第146話 新たなる敵の襲来
この北の大陸フィンクに着いて間もない頃。
クリスとシオが二人で買い物に出かけている最中、冬華はデュークに連れられ魔女ヴェリリースの住む、悪魔の館へと来ていた。
前の大陸クレリンスでの戦いで光の力を使用した疲れが残る冬華に、ヴェリリースは一目で気付いた。
そして、その傷を癒す為に、ヴェリリースは冬華を長い眠りの中へと誘った。
丁度その頃、クリスとシオが悪魔の館で土人形と争いを開始し、ヴェリリースはその時、冬華の精巧なコピーを作り上げた。
それは、完璧に冬華と瓜二つで、傷付けば血も流れ、本物と何一つ変らない存在の土人形だった。
ヴェリリースがそうしたのにはわけがあった。
彼女が視た未来。その中で冬華が殺されるその瞬間を目にしたのだ。
故に、彼女は冬華の傷を癒す目的と、冬華を殺させない為の目的を成し遂げる為に、この完璧な土人形を生み出したのだ。
それから、クリスとシオの前にこのコピーを送り、クマはわざと騒ぎを起こし腹を割いた。
これは、本物の冬華をクマの中に隠し、体を癒す為だった。
クマの体を作る布には特殊な力があり、クマの中に居ればその精神力、魔力の波動を完全に打ち消す事が出来るのだ。
それにより、本物の冬華の気配は完全に打ち消され、クマの中で冬華は着実に体を癒し、力を蓄えていたのだ。
呆然とその場に立ち尽くしていた。
正直、長く眠りすぎて、意識は混濁していた。
それに、今どう言う状態なのかもハッキリとは分かっていない。
薄らと夢の様に曖昧な記憶を辿る。
その時、目の前に佇む男がよろめき、後ろに下がった。
それにより、冬華が突き立てていた槍の刃が抜けた。
鮮血がシトシトと透き通る蒼い刃の先から滴れ、冬華もようやく男の存在を再認識する。
思い出していた。
クマの記憶を。
彼の体の中に居た時、冬華の意識に流れ込んできたのだ。
この男との記憶、そして、クマの首を刎ねるその瞬間も。
だから、冬華は咄嗟に槍を召喚し、突き立てていた。
クマを助けたいと思って。
だが、結果、クマは首を刎ねられ、腹を割かれた。恐らく、もう直る可能性は限りなく低い。
そう思ったから、冬華はすぐに謝ったのだ。
クマの体は風で雪原を転げる。
申し訳なさそうにそれを見据える冬華は、やがて瞼を閉じた。
(ごめん……クマちゃん……)
冬華は心の中で謝った。
そんな冬華に、膝を地に落とした男が、顔を上げフードの奥に見える淡い紫色の瞳を向け呟く。
「な、何故だ……何故、お前が生きている……」
腹部を押さえ、男は顔をこわばらせる。
冬華の記憶には残っていた。この男がヴァルガで、自分を――いや、冬華のコピーを斬り付けた張本人だと言う事を。
しかし、頭がまだボンヤリしている。まだ夢の中に居る様なそんな感覚だった。
そんな冬華を現実へと引き戻す様に、唐突に訪れる。
轟音と共に激しい衝撃が広がった。
「な、何?」
目を見開き辺りを見回す冬華は激しく土煙の舞う向こうへと目を向けた。
薄らと揺らぐ土煙の向こうに、二つの影が浮かぶ。
一つは大柄な黒光りする鎧をまとう者。
そして、もう一人、黒髪を揺らす一人の少年。右目を赤く輝かせるその少年の顔に、冬華は見覚えがある気がした。
だが、それを思い出そうとすると激しい頭痛が冬華を襲った。
「イッ……」
左手で頭を押さえ、視線を落とす。
何故、そんな現象に襲われるのか分からない。だが、思い出そうとすると、激しい痛みが襲うため、冬華は思い出すことを諦めた。
その直後だった。
今度は高熱が雪を溶かし、地上を襲う。
「今度は何……?」
眉間へとシワを寄せ、冬華は顔を上げる。
そこでようやく、冬華は気付いた。
空から落ちる巨大な炎の玉に。
「な、何……これ……」
驚き声を上げる冬華は瞳孔を広げる。
まるで太陽が落ちてくる。そう表現するのが正しい現象が目の前で起こっていた。
どうにかしないといけない、冬華はそう思う。だが、体が思うように動かなかった。
「くっ……まさか……」
膝を着く男がそう静かに呟いたのが、冬華には聞こえた。
そして、冬華はその視線を男へと向けた。
何かを知っている。そう思った矢先、突如空が開ける。
空を覆っていた紅蓮の炎が真っ二つに裂け、弾け飛び流星群の如く地上へと降り注いだ。
爆音が次々と轟き、地上は揺れる。
次々と起こる現象に冬華は周囲を見回す。
その時、和装の男の姿が目に入った。
その手に一本の不気味な刀を携え、静かにそれを鞘へと納める。
あの炎の玉を切り裂いたのはこの和装の男だと、冬華は理解する。
ゆらりと結った長い黒髪を揺らす和装の男は下駄を鳴らすと、空を見上げた。
「テメェー。ふざけてんじゃねぇーぞ」
和装の男が雄々しい声で怒鳴る。
すると、空より、真紅のローブをまとう魔術師が降り立つ。
「あんたこそ、邪魔してんじゃねぇーよ!」
聞き覚えのあるその声、その乱暴な口調に、冬華は瞳孔を広げた。
