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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
バレリア大陸編
182/300

第182話 クリスは何も分かってない

 三日が過ぎた。

 結局エリオは戻ってこず、冬華達も捜索範囲を広げたが見つける事は出来なかった。

 三日三晩、エリオを心配し、殆ど不眠不休のクリスには疲れの色が見え、顔色は悪かった。

 そんなクリスが、冬華は心配だった。このままじゃ倒れてしまうんじゃないか、そう思っていた。


「では……私は、エリオを探しに……」


 ふら付きながら、そう言うクリスは、ゆっくりと足を進める。

 いつも凛とし、美しいクリスの姿は、そこにはなかった。その白銀の髪は乱れ、とても見ていられるモノではない。

 どうするべきか冬華は考える。このまま行かせていいのか、止めるべきなのか。

 もちろん、答えは後者だろう。けど、今の状態で、冬華が止めて止まるだろうか、そう思うと口を開く事が出来なかった。

 すでにクリスには冷静な判断力は失われているだろう。精神力も今やそのふら付く体を支えるので精一杯だろう。

 そんなクリスに、どう言えばいいのか冬華には分からない。

 胸の前で両手を握り締める冬華は、その唇を薄らと開くが、すぐに口を噤んだ。

 やっぱり、今の冬華が口出しできる程、簡単な事ではなかった。

 そんな時だった。

 長い紺色の髪を右手で掻きながらルーイットが冬華の隣りへと並んだ。

 今まで寝ていたのか、少々不機嫌そうなルーイットは、細めた目で真っ直ぐにふら付くクリスの姿を見据える。


「あのさぁ……」


 唐突に静寂を破るルーイットの声。いつに無く刺々しく、いつに無く穏やかな、そんな印象を冬華は感じた。

 何か、いつもの明るくハイテンションのルーイットとは違う、冷ややかな態度。怒っているのか、それともただ単に虫の居所が悪いのか、それは定かではないが、冬華は何か嫌な予感がしていた。


「いつまで、そうしているつもり?」


 ルーイットのその言葉に、クリスの足が止まった。

 明らかに空気が張り詰め、クリスの上半身が僅かに揺らぐ。


「る、ルーイット――」


 止めようと――、このままじゃまずいと、冬華はルーイットの方へと顔を向ける。

 しかし、ルーイットは止まらない。その薄紅色の唇は更に言葉を紡ぐ。


「正直、目障りなんだけど?」


 その言葉に急速的に場の空気が重く変り、圧迫感が冬華を襲う。

 静かに振り向くクリス。その額には青筋が浮かび、殺気の篭った鋭い眼差しがルーイットへと向けられた。

 二人の眼差しが交錯し、険悪なムードが漂う。


「どう言う意味だ? 何が目障りだって言うんだ?」


 怒りを押し殺すようにそう尋ねるクリスに対し、ルーイットは肩を竦めると鼻で笑った。


「目障りなのよ。エリオ、エリオって」

「何だと……」

「大体、エリオだって子供じゃないんだ。いつまでも過保護にする必要は無いよ」


 腰に手をあて、ルーイットはそう述べる。相変わらず、その目は冷めており、とても好戦的だった。

 どうすればいいのか分からず、オロオロとする冬華は、クリスとルーイットの顔を交互に見据える。

 鼻筋にシワを寄せるクリスは、唇を噛み締めるとルーイットを睨みつけた。


「お前に何が分かる! たった数日前に出会ったお前に、エリオの何を知ってるって言うんだ!」


 苛立ちから怒声を響かせるクリスに、ルーイットはピクッと右の眉を僅かに動かした。

 そして、深く息を吐き出し、クリスとは打って変わり、静かな口調で答える。


「分かるわけ無いじゃない。私はエリオとは殆ど喋った事も無いんだから! 大体、エリオはずっとここで生きてきたんだから、そんなに――」

「だから、お前は救えなかったんだ」


 ルーイットの言葉を遮る様に、クリスがボソリと呟いた。その言葉で辺りは一瞬にして静寂が漂う。

 そして、ルーイットは唇を噛み締め俯いた。

 クリスの言葉が深く胸を抉り、脳裏には思い返される。シャルルとの思い出、シャルルの笑顔、シャルルの声。

 いろんな事が蘇り、思わず目頭が熱くなった。

 そんな静寂を切り裂いたのは、冬華だった。


「クリス! 言って良い事と悪い事があるよ! そんな……」

「私は、事実を言ったまで。エリオに何があったのかはわからない。けど、救える可能性のある命が目の前にあれば、私は――」

「もういい! クリスは何も分ってないんだよ!」


 クリスに対し、涙目を向けるルーイットがそう声を上げた。

 しかし、クリスにはルーイットの言っている意味が分からず、訝しげな表情を浮かべる。自分が何を分かっていないと言うのか、そう言う疑念がクリスの脳裏を過ぎる。だが、すぐに首を左右に振った。

