第195話 ―傷心―
あの襲撃から一週間が過ぎ、冬華達はバレリア大陸の首都フェルゼルに居た。
元々バレリア大陸の王都であったが、王制をやめた事により改めて名前が付けられたのだ。
冬華達が首都フェルゼルに辿り着いたのは、あの襲撃から五日も後の事だった。アオの空間転移の力で、砦いる者達を近くの海岸へと転送し、そこから徒歩ここまで。
皆、疲弊し衰弱していた。助かったのは女子供が多く、次に老人負傷者が多かった。男女差別をしたわけではない。あの町の男達が懇願したのだ。
「妻を先に――」
「子供を先に――」
と。恐らく、彼らは分かっていたのかもしれない。全ての人が助かるわけではないと。
だからこそ、未来ある子供達を。最愛の人を。救ってほしいと、願ったのだ。
それでも、助かったのはその中から数百人。数万も居た中からたったの数百人しか助け切れなかった。
全ての者を助けたいと、アオは奮起したが、それでも精神力が持たなかった。空間転移はただでさえ消耗の激しい術で、行き来するだけでも大量の精神力を使う。
その上、大勢の人を一気に移動されるとなれば、更に精神力は削られ、結局数百人を移動させてアオは倒れた。
それから、アオが目を覚ましたのは三日後で、それ以来、ずっとボンヤリと空を見据えていた。
「そうですか……僕らが帰ってすぐにそんな事が……」
腕を組むケイトが静かにそう述べ、赤毛と青毛の交じった髪を右手で触れる。
そう、あの襲撃が起こったのは、ロズヴェル、レベッカ、ケイトの三人が帰ったその日に起きたのだ。
まるでそのタイミングを狙っていた様に。
訝しげな表情を浮かべるケイトは、右手で右耳を触ると、目の前に佇むライを見据える。
アオがあんな調子の為、ライが一応報告をしていた。コーガイもいない為、仕方ない事だった。
爽やかに茶髪を揺らすライは、手すりに身を預け空を見上げる。
「とりあえず、俺らは何も出来なかった。悪い」
ライはそう言い、ゆっくりと頭を下げた。
もちろん、ライ達に非があるわけじゃないとケイトも分かっている為、困った様に笑い右手で頭を掻く。
気にしないでください、とは言えない。多くの人の命が失われたのだから、そんな事を言えるわけがない。
だから、ケイトはただ困った表情を笑い続けた。
微妙な空気が二人の間に流れ、沈黙だけが続く。
冬華は、広々とした一室のベッドで横になっていた。
まだ本調子ではない冬華は右腕をゆっくりと持ち上げ、その手をギュッと握り締める。
拳を握ると若干腕に痛みが走り、冬華の表情は歪む。
結局、冬華は何も出来なかった。多くの人の命が奪われる中、自分は安全な所へと避難させられて……。
本来なら、英雄である冬華自身が前線で戦わなければいけないはずなのに。
そんな事を考えながら、静かに右腕を目の上へと置いた。
悔しくて、不甲斐なくて、涙が溢れる。唇を噛み締める冬華は静かに涙を流し続けた。
夜風に長い金色の髪を揺らすレオナは、右手で髪を掻き揚げふっと息を吐いた。
冷たい空気に触れ、レオナの吐息は真っ白に染まる。
僅かに欠けた月を見上げ、レオナは物思いにふける。
本当に今回の決断は正しかったのか、そう考えていた。
もちろん、アオの判断は最善だったと思う。思うが、やはり何処かであの町の皆を助けたい――助けたかった、と言う思いがそうさせたのだ。
今までだって沢山の人の命が奪われる場面に遭遇してきた。そのたびに、自分達は本当に正しい決断が出来たのか、判断が出来たのか、そう考えさせられる。
特に今回は――仲間であるコーガイの死に直面し、その思いは大きなものへとなっていた。
もの悲しげな表情を浮かべるレオナは、胸の前で手を組み静かに祈りを捧げる。
閉じられたその瞼からは薄らと涙が滲んでいた。
冬華とは別の部屋に、クリスは居た。
まだ痛々しく包帯の巻かれたクリスは、窓際の椅子に腰掛け、町を眺めていた。
首都と言うだけあり、町は美しく輝きを放つように明かりが灯っていた。
