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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第192話 ルーイットとルピー

 冬華が目を覚ましたのは、アレから二日後の事だった。

 目を覚ました冬華の第一声は、「お腹空いた」だった。

 当然だろう。五日以上も何も食べてないのだから。

 それから、冬華に少しずつ食事を与えていった。

 体に負荷がかからない様に配慮したのだ。

 数時間おきに少量ずつの食事を終え、体力も程ほどに戻った冬華はベッドに座ったままボンヤリとしていた。

 また、皆の足を引っ張ってしまった。

 また、大勢の人に迷惑を掛けてしまった。

 そう思い冬華は凹んでいた。

 それから、ふと思う。

 ルーイットは大丈夫だろうか、クリスは無事だろうか、と。

 不安に思う冬華は立ち上がろうとするが、全身に激痛が走り動く事は出来なかった。



 砦の別部屋ではクリスが目を覚ます。

 ベッドの上でクリスはボンヤリと天井を見上げていた。

 体には包帯が巻かれ、腕には一本の管が繋がれていた。

 治療を行ったと言え、その骨はまだ完全に治っておらず、動く事が出来なかった。

 そんな病室に来客者が現れる。


「目が覚めたんだって」


 ノックする事無くドアが開かれ、そう言いながら部屋に入ってきたのはアオだった。

 黒髪を右手で掻き毟り、深刻そうな表情で部屋へと訪れたアオに対し、クリスの反応は薄い。

 彼女自信、相当の傷を負っていた。

 体にではない。心にだ。

 その為、アオの声にも反応が薄かったのだ。

 ボンヤリとするクリスへと歩み寄ったアオは、ベッドの横の椅子に腰を下ろすと静かに尋ねる。


「大丈夫なのか?」

「…………あぁ」


 アオの言葉に少々間を空け、クリスは答える。

 その目は相変わらず天井を見上げ、表情すら変えないクリスに、アオは深く息を吐く。

 大丈夫ではないとハッキリと分かる状態だった。

 眉をひそめるアオは、目を細めると俯き右手で頭を抱える。


「大丈夫じゃなさそうだな」

「…………あぁ」


 先ほどと同じ返答に、どうやら戦力にはならないと、判断したアオは、椅子から立ち上がると腰に手をあて深く息を吐いた。

 そして、落胆したように肩を落とし、アオは右手でもう一度頭を掻くと目を細める。


「まぁ……なんだ。冬華も目を覚ましている。動けるなら会いに行けよ。心配していたからな」


 アオの言葉に、クリスはゆっくりと瞬きをし、視線を逸らす。


「そうか……わかった……」


 クリスは静かにそう答えた。

 その声には明らかに気持ちが篭っていない。

 恐らく会いに行く気は無いのだろうと、アオは悟る。

 顔を会わせ辛いのだろう。

 それでも、アオは穏やかな口調で、


「さっきも言ったが、冬華が心配していたぞ。顔を会せ辛いかもしれないが、安心させるためにも一度香を出しておけよ」


と、言い背を向け部屋を後にした。

 アオが出て行き静まり返った一室で、クリスはシーツを強く握り締め唇を噛み締める。


(どんな顔をして会えと言うんだ……。私は、また冬華を……)


