第153話 支えるべき者
冬華は一心不乱に槍を突き出し、振り回す。
型などなく、ただガムシャラに。
それでも、動きは流れる様に滑らかで、見ているだけで美しかった。
雪が降り、寒いはずなのに、冬華の額からは汗が滲み、肩口で揺れる毛先から汗が迸る。
時折、足の裏に精神力を纏い、高く跳躍したり素早く動き回ったりする。
それは、瞬時に思った所に精神力を纏い、思うような力を出せるかと言う為のものだった。
最初は何度も失敗していたが、ここに来てその精度は格段に上達し、跳躍も五、六メートル程軽く飛ぶ事が出来る様になっていた。
槍がしなり、鋭く風を切る音が響く。
そして、冬華の右足は円を描く様にして前へと踏み込まれると、横に振った槍を引き、一気に前へと突き出した。
切っ先が大気を貫き、鋭く風を吹かせた。
静かに息を吐き出す冬華の体から僅かに湯気が上がっていた。
肩が何度も上下に揺れ、冬華はその手に召喚していた槍を消し空を見上げる。
「はぁ……はぁ……」
瞼を閉じ呼吸を整える冬華はゆっくりと瞼を開くと顔を正面へと向けた。
そこに立っていたのはコーガイだった。
鎧は着ておらず、分厚いコートを羽織ったコーガイは、その手に模造の槍を二本持っており、一方を冬華の方へと投げた。
冬華はそれを右手で受け取ると、訝しげな表情をコーガイへと向ける。
「え、えっと……これは?」
不思議そうに冬華が尋ねる。
だが、コーガイは何も答えず静かに槍を構えた。
その行動に冬華は小さく首を傾げたが、すぐに意図を理解し槍を構え腰を落とした。
二人の視線が交錯し、やがて動き出す。
動き出したのは冬華。
脚へと精神力をと纏わせ、一瞬で間合いを詰める。
その動きはまさに水蓮の使う瞬功そのもの。
そして、続けて腕へと精神力をまとわせる。
冬華の鮮麗された精神力の扱いに、コーガイは目を疑う。
とてもゼバーリック大陸で出会った者と同じ人物とは思えぬ程、成長していた。
驚きから一瞬コーガイの反応は遅れるが、すぐに突き出された冬華の槍を、右下へと払う。
速度、体重の乗った鋭い冬華の一撃はそのまま地面を叩く。
轟音が轟き、砕石が舞い上がる。
か細い腕から放たれた一撃とは思えぬその破壊力に、コーガイはすぐに距離を取った。
この短時間でどれ程まで成長をしていくのか、そう思いながらコーガイは静かに息を吐き出す。
小さく舌打ちをした冬華は槍を構えなおすと、コーガイへと体を向けた。
互いの視線が交錯する。
その中で、冬華は考えていた。
どうすればコーガイに攻撃が当てられるかと。
戦闘経験が豊富なコーガイにとって、直線的な冬華の攻撃は読みやすくかわすのは容易い事だった。
右足を僅かに前へと踏み出す冬華に、コーガイは身を僅かに退く。
その動きから、また突っ込んでくるのだと判断したのだ。
コーガイのその読みは正解だった。
そのすぐ後に、冬華はまた脚へと精神力を纏わせ、瞬功でコーガイへと迫る。
だが、コーガイの前で右足を踏み出した冬華は、そこから動きを変えた。
素早く右へと飛び、コーガイの側面へと回りこんだのだ。
しかし、その動きにコーガイは左足を引くと冬華を体の正面に捉える。
「くっ!」
声を漏らす冬華は、表情を歪める。
巨体の割に反応速度が速く、冬華の瞬功の動きに完全に着いて来ていた。
黒髪をなびかせる冬華は、そのままコーガイを中心に右回りに回る。
しかし、コーガイもその動きに合わせ冬華を体の正面に捉える様に回った。
険しい表情の冬華に対し、コーガイは変らぬ無表情だった。
(このままじゃダメ……攻めないと!)
