの?」
「それは、あなたの考えている通りです」
淡々とした口調でそう答えた若い男に、冬華は「最低ね」と呟いた。
そもそも、男が刃物を持っていると気付いたのは偶然だった。ほんの一瞬だけ見せた、男の殺気だった目。それが疑念を生み、背中に右手を隠そうとする男の行動に、確信を持った。
奥歯を噛み締める冬華は、僅かに後退り、更に警戒する様に周囲を見回す。
キョロキョロと辺りを見回す冬華に、若い男は跪く。
「な、何のつもり!」
「今までの無礼をお許しください。英雄様!」
突然とう言い頭を下げる男に、冬華は唖然とする。今まで張り詰めていた緊張感がプツンと途切れたかの様に次々と歓喜の声をあげる。
「本物の英雄様だ!」
「これで、世界は救われるぞ!」
「今すぐ国王に連絡するんじゃ!」
「今宵は宴じゃ!」
声を上げ部屋を飛び出していく人々。あまりの事に言葉を失う冬華。そして、最後には冬華と若い男だけが部屋に残された。
呆然と立ち尽くす冬華に「アハハ……」と、困った様に頬を掻く若い男。お互いの視線が交わり、冬華はジト目を向ける。
「何なのよ。一体? さっきまでの緊迫感は?」
「皆さん嬉しいんですよ。英雄様を召喚出来た事が――」
「……あのさ、さっきから、英雄英雄って言ってるけど、一体何の話なの? あと、ここは何処?」
落ち着いた所で、冬華はそう切り出した。その言葉に若い男はスッと立ち上がり、然も当たり前の様に答える。
「ここはイリーナ城です。ザビット国王の率いるゲート一堅い防壁を誇る城ですよ」
「ザビット国王?」
冬華が首を傾げると、若い男はニコッと笑みを浮かべ、
「英雄様は、この世界の事をまだご存知無いのでしたね。まず、この世界の事を、説明しますね。ここは、ゲート。五つの大陸からなる惑星です」
「ゲート? それが、この星の名前って事ね?」
「はい。そして、ここは五つの大陸の内、二番目に大きな大陸、ゼバーリック大陸です」
「ぜ、ゼバーリック大陸? 何だか言い難い大陸名……」
冬華の相槌に、若い男は「あははは……」と苦笑し、右手で頬を掻きながら、
「それじゃあ、説明を続けますね?」
「ご、ごめん。話を中断させて……」
「えーぇ。そのゼバーリック大陸の東側の険しい山脈地帯に城を構えるのが、我等が王、ザビット国王が納める国、イリーナ王国です」
誇らしげな彼の顔に、冬華はただただ苦笑した。
そんな冬華に、もう一度ニコッと笑みを浮かべた若い男は、小さく頭を下げると、部屋を出て行ってしまった。
一人部屋に残った冬華は、小さくため息を吐いた。
理解出来たのは、この星の名と今何処にいるかと言う事だけ。ザビット国王とはどう言う人で、何で自分が英雄と言われているのか、など、不透明な事ばかりだった。
少しだけ膨らんだ胸の前で腕を組んだ冬華は、もう一度小さくため息を落とすと、細目にしながら、目の前に浮かぶ一人の少女の顔を見据えた。