表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
フィンク大陸編
145/300

第145話 ごめんね

 激しく刃が交錯する。

 火花が散り、衝撃が広がった。

 大剣を片手にした男が空中に浮かぶヴェリリースに向かって、跳躍し斬りかかったのだ。


 フードの奥にぎらつく男の淡い紫の瞳。

 その男の瞳とヴェリリースの赤い瞳が僅かに交じりあう。

 と、同時に、ヴェリリースの左足が振り抜かれた。

 左足が男の右脇腹へと突き刺さり、男の体が右にくの字に曲がる。

 一瞬だった為、防御が間に合わず男の表情は苦悶に歪む。

 体の芯に届く程の痛みに男の力が緩んだ。

 その瞬間をヴェリリースは見逃さず、大鎌の刃を返すとそのまま男の剣を切り上げた。

 刃が擦れる嫌な音が響き、男の両腕は剣と共に頭上へと振りあがる。


「くっ!」


 男の表情が歪む。

 それは、腕が大きく振りあがった事により、背筋が伸び、無防備にも腹部が前へと押し出されたのだ。

 表情を歪める男はすぐにその無防備になった腹へと魔力を練り込む。

 当然、ここが狙われると分かったからだ。


「属性硬化!」


 男の魔力を帯びた腹部が、漆黒の硬質物に覆われる。

 彼が使える最も硬い物質で作られた鉄壁の鎧だった。

 しかし、ヴェリリースは、そんな事お構いなしに握った左拳へと魔力を注いだ。


「属性強化! 金剛!」


 その拳が覆われる。金剛石と呼ばれる最も硬い物質へと。

 ヴェリリースの拳に、男は表情をしかめる。

 気付いたのだ。これは、防げないと。

 だが、もう遅い。

 ヴェリリースは振り上げたその左拳を一直線に振り下ろす。


「流星弾!」


 目にも止まらぬ光速の一撃が腹部を打ち抜く。

 火花が散り、重く痛々しい衝撃音が響き渡った。

 一瞬で地上へと叩きつけられた男の体が地面を陥没させ、大量の土煙を広げる。

 半径五十メートル程の大きな穴が開き、その中心に埋もれるローブをまとう男。

 その男をヴェリリースは空中から見下ろしていた。

 衣服の腹部は大きく裂け、その腹には拳の痕が残される。その事からヴェリリースの放った一撃がどれ程の威力を誇ったのかが分かった。

 咳き込み吐血する男を見据え、ヴェリリースは静かに息を吐いた。

 白い息が仮面の合間から吹きぬける。

 体が重く、ヴェリリースは疲労感に襲われていた。

 ただでさえ、魔力が弱まっていると言うのに、膨大な魔力を消失する死神の仮面をつけている為だった。

 視界が僅かに霞むが、それを隠す様に深々ともう一度息を吐き出し、視線を男へと向ける。

 男の淡い紫色の瞳と目が合う。

 その瞬間にヴェリリースは悟った。

 男がヴェリリースが抱える最大の問題に気付いたのだと。

 立ち上がり、肩を揺らし笑う男に、ヴェリリースは目を細める。


「最強の死神も、歳には勝てんか……」


 男が含み笑いしながらそう口にした。

 その言葉に、ヴェリリースは肩を竦め、


「そうだねぇ……。人はいつか必ず死ぬモノ。永遠に続く命など無いんだよ」


 と、静かに諭すように告げた。

 しかし、男にその言葉は響かず、


「くっ……くくっ……私はそれを手に入れる。必ず!」


 強気にそう答え、男は左腕を持ち上げ、手の平をヴェリリースへと向けた。

 すでに魔力が込められたその左腕は黒光りする鉱石に包み込まれていた。

 フードの奥に隠れた顔の口元に白い歯を見せる男は、不適に告げる。


「その体では、もう質の高い魔力は練られまい」


 不適な笑みを浮かべたまま、男は更に魔力を込める。

 質の高い膨大な魔力がその腕へと集まっていた。

 その光景を眺めるヴェリリースの白髪混じりの黒髪が、冷たい風で静かに揺れる。

 ヴェリリースは考えていた。

 この後、あの男がどの様な攻撃を仕掛けてくるのかを。

 もうこれ以上無駄に魔力を消費できない為、考えうる策を練り深く息を吐き出した。


(さてさて……どう言う攻撃に打ってでるかねぇ……)


 その男の事をよく知っているわけだが、長くあっていなかった為、その思考は読めない。

 そんな折吹き抜ける冷たい風に、ヴェリリースは身を震わせる。


(節々が痛むねぇ……。これだから、歳は取りたくない……)


