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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第173話 寝惚ける冬華

 夕刻頃、冬華は目を覚ました。

 口元から僅かに垂れたヨダレを右手の甲で拭い、冬華は辺りを見回す。


「ハッ! 寝過ごした!」


 思わず声を上げる冬華だが、目はまだ虚ろだった。寝惚けているのだろうか、声をあげたが、座り込んだまま動かない。

 ボサボサに乱れた黒髪が、冷たい風に吹かれる。

 何も言わずボンヤリと夕陽に染まった木々の葉を見据え、冬華は幾つも瞬きを繰り返す。それから、目を細め、冬華は首を傾げる。


「はれ? ……私、何してたんだっけ?」


 やはり、寝惚けているのか、そんな事を呟き「んんーっ?」と声を漏らした。

 また、冬華の動きが停止し、静寂が辺りを包む。遠くの方でカラスの様な鳴き声が聞こえ、冬華はようやく、


「夕方か……」


と、呟いた。

 そして、右手で口元を隠し欠伸を一つし、右目から僅かに涙を零した。

 両腕を耳の後ろに来るまで引き、冬華は背筋を伸ばす。背骨が伸びるようで気持ちよく、冬華は「んーんっ!」と思わず声を漏らした。

 それから、両腕を振り下ろし、脱力してから立ち上がり、周囲を見回す。


「三人共何処に行ったんだろう?」


 小首を傾げ、冬華は呟く。道場には人の気配は無く、クリスもルーイットも、エリオも留守の様だった。

 寝ている間に、何処かに出かけてしまった様だった。

 腕を組み不満そうに鼻から息を吐く冬華は、瞼を閉じると唇を尖らせる。


「もう……。何処かに行くなら起こしてくれればいいのに!」


 そう言い、冬華は肩を落とした。

 だが、誰かが言葉を返すわけでも無く、虫の僅かな鳴き声と鳥の声だけが静かに聞こえた。

 妙に心細くなり、冬華は膝を抱えて座り込んだ。

 一人ぼっちになると思い出す。あの船上での事を。

 船に現れた一人の少女による忠告。


“これ以上、あの力を使用してはダメ”

“アレは、決して神の力なのではない”

“心を壊したくないなら、もう二度とあの力を使うな”

“例え、仲間を失う事になっても”


 何度も頭の中に繰り返される彼女の言葉に、冬華は膝を抱える手に力を込めた。


(じゃあ何だって言うのよ……。私が今まで使ってきた力って!)


 膝に顔を埋め、冬華はそう強く思い瞼を閉じた。

 あの力が無ければ、冬華は誰も救えなかった。

 あの力があったから、冬華は多くの人を守る事が出来た。

 それなのに、今更、使用してはダメ、二度と使うな、そう言われてもわけが分らない。

 今まで積み重ねた実績があり、その破壊力も身をもって知っている。

 神から与えられた、英雄のみが使える力。それが、神の力ではないとそう言われても、冬華には納得出来ない。

 だから、冬華は膝に顔を埋めたまま深々と息を吐き出した。

 暫く冬華はそのまま動かない。数秒、数十秒と時間が過ぎ、冷たい風が髪を優しく撫でる。

 どれ位の時が過ぎたのか、冬華は自分の名前を呼ぶ声に、顔を上げた。すると、そこに心配そうなクリスの顔があった。

 眉を八の字に曲げるクリスに、冬華は虚ろな眼差しで、


「クリス?」


と、尋ねる。その声に、クリスは「はい」と返答し、首をかしげる。

 少々、惚ける冬華に、クリスは苦笑した。


「どうしたんですか? もしかして、寝惚けてるんですか?」


 ふふっ、と含み笑いをし、クリスは肩を揺らした。

 まだ思考が働いていないのか、冬華はボンヤリとクリスの顔を見つめ、パチパチと瞬きを繰り返す。

 そんな折、クリスの後ろでルーイットの声が響く。


「クーリースー! 枯れ枝集めてきたよぉー」

「あ、あぁ。そこに置いてといてくれ」

「分かったぁー」


 クリスに言われ、ルーイットは両腕に抱えた枯れ枝を土の上へと下した。


「んんーっ! 疲れた!」


 枯れ枝を下したルーイットは背筋を伸ばし、腰を二度程拳で叩いた。ルーイットはクリスに言われ、焚き木になる枝を森に探しに行っていたのだ。

 枯れ枝の置かれたすぐ傍には、人と同じ大きさ程の長い耳に前歯が二本飛び出した白い毛皮の獣が置かれていた。

 すでに息の無いその獣を見据え、ルーイットは腰に手を当て、クリスの方へと目を向ける。


「ねぇ、これって、ジャイアントラビット?」

「んっ? ああ。そうだ。この辺りに生息する獣でな、よく食されている」


 クリスが白銀の髪をたなびかせ、振り向きそう答えると、ルーイットはその目を絶命するジャイアントラビットへと向け、眉間にシワを寄せた。

 ジャイアントラビットは、全長一五〇~二〇〇センチ程の大きさの獣で、長い耳と突き出た二本の前歯が特徴的な生き物だ。強靭な後ろ足を持っており、跳躍力があり、空を舞う鳥を食らう事もある。

