第168話 失われた町 失われた流派
冬華達三人は一週間掛け、クリスの住んでいた町へと辿り着いていた。
いや、もうそこは町ではなかった。
ただ広がる鬱蒼とした草むら。
所々に見える半壊の家々。
誰ももう住んでいない荒んだ廃墟だった。
呆然とその光景を見据える冬華とルーイットに対し、クリスは苦笑する。
「まぁ、八年も前の事ですし、こうなっているだろうとは思っていましたけど……」
やや肩を落とすクリス。その表情はやはり悲しげだった。
自分の生まれ育った町がなくなったのだ、そうなって当然だった。
胸の前で右手をギュッと握り締める冬華は、目を細め俯く。まさか、こんな悲惨な場所になっているとは思わなかったのだ。
ルーイットも同じ事を思っていたのか、複雑そうな表情を浮かべている。
正直、なんと言っていいのか分からなかった。
そんな中、ゆっくりと足を進めるクリスは、草を踏み締め足を止める。
そして、静かに地面を見据えた。
何があるのか、いや、何があったのか分らない。だが、そこにはクリスだけが知る思い出の場所だった。
クリスの儚げな横顔を見据え、冬華も悲しげな表情を浮かべる。
「もしかして、そこが?」
思わず冬華がそう呟くと、クリスは静かに頷いた。
「えぇ。ここに、私の家が建っていました。母の亡骸と共に焼き払われたようですが……」
「そうなんだ……」
小声で呟いた冬華は、クリスと同じように悲しげな瞳を何も無いその草むらへと向けた。
黙りこむ二人の背を見据えるルーイットは、紺色の髪を揺らし獣耳を僅かに動かす。
眉間にシワを寄せるルーイットはすぐに辺りを見回し、静かに歩みを進め冬華とクリスへと近づいた。
パタパタと激しく獣耳を動かし、ルーイットは真剣な表情で辺りを警戒する。
その様子にクリスが小さく首を傾げた。
「どうかしたのか? ルーイット?」
警戒するルーイットに、クリスが尋ねる。
すると、ルーイットは小さく頷き答える。
「足音が聞こえる」
「足音?」
訝しげにクリスがそう口にすると、ルーイットはもう一度頷き、
「うん。多分、一人……かな?」
「もしかして、前みたいに奇襲でも仕掛けてくる気かな?」
不安げに冬華がそう尋ねると、ルーイットは小さく左右に首を振った。
「ううん。そんな感じはしない。気配を隠してるって感じじゃないし……」
「と、言う事は、私達の存在には気付いていないのか?」
腕を組んだクリスがそう言うと、ルーイットは複雑そうに首を捻る。
「どう……なんだろう? 足音だけじゃそれは……」
申し訳なさそうにそう言うルーイットに、クリスは「そうか……」と静かに呟いた。
胸の前で手を組む冬華は、どうするべきか考えていた。
ティオとはぐれた事を考えると、ここに留まっているのは危険じゃないか、そう思う。
しかし、逃げても危険なんじゃないか、と言う迷いがあり言葉にする事が出来なかった。
迷いから瞳を泳がせる冬華の肩に、クリスは優しく右手を置いた。
「大丈夫。冬華は私が守ります」
クリスが力強くそう言うと、冬華は小さく頷いた。
だが、すぐに、
「でも、クリスが傷付くのも嫌だから……」
と、複雑そうに呟いた。
そんな二人のやり取りを聞きながらも、足音に耳を澄ませるルーイットは真剣な顔で呟く。
「来る!」
振り返るルーイットが鋭い眼差しを茂みの方へと向ける。
すると、茂みが揺らぎ、葉が擦れ合う音だけが響いた。
息を呑む三人。
クリスは瞬時にその手にひび割れた剣を転送し、静かに息を吐いた。
そして、冬華の前へと一歩出ると、クリスは剣を構える。
その瞬間、茂みから一人の少年が飛び出した。
薄汚れた衣服に身を包んだボサボサに伸びきった黒髪を揺らす少年に、三人は目を丸くする。
とても、戦意を感じさせぬ、とても幼い感じの少年だった。
きょとんとする三人に対し、少年は衣服に付いた葉を叩きながら、
