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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
フィンク大陸編
152/300

第152話 悲しみ、苦しみ、怒り

 城へと戻った冬華は、机へと突っ伏し声を殺し泣いた。

 自分の不甲斐なさ、自分の無力さを知った。

 そして、自分の浅はかさに怒りを覚える。

 知っていたはずだった。

 大きな戦いをすれば、多くの犠牲が出る事を。

 何故、あの時、止める事が出来なかったのか、何故止めなかったのか、今になり後悔する。

 奥歯をギリギリと噛み締め、冬華は肩を震わせた。



 部屋の外。

 クリスはただ立ち尽くしていた。

 人間と魔族は長い間、こんな事を繰り返してきた。

 それを、異界から来た冬華は何とかしようと考え、自分の行った行動に後悔し苦しんでいる。

 自分には何が出来るだろうか、とクリスは考える。

 だが、とてもじゃないが、魔族を許せる程寛大な心をクリスは持ち合わせていない。

 魔族が人間を憎む様に、人間も魔族を憎んでいる。

 大きな戦いで、魔族と同じ程人間も死んでいる。

 それだけ、人間と魔族には大きな壁があるのだ。

 拳を握るクリスは、肩を落とすと歯を食いしばったまま息を吐き出した。


「大丈夫か?」


 クリスの背中に向かってアオがそう声を掛けた。

 ポケットに右手を突っ込み、アオは複雑そうな表情を浮かべる。

 薄らと開いた唇からふっと息を吐き出すと、肩の力を抜きアオは左斜め上へと視線を向けた。


「まぁ、気にするなとは言わない。ただ……今はお前だけしかいない。ちゃんと支えてやれよ」


 アオの言葉にクリスは唇を噛み締める。

 そして、扉へと額を当て静かに呟く。


「分かってる……」


 クリスの力強い声に、アオは深く息を吐き出した。

 クリスも今の自分の立ち位置を理解しているのだ。

 自分が冬華を支えなければならない位置に居るのだと。

 拳を握り瞼を硬く閉じるクリスは悔しげにただ息を吐き出す。

 その震える肩に、アオは感じる。

 クリスがどれだけ悔しいのか、どれだけ苦しんでいるのかを。

 恐らく、クリスも葛藤しているのだ。

 冬華を支えなければならないと分かっているが、魔族を許す事が出来ないと言う事もある為、どうしても冬華の気持ちに応える事が出来ないのだ。

 クリスの気持ちはアオも痛い程分かる。だからこそ、アオは何も言わない。

 これは、クリス自身が乗り越えなきゃいけない壁なのだから――。



 荒々しく吐き出される白い息が冷たい風で消えていく。

 金色の髪に雪を積もらせ、深い積雪に足跡を残すシオの姿が、そこにはあった。

 かじかむ手で雪を掻き分け、その鼻頭を赤く染めながら、シオは探し続けていた。

 シャルルの亡骸を。

 何日も、何日も。

 獣化により傷付いた筋肉はまだ癒えておらず、シオは動くたびに激痛に表情を歪める。

 それでもひたすら体を動かし、雪を掻き分ける。

 皮膚が裂け、血が溢れ出す。

 白い雪を赤く染めながらシオはひたすら雪を掻き分けシャルルの亡骸を探し続けた。

 何日も飲まず食わずのシオの頬はコケ、唇は乾燥しひび割れていた。

 ボロボロになりながら必死に捜し続けるシオは不意に足を止めた。

 肩を激しく上下に揺らすシオの視線の先にその姿はあった。

 傷付いたその肉体は朽ちる事無く、美しいままのシャルルの姿が――。


「シャルル!」


 シオは叫び、走り出す。

 積雪を掻き分け、雪の上に寝かされたシャルルの下へと。

 大量の白い息を吐きながら、シオは急ぐ。

 だが、飲まず食わずだった為か、シオはバランスを崩し雪原にうつ伏せに倒れた。


「はぁ……はぁ……」


 うつ伏せに倒れたままシオは暫く動けなかった。

 意識がモウロウとするシオは、顔をあげシャルルを見据える。


(シャ……ルル……)