 俯き肩を震わせるクリスは、ただ一人声を殺し泣いた。



 部屋を出たアオは、ドアの前で佇んでいた。

 すすり泣く声がドアの向こうから聞こえ、アオは瞼を閉じ俯く。

 そして、深く息を吐くと天井を見上げた。

 どうする事も出来ないこの歯がゆさに、アオは「くっ」と声を漏らす。

 それから、アオは懐から小型の通信用オーブを取り出し、静かに伝える。


「連盟の犬。アオだ。イエロ。やはり、状況は最悪な方向へと進んでいる」


 アオがオーブへとそう語ると、オーブが薄らと輝きイエロの声が僅かに響く。


『そうなのですか……。アオアオには厳しい戦いになるのですよ』

「あぁ……何とか……するさ」


 渋い表情で静かにアオは呟く。


『申し訳ないのですよ。毎回毎回、アオアオには辛い選択をさせてしまって……』

「気にするな。これも、俺の仕事だ。それより、そっちは大丈夫か?」

『はい。大丈夫なのですよ。とりあえず、気をつけて欲しいのですよ。アオアオ』


 イエロの不安げな声に、アオは小さく頷き、


「あぁ。分かってる」


と、静かに答え通信を切った。

 それから、アオは静かに息を吐き、歩き出した。



 砦の屋上では、ルーイットが一人黄昏ていた。

 ボンヤリと空を見据え、紺色の長い髪を風に揺らす。

 獣耳がピクリと動き、ルーイットは右手で髪を掻き揚げ振り返った。


「おっ! 流石! 耳がいいなぁー」


 オレンジの髪を揺らし、ルピーが明るい笑顔でそう言う。

 今しがた、屋上へとやって来たのだが、ルーイットはその足音でルピーだと分かった。


「え、えっと……なにか?」


 困り顔でルーイットは尋ねる。

 すると、ルピーは頭の後ろで手を組みルーイットの隣りへと並ぶ。


「別に、用は無いよ。私もさ、風に当たりたい時があるの」

「そ、そうなんですか……」


 思わず敬語になるルーイットに、ルピーは静かに息を吐き出した。


「敬語、使わなくていいよ? 私は年齢とか気にしないから」


 ルピーがそう言い、ルーイットへと視線を向ける。

 その言葉にルーイットは「うん、分かった」と答えた。

 それから暫く沈黙が続き、静かに風が二人の間を流れる。

 特に話題など無いのか、ルピーはただ風を浴び黙り込んでいた。

 そして、ルーイットも。

 本当は、何か話題を探そうとした。しかし、この空気の中で質問をするのも変かも知れないと思い、考えるのをやめたのだ。

 風の囁きが耳を抜け、二人の髪を優しく揺らす。

 穏やかで静かなひと時に、ルピーは笑みを零し、ルーイットは心を落ち着かせる。

 どれ程の時間、二人はそうしていたのか分からない。

 ただ、じっとそうして風を感じている事がとても落ち着いた。


「あんた、落ち込んでるの?」


 不意にルピーはルーイットへと尋ねた。

 屋上の縁に腰掛、町を見下ろすルピーに対し、ルーイットは苦笑する。

 正直、落ち込んでいないと言えば嘘になる。それはそうだ。

 獣化し、暴走し、仲間を、友達を傷つけたのだ。落ち込まないほうがおかしい。

 それに、あの二人に見られてしまった。自分の獣化した姿――化物の一面を。

 だから、思う。本当に一緒に居て良いのか、また二人を傷つけるんじゃないか、と。

 恐怖から体を小刻みに震わせるルーイットに、ルピーは穏やかな表情を向け、静かに告げる。


「あの暴走は、あんたに非は無いわ。だから――」

「でも、私は……この手で、クリスを傷つけた……」


 握り締めた拳を、顔の前で震わせ、涙を浮かべるルーイットに、ルピーはやや肩を落とした。

 暴走していたとしても、クリスの骨を砕いたその感触が、記憶がルーイットには残っているのだ。

 本来、暴走していれば、記憶を失ってしまう。操られたとは言え、無理矢理暴走させられたと言う事もあり、ルーイットに意識は殆どなかった。

 なかったが、それでも暴走している時の記憶が少しだけ残っているのだ。

 だからこそ、ルーイットは苦しんでいた。


「そうだな……確かに、あんたは仲間を傷つけた。なら、次からは傷つけないように努力すればいいだけの話でしょ?」

「怖いの……また、あの力が暴走したらって思うと……。ルピーだって獣化で暴走した事あるでしょ?」


 ルーイットが涙で潤んだ瞳でルピーを見据える。

 しかし、ルピーはもの悲しげな目で伏せ、薄らと開いた唇から静かに息を吐く。


「残念だけど、私は獣化した事無いから……。そもそも、獣化って選ばれた極少数の者しか使えない代物じゃない」

「そ、そんな……じゃ、じゃあ、ルピーは獣化もなしで、そんな強さを?」


 ルーイットは驚きの声を上げる。

 獣化とは自らの体内に眠る獣の血を目覚めさせ、肉体を強化し身体能力を上昇させると言う効果があり、獣魔族でも扱える者は限られた者のみが使えるモノ。

 王族は言うまでも無く獣化の力が使え、後は基本能力値が高い者から使用できる。それがどれ位の強さまで当てはまるのかは定かではない。

 ルピーの強さを理解しているルーイットは、彼女がその条件から外れているとは思えなかった。

 あれ程の能力があると言う事は、幼少から才能があったと思ったのだ。そして、才能があると言う事はもちろん、獣化するだけの潜在能力を最初から秘めていたと、言う答えになる。

 驚きを隠せないルーイットに対し、ルピーは静かに笑う。


「まぁ、私は奴隷だったし、翼ももがれたから……獣化は出来なかった。元々才能がなかったのかもしれないけど……」

「そ、そんな……」

「だからさ、獣化が使えるあんたは、特別な存在なのよ。もっと自信を持てよ」


 ルピーはそう言い、今度は無邪気に白い歯を見せ笑った。

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