第181話 船の上で
日は暮れ、あたりはスッカリ暗くなっていた。
森をくまなく探したが、結局エリオが見つかる事は無く、冬華とクリスは道場の前に集まっていた。
肩を落とすクリスは、不安そうに俯き右手で頭を抱え、冬華は訝しげに眉間にシワを寄せていた。
これだけ探しても見つからないなんておかしいと、冬華は考えていた。それに、先程から何かの遠吠えの様な声が響き渡っていた。
何故か胸騒ぎがし、冬華は胸の前で手を組んだ。
一方で、ルーイットも先程から妙な気配を感じていた。
とても冷たく静かな、禍々しい気配。
――と、もう一つ。奇妙な不気味な気配。
一つは足音を消そうとゆっくりと足を進めているのが分かる。だが、足音は消せても、擦れる葉の微妙な違いをルーイットはちゃんと聞き分けていた。
そして、もう一つは荒々しい足音と風を切る様な鋭い音を僅かに奏でている。風を切る鋭い音は恐らく鋭利な刃物を振り回しているのだろうと、考えるルーイットは鍋をかき回しながら目を細めた。
その足音の方には他に誰かいる様子は無く、その人物は一人で刃物を振り回している事になる。
一体、何の為にそんな事をしているのか、はたまた何をしているのか、と疑念を抱いたていた。
「一体、エリオは何処に行ってしまったんだ……」
深刻そうな表情でクリスは呟き唇を噛み締める。
他に探していない所があるんじゃないか、川に流されたんじゃないか、誰かに襲われたんじゃないか。
次々とクリスの脳裏を過ぎる嫌なイメージ。胸を締め付けられる感覚に、堅く瞼を閉じた。
「とりあえず、エリオを探すのはまた明日にしようよ。もう陽も暮れちゃったし、夜に動き回るのは危険だよ」
今にもまた森へと行ってしまいそうなクリスに対し、冬華はそう笑顔で告げた。
分りやすい冬華の作り笑顔にクリスの表情は沈む。冬華が励まそうとして、自分の不安と取り除こうとして無理矢理作った笑顔に、クリスは息を呑んだ。
冬華のその笑顔で、ようやく冷静になる。
(ここで私が取り乱してどうする……。もう二度と、冬華にあんな悲しい顔はさせない、もう二度と冬華を傷つけさせない、そう決めたじゃないか!)
自分自身にそう言い聞かせ、クリスは拳を握り締めた。
そして、深く息を吐き出し肩の力を抜き、冬華へと微笑んだ。エリオの事は心配だが、自分が不安そうな表情を見せてはダメだと、気持ちを押し殺して。
「そう……ですね。今日は休みましょう。エリオはずっとここで暮らしてきたわけですし、もしかすると暗くなってきたので何処かで夜を明かすつもりなのかもしれませんし……」
「そうだよ。とりあえずさ、今日の所はさ、ゆっくりやすもうよ!」
明るく振舞う冬華に、クリスは「えぇ」と静かに答えた。
場所は変り――バレリア大陸から西へ数十キロの沖合い。
そこに一隻の船が停泊していた。
それは、ジェスのギルドが所有する大型船で、夜の海の上に浮かび月明かりに照らされていた。
船内は非常に静かで、船員達は殆どが寝静まっていた。
そんな中、甲板には一つの影があった。
深い青色の髪を潮風に揺らし、静かな面持ちでバレリア大陸を見据えるその影の主は、アースだった。
あの後、結局ジェスによって船に戻されたのだ。
今回の依頼は相当ヤバそうだ、と言う理由で。
その為、アースは何処か不満そうで、その目は妙に怒りを滲ませていた。
深々とアースが吐息を漏らすと、突如荒々しい足音と共に乱暴に船室の扉が開かれる。衝撃と共に破損した扉。その向こう側に、一人の男が立っていた。
若く穏やかな顔付きの男は、辺りを見回すと甲板へと歩み出る。
そして、短い黒髪を潮風に揺らし、眉間にシワを寄せた。
「ここは……何処だ?」
怪訝そうにそう呟いたのは、ジェス達が保護した白銀の騎士団“魔導の貴公子”の異名を持つディーマットだった。
