第16話 レベルの違い
冬華・クリス・シオの三人は森を抜け道なりに歩みを進め、小さな村へと辿り着いていた。
村と言うよりも集落と言う方が正しいのかもしれない。一応、宿の様な建物があり、集落の中央に奇妙な存在感のある建物があった。建物と言うより砦の様な外見。その建物だけがこの集落に全くマッチしておらず、冬華は違和感を感じ「うわーっ」と小さく声を上げていた。
集落と言うだけあり、それなりの人が存在し、意外に活気があった。民家の裏手にはそれぞれ畑があり、自給自足の生活をしている様だった。集落の脇には小川が流れ、そのせせらぎが僅かに冬華達の耳にも届いていた。
何とものどかな空気に、冬華は一層深いため息を吐き、中央にある違和感たっぷりの建物を眺めた。
「折角の雰囲気をぶち壊しじゃない? あの建物」
指を差しクリスの方へと目を向けると、クリスも小さく頷き「全くですね」とため息混じりに答える。一方で、シオは「そうかな?」と不思議そうに首を傾げ、セルフィーユは『何だか不気味ですぅ』と僅かに体を震わせていた。
集落の人々は突然の訪問者に少々訝しげな視線を向けたり、僅かながら敵意を見せる人も居た。何処か嫌な雰囲気が立ち込め、冬華もそれを肌に感じる。
確かにボロボロの衣服をまとうシオは怪しく見え、この世界じゃ見慣れない制服姿の冬華も何処か怪しく映るのだろう。唯一クリスだけは普通の格好だが、もしかするともうすでにこの集落にも犯罪者として手配書が出回っている可能性もあった。
そんな嫌な雰囲気に過剰に反応するセルフィーユは、他の人に見えていないはずだのに、冬華の後ろに隠れ周囲を見回していた。
『はううっ……何だか、視線が怖いですぅ』
「そ、そうだね……」
セルフィーユの言葉に苦笑しながら答えた冬華は、僅かに顔を動かし視線を向ける人々の顔をチラチラと窺う。やはり何処か歓迎されていない様に思えた。
不安を抱きながらも、クリスやシオの後に続く冬華は、不意に足を止めた。直後、「ヒャッハーッ」と甲高い声が響き、集落の中央の建物の屋上から何かが飛び降りたのが見えた。逆光で影しか見えなかったが、思わず身構える冬華に対し、クリスとシオは足を止め静かにその影に視線を見据える。
重々しい音が二人の前方で轟き、地面が砕け大量の土と砕石が宙へと舞い上がった。その中心には一人の男。頑丈な鉄の鎧を身にまとい、頭には鋼鉄の角の突き出た兜を被っていた。どれ位の重量があるのか分からないが、その鎧が軋みながら着地の衝撃で着いた膝をゆっくりと立てると、背中に背負った大剣を抜き静かに二人の前に立ちはだかる。
「貴様ら、何者だ? ここが誰の領地だか知ってんのか?」
「…………」
「…………?」
瞼を閉じ沈黙するクリスと、頭の後ろで手を組んだまま軽く首を傾げるシオ。そんな二人の態度に、厳つい顔を引きつらせる男は、大剣を肩に担ぎ静かに笑う。
「何だ? 怖くて、声もでねぇってか?」
「えっ? 誰が怖いって? まさか、あんたか?」
冗談混じりでクリスの方に視線を向けたシオだったが、その発言にクリスは瞼を開くと銀髪の髪を揺らし鋭い視線をシオの方へと向けた。
「貴様、ふざけた事を言うとこの場で斬るぞ」
「じょ、冗談だよ。冗談。マジにするなって」
引きつった笑みを浮かべ、胸の前で両手を広げるシオに、「ふんっ」とその視線をすぐにそらした。「おお、こわっ」と小声で呟きながら胸を撫で下ろしたシオは、安堵の表情を浮かべたまま、目の前に立つ男へと視線を移した。
その額に浮かぶ青筋は、二人に対する怒りの表れ。自分が無視されたのがよっぽど頭にきたのか、それとも二人のやり取りが気に入らなかったのかは分からないが、その怒りは頂点に達し、男は大剣を高らかに振り上げる。