 ため息混じりに地平線の向こうに目を向ける。

 もう空はすっかり青空が広がっていた。

 夜の闇などもう残ってはいない。

 空に浮かぶ太陽を目視するヴェリリースは静かに呟く。


「さて……これで、見納めだね……」


 意味深なその呟きは、その場に居る誰にも聞き取る事は出来なかった。

 そんなヴェリリースへと地上から男が声を上げる。


「死ね! 最強の魔女!」


 轟く男の声にヴェリリースの視線は自然と男へと向いた。


「ロックニードル!」


 男が声を上げると、その手の平からツララ状の巨大な岩がヴェリリースへと向かって放たれる。

 大量に魔力を練りこまれた大きな岩石だが、ヴェリリースは驚いた様子も無く、冷めた目を向けた。

 そして、左手をかざすと、向かってくるツララ状の岩を軽々と受け止め、そのまま左へと受け流した。

 ロックニードルは本来、空中から地上の相手へ目掛け打ち下ろしてこそ効果を発揮する。当然だ。岩を重力に逆らって打ち出しても、その重量でその速度は落ちる。

 その為、ヴェリリースは軽く受け流す事が出来たのだ。

 最小限の魔力の消費で、攻撃を受け流したヴェリリースは、そのまま地上へと急降下する。

 この技は放った後に大きな隙が生まれる。そこを狙ったのだ。

 足音も無くヴェリリースは男の前へと着地すると、その鎌の刃を喉元へと当てた。


「チェックメイトだ」


 静かにそう告げたヴェリリースだが、男は口元へと笑みを浮かべる。


「それは、どうかな?」


 その男の声と共に鈍い衝撃がヴェリリースの体を襲った。

 体を駆ける鈍い音に遅れ、鮮血がヴェリリースの視界に散る。

 何が起こったのか理解しようとする前に、ヴェリリースは気付いた。

 自分の腹部から突き出した鮮血で赤く染まった刃に。


「ぐふっ……」


 吐き出した血が仮面の下から溢れ出す。

 ヴェリリースはようやく、刺された事を実感する。

 顔につけていた仮面がはがれ、静かに地面へと落ちた。


「ご主人様!」


 クマは叫ぶ。

 崩れ落ちるヴェリリースを見据えて。

 倒れ行くその中で、ヴェリリースは気付いた。

 背後にある土から生えた腕に。それが、ヴェリリースの背中へと剣を突き立てていたのだ。


(ぐっ……油断した……)


 地面へと体はうつ伏せに倒れる。

 それを見据え、男は背に刺さった剣を抜いた。

 傷口から大量の血が溢れ出し、地面に血が広がる。


「あんたの教えだったな。大技の後には必ず隙が出来るって。どうだ? 隙なんてあったか?」


 男が得意げにそう言い放つ。

 確かに、男の言う通り、隙など出来ていなかったのかもしれない。

 ヴェリリースの思考が、それほど低下していた。

 それ程、ヴェリリースは焦っていたのだ。

 そんなヴェリリースへと、男は静かに剣を振り上げた。



 クマは走り出していた。

 その手に持っていたアックスを投げ捨て、ひたすら全力で。

 丸みを帯びた足では上手く地面を捉まえる事が出来ず、スピードが出ない。

 それでも、クマはひたすら走る。

 ただのぬいぐるみであるクマだが、胸の奥で何かが強く鼓動する。

 強く全身へと広がる熱い想い。

 そして、クマは思い出していた。

 遠い昔の記憶を。

 それは、約束――いや、その少年との誓いだった。


“もし、俺に何かあったら、先生をお前が守るんだ”


 そう。それは、彼が居なくなる前日の話だった。

 その誓いを守る為、そして、主人であるヴェリリースを守る為、声を上げる。


「ご主人様!」


 クマは男の前へと飛び出した。

 平伏すヴェリリースを守る様に両腕を大きく広げて。

 しかし、男は不適に笑う。


「もう、お前に用は無い」


 男が怒鳴る。


「クマの仕事は――」

「死ね!」


 クマが言い終える前に男の剣は振り抜かれる。

 刃はクマの首を刎ね、頭を飛ばした。

 それに遅れ、鮮血が切っ先を伝い、ポツリポツリと地面に落ちた。

 剣を振り抜いた男の膝が突如震えだす。

 そして、口から血が噴出した。


「な、な、なん……で……」


 驚く男の腹部に透き通る様な蒼い刃が深く突き刺さっていた。

 何が起こったのか、理解出来ない男の視線はクマの体へと向く。

 そこから真っ白な柄が突き出ていたのだ。


「ふっ……ふふっ……」


 クマの後ろで平伏していたヴェリリースが静かに笑った。


「きさ……ま……何を……」


 口角から血を流す男はゆっくりとヴェリリースに視線を向けた。

 だが、次の瞬間、男は驚愕する。

 突如、クマの腹部が裂け、一人の少女が姿を見せたのだ。


「お、お前は……た、確かに、私の手で……」


 男は瞳孔を広げ後退りする。

 そんな男の目の前に姿を見せたのは、肩口まで伸ばした黒髪を揺らす冬華だった。

 幼さの残る愛らしい顔立ちの冬華は、深く息を吐き出すと、倒れ行くクマを見つめ、呟く。


「ごめんね、クマちゃん……。今まで、ありがとう」


 と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