 右腕を必死に伸ばす。

 だが、シオの手がシャルルに届く事は無く、視界は真っ暗になった。


 それから、どれ位の時間意識を失っていたのか、シオは静かに目を覚ます。


「こ……こは……」


 もうろうとする意識の中ゆっくりと視線を動かす。

 かび臭さの残る薄暗い石造りの部屋だった。

 見慣れないその光景に、訝しげな表情を浮かべるシオは、体を動かそうとして気付く。

 自分が壁に鎖で吊るされている事に。


「どう言う……事だ……」


 何が何だか分からず、シオは体を揺らす。

 ジャラジャラと鎖の音だけが虚しく響いた。

 何故、自分が繋がれているのか分からず、シオは「くっ」と声を漏らす。

 そんな中に響く。静かな足音が。

 金色の髪に埋まった獣耳をパタパタと動かしたシオは、音の方へと顔を向ける。

 ギギッと金具が軋む音が聞こえ、扉が開かれたのか薄暗い室内に光が差し込む。

 そして、一つ影が部屋へと伸びる。

 パタンと音をたて扉が閉じられると、クスクスと静かな笑い声が響く。


(女? ……いや。男か?)


 幼さの残る声質に、シオはそう考えた。

 顔はよく見えない為、その人物が男か女なのかさっぱり分からない。

 そんな中で、その人物は、静かに口を開く。


「獣王の息子、シオ」

「誰……だ?」


 目を凝らし、シオはその人物を見据える。

 真紅のローブに身をまとうその人物は、赤紫色の瞳をシオへと向けると白い歯を見せ笑う。


「くっくっくっ……」

「その……目は……」


 目を凝らすシオはその赤紫色の瞳に奥歯を噛み締める。

 間違いなくその目はシャルルの眼だった。

 そう思うと、体に無意識に力が入り、今にもその人物に殴りかかりそうな勢いで体を動かす。

 だが、鎖で腕を拘束され、壁に吊るされているため、何も出来ず虚しく鎖の音だけが響き渡る。


「テメェ! 何で、その目を!」

「つい先日拾ったんだよ。落ちているのをね。勿体無いね。こんなに希少価値のある目を落とす奴が居るなんて」

「ふざけんな!」


 シオが怒鳴り、両足で壁を蹴る。

 足がその人物へと伸びるが、届かずそのまま壁へと引き戻された。


「ぐっ!」


 壁に背中を打ちつけ、シオは唾液を吐き出す。

 不適な笑みを浮かべるその人物は、大きく開かれた袖口から左手を出すと、その手の平をシオへと向ける。


「愛しのシャルルの仇をとりたいんだろ?」


 その言葉にシオの表情が強張る。

 そして、鼻筋にシワを寄せ怒鳴った。


「テメェ! アイツを知ってんのか!」

「ああ。知っているよ。俺自身は会った事は無いけどね」

「教えろ! 奴は今どこに――」


 シオの声を遮る様に、ローブを身にまとうその人物は、左手の人差し指を立て揺らす。


「教えないよ」

「何!」

「けど、仇はとらせてあげるよ」


 その人物の声にシオは眉間にシワを寄せる。

 言っている意味がよく分からなかった。

 そんなシオへと、その人物は不適に笑うと、右手を伸ばす。

 その手の平には発射口の様な穴が開き、そこに光が凝縮される。


「何を……」

「お前には、俺達の道具となってもらうよ。大丈夫さ。その腹の底に溜め込んだ怒りをただ爆発させればいいだけだからな」


 その人物の声が途切れ、眩い光が部屋を照らす。

 その瞬間、シオの体には激痛が走った。


「ぐああああああっ!」


 轟くシオの叫び声。

 やがて、シオの意識はプツリと途切れた。

 うな垂れるシオの姿を前にして、深々とフードを被ったその人物は、ゆっくりと足を進める。


「これで、お前は俺らの駒。くっくっ……良い感じで暴れてくれよ……」

「人を操って戦わせるなんて、悪趣味ですね」


 幼い声に対し、穏やかな静かな声が、扉の向こうから僅かに聞こえた。

 その声に対し、フードを深く被った人物は、振り返り鋭い眼差しを向ける。


「おい……新入り。ここでのルールを知らないのか?」


 その声にゆっくりと扉が開かれ、爽やかな笑みを浮かべる青年が、姿を見せた。


「すみません。何分、新入りなもので。それに、私はただ散策していただけですよ。暫くここで暮らす事になりそうなので」

「そうか……なら、教えといてやる。この地下室は俺のテリトリーだ。許可無く出入りする事はゆるさねぇ。次、勝手に入り込んでみろ。問答無用でぶっ殺す」

「そうですか。心得ました。では、私はこれで」


 青年は軽く会釈すると、その場を後にした。

 不快そうな表情を見せるローブをまとう者は、「ふんっ」と吐き捨てると、


「ケリオスか……ムカつく野郎だ……」


 と、呟いた。

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