第147話 ヴェリリースの最期
激しく土煙が舞う。
その中で冬華は目を見開いていた。
目の前に佇む小柄な少女の長いオレンジブラウンの髪が風ではためく。
あれ程の威力を誇っていたレーザーを直撃したにも関わらず、少女は無傷だった。
それどころか、妙に少女の力が増幅した様に冬華は感じた。
舞っていた土煙はやがて晴れていく。
その最中、少女は呟く。
「中々、質の良い魔力だ……。これで、もう少し長く戦えそうだ……」
と。
僅かに聞こえたその言葉に冬華は首を傾げる。
何故、彼女がそんな事を呟いたのか、分からなかった。
そもそも、左手にレーザーを直撃させておいて、もう少し長く戦えそうと、言うのは矛盾している気がしたのだ。
その直後だった。銃を持った漆黒のローブをまとう男の声が響く。
「ソイツは魔剣だ! 魔力の類は吸収される!」
男のその言葉で冬華は先程、少女が呟いた言葉の意味を理解した。
彼女には自分で魔力を生成する力が無いのだと。
そんな冬華に、その少女は顔を向け怒鳴った。
「早く行け!」
と。
その迫力に冬華は慌てて、
「えっ、あっ、はい!」
と、返答し駆け出す。迫力に呑まれたと、言うのもあるが、それ以上にここが危険だと体が自然と反応したのだ。
それから、冬華は全力で駆ける。
その際、先程の漆黒のローブをまとう男の傍を横切った。
フードの奥にぎらめく男の赤い瞳と、目が合う。
不気味なその眼差しに、冬華は寒気を感じる。
それ程、その男は不気味なオーラを漂わせていた。
男は冬華を見逃す。
いや、見逃したと言うより、冬華に全く興味など無いように見えた。
そんな漆黒のローブをまとう男に、腹部から血を流す男は顔を上げる。
「逃がしていいのか? 後々、脅威になるぞ……」
そう言った男に、漆黒のローブをまとう男は赤い瞳を静かに向けた。
冷めた眼差しに、男は身を震わせ、視線を逸らした。
そんな男に、漆黒のローブをまとう男は答える。
「構わん。まだ、アレにはやってもらう事がある」
「そ、そうか……」
口角から血を流す男は、そう呟き薄らと口元に笑みを浮かべる。
しかし、その笑みはすぐに凍りついた。
額に銃口を宛がわれたのだ。
「な、何のまねだ……」
表情を引きつらせ、紫色の瞳を向ける男に、赤い瞳を向け男は静かに口を開く。
「お前はもう用済みだ」
男がそう言い引き金に指を掛ける。
すると、突如地面が揺らぐ。
「――!」
その異変に銃を構えていた男はすぐさまその場を飛び退く。
男が飛び退くと同時に、地面から巨大な手が飛び出した。
距離を取った男は、すぐにその視線をヴェリリースへと向ける。
「うっ……ああ……かわ、されたか……」
苦しそうに血を吐きながらそう言うヴェリリースに、平伏す男は驚きを隠せない。
先程まで自分を殺そうとしていた相手を助けようとしたのだ。驚いて当然だった。
いや、それ以前に致命傷を受け、残り僅かな魔力しかないはずなのに、何故そんな行動を取ったのか、理解出来ていなかった。
三人の間に言葉は無く、沈黙が漂う。
その最中、空を一筋の赤い閃光が駆けた。
だが、その赤い閃光が唐突に凍り付き、砕け散る。
砕けた氷が三人の間に降り注ぐ。
煌く破片を視界におさめながら、平伏す男が静かに呟く。
「ど、どうして……俺を……」
呆然とする男に対し、ヴェリリースは静かに笑う。
「いいかい……師って言うのは、いつまでたっても、弟子を守るものなのさね。それが、例え闇に落ちたバカな弟子でもね」
「そうか……なら、お前から死ね」
銃を持った男がヴェリリースへと向かって引き金を引いた。
数発の銃声が轟き、ヴェリリースの体を撃ち抜く。
体が何度も弾かれ、鮮血が幾重にも散る。
明らかに銃声とヴェリリースの体を撃ち抜く弾丸の数が合わない。