まさか、またここで会うとは思っていなかった。
降り注ぐ火の玉が地上を赤く照らし、林を焼き尽くす。
その中で、冬華はその魔術師をジッと見据えていた。
彼女ならあの程度の炎の玉を生み出すことなど容易だろうと感じた。
そして、冬華は理解する。今、ここに降り立った者達は恐らく仲間なのだと。
驚く冬華の前で、苦痛に表情を歪める男は、静かに声をあげる。
「ど、どう言う事だ! 何故、お前らが! ここは、私が――」
直後、その声を遮る様に低い男の声が響く。
「無様だな……」
と。
その声に冬華は視線を動かす。
いつ現れたのか、漆黒のローブを纏った一人の男が、膝を落とす男の背後に佇んでいた。
赤い瞳を深々と被ったフードの奥から覗かせ、腰の位置にローブからガンホルダーが覗く。
「貴様……どう言うつもりだ……」
膝を着く男が渋い声でそう尋ねる。すると、その背後に佇む男は、その視線を平伏すヴェリリースへと向ける。
「お前一人では、荷が重いと思ってな。最強の魔女を相手にするのは」
明らかにこの男だけ他の者とは違う圧倒的な雰囲気を漂わせているのを、冬華は感じ取り槍を構える。
「一体、何者よ!」
声を張り上げる。
すると、男はガンホルダーから抜いた銀色の銃をゆっくりと冬華へと向けた。
だが、直後に冬華と男の間を裂くように炎の壁が噴き上がる。
「ちょっと! ソイツの相手は俺だよ!」
魔術師の幼さの残る声が轟いた。
その声に、冬華はすぐにその体を魔術師の方へと向ける。
真紅のローブを身に纏い、深々と被ったフードの奥に幼さの残る顔つきが僅かに見えた。
口元に薄らと笑みを浮かべる魔術師に、冬華は表情を強張らせる。
肩口で黒髪を揺らす冬華は、白い息を吐き出し精神力を槍へと練りこんだ。
そんな冬華に魔術師の少女は静かに右の袖を捲くり、その下から不気味な機械の腕を出した。
「見てよ……。キミに切り落とされた右腕……痛々しいだろ?」
機械のその手をゆっくりと握り締め、ギシギシと軋む様な音を響かせる。
なんとも不気味なその機械の腕に冬華は目を細めた。
「ふふっ……でも、感謝してるよ。このお陰で、もっと、俺は強くなれた!」
そう言うと、魔術師は右手をかざす。
すると、その手の平に銃口の様な発射口が現れ、その中に赤い光が凝縮される。
「――!」
冬華はすぐにその場を飛び退いた。
遅れて、一本の赤い線が大気を貫いた。熱風が漂い、冬華は地面を転がる。
明らかにそれはレーザーだった。当たれば致命傷は免れない、そんな破壊力十分の一撃だった。
「な、何……今の!」
驚き後ろを振り返る。すると、遠くの方で激しい爆音が轟き赤い炎がドーム状に広がった。
「驚いた? 魔術と科学が融合した最強の武器だよ」
不適に笑う魔術師に、冬華は冷や汗を掻いていた。
あんな飛び道具を相手にどう戦えば良いのか、分からなかった。
戸惑う冬華は、体を起こし肩を激しく上下に揺らす。
(どうしたら……)
その直後、轟音が轟き、土煙を巻き上げ漆黒の鎧を纏った男が宙へと舞い上がった。
赤い閃光が閃き、やがてその鎧の主は地上へと叩きつけられる。
一瞬の事で冬華は分からなかったが、黒衣に身を包んだ少女が小柄な体で背丈程の長さのある剣を操っているのが僅かに見えた。
地面へと減り込む鎧の男に、魔術師は静かに笑う。
「何やってんだ? ガキ相手に遊んでんのか?」
「だま……れ!」
減り込んだ右腕を振り上げ、鎧の男はゆっくりと立ち上がる。
だが、男はその少女を完全に見失っていた。
「くっそ……あのガキ……」
パラパラと土を舞い上がらせる鎧の男は、静かに辺りを見回す。
しかし、少女の姿は無い。
辺りをキョロキョロと見回す男を、魔術師はバカにする様に笑った。
「ケケケッ! 完全に遊ばれてんじゃ――!」
言い終える前に、魔術師は息を呑んだ。目の前にその少女があられたのだ。腰の位置に剣を構えて。
その少女の存在に、先程の漆黒のローブを着た男が訝しげな眼差しを向ける。
(アレは……)
魔術師と少女の赤い瞳が交錯し、次の瞬間、少女の手から放たれる。横一線にその剣が。
「ぐっ!」
咄嗟に背を仰け反らせる魔術師のフードをかすめ、目の前を刃が通過した。
後方へとそのまま飛び退き、魔術師には鼻筋にシワを寄せる。
「てっめぇー! なめてんじゃねぇーぞ!」
「あなたは、逃げなさい」
背にした冬華に対し、その少女はそう告げた。
完全に少女は魔術師を無視する。その行動が魔術師の逆鱗に触れた。
「てめぇー! ぶっ飛ばす!」
右手に魔力を集める魔術師。だが、その瞬間、漆黒のローブを纏った男が叫ぶ。
「止めろ! ソイツは――」
しかし、魔術師は止まらない。
「フレイムレーザー!」
放った。赤い閃光を。
先程と同じく赤いレーザーが直進する。
しかし、それを避けようともせず、少女は左手をかざした。
直後、レーザーが少女の左手に直撃し、激しい爆音が周囲を包み込んだ。