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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第194話 お飾りの隊長

 冷たい風により、土煙が舞う。

 激しい戦闘が繰り広げられたのか、街道を挟む家々は半壊し、瓦礫が山積みになっていた。

 その瓦礫の上にコーガイの姿はあった。

 光沢良く美しかった漆黒の鎧は砕け、兜は失われあらわとなった短いグリーンの髪は額から溢れる血で赤く染まっていた。

 そんなコーガイの前に、一人の女が佇んでいた。黄緑のガントレットを血で赤く染め、真っ赤な長い髪をなびかせる女は、鋭い眼差しをコーガイへと向ける。

 その目の奥に見える赤黒い瞳にコーガイは寒気を感じた。

 人とは思えぬ異様なものを感じ取ったのだ。


「ゲホッ……ガハッ……」


 吐血するコーガイの胸と口から血が溢れ出す。

 砕かれた鎧の奥には深い傷が刻まれ、そこから血が溢れ出したのだ。

 モウロウとするコーガイはその女を真っ直ぐに見据える。


「ふん……」


 女は鼻を鳴らすと、血の着いた剣を振るい血を払い、コーガイへと歩み寄る。


「流石に強いな。連盟の犬のパーティーに所属しているだけはある」


 女がそう言い、コーガイの顔を冷めた眼差しで見据える。

 そして、血を拭った剣をゆっくりと構えた。


「まさか、一人で私の軍を――」


 女はそう呟き周囲を見回し、


「全滅させるとはな」


と、渋い表情で呟く。

 辺りには攻め込んできたレジスタンスの兵達の遺体が散乱していた。

 騎兵から歩兵、魔導部隊まで全ての兵をコーガイ一人で全滅させたのだ。

 だが、最後に現れたこの女に、コーガイは完膚なきまでにやられた。

 疲弊していたと言うのもあるが、この女にコーガイの攻撃は全て受け止められた。そして、破られた。ガーディアンの最強の盾を。


「しかし、まだ意識があるとは……片腕を失い、胸を貫かれても死なないとは、不死身か?」


 訝しげに女はそう言うと、目を細めた。

 女の言う通り、コーガイの左腕は肩口からもげ、失われていた。

 傷口からは大量の血がとめどなく溢れ、コーガイの横たわる瓦礫は血に染まっていた。

 この女の初撃を盾で受け止めた際に、盾を破壊され、同時に左腕も持っていかれたのだ。

 その一撃で全てが決まってしまった。完全にコーガイの判断ミスだった。

 いや、ミスはそこではない。コーガイの最大のミスは――一人、この場来てしまった事だった。

 アオがいれば、こんな事にはならなかっただろう。ライがいれば――レオナがいれば――。きっと、コーガイは今こんな状態にはならなかっただろう。

 しかし、コーガイは後悔などしていない。それを言い訳にするつもりは無い。

 自分は正しい選択をした、コーガイはそう思う。

 何故なら、ここでアオやライ、レオナと共に戦えば、勝てるかもしれないが、今よりももっと多くの犠牲者が出る。もしかしたら、アオやライ、レオナの命が失われてしまっていたかもしれない。