その輝きに虚ろな眼差しを向けるクリスは、静かに息を吐いた。
体は大分回復している。折れていた骨も治りかけているが、まだ激しく動く事は出来ない。
その為、あの戦いに参加する事は出来なかった。
参加しても足を引っ張るだけだ、と言うのがアオの結論だった。
確かに怪我人があの場に出て行って何が出来るだろう。武器ももう全て失い戦う術などクリスには残されていなかった。
包帯の巻かれた自らの右手を見据えるクリスは、目を伏せ唇を噛み締める。
「何が……紅蓮の剣だ……」
そう呟き、クリスは右手を握り締める。
痛みで震えているのか、それとも悔しさで震えているのか分からないが、クリスの右拳は小刻みに震えていた。
アオは一人ボンヤリと空を見上げていた。
冷たい夜風を受け、アオの黒髪が揺れる。
アオは後悔していた。コーガイを助けられなかった事を、多くの人を助けられなかった事を。
アオが悪いわけじゃないが、それでも、自分を責めずにはいられなかった。
何故、こんな事になったのか、どうして。
考えても答えなどは出ない。考えても考えても、答えなど出るわけが無い。
それが、苛立ちに変り、アオは握り締めた拳を壁へと突き立てた。
「クソッ!」
思わずそんな声を発する。
そんな時、背後で小さな物音が聞こえ、アオは素早く振り返った。
「誰だ!」
苛立ちから鋭い眼差しを向け怒鳴るアオの声に、物陰に居たルーイットは肩をビクッと跳ね上げ恐る恐る姿を見せる。
紺色の髪を揺らし、獣耳をパタリと閉じたルーイットの姿にアオは目を細めた。
「ルーイット……」
「ご、ごめん。盗み見るつもりじゃなくて……そ、その、姿が見えたから……」
胸の前で両手の人差し指を合わせるルーイットは、その視線を右往左往と動かしていた。
戸惑いが見て取れ、アオは複雑そうに息を吐く。
「俺に何か用でもあるのか?」
少々厳しい口調でアオはそう尋ねる。
アオもそんな厳しく尋ねる気はなかった。ただ、焦りと自らの怒りへがついついルーイットへと向いてしまったのだ。
怯えるルーイットの姿でその事に気付いたアオは、複雑そうに右手で頭を掻き静かに息を吐いた。
「悪い……ちょっとイライラしていたんだ……」
「ううん。別に……大丈夫……」
ルーイットは俯きながらそう答える。アオの気持ちが痛いほど良く分かる。
ルーイットもシャルルが死んだと聞かされた時の事を思い出していた。自分の無力さを痛感させられ、失ったものの大きさを改めて実感する。
そんな気持ちだからこそ、アオは苛立っていたのだ。
「あのさ……大丈夫?」
「あぁ……。大丈夫……と、は言えないな」
アオは腰に手をあてそう答え、俯いた。
その瞳が悲しげに光を反射し、雫が落ちそうになるのを瞼と包み込んだ。
閉じた瞼の裏に、様々な事を思い出す。元々、コーガイは無口で殆ど会話などした事がない。
それでも、心は通っていた。お互い、同じように信頼し、同じような志を持っていた。
アオよりも先に連盟に加入していたコーガイは元々、イエロの下で働いていた。無口で文句を言わず、言われた事をやるような性格だったためか、イエロの仕事も難なくこなしていた。
何処かの城でガーディアンをしていたが、それをイエロがスカウトしたのだと、出会った当初に語っていた。
何処まで本当なのか、アオには分からないが、仲間内で過去を詮索しないと決めた為、アオは何も聞かなかった。
程なくして、コーガイが最強と言われていたガーディアンだったとアオは知った。それは、任務で様々な場所に行き、多くのギルドを見てきたからだ。
その中には、コーガイを知っている者もいれば、恐れる者も居た。それだけ、名が知れ渡っていた。
そんなコーガイをアオは恐らく最も信頼していた。もちろん、ライやレオナの事も信頼しているが、それとはまた違う。
コーガイに任せていれば、大丈夫。コーガイが後方にいれば、安心して自分は前線で戦える。
それだけに、コーガイの死はアオにとってショックの大きい事だった。