まるで弾丸が増えたかの様に何度も何度も、ヴェリリースを地面へと倒さない様に体を撃ち抜いて行く。
やがて銃声は止み、弾丸が納まる。そして、静かにゆっくりとヴェリリースの体は地面へと倒れる。
二度、三度と体はバウンドし、やがて女性の声が轟いた。
「先生!」
その声に銃を握る男は視線を向ける。
そこに居たのは着崩した着物に身を包む大人びた女性だった。
動き出そうとする彼女に魔術師が炎を放つ。それにより、その女性は行く手を阻まれた。
燃える炎を見据える男は静かに笑う。そして、手にしていた銃をゆっくりとヴェリリースへと向ける。
「さて、終わりにしようか?」
「ぐっ! てめぇ!」
ヴェリリースへと銃口を向ける男に対し、紫の瞳を輝かせる男は立ち上がり魔力を全身へと練りこんだ。
しかし、その行動に男は驚く事は無く、冷めた眼差しで尋ねる。
「何のマネだ?」
「テメェをころ――」
その瞬間、一発の銃声が響き、鮮血が男の額から噴出す。
頭を撃ち抜かれた男の体が前方へと崩れ、その背後に一人の青年が立っていた。
血に塗れた白銀の衣服を揺らし、穏やかな笑みを浮かべるその青年は、硝煙の吹き上がる銃を下すと、漆黒のローブをまとう男へと歩み寄る。
その行動に男は警戒心を強める。しかし、青年は意外な言葉を告げた。
「私の名前はケリオス。是非とも、あなたの所属に加えて頂きたい」
ケリオスの突然の申し込みに男は静かに息を吐く。
そして、不適に笑う。
「まぁ、いいだろう。今、一人メンバーが減った所だったからな」
「ありがたき幸せ」
「しかし、何でまた、こちら側に?」
男が訝しげにそう尋ねると、ケリオスは肩を竦める。
「決まっているでしょ? 強い者に着く。それが、人ってものですよ」
「…………そうか。だが、派手にやられたな」
血まみれのケリオスに、男が尋ねると、ケリオスは爽やかに笑う。
「これは、返り血ですよ? 先程も派手に返り血を浴びましたから」
肩を竦め、ケリオスは苦笑して見せた。
そこから約一キロ程、離れた炎で燃える林。
派手に砕け散った地面には鮮血が大量に散っていた。
他にも地面には鋭利な刃物で裂かれた後や、奇妙な形の土が残されていた。
その中心に血に染まる一人の少年が転がっていた。
みずぼらしい服装に長い黒髪を血に染めた少年は、僅かに胸を上下させる。
呼吸はあるものの、その体に刻まれた傷は酷いモノだった。
「がはっ……」
「うぅ……」
そんな少年を中心に、折れた木々の根元に二つの男の影。
赤く染まった瑠璃色の髪を揺らす龍殺しのウィルヴィスと、血で重くなった赤い髪をうなだらせる断絶のギーガの二人。
割れたメガネをずり下げるウィルヴィスは、吐血すると木の根に背を預け空を見上げた。
「あぁ……なんですか……彼は……」
ウィルヴィスが苦しげにそう呟く。
すると、砕けた剣を投げ捨てたギーガが右手で左脇腹を押さえ、
「化物……だろ……」
と、答えた。
左脇腹を押さえると、白銀の服は赤く染まり手を嫌な感触が伝う。
衣服を着ていて分からないが、左脇腹は大きく抉れていた。その為、出血が酷かった。
深く息を吐き出す度にその脇腹から血が溢れ出す。
「ぐぅ……」
「まさか……白銀の騎士団……三人がかりで……この様とは……」
ウィルヴィスは俯き左肩を揺らした。
失われた右袖から血を噴きながら。
片腕をもがれていた。
それ程、あの少年は強かった。ハッキリ言って、一対一ではこの程度ではすまなかっただろうと、ウィルヴィスは思う。
深く息を吐くギーガは、苦痛に表情を歪め、呟く。
「それで、奴は、何処に行った? 一番の重傷者が……」
「さぁ? 私には分かりかねますね。ケリオスは、何事も胸のうちにしまい込みますから……」
ウィルヴィスはそう呟き肩をすくめ静かに笑った。