 自分は分かっている。今、すべき事はエリオを探す事。分かっていないのはルーイットの方だと、自分に言い聞かせる。

 そんなクリスへと、ルーイットは更に言葉を続ける。


「クリスだけが心配してるわけじゃない。私や冬華だって、心配してる」

「なら、私の気持ちだって分かるだろ」


 ルーイットの言葉にクリスはそう声を上げる。だが、ルーイットは頭を左右に振り、答える。


「わかんないよ。だって、クリスが心配してるのはエリオだけ……私と冬華が心配してるのは、エリオよりもクリス、あなたの方」

「わ、私の……」

「このままじゃ、体を壊すんじゃないか、倒れてしまうんじゃないか、クリスは自分自身の事だから、気にしてなんか無いだろうけど……私も冬華も心配なんだよ。クリスの事が!」


 涙目で訴えかけるルーイットに、クリスは瞼を閉じ空へと顔を向ける。思いもしなかった。冬華やルーイットが自分の事をこんなにも気に掛けてくれていた事を。

 知らなかった。こんな風に心配してくれる仲間が――友がすぐ傍に居る事を。

 また、自分の事しか考えていなかったのだと、クリスは悔しくなる。何で、同じ事を繰り返してしまうのか、何故、学習しないのかと、拳を握り締める。

 そんな折、ルーイットの獣耳がピクッと跳ねた。妙な笛の音が聞こえ、ルーイットは叫ぶ。


「冬華! 私から離れて!」


 突然のルーイットの言葉に、冬華はキョトンとした表情を向け、クリスも訝しげな眼差しを向けた。



 紅蓮流剣術道場から数十メートル離れた森の中、一人の男が横笛を吹いていた。

 だが、音は聞こえない。聞こえないが、彼の指は滑らかに動いていた。

 唇が静かに笛から離れ、男は不適な笑みを浮かべる。


「さぁ、踊れ。我の音を聞き。怒り狂え。獣の血を引く者よ」


 長い黒髪を揺らし、もう一度笛を奏でた。



「うぐぅっ……」


 突如、蹲り呻き声を上げるルーイットは、両手で頭の上の獣耳を押さえ肩を震わせる。

 妙な音が鳴り響き、頭の中に声が流れ込む。


(殺セ……殺セ……全テノ者ヲ殺セ!)


 憎悪を含んだ恐ろしい声に、ルーイットの自我は失われ、遠吠えのような呻き声を発すると、その体はみるみる変貌していく。

 腕や足が膨れ上がり、顔は異形の化物へと変り、声も低くおぞましい濁った声と変わり果てた。

 何より、今まで全く感じさせなかった殺気が彼女の体を取り巻き、冬華は思わず数歩後退りする。

 何が起こったのか、そう思いながら冬華は目を見開き息を呑む。


「うおおおおおおっ!」


 背を仰け反らせ、姿を変えたルーイットがもう一度声を上げる。

 おぞましい程の濁った声は大地を揺らし、大気を振動させる。


「な、何だ……一体……」


 瞳孔を広げるクリスが呟く。一体、ルーイットに何が起こったのか、そう考えたとき、一つの答えへと行き着く。


「まさか、獣化!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! じゅ、獣化って、こ、こんなに変っちゃうの!」


 クリスの声に思わず冬華がそう声を上げた。

 冬華は獣化した獣魔族の姿を見たことが無い。だが、クリスは一度だけシオが獣化した所を見た事があった。

 しかし、今、目の前にいる化物の様なルーイットの姿とは違う。身体能力が大幅に向上し、姿は少し毛が伸び、鋭利な爪と牙が生える位のものだった。

 巨体をゆっくりと動き、化物と化したルーイットは深々と息を吐き出す。赤く濁った輝きを放つ二つの眼光が冬華とクリスを見据える。

 完全に敵意を向けるその化物に、クリスは表情を険しくし、冬華へと叫ぶ。


「冬華! さが――」


 直後――太い右腕が外へ払うように振られ、冬華の体を殴打する。


「うぐっ!」


 光鱗が自動的に発動され、冬華の体を守る。だが、強靭な腕から放たれた一撃は重く、軽々と小柄な冬華の体を弾き飛ばした。


「冬華!」


 地面を転げる冬華へとクリスは目を向ける。土煙が一直線に伸び、その先で冬華が片膝を着き蹲っていた。

 外傷は無いが、それでも衝撃で鼻から血が流れ出す。


「わ、私はだ、大丈夫……」


 ふら付きながら立ち上がる冬華。外傷は無いと言っても、衝撃で頭はクラクラしていた。

 だが、この時、二人は知らない。もう一つの影がその鋭き刃を地面に引き摺りながら、そこへと迫っている事に――。

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