と、同時に端から見ていた人々は悲鳴を上げ隠れる様に家の中へと消えていく。その様子に冬華は「えっ? えっ?」と僅かな声をあげ、セルフィーユは冬華の前に出ると両手をかざす。
「死ねぇぇぇっ!」
雄たけびを上げると同時に振り下ろされる大剣。重量でそのスイングスピードは目で追えるモノではなかったが、シオはそれに合わせた様に体を僅かに倒し右足を振り抜くと、澄んだ金属音を周囲に響かせた。
何が起こったのかわからぬまま、男の剣は振り下ろされ、疾風がその場を駆けた。何事も無い様にシオが右足を下ろすと、大剣の切っ先が回転しながら男の後ろで地面に突き刺さる。シオの蹴りで男が振り下ろした大剣は真ん中から折れ、衝撃でその先が後方へ飛んだのだ。
唖然とする男に対し、シオは相変わらず頭の後ろで手を組んだまま笑みを浮かべる。
「脆いな。あんたの剣」
「ば、ば――」
「いや、あんたの蹴りが凄すぎるんでしょ! 私、全然見えなかったし!」
「そうか? あれでも抑えた方だぞ? もう少し加減が必要か?」
蹴りの威力に驚く冬華に対し、相変わらず能天気な返答をしたシオは「あはは」と笑い声を上げ頭を掻いた。「全く」と小さくため息を吐いた冬華はガックリと両肩を落とし、その隣りでセルフィーユがあんぐりと口を開けてシオを見据えていた。
折れた大剣の柄を投げ捨てた男は半歩後退ると、右手を空へと掲げる。その手には小さな赤い弾が握られ、男の口元が僅かに緩む。
「こ、これならどうだ! フレイムボム!」
男が後方へと飛び退きながら右手に握った赤い弾を地面へと叩き付ける。だが、赤い弾が地面に落ちるよりも先に、クリスが両手に剣を出し、一歩踏み込んだと同時に左手に握った剣の平で赤い弾を上空へ弾き、更に一歩踏み出し男の喉元に切っ先を向けた。それにやや遅れ、空中で爆音が轟き赤い弾が大量の炎を周囲へと広げ、雨の様に火の粉を散らせる。
素早い動き出しに、唖然とする男は、喉元に切っ先を向けられ両手を肩まで上げ「ひぃっ」と情けない声を上げた。その華麗な動きと剣技に思わず見入っていた冬華は、小さく拍手を送り「やっぱり凄いね」と関心していた。
「わ、悪かった……あ、謝る。だから、剣を――」
「…………」
何も言わず剣を下ろしたクリスは、瞬時にその剣を消すと男に背を向け冬華の方へと歩みを進めた。刹那、男が口元に笑みを浮かべると、その手にいつの間にかアックスを取り出し、それを大きく振りかぶる。
「クリス! 後ろ!」
「誰が、謝るか!」
クリスに向かって男がアックスを振り下ろす。だが、冬華の声で振り返ったクリスは、振り向き様にいつ出したのか分からない大剣を振り上げ、アックスを受け止めた。重々しい金属音が響き、両者の刃が激しくぶつかり合い火花が散る。
「なっ!」
「謝る気は無いんだな」
静かにそう尋ねたクリスは、そのまま男の手からアックスを弾き飛ばすと、自らの身長よりも大きく重々しい大剣を腰の位置に水平に構え、ゆっくりと腰を落とし力を込める。クリスから発せられるそのオーラに冬華も肌に感じる。その力の濃度の鋭さを。
思わず後退りしてしまう冬華に対し、シオは嬉しそうに目を輝かす。だが、そこに若々しく猛々しい男の声がこだまする。
「そこまでにして貰おうか?」
その声にあわせた様にゾロゾロと武器を持った男女数名が冬華達を囲む様に姿を現す。そして、中央の妙な建物の窓からその男は飛び降り、音も無く着地するとクリスの前へと歩み寄った。
真紅の髪を立て鋭い眼差しを向ける男は、先程の鎧を着た厳つい男とは対照的な軟弱そうに映る肉体。それでも、何か異様な雰囲気を放ち、緊迫した空気がその場に流れた。