 そう考えた結果、今の状況が最善だと、コーガイは思ったのだ。

 後悔などしていないからこそ、コーガイは口元に笑みを浮かべる。


「死を間近にして、気でも狂ったか?」


 不快そうに女はそう口にした。彼女の言葉に、コーガイはもう殆ど見えてはいないその目を、真っ直ぐに向ける。

 だが、その鋭い力のある眼差しを女は鼻で笑うと、剣をコーガイの胸へと突き立てた。止めの一撃だった。

 切っ先は心臓と貫き、コーガイの口から大量の血が溢れる。

 そして――コーガイは絶命した。


「ふん……」


 女は鼻で笑うと、右足でコーガイの体を踏みつけ、突き立てた剣を抜いた。それから、剣を振り血を払うと、それを鞘へと収めた。

 と、その時だった。


「ハーネス! どう言う事だ!」


 壊れた外壁の向こうから一人の兵を引き連れ、馬に跨りやってきた男がそう声を上げる。

 真紅の髪を揺らし落ち着きのある若い男は、すぐに馬から飛び降り、ハーネスと呼んだ女の方へと足を進めた。

 そんな男の声に振り返ったハーネスは、冷めた眼差しを向け口を開く。


「ジェスか……。何故、お前がここにいるんだ?」


 冷ややかな口調でハーネスがそう言うと、ジェスと呼ばれた男は、彼女の胸倉を掴む。


「どう言う事だ、と聞いてるんだ! 何で、こんな事になっているんだ!」


 ジェスは腕を振るい、周囲の惨劇に声を荒げる。

 失われた兵達の命。何の罪も無い町の人々の命。そして、ハーネスの足に踏みつけられたコーガイの――。

 下唇を噛み締めるジェスは瞼を伏せると、ハーネスを睨む。


「何故、こんな事をしたんだ! 俺は、何の許可もしてねぇぞ!」


 ジェスの言葉に、ハーネスは肩を竦めた。


「おかしな事を言うな。この軍は元々、私の軍だ。何故、貴様の許可が必要なんだ?」


 当然のハーネスの主張に、ジェスは額に青筋を浮かべる。


「ふざけるな! 多くの兵が死に、何の罪も無い人々の命が失われたんだぞ!」

「何の罪も無い? 違うな。コイツらはバルバス様が死んだのにのうのうと何も変わらず暮らしている。それが、この者達の罪だ。それに、兵を殺したのは私ではない。この男だ」


 すでに息のないコーガイを踏み締め、ハーネスはそう言い放つ。

 奥歯を噛み締めるジェスは、怒りを抑えていた。何を言っても無駄なのか、何故、こんなにも変ってしまったのか、そんな事をジェスは考えていた。

 だが、そんな折、最悪のタイミングで、彼らは現れた。


「な、何だ! この惨状は……」


 驚きの声を上げたのは、この砦の管理者であるグライデンだった。

 町の人々の避難と、他の地区への連絡等、やるべき事を全て終わらせての出撃だった為、ここまで遅くなってしまったのだ。

 基本、この砦には戦闘能力の高い兵はいない。その為、グライデンは人々の避難を優先したのだ。


「くっ! 何で……」


 息を呑み、そう言葉を吐き出したのはルピーだった。

 腰にぶら下げたナイフの柄を強く握り締め、無残に切り裂かれた町の人達の遺体に、表情を曇らせる。

 この軍に配属されたのは不本意だったが、この町の人たちは好きだった。魔族と手を取り合おうと、試行錯誤を繰り返し、ようやく、魔族と人間の溝を埋められる、そんな状態だったのに。