 見た目どおり、普段は大人しく臆病な性格故、その長く大きな耳で人の接近する音がすると一目散に逃げ出してしまう程だ。

 それ故に、狩るのは難しい動物だった。

 ボンヤリとしていた冬華も、その大きな獣を縁側から眺め、


「何だか、可哀想だね」


と、呟いた。

 生きていく以上、食べる事は大切で、冬華も沢山の生き物を食べてきている。だが、実際、その生き物を目の前にすると、少々心が痛んだ。

 そんな冬華の言葉に、クリスも悲しげな目をすると、静かに腕を組んだ。


「実は、私もジャイアントラビットを狩るつもりはなかったんですよ。大人しく臆病な性格の動物ですし、何より筋肉質なそのモモ肉は繊維質で硬くあんまり美味しくないとされてますから……」

「じゃあ、何で?」


 冬華が不思議そうに尋ねると、クリスは目を細める。


「森を散策中に突然襲ってきたんです。突然の事だったので、思わず剣で斬ってしまって……。命を奪ってしまったので、そのままにしておくのは礼に反すると思いまして、今夜のご飯にしようと思いまして……」

「そっか……。うん。そうだね。せめてもの供養にも、美味しく食べてあげないとね……」


 そう言い、冬華は苦笑した。

 紺色の長い髪を揺らすルーイットは、クリスの話を聞き腕を組む。

 どうして、大人しく臆病なジャイアントラビットが、突然襲い掛かったんだろう、そう考えていた。

 そもそも、聴覚が優れているのだから、クリスの接近には気付いたはず。それを分かった上で、襲い掛かったのだとすると、臆病なジャイアントラビットにしてはおかしな行動だった。


「ねぇ、どうして、ジャイアントラビットはクリスに襲い掛かったの?」


 疑問を解消する為に、ルーイットがそう尋ねる。

 だが、クリスもその原因が分からず、頭を左右に振り、


「分らん。ただ、何か様子が変だったのは確かだ」


と、眉間にシワを寄せた。

 その言葉を聞き、冬華は不安に駆られる。本当に食べて大丈夫なんだろうか、と。

 その為、冬華はクリスを見据え、尋ねる。


「だ、大丈夫?」

「えっ? 何がですか?」

「ほら、何か、妙な病気に掛かってるとか、あるじゃない?」


 胸に抱く不安を口にした冬華に、クリスも眉をひそめる。

 確かにクリスも何か病魔に冒されているのでは、と最初は思ったがそんな症状がジャイアントラビットの体には現れていなかった。

 もちろん、そう言う専門的な知識が無い為、実際どうなのか、と言うのは分らない。その為、少なからずクリスも不安を抱いていた。


「まぁ、確かにその不安もありますけど……恐らく、大丈夫……かと」


 説得力の無いクリスの発言に冬華は「えぇーっ」と不安げに声を上げた。

 そんな二人のやり取りを無視し、ルーイットはジャイアントラビットに触れる。真っ白な毛を撫で、長く大きな耳を親指と人差し指で摘む。

 それから、口の中を見据え、歯茎の色、舌の色をチェックし、最後に眼光を確かめる。

 ルーイットが何をしているのか分らず、冬華とクリスは顔を見合わせ、首を傾げた。


「ね、ねぇ、ルーイット。何してるの?」


 冬華が恐る恐る尋ねると、ジャイアントラビットの眼光を見ていたルーイットが小さく頷いた。


「うん。大丈夫!」

「だ、大丈夫? な、何が?」


 自信満々のルーイットに、冬華が困り顔で尋ねる。

 すると、ルーイットは満面の笑みを浮かべた。


「うん。大丈夫。感染症とかには掛かってないよ」

「分かるのか?」

「一応、獣魔族だから」


 そう言い、ルーイットは右手で胸をポンと叩いた。

 だが、そんなルーイットの発言に、


(何の根拠にもなってない!)


と、冬華とクリスは呆れていた。

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