「あいたたた……」
と、幼い声をあげる。
その声にクリスは目を細め、少年の顔をマジマジと見た。
もしかすると、見知った相手かも知れない、そう思うクリスに、少年は小さく首を傾げる。
「あ、あの……僕の顔に何かついてますか?」
恥ずかしそうに俯く少年に、クリスは恐る恐る尋ねる。
「お前、エリオか?」
「はい? そうですけど?」
不思議そうに首を傾げるエリオに、クリスは笑顔を見せ、
「久しぶりだな。私だ、クリスだ!」
「クリス……あぁ……。父の弟子の……お久しぶりです」
やや興奮するクリスに対し、エリオはいたって冷静にそう返答する。
対照的な二人の反応に、冬華は首を傾げ、ルーイットと顔を見合わせた。
二人の関係性がイマイチつかめない二人に対し、クリスは満面の笑みを向ける。
「彼は、私の通っていた道場の息子さんで、エリオだ」
「エリオです。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をするエリオに冬華とルーイットは「は、はぁ……」と少々複雑そうに小さく頭を下げた。
そして、今度はエリオに対し冬華とルーイットを紹介する。
「彼女は、英雄、冬華。そして、そっちがルーイットだ」
「ルーイット? えぇーっと……魔族の方ですよね?」
ルーイットの獣耳に目を向け、エリオはそう尋ねた。
その問いに、ルーイットは控えめに頷き、
「う、うん。そうだけど……」
と、小声で呟いた。
その言葉にエリオは聊か驚いた。
「クリスさん、魔族の事、だいぶ嫌ってましたけど、克服したんですね」
多少なりにエリオの声が弾む。
僅かに嬉しそうなエリオに対し、クリスは苦笑する。
「ま、まぁ……克服……したのか?」
「いや、僕に聞かれても……」
クリスの答えに、エリオは困った様に首をかしげた。
一方で、ルーイットは複雑そうな表情だった。
以前に、魔族が嫌いだったと言う話は聞いていたが、克服した事を喜ばれる程嫌っていたんだと思うと少しだけショックだった。
耳をうなだらせ、俯くルーイットに冬華は心配そうに、
「大丈夫?」
と、尋ねた。
その言葉にルーイットは苦笑し、
「大丈夫……うん。大丈夫」
と、静かに答えた。
その声が少しだけ沈んでおり、冬華は少々不安になった。
「それより、こんな所で何をしてるんだ?」
エリオへとクリスがそう尋ねる。
すると、エリオは小さく首を傾げ、
「僕は見回りです」
と、静かに答えた。
「見回り?」
訝しげに呟いたクリスは真剣な表情に変わる。
何かがおかしい、そう感じたのだ。
そんなクリスにエリオは小さく頷き、
「はい。この所、この辺りに不審な人がうろついていると言う話なので」
と、説明した。その説明にクリスはエリオが見回りをしている事に納得する。だが、すぐに次の疑問が浮かび、それを口にした。
「そうか……それで、お前が見回りを?」
「はい」
静かにそう答えたエリオに、クリスは腕を組み息を吐いた。
「他の連中はどうしたんだ?」
「あぁー……他の皆さんはもう……」
「……?」
訝しげにクリスは首を捻る。
そして、冬華とルーイットも顔を見合わせ、肩を竦めあった。
そんな三人にエリオは静かに告げる。
「紅蓮流はクリスさんが出て行ってすぐにに潰されました」
「なっ!」
エリオの言葉に、クリスが驚き声を上げる。
そんなクリスに対し、エリオは無邪気な笑みを浮かべた。
「気にしないでください。すでに紅蓮流はクリスさんと龍馬さんに受け継いでもらっているので」
「そ、そんな事じゃない! 一体、何があったんだ!」
「その事については道場で話しませんか? もう陽も暮れ始めてますし……」
話を逸らすようにエリオはそう言うと、クリスは僅かに表情を険しくする。
一瞬だがエリオのその笑みが切なげに変わったのを、クリスは見逃さなかったのだ。