冬華は焦りから、安易な突きを放ち始める。
当然、コーガイはその突きを軽々といなす。
それ程、コーガイの技術が冬華より勝っているのだ。
剛力により強化された腕から放たれる突きの破壊力は抜群だが、当たらなければ何の意味もなかった。
「力だけではダメだ」
コーガイの静かな声が聞こえ、思わず冬華は手を止めた。
突然止まった冬華の攻撃に、コーガイは訝しげな表情を浮かべる。
驚き、目を丸くする冬華の顔を見据え、コーガイは首を傾げた。
「どうした?」
コーガイが掠れた静かな声で尋ねると、冬華はワナワナと震えだし、やがて声を上げる。
「しゃ、喋った!」
冬華の声にコーガイは僅かに不快そうな表情を浮かべる。
コーガイは基本無口なだけで、喋れないわけではないのだ。
非常に失礼な冬華の言葉に、コーガイは深く息を吐いた。
「集中しろ」
「えっ、あっ……はいっ!」
冬華は声をあげ、攻撃を再開する。
それに合わせ、コーガイも動き出した。
広場から聞こえる甲高い音を耳にしながら、アオは大きな欠伸をする。
現状、アオが一番の重傷者で、今もなお激しい動きは禁止されているのだ。
詰まらなそうに部屋から広場を見据えるアオは、頬杖を突き大きくため息を吐き出す。
「ちょっと、もう何度もため息吐かないでよね」
暇つぶしに裁縫をするレオナは迷惑そうにそう言い放った。
その言葉に不快そうな表情を浮かべるアオは、広場へと視線を向ける。
「しょうが無いだろ。運動不足だ!」
胸の前で拳を握り締めるアオに対し、レオナは手を止め呆れた眼差しを向けた。
「バカなの? あなた、バレリアでの傷も癒えていない状態で、雷火を使用したのよ。それに、暴走したシオに肋骨もやられて……ヒーラーの私が居なかったら、ホント、死んでいたわよ」
レオナの強い声とは裏腹に、その表情は不安げだった。
正直、今回は本当に助からないと思った。
それ程、アオの状態は悪く、レオナは殆どの聖力を使い果たした。
故に、レオナは今聖力を回復する為にこうしてのんびりと時を過ごしたのだ。
不安げなレオナに、アオも強い事は言えず、息を呑み方の力を抜いた。
それから、不機嫌そうに頬杖を突き、冬華とコーガイへと目を向ける。
「あれから、ずっとだな」
アオがそう呟くと、レオナは俯き心配そうに呟く。
「そうね……。幾らなんでも、背負い込みすぎじゃないかしら? 正直、今の彼女は怖いし、危うい感じがするわ」
「……そうかもしれないな。恐らく、名実共に英雄になろうとしているんだと思う」
「英雄……ね。彼女に重い枷を与えてしまったんじゃない?」
レオナが悲しげな眼差しをアオへと向ける。
すると、アオはもう一度深く息を吐いた。
「まぁ、本来なら彼女を支えてやる奴が傍に居なきゃいけない所なんだが……」
「シオはいなくなり……クリスも……」
レオナがそう呟いた。
クリスもまた自分をいたぶる様に鍛錬を行っていた。
ひたすら強くなろうと、力を手に入れようと必死に。
その為、周りなど見えていない。
だから、冬華の苦しみも、それを支えてやる事も出来ないのだ。
アオやレオナ、ライ、コーガイではダメなのだ。
支えてやる事が出来るのは、ずっと一緒に居た者だけ。
そう考えると、シオがいなくなったのはやはり大きな痛手だった。
「何だか、バラバラになって行きそう……」
「かも知れないな。だが、俺達に出来る事は見守るだけだろ?」
アオは寂しげな瞳でそう呟いた。
何も出来ない事が悔しく、アオは拳を震わせていた。
結局、解決できるのは冬華達だけなのだ。
空を見上げれば、雪が降り続けている。
いつまで降り続けるのか検討もつかぬその雪に、アオは静かに呟いた。
「この大陸の雪もいつかは止むんだろうか?」
その不意の問い掛けに、レオナは小さく首をかしげ、
「どうなのかしら? 雪が止んだって言う話は聞いた事が無いけど……」
と、答えた。
レオナの答えを聞き、アオは小さく頷き、
「そうだな……じゃあ、もし止んだとしたら奇跡と言うわけか……」
と、意味深に呟き、レオナは意味が分からないと小首を傾げた。