第199話 アオ 対 ジェス クリス 対 エリオ
息を乱し町を駆けるアオは、急ぎ北口へと向かっていた。
その後にライ、レオナと続くが、その表情は険しい。
いつものアオなら、二人もそんな表情をする事もないが、今回は不安が二人の脳裏を過ぎっていた。
何かよくない事が起きるような、そんな気がしてならない。
普段なら空間転移ですぐに現場に向かうはずなのに、アオはそこまで頭が働いていなかった。
それ程、アオは冷静ではいられなかったのだ。
その瞳に宿すのは激昂。コーガイの命を奪ったレジスタンスへ対する――コーガイの亡骸をさらし者にしたその振る舞いへの怒りだった。
故にレオナもライも不安だったのだ。
ようやく、三人の視界に北門が見えた。
そこにレジスタンスの主力である騎兵は存在しておらず、多くが歩兵。その内半数以上がガーディアンなのだろう。大きめの盾を体の前に構え、隊列を組んでいた。
その瞬間にアオは気付く。
(コイツら、陽動か!)
アオは踏み込んだ右足へと力を込め、上体を起こす。
自分が戦いたいのは陽動などと言う明らかな捨て駒ではなく、主力なのだと考え、すぐに主力がいるであろう南口の方へと顔を向ける。
だが、振り向くその一瞬、アオの視界に一人の男の姿が映りこんだ。
その為、アオはすぐさま体を戻すと、隊列を組むガーディアンの間へと瞳を動かす。
足元に激しい土煙を上げ立ち止まり動かないアオの姿に、あとから続いていたライとレオナも足を止める。
二人も、瞬時に彼らが陽動で、強奪するつもりも、町の人たちを襲う素振りもない事は理解した。
だから、すぐにアオは南口に向かうものだと思っていた。その為、アオは立ち止まったのだと。
だが、アオは怖い顔でガーディアンを見据えていた。
「ど、どうか……したの?」
恐る恐るレオナが尋ねる。
しかし、アオはその声に答えず、その瞳の動きを止めた。
鼻筋にシワを寄せるアオの瞳に、ハッキリとその男の姿は映る。
逆立った真紅の髪に、雄々しい整った顔立ちの男に、アオは怒声を轟かせた。
「何で……何でお前がそこにいるんだ!」
鳴り響くアオの怒鳴り声に、ライとレオナは耳を塞ぎ、訝しげな眼差しを向ける。
アオの声で大気が震え、ピリピリとした緊迫感が急速的に周囲を包み込んだ。
わけが分からず訝しげな目を向けるライとレオナの二人だが、その視線を背に受けるアオに異変が起きる。
黒髪が逆立ち、全身を青白い光りが包み込んだのだ。
「り、リーダー!」
「アオ!」
思わずライとレオナが声を上げるが、アオはもう止まらない。
「……雷火」
静かなアオの声と共に、その体は青雷へと包まれ、次の瞬間、雷鳴と共にアオの姿が二人の目の前から消える。
「くっ!」
「きゃっ!」
衝撃が二人の体を後方へと煽り、思わずそう声をあげた。
地面は黒焦げ、黒煙を噴かせていた。それが、一直線にレジスタンスの方へと伸びる。
アオが雷火で駆け抜けた跡だった。
一直線に伸びるその跡の先に青白く発光するアオの姿があった。
衝撃を受け、一列に並んだガーディアン達が盾もろとも、弾き飛ばされ、その中心でアオが一人のガーディアンと衝突していた。
その他大勢いる一般兵とは明らかに風格と動きの違うそのガーディアンに、アオは表情をしかめ奥歯を噛み締める。
だが、すぐに視線を上げると、そのガーディアンの後ろに佇む真紅の髪の男を睨み、声を上げる。
「ジェス! 何でだ! 何で、お前が、レジスタンスの味方をしてるんだ!」
ジェスに気を取られるアオを、攻撃を受け止めていたガーディアンが盾で弾き飛ばした。
僅かに鈍い音が響き、弾かれたアオの鼻から血が迸る。
「うぐっ……」
左手の甲で鼻を押さえるアオは、右目を閉じ真っ直ぐに二人を見据える。
やはり、このガーディアンだけは他とは違う。そうアオは確信し、静かに剣を構えなおした。
アオと二人の視線が交錯する。
そんな中、ジェスは静かにガーディアンの肩を掴むと、ゆっくりと前へと踏み出す。
「下がってろ」
「しかし……」
「いい。俺がキッチリ話をつける」
ジェスの言葉に、ガーディアンは小さく頷き指示通り後方へと下がった。
中央に対峙するアオとジェス。
静けさが場を支配し、二人の合間を風が抜ける。
「どう言う事だ。説明しろ。何故、お前がレジスタンスにいる」
