第191話 報告
アレから三日が過ぎ、ようやく冬華の容態は落ち着いた。
未だ意識は戻らないものの、その表情から苦しみは消え、呼吸は安定していた。
これも、ヒーラーであるレオナとレベッカのお陰だった。
彼女達二人が代わる代わるに冬華の治療を続けたのだ。
ただ、その所為で現在レオナもレベッカも聖力をほぼほぼ使い果たし、疲労で深い眠りについていた。
冬華の寝る部屋の前には、アオが一人佇んでいた。
もし何か異変があった時、すぐにレオナを呼べるように待機していたのだ。
腕を組み、ドアの横の壁に背を預けるアオは、瞼を閉じ意識を集中する。
特に辺りを警戒する必要は無いはずだが、何故かアオは辺りを警戒し続けていた。
そんな折だった。静かな足音が廊下の先から響き、アオは静かに瞼を開き視線を向ける。
「おっかれさん。リーダー」
「ああ。ライか」
「わおっ! すっげー不満そう」
場の空気を和ませる為なのか、冗談混じりに笑いながらライはそう言った。
ここ最近、アオは妙に気を張っていた。特に、ここに来てからは常に表情を強張らせている。
過去にここで何かがあったのか、それとも、何か別の存在の事を危惧しているのかライには分からないが、このまま重い空気でいるのは耐えられなかった。
明るい笑みを浮かべるライは、朝食で貰ったパンと果物を取り出し、アオへと差し出す。
「朝食はちゃんと食っておくべきだぞ」
「あぁ……そうだな」
差し出されたパンを受け取り、アオはそれを一口かじった。
それから、深く息を吐き出し俯く。
深刻そうなアオの様子に、ライはポケットへと手を突っ込むと、静かに尋ねる。
「どうしたんだよ? 何か、ここん所気を張りすぎだぞ?」
軽い口調のライに対し、アオはパンをもう一口かじり顔を向けた。
「お前……イエロの未来視の話を聞いてなかっただろ?」
「えっ? あぁー……うん。だな。あんまりにもイエロちゃんが可愛くて、見とれてたぜ!」
テヘッと舌を出したライが右手の親指を立てアオへと突き出す。
全く場の空気を読まないライに、アオは呆れて大きなため息を吐き目を細める。
左手で頭を抱えるアオは、首を左右に振ると静かに告げた。
「イエロの未来視では、近い内にこの砦が落とされる」
「はぁ? えっと……それは、何処まで本当の話なんだ?」
「…………」
ライの言葉にアオは無言でジト目を向ける。
重い空気にライは笑顔を引きつらせ、やがてふっと息を吐き肩の力を抜いた。
「分かってる。分かってるって、イエロの未来視の的中率がほぼ一〇〇パーだって事は」
肩を竦めライは二度、三度と頭を左右に振った。
ライの態度に深く息を吐き出したアオは、瞼を閉じる。
「ただ、それが近い内と言うだけで、いつ起こるか分からない」
「だったら心配ないだろ? 今、俺らだって居るし、ロズヴェルにケイスも居るんだ。こんな状況でこの砦が陥落するわけねぇーって」
「どうだかな……」
能天気なライに、アオは静かにそう答えもう一度パンを口へと運んだ。
深刻そうなアオのその表情に、ライは右手で頭を掻き深々と息を吐いた。
その頃、砦の作戦室では六傑会のロズヴェル、ケイト、グライデンに加え、ルピーの四人が話を進めていた。
グライデンとルピーが並んで座り、その対面にロズヴェル、ケイトの二人が座る。
間にある大きな真四角の机には、ここバレリア大陸のミニチュアの模型が置かれていた。
それを間に挟み、ロズヴェルは手を組み静かに口を開く。
「で、どうだったんだ? 今回の情報は?」
ロズヴェルの問いに対し、グライデンが一発咳払いをするが、その直後にルピーが答える。
「情報はデマ……とは言えないな。確かに、大勢の者の足跡があったし、何人かの遺体も転がっていた」
身振り手振りを加えそう言うルピーに、グライデンは不満そうな眼差しを向けた。
「お前、それは、俺の――」
「黙れ、無能」
「うぐっ……」
ルピーに睨まれ息を呑むグライデン。流石に、ルピーの力に頼りきっている為、グライデンは文句を言える立場ではなかった。