 何故、こんな事に……。

 悔しげなルピーの肩に、グライデンは右手を置き、一歩前へと踏み出した。

 いつものルピーなら、気安く触るな、とでも即座に言うが、今回は違う。

 グライデンのいつに無く真剣な、怒りを滲ませたその顔に、そんな言葉は呑み込んだのだ。


「反逆者ハーネス! よくも、罪も無き人を――」


 グライデンがそう口にし、剣を抜こうとしたその時だった。

 ハーネスの鋭い眼差しがその場に居た者達の動きを僅かに止めた。


「罪は、今ものうのうと生きている事だ」


 静寂の中に、ハーネスの言葉が響き、グライデンが引き連れてきた兵達は、恐怖に呑まれた。一瞬の出来事だった。

 誰もが手にしていた武器を落とし、恐怖に体を震わせる。


「くっ! 貴様!」

「口に気をつけろ。グライデン。お前、いつから私にそんな口を聞けるようになったんだ?」


 グライデンの言葉に、ハーネスはそう言い静かに剣を抜いた。

 殺気がジリジリとグライデンの体を縛る。


「ふざけんな! この――」


 最初に動いたのは、ルピーだ。

 跳躍し、ナイフを抜く。そして、落下する勢いのままハーネスへとその刃を振り下ろす。

 激しい金属音が響き、火花が散る。ルピーの一撃をハーネスは剣で受け止めていた。


「くっ!」


 ハーネスに弾かれ、ルピーは地面を転げた。流石にバランスが悪かった。

 僅かに舞い上がった土煙の中、体勢を整えたルピーは顔を上げる。

 だが、その瞬間、目の前に飛び込んだのは迫り来るハーネスの姿だった。


「止めろ!」


 ジェスが声を上げるが、ハーネスは止まらない。


「くっ!」


 息を呑むルピーはすぐに身構え、攻撃に備える。

 そんなルピーにハーネスは僅かに口元を緩めた。


「残撃!」


 ハーネスの下段に構えた剣が輝き、その切っ先が地面を抉る。

 そして、それが切り上げられる瞬間、ルピーの体が右へと弾かれた。


「ぐっ!」

「チッ」


 ルピーが声を漏らすと同時に、ハーネスの舌打ちが聞こえた。

 それに遅れ、金属の砕ける音が響き、「うぐっ!」とグライデンの呻き声が響く。

 弾かれたルピーは横転し、壁へと激突し、その壁は僅かに崩れた。

 何が起こったのか分からないルピーは、ゆっくりと立ち上がり、グライデンの方に顔を向け怒鳴る。


「邪魔してんじゃ……」


 そこで、ルピーは言葉を呑んだ。

 ルピーの視界に飛び込む。ハーネスの前に崩れ落ちたグライデンの体。頑丈な鋼鉄の鎧がただの一撃で砕け散り、胸から左肩にかけて深い傷が刻まれていた。

 出血は酷く、呼吸が出来ないのかグライデンの口から何度も血が溢れ出す。


「む、むの……」


 無能、そう言い掛けルピーは言葉を呑む。目に浮かぶ涙で、視界が霞む。

 唇を噛み締め、ナイフの柄を握る手に力を込めるルピーの目を、グライデンは真っ直ぐに見据える。

 だが、もう彼は言葉を話す事は出来ない。すでにその瞳から光は失われていた。


「ぐ、グライデンさま!」


 兵の一人が声を上げる。だが、その瞬間、ルピーが叫ぶ。


「お前らは、退け! ここは……私が……」


 怒りにルピーのオレンジの髪が黒く染まる。その瞳が血のように赤く染まる。頬を伝う涙が、鼻筋に刻まれるシワが、彼女の怒りの大きさを物語っていた。

 ルピーの放つ異様な威圧感に、ハーネスは不思議そうな表情を浮かべる。


「貴様は、確かキースの部下だろ? このお飾りの隊長を殺されて涙を流すとは、実に不思議だな」


 すでに息のないグライデンの頭を踏み締めるハーネスへと、ルピーは声を発する。


「その……足を退けろ!」

「ふっ……退けて欲しいのなら、力づくでやってみたらどうだ?」


 ハーネスの安い挑発だったが、冷静さなどとうに無くしたルピーは力強く地を蹴ると、ハーネスへと突っ込んだ。

 しかし、そんなルピーの前へとジェスと共にこの場に駆けつけた兵士が飛び出す。顔まで覆うタイプの兜を被ったその兵士は、その手に持った大きな盾でルピーの体を跳ね飛ばした。


「ぐっ!」


 大きく弾かれたルピーだったが、すぐに体勢を整える。


「邪魔を――」

「疾風!」


 ルピーの声を遮るジェスの声と共に、その刃は抜かれる。

 深く踏み込むジェスの高速の太刀が、ルピーの体を切りつけ鮮血を散らせた。

 瞬く一瞬の出来事だった。

 ルピーの黒く変色した髪はオレンジへと戻り、その体は仰向けに倒れ込み動かなくなった。

 一撃で息の根を止めたのだ。


「る、ルピー副隊長……」


 兵達は、何が起きたのか分からず、困惑していた。だが、すぐにルピーの言葉を思い出し走り出す。

 逃げなければ殺される、そう思ったのだ。

 もちろん、ハーネスは逃がすつもりは無く、逃げた兵を追おうとした。だが、それをジェスが制止した。


「寄せ。もう、この砦は陥落した。隊長と副隊長を討ったんだ。これ以上、無駄に血を流す事はないだろ」

「……ふん。相変わらずだな。だが、まぁいい。どうせ、逃げ場は無い」


 ジェスの言葉に、ハーネスはそう呟いた。そして、その目は先ほどルピーを弾いた兵へと向け、訝しげな表情を浮かべた。

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