「レジスタンスのリーダーは、俺の昔の仲間だ」
「それで、手を貸しているって言うのか?」
ジェスの答えに、アオは僅かに表情を険しくし、そう尋ねる。
すると、ジェスは小さく頷いた。
「ああ。そうだ」
その答えにアオはギリッと奥歯を噛み締める。
「コーガイの事は……残念だ――」
「残念……だと? お前が加担しているレジスタンスのメンバーが殺したんだろうが!」
ジェスの言葉を引き金に、アオが叫び地を蹴った。
雷火の効果により、一瞬にしてジェスの視界からアオの姿は消える。
そして、次の瞬間、地面を焦がしアオがジェスの背後へと回り込んだ。
「ジェス!」
ガーディアンが叫び、ジェスは素早くその剣を抜刀する。
「疾風!」
「雷斬!」
二人はほぼ同時に踏み込み剣を振り抜く。
ジェスの疾風の如き高速の一太刀と、アオの稲妻の如き鋭い一太刀が激しくぶつかり合った。
二つの刃が交錯し、激しい衝撃が広がる。
二人を中心に広がる衝撃により地面が砕け、土煙が舞い上がった。
両者共に相譲らず鍔迫り合いをし、互いの顔を睨み合う。
「人の話を最後まで聞け!」
交錯する刃を挟み、アオの目を真っ直ぐに見据えジェスがそう言う。
だが、アオは額に青筋を浮かべると、声を張る。
「お前と話す事などない!」
声と共に、アオはジェスの体を弾いた。
雷火により、力も増幅されているのか、ジェスの体は軽々と後方へと吹き飛んだ。
確りと足を踏み締めていた為、ジェスの足元の土は抉れ線が二本刻まれていた。
その頃、冬華はクリスと共に、西へと向かっていた。
「ねぇ、それって……」
冬華は、クリスの持つ布に包まれた一本の剣を見つめながら、そう尋ねる。
それは、王宮の物置にしまわれていた剣で、ケイトがクリスに与えた武器だった。
何でも、クリスが持つべき剣との事で、冬華はその言葉の意味が分からなかったのだ。
疑念を抱いた眼差しを向ける冬華に、クリスは布を取り、美しい漆黒の鞘に納まった剣をその手に握った。
「これは……代々紅蓮流剣術道場に受け継がれてきた剣です。私も、手に取るのは初めてですが、修行中に何度も目にしてきたので、分かるんです」
「そっか……。じゃあ、それって……」
「はい。エリオの父――私の師範が継承していた剣です」
クリスはそう告げ、僅かに表情を曇らせた。
今の自分にこの剣を使う資格があるのか、そう考えたのだ。
そんな会話をしていると、西門が二人の視界に入った。もうすぐ、西門に辿り着く。
そして、そこで――。
「やめろ! エリオ!」
西門に着くなり、クリスが叫ぶ。
そこにいたのは、長刀を血に染め、多くの人の亡骸の上に佇む小柄な少年――エリオだった。
その手を――その服を――返り血で真っ赤に染め、長めの黒髪をゆらりと揺らす。
冷ややかで感情など無い顔を、クリスへと向け、エリオは不適に笑う。
「生きてたんですか? クリスさん」
「くっ……」
「エリオ。どうして、こんな事……」
クリスの隣りに佇む冬華は思わずそう口にした。
冬華は目の前の光景を信じられずにいた。何故、あのエリオはこんな残忍な事を――。
そう思う冬華に、エリオは俯くと両肩を小刻みに震わせ笑う。
「ふふっ……ふふふっ……どうして? 決まってるじゃないですか? 復讐ですよ。父を殺した王国軍への」
エリオは背筋も凍るような眼差しを冬華へと向けた。
その目は闇に染まり、憎しみに囚われていた。何がエリオをそうさせたのか、分からず冬華は唇を噛み締める。
そんな冬華の肩に、クリスは右手を置くと、静かに告げる。
「冬華。ここは、私が……」
「けど……」
「お願いします」
冬華へとクリスは深く頭を下げた。
そんな事をされては、冬華も何も言えず致し方なく了承した。
「分かった。けど、無理はしないで」
「はい。分かってます」
クリスはそう言うと、ゆっくりと前へと出た。
クリスの行動に、エリオは小さく頭を振る。
「クリスさん。僕は……もう、あなたを越えた。今更、何をしても無駄ですよ」
あざ笑いそう言うエリオに、クリスは胸の前で剣を握り締める。
「自分をあまり過信するなよ」
「過信なんてしてませんよ」
エリオが肩を竦める。
すると、クリスは深く息を吐き出し――
「私は、お前を止める。お前の父が受け継いだこの剣を使って」
と、胸の前で横に握った剣を、静かに鞘から抜いた。