そんな二人の立ち位置に、苦笑するケイトは、赤毛と青毛の交じった髪を右手で掻き揚げ、パンと手を叩いた。
「それより、報告を続けようか?」
「えっ、あっ、はい!」
ケイトに対し、そう答えたルピーは、背筋を伸ばし言葉を続ける。
「遺体は、元・王国兵で間違いないと思う。見た顔もあったし、何よりその身にまとっていた鎧に国章が刻まれていた」
「そうか……で、もう一つの情報の方は?」
顔の前で手を組むロズヴェルが前のめりになり、鋭い眼差しをルピーへと向ける。
ロズヴェルの紫の瞳を真っ直ぐに見据えるルピーは、一度唾を飲み込んでから報告を続けた。
「その情報はどうやら当たりで、あの辺りに生息する生物、特にジャイアントラビットが音により操られていたようだ。あと、あの獣魔族のルーイットも、その音で操られ仲間と交戦したと思われる」
「そうか……。音か……。だが、一体、何が目的だ? ジャイアントラビットを操って?」
ロズヴェルが怪訝そうに呟くと、隣りに座るケイトが眉をひそめ答える。
「ジャイアントラビットは臆病だけど、その戦闘能力は高いよ。あの跳躍力を生み出す強靭な脚力に、鋭利な前歯。そんなジャイアントラビットが群れで襲ってくれば、無傷ではすまないよ」
ロズヴェルの疑問を解消するようにケイトは語り、深刻そうな表情を見せる。
しかし、そのケイトにルピーは朗報を告げる。
「でも、アイツの獣を操る笛は壊したし、多分、暫くは動かないと思う。本人はあんまり強そうじゃなかったし」
「そっか。なら、対策を講じる時間はありそうだね」
ルピーへとケイトはニコッと穏やかに笑む。
幼さの残る爽やかな笑顔に、ルピーも頬を緩ませた。
作戦室に僅かに生じる穏やかな空気だが、それをロズヴェルは一蹴する。
「しかし、レジスタンスの動きが活発になっているのに、こうも問題が重なるとは……」
「……だね。まるで、重なるように仕組まれていたかのようだね」
ロズヴェルの言葉に、ケイトはそう答え小さく吐息を漏らす。
現在、このバレリア大陸では、元・王国軍だった兵がレジスタンスとなり、王国を取り戻そうと活発な動きを見せ始めていた。
先日は、都市へと向かう商人がレジスタンスに襲われ、物資を強奪された。
その中には金品や食料の他に、武器の類もあったらしく、レジスタンスはそれにより武装を強化していると、言う。
他にも調査兵団がレジスタンスにより全滅されたり、それを討伐する為に派遣された兵団も返り討ちにあうと言う最悪な状況だった。
そのレジスタンスの調査の為に、グライデンとルピーは動いていたのだが、遭遇したのはあの現場だったのだ。
「全く……戦力を分散させられないこの状況で……」
「仕方ないですよ。とりあえず、一つ一つ解決していくとしましょう」
ロズヴェルの深い深いため息に対し、ケイトは相変わらず笑みを浮かべたままそう呟いた。
そんなケイトの言葉に、グライデンは訝しげな表情を浮かべる。一つの疑問が生まれたのだ。
だが、それを口にする前に、やはりルピーが口を開く。
「てか、二人はこんなとこに居ていいのか? 中央都市と、北方砦、がら空きでしょ?」
そう、有力な兵の半数以上がレジスタンスに回った為、現在六傑会の兵団は戦力は低い。
その中でも強大な力を持つロズヴェルとケイト、キースと、魔族の里を治めるグレイの四人は常に砦でレジスタンスに睨みを利かせている状態だった。
なのに、今、ロズヴェルとケイトがここ南方にいる。と、言う事は中央と北方の戦力は現在格段に下がっているのだ。
慌てるルピーだが、ロズヴェルとケイトは何故か落ち着き払っていた。
「大丈夫だよ。北方と中央はちゃんと平定してきたから」
「は、はぁ? へ、平定って……」
間の抜けた声を上げるルピーが目を丸くすると、ロズヴェルは静かに、
「今、一番遅れてるのは、この南方の地だ」
と、言うとケイトが苦笑に付け足す。
「と、言うより、レジスタンスがこの南方に集まっているようなんですよ」
「それって……他の地区よりも南方が劣っているからって事なんじゃ……」
ケイトの言葉に、ジト目を向けるルピーは、不満そうに頬を膨らしていた。