ディーマットの右腕は肩口から失われ、左腕も肘から先が無かった。元々、両腕は失っていた。その為、魔導義手と言う特殊な義手を装着していたが、それも先の大戦でエメラルドによって破損させられ、現在ディーマットは両手とも無い状態だった。
一応、ギルドの総力を上げ、義手の修理を行っている。だが、ここに居るメンバーの技術力では、恐らく義手を直す事は不可能だろう。
いや、技術云々と言うよりも、工具が足りないし、明らかに部品も不足している。
最強と謳われる白銀の騎士団の異名持ちも、こうなってしまっては形無しで、見ているのも痛々しい姿だった。
「ここは、自分達のギルドが所有する大型船ですよ」
未だ状況の把握出来ていないディーマットへと、アースが丁寧にそう説明した。
両腕を失っているとは言え、白銀の騎士団の異名持ちの為、アースは警戒を怠らず腰にぶら下げた剣はいつでも抜ける様にと、柄を右手で握り締めていた。
そんなアースへと目を向けたディーマットは、目を凝らす。すると、右目にレーダーの様な画面が映し出され、熱源反応から固体分析まで細かなデータがディーマットの脳へと伝達される。
「固体識別。人間の男。体温、心拍数ともに正常。どうやら、嘘ではないようだな」
穏やかな敵意など感じさせない声でそう述べたディーマットだが、その目は鋭くアースを見据えていた。
二人の視線が交錯し、数秒ほどの時が流れる。お互いに敵意が無いと判断したのか、ほぼ同時に息を吐き出すと脱力した。
肩の力を抜いたディーマットはまず始めに現状についてアースへと尋ねる。
「私は一体、どれ位の時間寝ていた? あの後、一体、どうなった?」
「あなたが寝ていたのは約一月ほどで、あの大戦はその後終戦しました」
「終戦……」
訝しげに眉をひそめるディーマットはそう呟き、俯いた。果たしてどちらが勝ったのか、などと考えていると、アースが言葉を付け加える。
「ちなみにですが、あの大戦はある人物が画策したモノで、両軍共に多くの死者を出しましたが、結果として和平条約を結ぶ事となったそうです」
自分の知っている事を全てディーマットへと教え、ディーマットもアースの言葉に何一つ文句は言わず黙って頷いていた。
そして、それらの情報をデータ化し、自らの記憶へと保存したディーマットは深く息を吐き出した。
「そうか……あの国王は偽者だったのか……」
「えぇ。何でも、姿形だけでは無く、その能力も全てをコピーした精巧な土人形だったみたいですよ」
「世界は広いな。そんなマネが出来る人が居るとは……」
信じがたいその話もアッサリと受け止め、ディーマットは鼻から静かに息を吐き出した。純粋と言うのか、人を疑うと言う事を知らないのか、ディーマットはアースの言葉を全て信じていた。
もちろん、アースも嘘偽りは述べていない。ただ、あまりにも素直に全てを呑み込む為、少々驚いていた。
その為、思わずディーマットへと尋ねる。
「自分の言葉をそんな簡単に信じてよろしいのですか?」
「ああ。嘘は言っていない。心拍数からもそれは分かる。それより、この腕は何とかならないか?」
失われた右腕と左腕を順に見据え、ディーマットが困ったように尋ねる。両腕が無いと色々と不便なのは分かるが、現状我慢してもらうしか無く、アースは申し訳なさそうに、
「すみません。この船にある工具と部品では恐らく義手を完全に直すのは無理かと……」
と、俯き加減に告げた。
その言葉にディーマットは「そうか……」と呟き、困った様に首をかしげる。
「そんなに破損が激しいのか……」
「はい。はっきり言って、神経回路などズタズタで……」
「ソイツは困ったなぁ……」
歳が近い所為もあるのか、その後、二人は意気投合し、明け方近くまで語り明かした。




